ep9 魔晶窟とGと胸
休暇の一日は、あっという間に過ぎていった。
当たり前のように隣についてきた五人――リリア、ガレオン、メルティナ、ドルシア、セレナと一緒に、ザークは城下町を練り歩いた。
リリアは甘味処に立ち寄っては、次々と運ばれてくるデザートに目を輝かせている。
「これも」「あ、こっちも」と、気づけば小さなテーブルの上がすっかり賑やかになっていた。
一方、ドルシアとメルティナはというと、なぜかザークの私服選びに情熱を注いでいた。
「こちらの色の方が、お似合いかと」
「いえ、ここは落ち着いた色味で攻めるべきです」
二人がかりで服を次々と当てられ、ザークはされるがままだった。
ガレオンは、セレナと連れ立って土産物屋と屋台を回っている。
串焼き片手に、見慣れない菓子を二人で分け合いながら、楽しそうに笑い声を上げていた。
それぞれ思い思いに過ごす姿を眺めながら、ザークは小さく笑った。
(――羽を伸ばせているようで、何よりだ)
道行く村人たちが、気安く声をかけてくる。以前なら考えられなかった光景だった。
そして翌朝。
「さあ、明日は早朝から出発だ」
その一声で、休暇ムードは一変した。
「魔晶窟、ですね」リリアが表情を引き締める。
「私も行きます! 食材探しも兼ねて!」
手を挙げたのはキャロットだった。
危険な場所だと諭しても、シェフとしての気迫には勝てず、結局同行することになった。
翌朝、七人は魔晶窟を目指して森を進んだ。
「これ、瘴気を放ってる薬草でその名も瘴気草。魔獣が集まりやすい場所に自生します。」
ガレオンがしゃがみ込む。
「こっちはポーションの材料になるキズナ草」
セレナが別の草を指差す。
「こっちは毒消しのドクヒク草、こっちは逆に毒が抽出できるドクデル草です」
キャロットが眉をひそめた。
「瘴気の薄い場所には、野菜や果物も自生してますよ」
ザークは興味深そうに眺めた。
「……なるほどな。気にしたこともなかったが、それぞれちゃんと自生してるんだな。よし、薬草や種を摘んでいこう」
一行は道すがら丁寧に採取しながら、着実に歩みを進めた。
やがて、見覚えのある洞窟の入口が現れる。
ザークは右手をかざし、壁に向かって何かを唱えた。
ぽっ、ぽっ、と等間隔に小さな炎が灯っていく。電灯を並べたように、洞窟の奥まで規則正しく明かりが連なった。
「……この壁、よく見ると変だな」
灯りに照らされた岩肌を、ザークはしげしげと眺めた。
ごつごつとした自然の岩肌のはずが、一定間隔で、明らかに火を灯すためだけに削り出されたような突起が並んでいる。
「自然にできたものとは、ちょっと思えないな」
「……確かに」リリアも壁に触れながら頷いた。
「まるで、誰かが意図的に作った通路のようです」
何者かが、かつてここに手を加えた形跡。その正体は、まだ誰にも分からなかった。
――《……そんなことも、できるんですね》補助思考システムが珍しく感心する。
「ああ。記憶自体はないんだが、こういう感覚だけは体に染み付いてるみたいだ」
ザークは自分の手のひらを見つめ、小さく笑った。
「初めて魔法使った。……やったぜ」
「――なぁ。かめはめ波とか、撃てないかな」
――《打てなくはないと思いますが、色々と問題が生じるかと。大人なんですから、分かりますよね?》
「そうだよなー。男の夢が、また一つ消えたな」
灯りに照らされた通路を進みながら、ザークはふと足を止めた。
「……ん。何か、気配がするな。数がイマイチ分からない」
――《フォン! スキル「索敵」を取得しますか?》
「おお、頼む」
――《さっきの「フォン!」で、もう取得済みです》
「じゃあ、何で聞いたんだよ」
「……まぁ、ありがとう」
ザークは人差し指を眉間に当てた。
「――索敵」
(よかった。瞬間移動するんじゃないかと思った。)
ブワッ、と頭の中にマップが広がる。
「おお……ゲームの中みたいだ」
反応の一つが、通路の先に集まっているのが見える。数体――ゴブリンだろう。
息を潜め、じりじりとこちらへ近づいてくる動きからして、不意打ちを仕掛けるつもりのようだった。
(――残念だったな。もう、丸見えなんだよ)
ザークは表情を変えないまま、静かに手をかざし、攻撃態勢に入った。
ゴブリンたちは、自分たちの奇襲が既に見抜かれていることなど、知る由もない。
「――穿て」
短くそう唱えると、詠唱もなく光の礫が幾つも撃ち出された。
(……穿て、って言ってみたかったんだよな。……よし、決まった)
内心でこっそりガッツポーズを決めているとも知らず、礫は正確にゴブリンたちを撃ち抜いていく。わずか数秒で、通路の先は静寂に包まれた。
「かっこいい……!」
「さすがザーク様……!」
「なんて速さ……」
リリアとガレオンが目を輝かせる中、ザークは内心、こっそりとほくそ笑んでいた。
(――やった、初めての攻撃魔法。……我ながら、今の、結構かっこよかったんじゃないか?)
表情には出さず、余裕の笑みだけを浮かべておく。
「魔石、回収しておくか」
倒れたゴブリンの周りには、小さな魔石が転がっていた。赤みがかったもの、青白いもの、中には薄紫のものまである。
「……ゴブリンでも、魔石の色って様々なんだな」
「魔獣の種類や属性によって、色が変わるんです」セレナが説明する。
「同じ種族でも個体差がありますし」
「面白いもんだな」
拾い集めた魔石を眺めながら、ザークは満足げに頷いた。
ゴブリンたちが守っていたらしい奥の小部屋には、古びた宝箱がぽつんと置かれていた。
「おお、宝箱だ」
ザークは目を輝かせ、迷わず駆け寄った。
「ザーク様――」
リリアが何かを言いかけたが、遅かった。
「ガブッ!」
「――え?」
蓋を開けようとした手ごと、宝箱に思い切り噛みつかれていた。
「それは」リリアが慌てて駆け寄る。
「宝箱に擬態して、四次元に吸い込もうと齧り付いてくる、ミミックです!」
「……やっぱり」
手を宝箱――否、ミミックの口に咥えられたまま、ザークは妙に冷静だった。
「この光景、アニメで見たことあるな」
幸い、レベル9999のザークは、四次元とやらに吸い込まれる気配もなかった。
(――四次元、か。……使えるかもしれないな)
呑気にそんなことを考えながら、ザークは咥えられたままの手で、ミミックの表面をこつこつと叩いた。
「おい、ミミック」
返事はない。
「なるほど、意思はないのか。残念だ。……お前を破壊するしかないようだな」
そう言って、噛みついた口の中へ静かに魔力を込めた瞬間――
パカッ、と、ミミックが慌てたように大きく口を開けた。
「なんだ、ちゃんと意思がある様だな」
ザークは自由になった手を軽く振りながら、ミミックの前にしゃがみ込んだ。
「宝箱に擬態、と言ったな。……擬態できるなら、小さいバッグにも擬態できないか?」
……シーン、と静寂が漂う。
「なるほど」
ザークは特に気にした様子もなく、隣のリリアに尋ねた。
「リリア。ミミックの餌となるものは何だ?」
「はい。我々のように、食料を食べるわけではないようです」
「それは分かっている」
「はい。おそらく――四次元に吸収した生命の魔力を、餌にしているようです」
「分かった」
ザークは頷くと、再びミミックに向き直った。
「おい、ミミック。小さいバッグに擬態して俺についてくるなら、餌として三食プラスデザート付きで、俺の魔力を餌として与えてやる。……どうだ」
ミミックの表面が、明らかにキラキラと輝きだした。喜んでいるように見える。
ポンッ、と軽い音を立てて、宝箱は手のひらほどの小さなバッグへと姿を変えた。
「よし」
――《フォン! スキル「テイム」、スキル「パワハラ」を取得しました》
「なんだって? テイムと、パワハラだと?」
――《はい。「お前を破壊するしかないようだ」の部分のせいかと》
「そんな殺生な」
――《ザーク様が何気なく発した言葉でも、相手には精神的苦痛だったりします》
「……そうか。スキル『パワハラ』、なかなか深いな。まさか、パワハラする側に位置付けされるとはな」
ザークはしみじみと呟いた。
「気をつけよう。……そして、パワハラのスキルは消しといてくれるか? 二度としない」
――《かしこまりました》
「テイムの方は……まぁ、こいつが着いてきたからだな」
小さなバッグと化したミミックが、嬉しそうに(そう見えるだけかもしれないが)、ザークの腰にぴたりと収まっ
「――リリア、さっきの魔石を貸してくれ」
「はい? 魔石、ですか」
リリアは不思議そうにしながらも、拾い集めた魔石をいくつか差し出した。
ザークはそれを受け取ると、腰のバッグに向き直った。
「お前、体の中に四次元があるんだろ? 一回飲み込んで、それをまた出す、ということは可能か?」
バッグの表面が、キラキラと輝いた。
「――できるんだな。よし、試しに一つ」
ザークが魔石を一つ、バッグの口に近づける。
「シュン」
魔石は、そのまま吸い込まれるように消えていった。
「よし。次は、出してみてくれ」
……シーン。
バッグは、何も反応しなかった。
「おいおい、まさか」
ザークが顔を近づけると、バッグの奥から、小さく「グー」と腹の虫のような音が響いた。
「……食べてしまってるじゃないか」
呆れたようにため息をつきつつも、ザークは苦笑した。
「そうか、腹が減ってたのか。悪かったな。先に、俺の魔力をやろう」
手をかざし、ゆっくりと魔力を注ぎ込む。バッグの表面が、みるみるうちにツヤツヤと艶を増していった。
「これでもう一度行くぞ。今度は十個」
「シュン」
十個の魔石が、次々とバッグに吸い込まれていく。
「よし、出してみてくれ」
「ペッ!!」
コロン、コロン、コロン――と、十個の魔石が、綺麗に地面へと転がり出てきた。
「……これは」リリアが目を見開いた。「革命かもしれません」
「うん」(ペッ!!はちょっと生物感出て嫌だが)
ザークは満足げに頷いた。
「定番かもしれないが……マジックバッグと名付けよう。
これでアイテムや魔石の持ち運びが、格段に楽になる」
「よし、思わぬ収穫もあったが……先を急ぐか」
一行は気を取り直し、再び通路を進み始めた。この調子なら、この先も問題ない――そうザークは思っていた。
だが、その油断は長くは続かなかった。
「――索敵」
再びマップを広げたザークの表情が、固まった。
「……数は、一、二、三――……百?」
あんな狭い範囲に、百体もの反応が密集している。
「おい、みんな。その角を曲がったあたりに、魔獣の群れがいるはずだ。気をつけろ」
「わかるんですか? さすがザーク様……!」
感嘆の声が上がったのも束の間、角の向こうから無数の光る点が、一斉に押し寄せてきた。
灯りに、その姿が浮かび上がる。
艶やかな黒褐色の体表。
素早く這い回る細い脚。
ぴくぴくと動く長い触角――
「きゃあああああああ!!」
先ほどまでの余裕は、跡形もなく消え失せていた。
「ザ、ザーク様!?」
「――っ、これ、魔獣か!? どう見ても、Gなんだが……! 俺が、俺が一番苦手なやつだ……!」
――《テイムしますか?》
「しない!!!! 絶対にしない!!!!」
「――出ます!!」
ドルシアとメルティナが前に出て、目にも止まらぬ速さで群れを斬り伏せていく。
ザーク、リリア、ガレオン、セリナ
「気持ち悪ーーー。」
ものの数十秒で、洞窟内は静寂を取り戻した。
物陰から生き残りが一匹、ひょっこりと現れ、ザークの足元を横切った。
「うひょーぉぉぉぉ!!」
ザーク二度目の絶叫。
「――大体、どこが魔獣なんだ。ただのGじゃないか」
思わずリリアに抱きつきふくよかな胸な埋もれる。
ザークは涙目で呟いた。
「ザーク様みんなが見ています。こんな場所でなんて大胆なー」
ガレオンが怒りザークを剥がし自分の胸に抱く。
「ザーク様は僕が守るの!!」
普段は圧倒的な威圧感で百体の魔獣すら従わせるザークが、こんなにも情けなく震えている。
そのギャップに、女性陣の間で何かがくすぐられた。
「……なんか、可愛いですね」リリアが口元を緩める。
「わかります。庇護欲というやつでしょうか」
メルティナも頷く。
「弱いザーク様にも魅力的」
ハッとガレオンの胸な埋もれてる事に気づき慌てて勿体無いが冷静に立ち直す。
「お、おい。……他言無用だからな、絶対」
――《弱点データベースを更新しました。項目:G》
「お前は敵か!」
「これ、素材として使えないでしょうか。高タンパクな気がします」
キャロットが死骸を興味深そうに眺める。
「――やめてっっ!!頼むから、その探究心は他で発揮してくれ……!」
悲鳴じみた声が響く洞窟の中、一同がようやく落ち着きを取り戻した頃、奥の方を見張っていたドルシアが、ふと声を上げた。
「――皆さん、あちらを」
灯りの届く先、洞窟の壁面に、下へと続く階段が刻まれているのが見えた。人工的に削られたような、明らかに自然の地形ではない造りだった。
「これは……」
「次の階層、ということでしょうか」メルティナが灯りを近づける。
ザークは階段の入口に立ち、暗闇の奥を見据えた。まだ何かが潜んでいる――そんな気配が、下から確かに漂ってくる。
「……どうやら、まだ先がありそうだな」
一同の顔に、緊張と、わずかな高揚が浮かんだ。
魔晶窟の本当の姿は、まだこの先にあった。




