ep10 100階層と幻獣種
長い階段を降りながら、ガレオンがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、魔獣の分布や生態、危険度なんかも調べるんでしたよね」
「……あぁ、Gのせいで完全に忘れていたな」
ザークは軽く咳払いをして、話を仕切り直した。
「危険度は、星を十段階に分けて設定しようか」
「はい」
「まず、ゴブリンは星一つ、といったところだろう。そして……Gは――」
ザークの目が、一瞬据わった。
「――星十だな」
――《個人の感情を入れすぎです》
「あれはきついんだぞ!」
――《ドルシアとメルティナがあっさり倒していたことを加味すると、星0.5が妥当かと。ちなみに鑑定結果では、Gの戦闘能力は50でした》
「50……」
――《ゴブリンは55です》
「え? ちょっと待て。お前、鑑定ができるのか?」
――《何か問題でも?》
「いや、先に言ってくれてもよかったじゃないか」
――《聞かれなかったので》
「くぅ……こいつ、性格悪っ」
――《私に自我はありません。ですから、「性格が悪い」という表現は最適ではないかと》
「もうわかった! ちょっと口調怒ってるやん!」
ザークは頭を抱えながらも、気を取り直した。
「鑑定ができるなら、分布図なんかも容易に作れそうだな」
――《ちなみに、先ほどの上の階層では、オークキングが出現していました》
「え? なぜ出てこなかったんだ」
――《おそらく、パーティの戦力と、バグが一人いるせいで逃げたのかと。ちなみにオークキングの戦闘能力は150です》
「バグ言うな」
「ゴブリンの約三倍か。星で言うと?」
――《星で言うと、3です》
「わかった。Gとゴブリンとオークキングのデータは帰ってから資料にまとめよう。次モンスターが出てきたら、頼むぞ」
――《承知いたしました》
それから、一行は魔晶窟の階層を、一段ずつ降りていくことになった。
二十五階を降りるごとに現れる、朽ちた石造りの遺構――どうやら、ここも何者かがかつて手を加えた場所らしい――で休息を取りながら、慎重に、しかし着実に、階を進んでいく。
――《オークジェネラル、出現。戦闘能力280。星4。豆知識:オーク種の中でも指揮能力に優れ、群れを統率する個体です》
「なるほど、指揮官タイプか」
――《ミノタウロス、出現。戦闘能力350。星4。豆知識:一見鈍重に見えますが、突進速度は並の魔獣を凌駕します》
「突進だけは、避けろよ」
湖のように水を湛えた階層では、巨大な影が水面を割って現れた。
――《シーサーペント、出現。戦闘能力420。星5。豆知識:水中での戦闘能力は陸上の倍に跳ね上がります》
「水際には近づくな、ってことだな」
砂塵の舞う階層では、地面そのものが盛り上がった。
――《ワーム、出現。戦闘能力390。星5。豆知識:地中を移動する際の振動で、獲物の位置を正確に捕捉します》
「足音、消せるか?」
「無理です」ガレオンが即答した。
コボルト、ハイウルフの群れは連携で乗り切り、キメラの奇怪な咆哮にはセレナが顔をしかめながらも冷静に対処し、双頭のケルベロスにはリリアの氷結が炸裂した。
――《ケルベロス、討伐完了。戦闘能力510。星6》
「一段ごとに、着実に強くなってるな」
誰もが息を切らしながらも、階層を踏破するたびに、確かな手応えを積み重ねていった。
夜、廃墟での野営では、また別の戦いが繰り広げられていた。
「ザーク様の隣は、私が」
「いえ、順番的には私が」
「そもそも警護の観点から言えば、私が適任です」
リリア、ドルシア、メルティナが、それぞれ言い分を主張し合う。
「――こういう時だけ、団結しないんだな、お前ら」
ザークが呆れながら呟く横で、ガレオンとセレナとキャロットは、既に川の字になって仲良く眠りについていた。
「あの三人、逞しいな……」
結局、その日の「ザークの隣」は、じゃんけんで決着することになった。
食事の時間も、決して悪くはなかった。キャロットが持参した携行食は、事前にザークが渡した調味料のメモを元に、素朴ながらも滋味深い味に仕上がっていた。
「胡椒、思っていたより使い勝手がいいですね」
「和食の出汁も、今度試してみたいです」
火を囲んで交わされる会話は、まるで遠征というより、少し長い社員旅行のようだった。
そうして、あれよあれよという間に日数が過ぎ――一行は、ついに百階層へと辿り着いた。
これまでとは、明らかに空気が違った。
巨大な祭壇のような空間の中心に、漆黒の鱗を持つ巨躯が、静かに蹲っている。開かれた双眸が、じろりと一行を睨んだ。
「……これ、魔獣の括りで合ってるのか?」
――《幻獣種・黒龍。……この世界の記録では、データが見つかりませんでした》
「幻獣種……やばそうだな」
――《戦闘能力、53万。星10です》
「53万……」
――《星10は、未知数のモンスターに与えられる区分です。星の数そのものは、当てにならないかと》
「行きます!」
リリアの号令で、一同が陣形を組み、黒龍へと挑みかかる。
意外にも、互角――いや、それ以上に、拮抗した戦いになっていた。
「――あれ、そこそこ戦えてるじゃないか」
――《リリアたちの戦闘能力が平均45万程度だからかと思われます》
「な――セレナも!?」
「はい」
――《セレナの戦闘能力は48万程度。リリアは52万程度です》
「もうほぼ黒龍やん! そんなに強かったのか、お前ら」
ザークは思わず声を上げた。
「頼もしいな……アニメだったら、ラスボスやで」
じりじりと、一行が黒龍を押し始める。だが、次の瞬間、黒龍の全身に、禍々しい魔力が集まり始めた。
――《黒龍の戦闘能力が上昇しています》
スカウターのような、電子音めいた効果音が、頭の中で鳴り響いた。
――《121万》
「まだ力を隠してやがった!」ガレオンが叫ぶ。
「おい、みんな離れろ!」
ザークが叫ぶのと同時に、黒龍の口から、漆黒の炎が吐き出された。
逃げ場のない一撃。リリアたちは、覚悟したように目を閉じた。
だが、炎は途中でぴたりと止まった。
目の前には、片手だけでその炎を軽々と押し止めている、ザークの姿があった。
「ザーク様ぁぁ!!」
セレナが、涙目で叫んだ。他の面々も、同じように瞳を潤ませている。
「――皆、ご苦労。後は任せて、下がっていろ」
ザークは軽く手をかざした。
ほわっと、温かな光が一同を包む。全員の傷が、一瞬で塞がっていった。
「……え?」
「それは、ヒールでは?」
「さぁ、わからんな。……傷を治してやりたいと思いながら、手をかざしただけだ」
「それは」リリアが、うっとりとした顔で呟いた。
「魔族はヒールなど使えないはずこれはもう」
「ん?」
「愛ですね」
「また始まった……」
ザークは、それ以上取り合わず、黒龍へと向き直った。
地を蹴ると、ふわりと体が浮き上がる。
「――てか、普通に飛んでるよな、俺」
悪くない。そう思いながら、迫りくる黒龍の爪を軽々とかわし、その懐へと潜り込んだ。
「――くらえ」
拳を、黒龍の顎に叩き込む。
巨躯が、面白いように吹き飛んでいった。
「あの黒龍を、素手でぶっ飛ばしたー!」
一同の目が、飛び出さんばかりに見開かれていた。
「これで終わりじゃないだろうな」
ザークが油断なく構え直す。だが――
パァァァ、と、黒龍の体が、輪郭から崩れるように消えていった。
「……死んだんかーい!」
――《当然の結果かと、ザークの戦闘能力は56億8千………》
「もうわかった」
拍子抜けしたようなツッコミが、空しく響く。
後には、艶やかな黒い鱗、鋭い爪、牙、そして大きな肉塊が、まるで戦利品のように並んでいた。
「そして――魔石、でっか!」
ザークの拳ほどもある、漆黒の魔石。マジックバッグが、待ってましたとばかりに、それらを次々と吸い込んでいく。
「マジックバッグがあって助かったな」
「……ザーク様。惚れ直しました」
リリアの呟きを皮切りに、あちこちから黄色い悲鳴が飛び交った。
「それより、頑張ってくれた皆に、ご褒美だな」
照れ隠しのように、ザークはそう告げると、視線を奥へと向けた。
開けた祭壇の先、さらに奥へと続く道の向こうから――どくん、と、何か大きなものが脈打つ気配がした。
魔晶窟の、本当の心臓が、そこにあった。




