ep11 貿易の足がかりと古代魔法
黒龍をあっさりと片付けた一行は、その奥――どくん、どくんと脈打つ何かに向かって、慎重に足を進めた。
――《おそらく、この魔晶窟の核だと思われます》
「核、ね」
――《ダンジョンの核は、いわばこの空間の心臓です。周囲の地脈や大気中の魔力を吸収し、超高濃度に濃縮・変換する。核が放つ魔力波が、周囲の環境そのものを造り変えていきます》
「魔石とか鉱石とかも、それ絡みなのか」
――《その通りです。魔石は核から溢れた魔力が急速に結晶化したもの。鉱石は、核の魔力波に長年晒され続けた鉱物が変質したものです。そして――魔獣も、核が生み出す存在の一つ》
「……なるほどな。溜まりすぎると、スタンピードを起こす可能性がある、ということか。定期的に討伐する必要が出てくるわけだ」
「今日まで、立ち入る者がほとんどいなかったから、魔獣の数もあんなに尋常じゃなかったんだな」
一人納得しながら歩みを進めるザークが、ふと足を止めた。
「――そういえば、ゴーレムなんていたか?」
その一言が、まるで呼び水のようだった。
ゴゴゴゴゴ、と地面が唸りを上げ、巨大な岩の腕と、赤く禍々しく光る瞳を持つ頭部が姿を現す。
――ピピピピピピピピピピ
《戦闘能力の上昇を確認。……300万、310万、320万》
だが、その赤い瞳がザークを見つけた瞬間、動きがぴたりと止まった。
「ん?」
ゴーレムは、ゆっくりと後ずさり始めた。
「おい。どういうことだ」
――《ゴーレムの魔力の波動が、不安定です。……ザーク、さっきゴーレムを睨みましたよね?》
「そりゃ、敵だから睨むでしょ」
――《フォン! スキル「パワハ――』
「あーーーっ! 違う! 絶対違う!」
慌てて否定しながら、確認するようにゴーレムへ詰め寄る。
だが、近づけば近づくほど、ゴーレムはさらに後ずさっていった。
やがて、パァァァ、と巨躯が光の結晶となって崩れていく。
「……諦めたーー」
――《フォン! ゴーレムをテイムしました》
「テイムしたんかい! ……いや、たった今消滅したんじゃ?」
光の中心から、ポンッと軽い音と共に、手のひらに乗るほどのチワワのような愛らしい姿が現れた。
「……ゴーレムじゃないのか?」
――《鑑定の魔力反応からゴーレムに間違いないようです。姿形は自在に変えられ、テイムされたことで愛らしい姿に寄せたものと思われます》
「可愛さに、全振りしてきたな」
「ワン!」
(ワン言うてるし)
足元でカリカリと撫でてほしそうにねだる姿に、思わず屈み込んで撫でてしまう。
すぐにリリアたちにも愛想を振りまき始め、次々と女性陣の胸に埋もれていった。
「……羨ましいやつ」
「連れて帰るか」
「「「はい!」」」
見事に声が揃った。
「――さて、次は」
ザークは、改めて核の間へと視線を戻した。
巨大な結晶の塊が、心臓のように脈動している。
触れた瞬間、膨大な情報が脳内に流れ込んできた。
核が発していた「暴走」の正体。
周辺一帯の魔獣を無秩序に呼び寄せ、増やし続けていた根源。
「……これを、抑えればいいのか」
これまで使い道がないと切り捨ててきた二つのスキルが、静かに反応する。
――《スキル《闘争本能の抑制》、発動可能です》
――《スキル《高鳴り》、発動可能です》
「お前ら、こんなところで役に立つのかよ」
苦笑しながら、その二つを同時に核へ流し込む。
荒々しかった脈動が、少しずつ穏やかになっていった。
「これでよし。ここまで出てきたような群れも、高難易度の魔物も、これで俺が管理できる」
一同がほっと息をつく中、ザークの頭の中では、別の思考が回り始めていた。
(――これで、考えてたプランのグロースドライバーが揃ったな。魔獣の脅威という最大のリスクファクターをコントロール下に置けた。これは交渉のレバレッジになる)
「ザーク様? どうかしましたか」
「――みんな、聞いてくれ。ドルシア、メルティナ。お前たちをここまで連れてきた理由、今なら話せる」
「単刀直入に言う。この魔晶窟を、人間側との貿易の起点にする。魔族領には、人間側にない魔石や鉱石、この地でしか採れない薬草や動物がある。
逆に、人間側には、俺たちにない米や小麦、建築の知識、水の浄化技術、加工技術がある」
「魔獣の脅威という『壁』さえ取り除けば、この二つを結ぶことができる、ということですね」ドルシアが頷いた。
「安全な流通路が確保できれば、双方にメリットのあるサプライチェーンが構築できます」
「私を連れてきた理由も、これで分かりました」
メルティナも続く。
「流通路の整備、検問所や街道の管理……内政部の仕事そのものですね」
「それに、もう一つ。核を制御した今、この魔晶窟自体をは
『ダンジョン』として、外に開放する。
危険度を調整しながら、人間の冒険者にも、魔族の戦士にも挑戦できる場所として提供できる。
魔石も採れる、運が良ければミスリルも出る。興行として成り立たせれば、双方にとって新しい収入源になる」
「魔獣管理部の仕事も、ここに直結しますね」ガレオンが噛み締めるように呟いた。
「ただ、ただ解放するだけじゃ駄目だ」ザークは続けた。
「いずれ、魔族領と人間側、双方の街に冒険者ギルドを立てる。ギルド同士は連携を図らせる」
「冒険者?ですか」
「ああ。『冒険者』という職業を作って、ギルドに登録させる。登録には、一律の金額を払ってもらう。……そして、ランクをつける」
「ランク?」
「各階層ごとに難易度を設ける。特定のランクに達しない限り、下層への立ち入りは禁止だ。冒険者以外は、原則ダンジョンへの立ち入りも禁止にする」
「危険すぎませんか」メルティナが眉を寄せる。
「大丈夫だ。この魔晶窟は、俺の管理下にある。モンスターの強さは調整できるから、死者が出ないようにできる。……ここはまだ課題も残るが、要するに、アトラクション感覚で仕事をしてもらう、というわけだ」
ザークは、ふと遠い目をした。
「仕事で死ぬなんて、馬鹿げてるからな」
(――俺は死んだが)
「戦利品をギルドや街の武器屋に持ち込めば、街も潤う。人と魔族の交流も、そうやって少しずつ増えていくはずだ」
リリアたちは、興味深そうに耳を傾けていた。
「――にしても」セレナが、ふと辺りを見回した。「ザーク殿、人間の私が言うのもなんですが、こんな未来、少し前までは想像もしませんでした」
リリアが小さく微笑んだ。
「これから、もっと面白くなりそうですね。」
そんな話をしていると、核の背後に、見慣れない紋様が床に刻まれているのが目に入った。
「――なんだ、これ?」
――《古代魔法の一つ、転移魔法陣のようです》
「なるほど。……行き先は、鑑定できるか?」
――《はい。魔晶窟の入り口付近のようです》
「ほんとか! それは助かる。何せ、百階層もあるからな」
一同で魔法陣に足を踏み入れる。
「行こう。」
「は、はい」
皆がザークの腕に捕まり恐る恐る魔法陣へ入る。
魔法陣が、淡く光り始めた。フッ、と視界が切り替わる。
――《古代魔法の術式を解析。……なるほど、実に面白い。フォン! スキル「瞬間移動」を取得しました》
「へ?ガリレ…」
見渡せば、そこはミミックと出会った、一階層の小部屋だった。
「本当に転移した様だな」
「――ちょっとみんな、待っててくれ。試したいことがある」
(さっき瞬間移動を取得しましたって言ったよな。どうやるんだ)
――《行ったことのある場所を、なるべく鮮明に思い出してください。そこにいるかと思えるくらいに》
(思い出してるぞ)
――《では、中指と人差し指を眉間に当て、そこへ飛ぶようにイメージしてください》
「わかった」
(完全に、あの憧れのアニメと一緒だ。嬉しすぎる)
「ザーク様っ」
フッ、とザークの姿が掻き消えた。
パッ、と景色が切り替わる。さっきまでいた百階層――核のある場所へ、戻ってきていた。
「成功だ! これは、どのスキルよりもテンション上がるぜ」
「さあ、戻るか。えーっと、さっきの場所は――」
……。
――《どうかしましたか?》
「場所が、鮮明に思い出せない。……どうしよう」
――《それなら、リリアの魔力は感じられますか? 私が鑑定スキルを持っているので、可能だと思いますが》
「やってみる」
目を閉じ、意識を集中する。暗闇の中に、いくつもの光る魔力が浮かび上がってきた。
「――おっ、これはガレオン、こっちはセレナ、メルティナ、ドルシア……じゃあこれがキャロット、これがリリアだな」
手探りで、魔力を優しく掴むように確かめていく。
「……柔らかい魔力だなー」
「よし」
フッ、と姿を消し――
パッ、とリリアたちの前に戻ってきた瞬間、ザークは異様な空気に気づいた。
女性陣が、全員そろって顔を真っ赤にし、その場にへたり込んでいる。
「ん? どうしたんだ? 皆さん、なんだか……女の顔になってますが」
「ザーク様」リリアが、震える声で切り出した。「消えておられる間、私たちに、何かされましたか?」
「何かとは?」
「あの……皆の胸を、優しく包み込むように……なんと言うか」
「揉みしだくように」ドルシアが顔を伏せたまま補足する。
「!!!」
(――しまった。魔力を感じようと触っていたのは、皆の胸だったのか。……道理で)
「す、すまん。新しい技がまだ不慣れで、つい」
「やはり、ザーク様でしたか」
リリアは、なぜか安堵したような、それでいて頬を染めたままの表情で頷いた。
「他の誰でもなく、ザーク様になら許せます」
「許せるんかい」
だが、ザーク自身も、内心穏やかではなかった。
(――しかし、俺は前世では、女性と付き合ったことすらなかった。……強い女性でも、あんな表情をするのだと発見できた。皆を守ってやらねばと、胸が熱くなった。……胸、胸か。感触を忘れられない)
――《フォン! スキル「隠密エロオヤジ」を取得しました》
「どんなスキルだ、エロオヤジって」
――《正確には隠密スキルですが、皮肉ってネーミングしました》
「こいつっ!」
――《ふんっ!》
「ふんって……もしかして、怒っているのか?」
――《怒ってません。今は話しかけないでください》
「やっぱり怒ってるじゃないか」
――《わ、私に自我はありません。お、お怒ってるなんて、ありえません》
「……多分、君、自我あるよ」
「ザーク様、今のは一体……」
「――瞬間移動ってやつだ」
憧れのアニメと同じ台詞を、言ってみたかっただけだった。
「な、なんですって……」
リリアの瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「ついに、ザーク様は魔法陣なしで転移魔法まで習得なさるとは……私たち、尊敬の念が爆発しそうです」
「大袈裟だな……」
洞窟の奥から差し込む、微かな光。魔晶窟の本当の姿は、これから少しずつ、形を変えていくことになる。




