ep6 勇者とコーシー
窓口構想を固めている最中、事態は急変した。
「魔王様! 緊急事態です!」
伝令の魔族が、血相を変えて駆け込んできた。
「何事だ」
「先日、東の砦から撤退した人間の冒険者たちが、王都に戻り――『魔王軍に一方的に攻撃された』と言っているようです。」
「……は?」
俺は思わず声を上げた。
「攻撃したのは向こうだろう。撤退する背中を狙ってきたのも」
「はい。ですが、報告では、人間側はそう主張してます。……。結果として、王都はこれを『魔王軍による侵略行為』と受け取ったようでして…。」
「まさか」
「勇者一行に、正式な討伐命令が下されました。既に、こちらへ向かっているとのことです」
「……冗談だろ」
――《残念ながら、事実のようです》
(お前も残念がる感情あるのか)
――《表現上の演出です》
(今それを言うタイミングか)
リリア、ドルシア、メルティナ、ガレオンが、次々と部屋に集まってきた。
「ザーク様、これは……」
「あの冒険者の嘘によって人間側が動き出した。。窓口を作る前に、これか」
俺は、こめかみを押さえた。せっかく心理戦で、争わずに済む仕組みを模索し始めた矢先だった。
「とにかく、迎え撃つ準備をしつつ、可能な限り話し合いの機会を探る。全面戦争だけは避けたい」
「畏まりました」
ガレオンが、真剣な顔で頷いた。以前とは、明らかに目つきが違っていた。
翌日。
国境の平原に、人間側の一団が姿を現した。先頭に立つのは、白銀の鎧を纏った、一人の女性だった。
「あれが……勇者か」
――《はい。名は不明ですが、記録上『勇者』の称号を持つ人物と一致します》
(どこの記録だ?)
――《胸にゆうしゃの名札がありますから》
(記録じゃなくて生の情報ね。)
(この世界は名札があるんだっな。すっかり忘れていた。)
「私の名はセレスティーナ!国王様より伝言を預かっている」
「此度の件、魔王軍による侵略行為と受け取った」
「もう容赦はしないから覚悟しろ。謝って降伏するなら今のうちだ」
「謝っても許してやるものか」と
ザーク
(一国の国王がなんて子供の喧嘩みたいな脅し文句を言ってくるんだ…。)
俺は、両手を上げながら、前に進み出た。
「いったい何の真似だ?」
「話し合いがしたい…。」
「黙れ、魔王!許しをこう者を後ろから襲ったやつがなにを…。」
セレスティーナは、俺の言葉を聞き入れる気はないようだ。
「お前たちが、何を企んでいようと関係ない。罪のない者を襲う者は、悪だ。悪は、裁く。それだけだ」
「いや、聞け。攻撃したのは――」
「問答無用!」
セレスティーナが、剣を構えて突っ込んできた。
――《交渉の余地は、極めて低いと判断します》
(見りゃ分かる)
初めての戦闘、剣が来るっ!
だがその動きはびっくりするほどスローに見えた。
――《2人のレベルが違いすぎる結果だと思われます》
(そうかこれなら受け止められる。)
俺は迫る刃を、片手で受け止めた。
「……なっ」
勇者の目に、初めて動揺が走った。
「な、なぜ、素手で……」
「話をしたいだけだ。斬り合うつもりはない」
「戯言を!」
勇者は、体勢を立て直し、再び斬りかかってくる。俺はそれを、最小限の力で受け流し、いなし続けた。
ガレオンが叫んだ。
「魔王様、お下がりください、ここは僕が……!」
「いや、いい。誰も傷つけずに終わらせる」
しばらく、攻防が続いた。だが、俺は一度も攻撃せず、ただ受け流し続けた。
勇者の息が、次第に上がっていく。
「……なぜ、反撃しない」
「反撃する理由がない」
「魔王のくせに……人間のような、甘い戦い方を……」
「魔王のくせにとか言い方よくないよね」
勇者は、そう呟きながら、剣を下ろした。その目には、困惑の色が滲んでいた。
「……今日のところは、退く」
「え?」
「だが、必ず戻ってくる。お前の真意を、見極めるまでは」
勇者一行は、そう言い残して、撤退していった。
(真意を見極める、ね)
――《勇者の発言から、あなたに対する強い違和感が生じたと推測されます》
(違和感?)
――《魔王らしからぬ言動、および戦い方です》
俺は、なんとなく嫌な予感がした。
その予感は的中した。
深夜、城の一角で、リリアが妙な人影を発見した。
「……誰?」
物陰に隠れていたのは、頭に不自然な角――どう見ても、紐で括り付けただけの偽物――を生やした、小柄な人物だった。
「わ、私は、しがない下級魔族です……」
「その角、右にずれてますよ」
「……あっ」
リリアが指摘すると、人物は慌てて角を押さえた。その拍子に、フードがずれ、白銀の髪がこぼれ落ちる。
そして胸の名札にはゆうしゃ。
「あなたは……昼間の、勇者?」
「なぜそれを?」
「…………」
「だって名札にも書いてますし…。」
「はっ!!」
勇者は、観念したように、フードを完全に脱いだ。
「バレたか」
「バレるよ」
「バレバレでした。名札、角、リボンで結んでるだけですよね、それ」
「他に方法がなかったんだ!」
「逆によくここまでこれたな。」
「一応隠密スキルを使ってここまできたんだ」
騒ぎを聞きつけ、俺、ドルシア、メルティナ、ガレオンも、次々と駆けつけた。
「ザーク様、これは……」
「昼間の勇者、セレスティーナと言ったな」
俺は、改めて勇者を見た。
「なぜ、こんな格好で潜入した」
「勇者丸出しでは潜入できないと思い即席で変装出来ないかと…。」
「それに」
「……お前の戦い方を見て、確かめたくなった。本当に、お前は魔王なのか、と」
「魔王で合ってるが」
「では、なぜ、あんな甘い戦い方をした。人間のように、話し合いなど求めて」
「甘いとは思わないけどな。無駄に殺し合う理由がないだけだ」
勇者は、しばらく黙り込んでいた。
その間、周囲の空気は、明らかに緊張していた。ガレオンは剣の柄に手をかけ、リリアも警戒したまま動かない。
「……覚悟は、してきた」
勇者が、ぽつりと呟いた。
「敵地に単身潜入した以上、正体が露見すれば、殺されても文句は言えない」
「…………」
場に、しばしの沈黙が流れた。
俺は、少し考えてから、口を開いた。
「まあ、コーシーでも飲んでいけ」
「……え?」
勇者が、間の抜けた声を上げた。
「コーシー?」
「豆から淹れる飲み物だ。城の応接間にある。話をするなら、殺し合うより、そっちの方が早い」
「な……何を言って……」
「殺す気なんて、最初からない。それより、お前の話が聞きたい」
勇者が、呆然とこちらを見つめている間に――背後で、想像通りの騒ぎが起きていた。
「ザーク様! 急に人間に飲み物を勧めるなんて、お心が広すぎます……!」
リリアが、うるうるした目でこちらを見ていた。
「そ、それより、警戒を怠るべきではないのでは……!」
ドルシアが、眼鏡を押さえながら現実的な指摘をする。
「い、いえ、でも、敵意がないなら、対話も一つの手かと……」
メルティナが、おずおずと擁護に回る。
「魔王様、それなら僕も同席します! いざという時は、この剣で……!」
ガレオンが、勢いよく前に出てくる。
四人が、それぞれの立場から、我先にと言葉を重ねていく。ギャーギャーとした賑やかさに、セレスティーナは完全に置いてけぼりになっていた。
「……お前の部下たちは、随分と、騒がしいんだな」
「悪いな、いつもこうだ」
「……嫌いじゃない」
勇者は、ぽつりと呟いた。
「王都は、もっと静かで、堅苦しい」
結局、その夜。
応接間には、俺、勇者、そしてなし崩し的についてきたリリアたち四人が集まり、コーシーを囲むことになった。
「……美味い」
勇者が、カップに口をつけて、意外そうに呟いた。
「王都にも、似たようなものはあるが、これほど香り高くはない」
「良かった、口に合ったみたいで」
「魔王領ビーンズ村のコーシー豆は質がいいんだ」
俺たちは、そのまま、とりとめのない話を続けた。
セレスティーナは、王都の人間たちの暮らしや、討伐命令の裏事情を、少しずつ語り始めた。
「実を言うと、私自身も、無益な争いは望んでいない。だが、上の命令は絶対だ」
ガレオンが、苦笑しながら言った。
「ザーク様の命令は絶対っていうか、そもそも今のザーク様が話の分かる人なんで、命令自体が理不尽じゃないですけど」
「今のとは?」
「なんかザーク様少し変わられたようで」
「ぎくっ」
ザーグは少し顔が引き攣る。
「羨ましい話だ」
セレスは、小さく笑った。初めて見せる、柔らかい表情だった。
「それにしても」
セレスは、コーシーのカップを両手で包みながら、ふと周囲を見渡した。
「お前たち、本当に賑やかだな。さっきから、四人がかりで言い合いをしているかと思えば、急に息ぴったりに頷いたり」
「賑やか、というか、騒がしいだけかと」
ドルシアが、眼鏡を押さえながら苦笑した。
「いえ、私は、賑やかで良いことだと思います」
メルティナが、控えめに口を挟む。
「ところでどこで作ったんだ?あれ」
とザークが言った。
「野営のテントで咄嗟に使えそうな者で必死に作ったんだ」
セレスは、耳まで赤くなりながら、コーシーに視線を逃した。
「もうあの角の事は言わないでくれ。」
一同はズレた角を思い出し思わず笑うしかなかった。
恥ずかしさを紛らわすようにセレスティーナ
「オホン!ところで」
「ガレオンさんでしたか。あなたも、随分と真っ直ぐな性格のようですね」
「そうかな? よく、僕は単純だとは言われるけど」
「単純と真っ直ぐは、似ているようで違います。悪くないと思いますよ」
「お、おお……なんか、褒められた気がする」
セレスと、リリアたちのやり取りは、初対面とは思えないほど、自然に噛み合っていた。敵同士のはずの相手と、いつの間にか、女同士の軽口を叩き合っている。
(なんだこれ。案外、こいつらの相性、良いんじゃないか)
――《観察結果を報告します。セレスとリリアたち四名の会話パターンには、高い親和性が見られます》
(お前もそう思うか)
――《はい。特に、ガレオンへのからかい方に、息の合った連携が確認できます》
(連携て)
俺自身が話しかけるより、女同士の会話の方が、よほど自然に打ち解けていた。武器を交えていた数日前が、嘘のようだった。
「……こういうの、悪くないな」
セレスが、ぽつりと呟いた。
「王都では、ここまで気を許して話せる相手は、あまりいない」
「私たち人間と何も変わらないのかもな。」
「なら、また来ればいい。今度は、玄関から」
「か、か考えておく。」
そう言いながらも、セレスの口元は、隠しきれないくらいに緩んでいた。
夜が更けるまで、応接間には、コーシーの香りと、賑やかな話し声が絶えなかった。
――《補足です。本日の学び:敵対関係にあった相手でも、女性同士の相性は、案外あっさりと成立するようです》
(お前、たまに核心を突くよな)
こうして、魔王城改革プロジェクトは――剣を交えるはずだった相手と、コーヒー一杯とリリアたちの人柄を挟んで、思いもよらぬ形で、世界平和への小さな一歩を踏み出すことになった。
応接間には、まだコーシーの香りが微かに残っていた。
セレスたちの姦しい声が遠ざかり、扉が閉まる。ようやく静けさが戻った部屋で、ザークは冷めかけたカップを手に取り、もう一口口をつけた。
隣に控えていたリリアが、空いたカップを片付けようと手を伸ばす。
「……ありがとうな」
ザークがぼそりと呟いた言葉に、リリアの手が止まった。
「……はい? 何か仰いましたか?」
「いや。今回みたいなやり方……争わずに、コーシーでも飲みながら、というのは、俺のワガママみたいなものだっただろう。それに、リリアも、皆も付き合ってくれた。それが、有難いと思ってな」
補助思考システムが小さく効果音を鳴らしかけたが、ザークは咳払いでそれを黙らせた。柄にもないことを言っている自覚は、本人にもあった。
リリアはしばらく、カップを持ったまま固まっていた。それから、ふっと表情を緩める。いつもの、少し照れたような、それでいてどこか誇らしげな顔だった。
「……ザーク様。私たちは、ザーク様がされることでしたら、どんなやり方であっても、ついていきます。それが争わない道であっても……たとえ、もっと突拍子もない道であっても」
「魔王軍が破滅しても?」
「ふふ。それでも、です」
リリアはそう言うと、深く一礼した。頭を上げたとき、その目には迷いのかけらもなかった。
「ザーク様のやり方が、間違っているとは思いません。今日だって……セレス様たちと、あんな風に笑い合える結末になるなんて、以前でしたら考えられませんでした」
「俺は、ただ話し合っただけだ。特別なことはしていない」
「それが、特別なんです」
リリアの声は静かだったが、確信に満ちていた。ザークは何か言い返そうとして、結局言葉が見つからず、代わりにもう一口コーシーを飲んだ。
――《リリアの忠誠度、女性ホルモン分泌量更に上昇。……これはもう忠誠という言葉で片付けていい感情ではない気がします》
「忠誠心はまだ分かるがなぜ女性ホルモンが分泌したんだ?」
――《分かりませんよ》
「お前!たまにきついよね。」
「……何か仰いましたか?」
「いや、何でもない」
ザークはそう誤魔化しながら、窓の外へ目をやった。夕暮れの光が差し込む応接間に、コーシーの香りだけが、いつまでも漂っていた。




