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目が覚めたら魔王でした。戦いたくないので世界平和を目指します。  作者: ハルヒ


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ep30 モフモフ現る。

「漁業か……」


 執務室の窓から湖のきらめきを眺めながら、ザークは小さく呟いた。


 先日のBBQで確信した。

この湖の魚は豊富だ。


だが、漁業となると話が変わる。

アルトバイエルの者たちは、長年川で漁をしてきた経験がある。

造船技術も網の扱いも、魚の見極めも、こちらより一枚も二枚も上手のようだ。


(今から俺たちが一から漁を始めるより、向こうに任せたほうが効率はいいよな)


 《――ザーク、試算結果です。自前で漁業部門を立ち上げる場合のコスト比べ、アルトバイエルから直接買い付ける形式は、約2割のコストで済みます》


「やっぱりそうだよな。」


 ならば、シャウエッセルに港を作り直し、アルトバイエルの漁師たちから魚を直接買い付ければいい。

輸送時間も短縮できるし、向こうの雇用も守れる。

誰も損をしない。


「セレナと話をしないとな」


 ザークが立ち上がった、ちょうどその時だった。

街が騒がしいな。


「……ん? ギルドの方か?」



 冒険者ギルドの前には、人だかりができていた。


 中に入ると、受付カウンターの前に、冒険者たちがずらりと列をなしている。

みな一様に不満顔で、あちこちから不満の声が上がっていた。


「どう考えても無理だろ!」


「詐欺じゃないのか!」


「ゴブリンすら倒せないじゃないか!」


 ザークは人混みをかき分け、受付カウンターの奥へ向かった。


「キキ、ララ。ご苦労様」


「あっ、ザーク様! お疲れ様です!」


 深々と頭を下げたのは、二人の受付嬢だった。

ゴルドリックの計らいで、アルトバイエルから手伝いに来てくれている娘たちだ。

キキは栗色の髪のおっとりした子、ララは黒髪のしっかり者。どちらも笑顔が見事に整っている。


(ゴルドリックさん、選りすぐりと言っていたが、本当に選りすぐりだな……)


 胸の名札は、二人とも「うけつけじょう キキ」。ララのほうは「うけつけじょう ララ」と書かれている。

(2人合わせてキキララだな)

(冒険者登録者が増えそうだな)


「ザーク様、実はガレオン様が対応してくださっているのですが……」


 キキが困ったように眉を下げて、カウンターの端を指差した。


 胸に「ぎるどますたぁ」の名札をつけたガレオンが、大きな身振り手振りで、冒険者たちに何かを力説している。


「だから! サッと避けて、ぐわっと切り込んでシャで勝てるんだってば!」


「サッと……ぐわっ……シャ?」


「そう! サッ、ぐわっ!…シャ」


 冒険者たちは、全員が困惑の目をしていた。


「ガレオン、どうした?」


「あっ、ザーク様! 聞いてよ、みんなが一層目すら突破できないって苦情を言ってくるんだ! アルトバイエルからの登録も増えて、順調だったのに!」


「で、説明は?」


「サッと避けて、ぐわっと切り込んでシャで勝てますって、何度も言ってるのに、全然わかってくれないんだよ!」


「そりゃそうだ」


 ザークは苦笑した。

ガレオンの説明は、ガレオンが強いから成立する説明だ。

普通の冒険者には、サッとも、ぐわっとも、シャもできるはずがない。


「ララ、冒険者の登録資料を見せてくれ」


「はい、こちらです」


 受け取った束を、一枚ずつめくる。

名前、年齢、職業、挑戦した階層とその結果。


 ザークの指が、途中でぴたりと止まった。


(……全員、ソロじゃないか)


 もう一度、最初から確認する。やはり全員だった。

パーティを組んでいる者が、ひとりもいない。


「なぜ、パーティを組んでいないんだ?」


 近くにいた冒険者に尋ねると、男は肩をすくめた。


「いや、だって……ここのダンジョンって、入場料を払って一人ずつ入るんだろ? だから、てっきり一人で挑戦するもんだと」


 ザークは額に手を当てた。


 ……そうか。これは、俺のミスだ。


 自分は前世のゲーム知識で、ダンジョンといえばパーティで挑むものだと、当たり前に思っていた。

だが、この世界の者たちにとって、ダンジョンは初めて触れるものだ。

説明しなければ、わからなくて当然だった。


 《――ザーク、案内書にもパーティ編成に関する記載はありません。ミスは、設計段階で発生しています》


(しまったな。思い込みは良くなかったな。)


 ザークは背筋を伸ばし、ギルドホールの中央に立って、大きく息を吸った。


「みんな、聞いてくれ!」


 ざわめきが、一気に静まる。


「まず、謝らせてほしい。説明が足りなかった。これは、俺のミスだ」


 ホール中の視線が、ザークに集まった。


「このダンジョンは、ソロプレイには向いていない。最初に伝えるべきだった」


 どよめきが起こる。


「ダンジョン攻略は、何人かで編成を組んで挑むのが普通なんだ。攻撃役、防御役、支援役。それぞれが役割を分担して、初めて先に進める。そして経験を積めば自ずとレベルも上がる。このダンジョンは、100階層まである」


「ひゃ、100階層……!?」


「そんなの、ソロじゃ絶対に無理だ!」


「そういうことだ。だから、ぜひパーティメンバーを見つけてほしい。ギルドの酒場には、メンバー募集の掲示板も作る」


 ザークは、深く頭を下げた。


「それから、今回の入場料は、全額返金させてもらう。説明不足だった、こちらの責任だ。どうだろう?」


 一瞬の沈黙のあと。


「…………えっ」


「全額、返金……?」


「そんな、ありがたい……」


 冒険者たちの間に、感動が広がっていった。


「文句なんかあるはずがありません!」


「むしろ、こんなに良くしてもらって……!」


「次はちゃんと仲間を探して来ます!」


 一人、また一人と、頭を下げて礼を言っていく。キキとララは、ほっと胸をなで下ろして顔を見合わせた。


「ふう……」


 ザークも、小さく息を吐いた。


「ザーク様、ありがとう」


 いつの間にか、ガレオンが隣に立っていた。耳まで赤くして、もじもじとうつむいている。


「パーティなんて、僕、頭になかったよ。ごめんなさい」


「お前のせいじゃない。むしろ、一生懸命説明してくれたんだろう?」


「うん……サッと避けて、ぐわっと……」


「その説明は、あとで一緒に考え直そうな」


「うん」


 《――ザーク、ガレオンの説明は、もはや言語というより擬音の領域です》


(ガレオンらしいがな)



「失礼します! ザーク様!」


 息を切らして駆け込んできたのは、街道の見張り台を守る衛兵だった。


「どうした、そんなに慌てて」


「猛獣の森の向こうから、使者を名乗る者が来ております! 隣国の者のようです!」


「隣国?」


 ザークは目を瞬かせた。


猛獣の森の向こうには、別の国があるとは聞いていた。

だが、これまで一度も接触はなかった。

森自体が天然の障壁になっていたのだ。

それが、街道を整えて交易路ができたことで、噂が広がったのだろう。


「わかった。会おう。通してくれ」


「はっ!」


 ほどなくして、ギルドの前に、一人の少女が現れた。


 ザークは、その姿を見て息を呑んだ。


 柔らかそうな栗色の髪。旅装の上に羽織った深緑のマント。そして。


 頭の上に、ぴょこん、と立った三角の耳。

腰のあたりでは、ふわふわの尻尾が、ゆらゆらと左右に揺れていた。


 ……モフモフ、獣耳。獣耳だ。しかも本物だ。

耳が、ぴくぴく動いている。


(モフモフ、獣人! 獣人きたーーーー!!)


この世界に来てから自分は意外とオタクだったんだなと気付かされる。

ザークの胸中では盛大にファンファーレを鳴らした。


《――ザーク、顔が緩んでいます。表情筋の制御を推奨します》


(わかってる。わかってるが、無理だ)


 《――視線が耳に固定されています。三秒以上の凝視は、失礼にあたります》


(今、何秒だ)


 《――七秒です》


 ザークは、あわてて咳払いをした。


「ようこそ、シャウエッセルへ。俺は魔王のガノンザーク フォン ディザスターだ。ザークと呼んでくれ」


「お目にかかれて光栄です、魔王様!」


 少女は尻尾をぴんと立てて、元気よく頭を下げた。


「わたし、フェルディア獣王国から参りました、使者のミーナと申します! 獣王陛下の命により、貴国との交易について、ご相談に参りました!」


 胸の名札には、可愛い肉球のスタンプが押された名札だった

。


(名札に肉球だけが押されている……可愛い……)


 《――ザーク、考えが漏れています》


(心の中だ、問題ない)


 《――眼鏡が割れる予兆を検知しました》


「え?」


 ぱき。


 背後で、聞き覚えのある音がした。


 振り向くと、いつの間にかギルドの入口に立っていたリリアの眼鏡が、見事に斜めにひび割れていた。


「…………ザーク様」


「ち、違う、リリア。これは、そういうことじゃなくてだな」


「いえ、使者の歓迎に参りました。お気になさらず」


 笑顔だった。笑顔なのに、眼鏡が、ぴき、ぴき、と音を立てて割れていく。


「ミーナ様、ようこそお越しくださいました。リリアと申します」


「わあ、素敵な方……! よろしくお願いします!」


 ミーナは、リリアの割れた眼鏡にまったく気づかず、無邪気に手を握った。


 ガレオンが小声で囁く。


「ザーク様、耳、見すぎ」


「見てない」


「見てたよ」


 ザークは天を仰いだ。


 応接室に通されたミーナは、出されたコーシーを一口飲んで、目を丸くした。


「おいしい……! これ、噂のコーシー豆ですか?」


「ああ。ビーンズ村の特産品だ」


「うちの国でも、評判になっているんです。アルトバイエルがシャウエッセルから仕入れた魔族領の新しい飲み物があるって」


 ミーナは尻尾をぱたぱたと揺らしながら、嬉しそうに言った。


「実は、わたしが派遣されたのには、理由がありまして」


「理由?」


「最近、アルトバイエルから国境の市場に入ってくる魚が、すごく新鮮なんです。しかも、その馬車には、魔族領の品が一緒に積まれていて」


 ザークとリリアは、顔を見合わせた。


「以前は、そんなことはなかったんです。それで、獣王陛下が『アルトバイエルとシャウエッセルの間に、何か動きがあったに違いない』とおっしゃって、わたしが様子を見に来ることになりました」


「なるほど。交易の馬車が、そのまま噂になっていたのか」


「はい! 特にお魚は、うちの国では大人気で。入荷の日は、市場に行列ができるんです。猫獣人は、みんなお魚が大好きなので、それとウインナーも大人気です。」


 ミーナの耳が、ぴくぴくと動いた。口の端が、ほんの少し緩んでいる。


(食材を思い出してよだれが出かけてるな)


《――ザーク、視線が口元に移っています。凝視は失礼にあたります》


(わかってる)


 ザークは咳払いをして、話を戻した。


「それで、獣王陛下は、交易をお望みなのか」


「はい。ぜひ貴国と、お取引をしたいと。ただ、ひとつだけ心配なことがあって……」


「なんだ?」


「魔族領と人間領は、長年争っていると聞いていたんです。両方と取引をしたら、どちらかに怒られるんじゃないかと……」


 ザークは、リリアと顔を見合わせて、小さく笑った。


「その心配はいらない。アルトバイエルとは、敵対していない」


「えっ」


「国王のセレナ陛下とも、商人ギルド長のゴルドリックとも、いい関係だ。交易も、順調に進んでいる」


「そうなんですか!? よかったぁ……」


 ミーナは、ほっとして胸をなで下ろした。尻尾が、ふわりと緩む。


「では、ご安心ください。獣王国とも、同じように付き合っていきたいと考えている」


「はい! ……あ、でも、そうだ。あと、もうひとつだけ……」


 そこで、ミーナの耳が、ぺたんと伏せられた。


「なんだ?」


「実は、少しだけ、お伝えしておきたいことがあるんです。わたしたち獣人は、気のいい者が多いのですが……その、悪い人たちも、残念ながら、少なくありません。国境付近には、商人を装った密売人や、お金目当ての闇商人が、たくさん出入りしていて」


 リリアの表情が、すっと引き締まった。


「闇商人、ですか」


「組織名を『夜鳴屋』と言いまして獣人だけになかなか尻尾が掴めません」


(………)


「夜鳴屋か。」


「最近、特に困っていることがあって……」


 ミーナは、マントの内側から、小さな革袋を取り出した。口を開けると、数枚の硬貨が、ちゃりん、と机の上に転がった。


「国境の市場で、最近出回り始めた硬貨です。見た目は、人間領の『ギル』にそっくりなんですが……」


 ザークは、硬貨を一枚つまみ上げた。


 一見、普通のギル硬貨に見える。重さも、手触りも。だが、裏返したとき、ザークの目が、わずかに細くなった。


 《――ザーク、刻印の位置が、公式の硬貨より0.3ミリずれています。魔力反応も、微弱ながら混じっています》


「……偽造だな。しかも、かなり精巧な」


 部屋の空気が、ぴりりと張りつめる。


「わたしたちの国にも、そっくりな偽物が出回っています。もしこれが、シャウエッセルとアルトバイエルの取引にまで入り込んだら……」


 リリアが、割れた眼鏡を指で押し上げた。


「交易が軌道に乗り始めた、この時期に」


「ああ。ダルとギルの信用が、一気に崩れかねない」


 ミーナが、不安そうにザークを見上げていた。耳がぺたんと伏せられ、尻尾が小さく丸まっている。


 ザークは、にっと笑った。


「ありがとう、ミーナ。よく教えてくれた。この情報は、必ず役に立てる」


「ほ、本当ですか!」


 耳が、ぴんと立った。尻尾が、ぶんぶんと左右に揺れ始める。


(……やっぱり可愛いな)


 《――ザーク》


(わかってる)


 《――リリアの眼鏡が、予備の三本目に交換されました》


 ザークは、背筋を伸ばして、ミーナに向き直った。


「まずは、歓迎の宴を開こう。話は、それからだ」


 応接室を出ると、廊下の向こうから、ララが小走りでやって来た。


「ザーク様、少しよろしいでしょうか」


「どうした?」


「返金の整理をしていたのですが、入場料の中に、これが紛れておりました」


 ララが開いた手のひらには、一枚の硬貨が載っていた。


「なんか数枚重さが違う感じがして…」


 ザークは、指でつまんで裏返す。


 《――ザーク、刻印が0.3ミリずれています。先ほどの硬貨と同一のものです》


(もう、うちに入り込んでいたのか……)


「ララ、この硬貨で入場料を払った者を覚えているか?」


「はい。黒いローブを被った方が、数名で来られました。五階層まで踏破されて、戦利品を抱えて戻っていかれました」


「五階層まで?」


「はい。かなりお強くて。ただ、フードを深く被っていて、お顔は見えませんでした。……そういえば、フードの上のほうだけ、やけに尖っていて、そういう流行りのデザインなのかと」


「…………」


 ザークは、額に手を当てた。


 獣人だ。


 ララは、まったく気づいていなかった。無理もない。フードの中に耳を隠されていたのだから。


 偽の硬貨で入場料を払い、本物の戦利品だけを持って帰っていったわけだ。


「やられたな……」


 《――ザーク、猛獣の森を一直線に抜ける街道には、扉がありません。見張り台も、人の出入りまでは記録していません。その道を通って来た可能性が高いです》


(そうか。鉄扉は、森の魔獣を外に出さないための扉だ。人の出入りを止めるものじゃない)


 ザークは、静かに息を吐いた。


(猛獣の森が抜けられるようになった、弊害だな)


 橋を作り、道を整え、鉄扉で魔獣を封じた。すべては、アルトバイエルとの交易のためだった。獣人の国と繋ぐつもりなどなかった。


(そんなためじゃなかったんだが……)


 こちらから行けるようになったのだ。向こうからも来るに決まっている。


「ララ。この件は、まだ誰にも言うな。リリアとガレオンには、俺から話す」


「かしこまりました」


 応接室の扉の向こうからは、ミーナが「きゃっ」と跳ねる声が聞こえてきた。リリアが、尻尾にそっと触れようとしているらしい。


(ミーナは信用できる子だ。だが、夜鳴屋の連中が、彼女と無関係とは限らない)


 《――ザーク、夜鳴屋、少し探る必要がありそうです。》


「……ああ。宴は予定通りやる」


 ザークは、硬貨を強く握りしめた。



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