ep28 交易始めます。
ここは新しく城下町からヴルストブルグへと名前を変えた街の入口。
橋の向こうに、土煙が見えた。
「――来たな」
ヴルストブルグの門の上、ザークは目を細めて、近づいてくる馬車の列を見つめていた。
「ゴルドリック殿の馬車ですね」
隣に立つリリアが、そっと呟く。
馬車が、ゆっくりと橋を渡ってくる。その様子を眺めながら、ザークはふと、昨日のことを思い出していた。
「今日は、大事な話を決めたい。」
昨日、会議室に集まったのは、ザーク、セレナ、ゴルドリックだけでなく、リリア、ドルシア、メルティナ、ガレオンまで顔を揃えていた。
「通貨の単価だ。魔族領のダルと、人間領のギル。値付けが感覚頼りになっている」
「確かに、これまでは『まあこんなもんだろう』でやってきましたな」
「数字は、感覚じゃなく根拠で決めるものだ。どっちの国にもあるものを比べて、値段の差を為替の目安にする」
「卵一個、いくらだ?」
「シャウエッセルで2ダル」
「アルトバイエルで2ギルです」
「同じ数字か。卵を基準にすると、1ダルと1ギルは、ほぼ同じ価値ということになる」
ドルシアが、帳簿を片手に数字を書き留めていく。
【単価比較表】
・卵1個:2ダル/2ギル
・塩1kg:5ダル/6ギル
・蜂蜜1瓶:3ダル/3ギル
・鉄1kg:10ダル/12ギル
・布1m:4ダル/4ギル
「シンプルで、分かりやすいですな」
「コーシー豆や小麦のような独自品目は、需要と供給に任せる」
ゴルドリックが、羊皮紙の隅を指しながら言った。
「高いな」
「やはり、希少価値とコクの深さ故に」
「なるほど。では、どうだろう」
ザークは、少し身を乗り出した。
「大量に仕入れる代わりに、小麦の仕入れ価格を抑えてほしい。こちらも、量をまとめて買う」
「……ふむ」
ゴルドリックが、顎に手を当てて考え込む。
「では、こういたしましょう」
「ふむ」
「胡椒も、セットで仕入れていただけるなら。それと、月ごとの定期購入をお約束いただければ、単価はさらに下げられます」
「定期購入、か。安定して仕入れられるなら、こちらとしても悪い話じゃない」
「双方、安定した取引先を確保できる。悪くない条件かと」
「量と頻度、両方でこちらの負担を軽くする、ということか」
「そういうことです」
「やはり商人として腕は確かだなゴルドリック。」
「ありがとうございます。ザーグ様あっての商売ですので」
「やるな!さすが商人。」
二人は、羊皮紙に細かい数字を書き足しながら、条件を煮詰めていった。
「では、コーシー豆と小麦、胡椒を組み合わせた定期契約、という形でどうだ」
「ええ、それで参りましょう」
「ドルシア、契約書の草案を頼めるか」
「はい。すぐに」
こうして、両国の取引の骨格が、少しずつ固まっていった。
「これでようやく、取引がいよいよ始まる」
――
ゴルドリック率いる馬車の列は、もう門の目の前まで来ていた。
「橋を渡って、たったの15分。夢のようですな」
「あの値決めと橋のおかげで取引が驚くほどスムーズになりました」
「街の市場が、目に見えて潤っているな」
「あちらが、冒険者ギルド。ガレオンがギルド長を任せたんだ。」
「あ、ザーク様! 登録者数は、もう百人を超えたよ」
そして街を案内しながら猛獣の森を抜けダンジョンへ
「そして、こちらが――例のダンジョンだ」
「入口看板を見てもらうと分かるが猛獣の森 ~深淵の晶窟と名付けたんだ」
セレナは驚く。
「これは……以前とは、まるで違う姿ですね」
「アトラクションみたいだろ?」
「アトラクションとは?」
「まぁ安全だがスリルを味わえると言う意味だな。」
「俺の魔力で結界を張りこのダンジョンを制御している。」
「この結界内では死ぬことがない。ダンジョン内で致命傷を負っても帰還出来るようにシステムを構築している。」
「なるほど」
「僕も、久しぶりに潜ってみたいなあ」
(――あかんて)
ザークは、胸の内で密かに思った。
(今のガレオン、たぶん黒龍より強い)
「ガレオン、お前はギルドの仕事があるだろう」
「あ、そうだった」
(リリアも、だがな。妻にしたせいで魔力がまた上がっている)
「では、試しに――私も、挑戦してみても?」
「あぁ構わない。安全性を身を持って体感してもらえると助かる。」
ゴルドリックが、恐る恐る石の門をくぐっていった。
20分後
「うわあああああっ!」
叫び声とともに、ゴルドリックが飛び出してきた。
「ど、どうした!?」
「はっ……ここは……入口、ですかな」
「痛みも……ない」
ゴルドリックは、自分の体をぺたぺたと触って確かめた。
「た、確かに、オークの群れにやられたはずなんですが」
「一層のゴブリンキングは、なんとか倒しましてな。次の層で、オークの群れ囲まれて……」
「傷も、どこにもありませんぞ。これは、すごいシステムですな」
「セーブさえすれば、負けても戦利品は持ち帰れる仕組みだ。ただし、登録料5万ダル、入場料は2万ダル、少し高めに設定してある」
「換金すれば元は取れるし、踏破すれば一攫千金も夢ではない」
「逆に、安いぐらいでは?」
「冒険者が魔物を倒せば、その分、新しい魔物が生まれるサイクルが回る。スタンピードを抑制できるんだ」
「なるほど……夢がありますし、理にかなってもいる」
「……意外と強かったんだね、ゴルドリック」
「承認の前は剣士を志したこともありまして。」
「なるほど。」
「実は、当初はアルトバイエルにもギルドを作ろうと思っていたんだがシャウエッセルだけでギルドは運営しようと思う。誰かアルトバイエル側の人間で手伝ってくれる人員はいないだろうか」
「参入させていただけるなら、選りすぐりの者を派遣しましょう」
そこへ、セレナが、ぱっと手を挙げた。
「では、私が!」
「……本気で言っているのか?」
「あなたは、国王様ですぞ。無理に決まっているじゃないですか」
「じょ、冗談です」
(顔マジやったけど…)
セレナは、ぷくっと頬を膨らませて拗ねた。
――《気持ち分かるでしょザーク》
(う、うむ。また顔見せに行きます。)
そこへ、ガレオンが、分厚い帳面を抱えて駆け寄ってきた。
「見て見て、魔獣図鑑、ある程度できたよ!」
(ガレオン気にしてなかったが、しれっとタメ口になってきてるんだよな。)
(悪い気はしないしかわいいから放置しているが)
ページを開くと、魔獣の名前が一つずつ丁寧に記され、危険度や特徴が几帳面な字で書き込まれている。
「猛獣の森に棲む魔獣も、一部載せてみたんだ」
ゴブリン
体長は人間の子供ほど。群れで行動し、粗末な武器を持つ。動きは素早いが、力はそれほど強くない。夜目が利くため、洞窟や森の奥に多い。
少し臭い。
難易度低
コボルト
犬のような顔立ちで、二足歩行する小柄な魔獣。仲間思いで、一匹を攻撃すると群れ全体が怒って襲いかかってくる。罠を仕掛けるのが得意。
なんか臭い
難易度低
リザードマン
沼地や川辺を好む、鱗に覆われた魔獣。尻尾の一撃が重く、水中では特に素早くなる。皮は硬いが、腹の下だけ柔らかい。
生臭くて臭い
難易度低
オーク
筋骨隆々とした体で、力任せに武器を振り回す。知能はあまり高くないが、群れで襲ってくると厄介。満腹だと動きが鈍くなる。
うんこみたいな匂いがする。
難易度低
ミノタウロス
牛の頭を持つ、巨躯の魔獣。突進の威力が凄まじく、一撃で岩を砕く。迷路のような場所を好み、方向感覚に優れている。
巨大な斧をで襲ってくるくせに牧場の匂いがして臭い。
難易度低
シーサーペント
湖や大河に棲む、巨大な蛇のような魔獣。水面から鎌首をもたげて獲物を狙う。牙に軽い麻痺毒があるが、致命的ではない。
体は巨大で敵を水中に引き込み溺死させる。
水から出てきたらドフみたいに臭い。
あり得ない。
難易度低
「おお、これは……」
(全部臭いとしか書いてないようだが)
ザークは、感心しながらページをめくった。
そこには、魔獣の姿を克明に描いた挿絵が添えられている。
鱗の一枚一枚、毛並みの流れまで、驚くほど丁寧な筆致だった。
「この絵、誰に描いてもらったんだ?」
「え、僕だよ」
「……お前が?」
「お前はやだ」
「悪かった。」
「ガ、ガレオンが?」
「うん♡文字も、全部僕が書いたよー」
ザークは、思わず言葉を失った。
普段は無邪気で、僕っ子で、子供のように懐いてくるガレオン。
その姿からは想像もつかないほど、綺麗な文字と、観察眼のある絵が、ページいっぱいに広がっていた。
(……こういう一面を見ると知性を感じるな)
「な、なんでそんな顔してるの?」
「い、いや……すごいな、と思って」
ガレオンが「えへへ」と照れくさそうに笑う。その笑顔だけは、いつも通りだった。
(侮っていた、ちょっとくらったな。かわいい奴)
だが、めくるほどに、あることに気づいた。
「……匂いの感想とあと危険度が、全部低いな」
どのページを開いても、危険度の欄には「低」の文字ばかりが並んでいる。
「なぜシーサーペントやミノタウロスが低いんだ?」
「だって、僕が調査して、倒すの簡単だったから」
「臭いけど…」
「……そりゃ、ガレオンからしたら、そうだろうな」
ザークは、額を押さえた。
――《提案です。前回の百層踏破時のデータで、難易度設定が可能です。反映しましょうか》
「頼む」
(こいつがいてくれて、本当に良かった)
「え、なんで僕の図鑑、勝手に直されるの……」
ガレオンが、しょんぼりと肩を落とした。
「いや、待て。ガレオンが悪いわけじゃない」
ザークは、慌てて図鑑をもう一度開いた。
「全ての魔獣、自分で回って調べてくれたんだな。えらいぞ」
「……ほんと?」
「ああ。この絵も文字も、これだけの量、一人でまとめるのは大変だっただろう」
「えっへん」
ガレオンが、一瞬でドヤ顔に変わった。
「難易度のところだけ、後で一緒に直そうな。ゆっくり勉強しような」
「うん!」
一連のやり取りに、ゴルドリックが声を上げて笑った。
「それだけの魔獣の難易度を低ですか。」
「いやはや恐ろしい。」
「活発で、良い国ですな」
日が傾き始めた頃、ゴルドリックは、市場で大量に仕入れて、満足そうな顔で馬車に乗り込んだ。
「また、参りますぞ」
橋を渡っていく馬車を見送りながら、ザークは、静かに息を吐いた。
夕焼けに染まるヴルストブルグの街に、今日も賑やかな声が響いていた。
交易も上手いこと行きそうだし明日は皆で湖にピクニックにでも行こうか。
「「「「はい」」」」




