ep27 頭を下げる魔王様
「ザーク様、密会ですか?」
魔王城に戻った瞬間、玄関ホールでリリアにそう言われて、ザークは思わず変な声を出した。
「なっ……は?」
「ちょっと言ってくる。とお一人でどこかへ行かれますし。帰ってくると満足した顔をしておられますし。」
「そんな顔してない」
「そうでしょうか?」
「それは今リリアがそう言うから意識して……」
「意識するということは、心当たりがあるということですね」
「ちち、違う!」
ザークは首を振った。だが、否定すればするほど、嘘に聞こえる気がした。
ドルシアが眼鏡を光らせ、メルティナが無言でじっと見つめてくる。
ガレオンだけは腕を組んで、うんうんと頷いていた。
「僕は分かるよ。ザーク様が変なことするわけないもんね」
「ガレオン……!」
「でも、最近ちょっとだけ出かけるのが増えたよね。前は僕たちに全部教えてくれたのに」
「そ、それは……」
言葉に詰まった。
(いや、待て。これじゃまるで、本当に嘘をついているみたいじゃないか)
「な、内緒にしていたわけじゃないんだ。ただ、驚かせたくて……」
「驚かせたい、と」
リリアの眼鏡が、ぴしり、と音を立てた。
「ますます怪しいです」
「違う、そういう意味じゃなくて!」
ザークは頭を抱えた。
(こういう時は、口で言うより、見せたほうが早い)
「分かった。実際に見せる。全員、集まってくれ」
ザークは全員の手を取り瞬間移動、景色が切り替わる。
「――っ!?」
目の前に現れたのは、石造りの重厚な門と、両脇に並ぶ松明台。奥には、闇へと続く階段。
「ここは……魔晶窟、ですね?」
リリアが、辺りを見回した。
「入口の様子が、まるで違います」
「ダンジョンぽく改造した。攻略者が安全に楽しめるようにな」
「密会というのは、これだったのですか」
ドルシアが、じっと入口を見つめて呟いた。
「ああ。街の観光資源にしようと思ってな。驚かせたかったんだ」
「……嘘では、なかったのですね」
リリアが、小さく息を吐いた。
「だから言っただろう」
「疑われても仕方ないと思いますが」
「うっ……」
「疑われても仕方ないと思いますが」
(なぜ2回言った?)
「ザーク様いじわるです。困ってるザーク様がたまらなくて」
(サイコパス!!)
ザークは、言い返す言葉を持たなかった。
「それに、安全性は実証済みだ」
「どうやってです?」
「俺自身のレベルを落として、一人で攻略してみた」
「そんなことが可能なのですか?」
一同が目を丸くする中、ドルシアだけが、ふっと肩の力を抜いた。
「まぁ……ザーク様ですもんね」
「その一言で、全部納得すんだね」
苦笑しつつ、ザークは話を進めた。
「この城下町に、冒険者登録をするギルドを設置しようと思う。宿と酒場も増やす。ギルド長は、ガレオンに頼みたい」
「え、僕が?」
「魔獣管理をしているお前なら、冒険者と魔物の扱いに一番詳しい。適任だ」
「や、やった……! 任せて!」
「自衛部隊については、俺が率いる。リリアには、これまで通り俺の参謀として動いてもらう」
「かしこまりました」
「ドルシア、財務部長としてギルドの収支を。
メルティナ、内政部長として建設許可の管理を。
ボルガには建設部長として建物を。キャロットには調理統括部長として酒場の料理指導を頼む」
一人一人に役割が告げられるたび、それぞれが表情を引き締めた。
「オープニングスタッフを集めてくれ。ただし、口だけで説明して、いきなり任せるようなことはするな。手本を見せて、しっかり教えろ。俺も、必ず現場に出る」
「ザーク様が、直接ですか?」
「教える側が本気じゃないと、教わる側も本気にならない。前世で、嫌というほど見てきた」
その一言に、リリアが小さく目を細めた。
数日後、魔王城の中庭に、街の民が集められた。
セレナも、わざわざアルトバイエルから駆けつけていた。
ザークは、集まった顔ぶれを見渡した。
不安げな表情の者も、少なくない。
「今日、皆に集まってもらったのは、これからの街について、俺の考えを伝えたかったからだ」
声を張り、続ける。
「種族が違えば、暮らし方も、考え方も違う。人間と魔族の間に、まだ壁があることも分かっている。だが――大切なものを守りたいと思う気持ちは、種族が違っても、変わらないはずだ」
ざわめきが、静かに広がる。
「セレナがこの街に来た時のことを、覚えている者もいるだろう。勇者であり、人間の国の王でもある彼女を、この街の皆は、何のわだかまりもなく受け入れてくれた」
セレナが、少し照れくさそうに視線を伏せる。
「あの日、この街に、種族間の憎しみなんてどこにもなかった。俺は、それを誇りに思っている」
ざわめきが、感嘆に変わっていく。
「これから、この街はもっと変わっていく。その変化には、皆の協力と理解が必要だ。俺は、皆が笑って暮らせる世界を望んでいる」
一呼吸置いて、告げる。
「この街を――ヴルストブルグと名付ける。今まで、ただの城下町だったこの場所を、シャウエッセルの首都とする」
どよめきが、中庭いっぱいに広がった。
「俺の考えに賛同してくれる者は、署名を頼みたい」
そして、ザークは深く頭を下げた。
「ザーク様、頭を下げるなど、あってはなりません!」
リリア達が慌てて声を上げる。
「いいんだ」
ザークは、頭を下げたまま答えた。
「誠意が伝わらなければ、誰も納得なんてしない。俺が頭を下げて、それで平和になるなら、安いもんだ」
(前世でも、散々頭を下げてきた。謝るのは俺。問題が解決すれば上司がいいとこ取り、部下も陰ではラッキーぐらいにしか思ってない。散々見てきた。だが、今は違う。心の底から、守りたいと思える仲間がいる。守りたいと思える民が、いる)
ふと、目を開けた。
自分の後ろに、リリア、ガレオン、セレナ、ドルシア、メルティナ、ボルガ、キャロットが一列に並び、同じように頭を下げてくれていた。
(――ぐっ)
胸の奥から込み上げるものがあって、ザークはしばらく、顔を上げることができなかった。
静まり返った中庭に、やがて足音が響いた。
民の中から、数名が署名の壇上へと向かってくる。
その先頭を歩く女性を見て、リリアが目を見開いた。
「マ……ママ!?」
「リリア、たまには帰ってらっしゃい。」
隣を歩く男性を見て、ガレオンが素っ頓狂な声を上げた。
「母ちゃん、父ちゃん!」
ザークは、目を丸くしたままリリアとガレオンの両親に慌てて頭を下げた。
「あ……ご、ご挨拶が遅れまして。ザークと申します」
「そんな、よしてください」
リリアの母が、笑いながら手を振った。
「魔族に婚姻に親の許しなど必要ありませんし、ましてや魔王様に頭を下げられるなど、恐れ多いにも程があります。頭を上げてください」
「最近の娘の手紙を見ていれば、分かります。前より、ずっと生き生きしている。それだけで、十分です」
二人は、そう言って署名に名を連ねた。
その姿を見ていた民たちの間に、静かなざわめきが広がる。
「あの子たちの親が、認めているのなら」
「魔王様は、本気なんだな」
触発されたように、一人、また一人と、民が署名の列に加わっていった。
ザークは、その様子を、じっと見つめていた。
「……忘れられない一日になったな」
――《リリアは参謀なのに、ママと呼ぶとギャップ萌えですね》
(ああ萌えるな)
――《ガレオンは、予想通り母ちゃん父ちゃんでしたね》
(わんぱくで良い)
――《みんなが家族みたいですね。》
(まぁそうだな。)
ザークは、苦笑しながら空を見上げた。雲一つない青空の下、署名の列は、まだ続いていた。




