dp26 ザーク新米冒険者になる
橋はかかった。
朝日を浴びて湖に伸びる石造りの橋は、まだ土台だけとはいえ、確かにこちらの岸と向こうの岸を繋いでいた。
「……よし」
ザークが欄干に手を置くと、橋桁の下から巨大な触腕が顔を出し、ぶんぶんと手を振った。
ガレオンが手を振り返している。
ペットが出来たようで嬉しそうだな。
「ボルガ。今回の橋の設計図、見事だった。よって、お前を建設部の部長に任命する」
場が静まり返った。
「は、はあ。ありがとうございます」
「ん? どうした?」
ボルガが、おずおずと自分の胸元を指差した。
ザークは、ちらりと名札を見た。
『けんせつぶ ぶちょう ボルガ』
ザークは視線を上げ、ボルガを見て、もう一度名札を見た。
そこへ、リリアが静かに告げる。
「ザーク様。ボルガは最初から建設部部長でしたが。だから、検問所の時も、風呂建設の時も、お呼びしたのですよ」
(俺だけ、気づいてなかったのか)
――《ザークが名札をしっかり見たのは、これが初めてです》
(言うな)
「い、いや、ただ改めて言いたかったんだ」
「へ?」
「正式な場で、部長として讃えたかった。そういう意味だ」
「は、はあ……」
「そういう意味だ」
二回言った。耳が赤い。リリアの肩が、ぷるぷると震えている。
「リリア、笑うなよ」
「寒いだけです」
「今日は快晴だ」
「……ザーク様、可愛い」
「聞こえてるからな!」
ザークは咳払いして、話題を変えた。
「橋の土台は完成した。残りは街灯などの設備関係だ。それと同時に、湖の迂回路の整備を、アルトバイエルの者と進めてくれ」
「お任せください」
ボルガの声に迷いはなかった。部長になったからではない。
最初から、頼れる男だったのだ。
「魔王様は、これからどちらへ?」
「ちょっと様子を見てくる」
小鉄が「わんっ」と足元にくっついてきた。ザークは、その頭を撫でて、一緒に瞬間移動した。
女性陣はついて行きたかったが間に合わなかった。
――魔晶窟。
洞窟の最奥で、ザークは核に手をかざした。
「……よし。核は安定しているな」
橋はできた。街道の整備にも取りかかれる。
(次は、ここの整備だ)
入口へ戻り、小鉄に映像を共有する。
「石の門、松明台、階段。ダンジョンっぽく頼む」
「わんっ!」
小鉄が岩壁に飛びつき、ごごご、と地響きが起こる。
数分後、そこには「これから冒険が始まります」といった風格の入口が完成していた。
通路の光は、前の時に設置済み。
ボスの配置も、前と同様。
「ボス部屋の奥に、セーブポイントを設ける。攻略者が、前回到達した地点から再開できる仕組みだ」
――フォン《スキル『継続案件』、習得しました》
(前世を思い出すが意味は間違ってないか…)
「それと、致命傷を負った者を、入口に帰還させる。傷も魔力も回復した状態でな」
――フォン《スキル『リフレッシュ』を習得しました。》
「魔族も人間も、ここで命を落とす必要はない。安心して攻略できる場所にしたい」
洞窟全体に魔力を広げ、結界を張り先ほどのスキルを練り込む。
淡い青の光が、壁を這うように広がっていった。
――《結界、展開完了》
「よし。……ん?」
ザークは、ふと動きを止めた。
「待てよ。この仕組み、俺で試せないぞ」
――《はい。ザークはレベル9999なので、そもそも致命傷を負いません》
「試せないと、安全だと言えないな」
少し考えて、ザークは尋ねた。
(自分のレベルを落とすことは、可能か?)
――《はい。スキルを獲得すれば可能かと》
フォン。
――《スキル『ガラスの天井』、習得しました》
「……意味は分かる。前世でよく聞いた言葉だ。能力があっても、見えない壁に阻まれて上に行けない状態のことだろう」
――《さすがザーク、ご存じでしたか》
「知ってはいるが、嫌なスキル名だな。もっといい名前はなかったのか」
――《ございました。候補は三十七件です。『縛りプレイ』『束縛』『自主規制』『お預け』『手枷足枷』『モザイク』『出禁』……》
「最後の方、意味不明だぞ」
――《三十七件も出すと、ネタが尽きるのです》
「尽きたなら、やめろ」
――《その中で、一番健全だったのが『ガラスの天井』です》
「健全ではないぞ」
ザークは、深くため息をついた。
――《ちなみに、このスキルはご自身にしか使えません》
「よかった。色んな意味で、人には使いたくない」
意識を集中し、魔力を絞っていく。9999、5000、1000、100……。
「……60、か」
――《現在の天井は、レベル60です。ゴブリンは55なので、ぎりぎり頭上です》
「ガラスの天井が、低すぎるだろ」
――《見えませんが、確かにあります。頭をぶつけないようご注意ください》
「言い方が生々しいんだよ」
石を握ってみた。ぱきっ、と割れるはずの石が、びくともしない。
「……本当に、弱くなったな」
ザークは、腰のベルトに下げた小瓶を確かめた。事前に用意しておいたポーションだ。
(準備は前日にしておく主義でな)
――《前世の癖ですね》
「うるさい」
足元で、小鉄が「わんっ」と尻尾を振っている。ザークは、しゃがんで頭を撫でた。
「小鉄は、入口で留守番だ。お前はこの魔性窟で黒龍に次ぐ魔物だからテストにならないからな」
「リリア達も連れてこなかったのも同じ理由だ」
「くぅん……」
「すぐ戻る」
小鉄がしょんぼりと座り込んだ。その姿に後ろ髪を引かれながら、ザークは石の門をくぐった。
洞窟の中には、淡い魔石ランプの光が並んでいた。
足音が、こつん、こつん、と反響する。
「おお、ちゃんとダンジョンっぽいな」
そのとき、通路の先で影が動いた。
緑色の肌、尖った耳、錆びた短剣。
ゴブリンだ。
「まずは、ゴブリンか」
「Gが出たらどうしようと思っていた。」
ゴブリンが飛びかかってきた。
「うおっ」
慌てて横に跳ぶ。
(速い。いつもは止まって見える動きが、ちゃんと速い)
「くっ、当たらん!」
「普通にしんどい」
――《レベルはザークが上です。ただ、体の使い方が9999のままです》
「どういう意味だ」
――《力加減も間合いも、全部ズレています》
「なるほど!」
ぴり、と頬に熱い痛みが走った。
手を当てると、血がついている。
(血が出るのか、俺)
新鮮すぎる感覚に、思わず笑ってしまった。
「痛い」
拳を振り抜くと、ごつっ、と鈍い手応え。ゴブリンが白目をむいて崩れ落ちた。
「……はぁ、はぁ……なんとか一匹」
――《所要時間、四十七秒》
「魔王が、格下相手に四十七秒か」
――《歴史的な瞬間です》
「やめて」
ゴブリンの体は光の粒になって消え、魔石がころんと残った。
(魔石が出るのはいつも通りだが、死体が消えるのはゲームみたいだな)
「うんうん、ゲームっぽい」
その先も、ギリギリで倒していった。
壁を背に待ち伏せしたり、罠で転ばせたり。
三匹、四匹、五匹。汗が流れ、膝が笑い、呼吸が荒くなる。
「はぁ……はぁ……ちょっと、きついな」
――《体力が、三割を切っています》
「数字で言うな。余計に焦る」
ザークは、腰の小瓶を手に取った。
「ここで使うか」
蓋を開けて、ぐいっと飲み干す。
淡い光が、体をふわりと包んだ。
頬の傷が消え、膝の震えが止まり、呼吸が楽になっていく。
「おお……」
――《体力、八割まで回復しました》
「ゲームの回復画面みたいだな。悪くない」
ザークは、空になった小瓶を眺めて、少年のように口元を緩めた。
――《楽しそうですね》
「前世でも、一つのことにこんなに必死になったのは、久しぶりだ」
――《残業以外で?》
「残業以外で」
通路脇の横穴で、鉱石を見つけた。
魔石と鉱石が、バランスよく拾える設計にしてある。
「いいな。数字で管理する癖が役に立った」
そして、突き当たりの小部屋に、木製の宝箱がぽつんと置かれていた。
「……宝箱だ。本物の宝箱だ」
――《置いたのは、私たちです》
「分かってる。分かってるんだけどな」
蓋を開けると、中から一振りの剣が現れた。
――《中の上ほどの武器です。魔力伝導率が高く、レベル50〜70の冒険者に最適でしょう》
「絶妙なところを突いたな」
――《初心者に夢を、上級者にも物足りなさを与えない設計です》
ザークは剣を握って、少年のように目を輝かせた。
通路の突き当たりに、黒鉄の巨大な扉が立ちはだかっていた。表面には、ゴブリンの顔のレリーフが刻まれている。
「おっ、ボス部屋っぽく仕上がっているな」
――《小鉄が張り切りました》
胸が、どくん、と鳴った。
(緊張、してるのか、俺。……でも、ワクワクする)
扉を押し開けると、玉座のような岩の上に、巨大な影が座っていた。
ザークの倍はある背丈。粗末な金の冠。手には、身の丈ほどの大剣。
『グオオオオオオッ!』
――《ゴブリンキング。レベル100です》
「俺の、倍近いのか」
――《約1.7倍です》
「ぐっ……流石にきついな」
大剣が振り下ろされ、床が砕け散る。
石の破片が頬をかすめた。
(当たったら、終わる)
横へ跳び、剣を振る。
がきぃん。
刃が弾き返された。
「硬い……!」
(力では勝てない。隙を突くしかない)
ゴブリンキングの動きを観察する。
大剣を振り下ろすたびに、わずかな硬直が生まれる。
――《次の振り下ろしの後、〇・八秒です》
「十分だ」
大剣が高く掲げられた。
どがあん。
床に突き刺さったその瞬間、ザークは懐に潜り込んでいた。
「今だ!」
剣が、鎧の隙間に突き刺さる。
『グオオオオッ!』
「通った……!」
追撃に転じた。
だが、ゴブリンキングが、ぐるり、と振り返った。
大剣が、振り下ろされる。
「しまっ――」
視界が、白く染まった。
……。
ぺろ。
ぺろぺろぺろ。
「――っ!?」
ザークは、はっと目を開けた。
視界いっぱいに、小鉄の顔があった。
「わんわんっ! わんっ!」
「こ、小鉄、やめろ、くすぐったい」
「くぅん、くぅん……!」
小鉄が、ザークの顔を必死にぺろぺろと舐め回している。
尻尾が、ちぎれそうなほど揺れている。
そこは、魔晶窟の入口だった。
石の門の前。
差し込む日の光。
「……心配してくれたのか」
「わんっ!」
「大丈夫だ。俺は、無事だ」
ザークは、小鉄の頭をわしゃわしゃと撫でた。
体を見下ろすと、頬の傷も、腕の痺れも消えている。
魔力も、満タンに戻っていた。
「……戻ってる」
――《結界、正常に作動しました》
「成功、か」
ザークは、ふっと笑った。
それから、拳を握りしめた。
「成功だ!」
魔王の高笑いに、木にとまっていた鳥が一斉に飛び立った。
小鉄も「わんっ!」と一緒に吠える。
ふと、手元を見る。
剣も、鉱石も、魔石も、消えていた。
「……戦利品が、無いな」
――《セーブポイントまで到達していないため、戦利品は入口で消滅します》
「なるほど。持ち帰るには、ボスを倒すかセーブポイントまで行くしかないのか」
――《緊張感があって、良いかと》
「確かに」
ザークは、にっと笑った。
「よし。これで行けるな」
こうして魔晶窟は、魔王自身の身をもって、その安全性を証明したのだった。




