ep25 クラちゃん
湖の主は一旦湖へ潜って行った。
ザークたちはひとまず作業を中断し、魔王城へと引き上げた。
夜、執務室にリリア、ドルシア、メルティナ、ガレオンが集まる。
「話を整理するぞ」
「湖の主について、みんなは何か知ってるか?」
「伝承では知っておりますが……まさか実在するとは」
リリアが書庫から古い一枚の巻物を持ってきた。
――魔王歴三年。
我は魔王領拡大のため湖に10隻の船を出した。
湖の中ほどに差し掛かった時それは起こった。
巨大な首をいくつも持つ化け物が10隻の船を瞬く間に湖へ飲み込んだのだ。
魔王の私が知らない化け物、人間領の罠に違いないと断定する。湖への船を出すことを禁ず。
おー怖。
初代魔王ハム ハム ハーン――
「名前が気になる」
ザークが呆れる横で、
「この伝承が古くから伝わったせいで湖に船を出す考え自体がなくなっていたと言う事だな。」
「はい。そうだと思います。」
「ちょっと行って確かめてくる」
ザークは瞬間移動でアルトバイエルへ。
いきなり現れて驚いているセレナにも同じ質問をぶつけた。
「ザーク殿! もしかして、私に会いに来てくださったのですか……?」
顔を輝かせるセレナに、ザークは平然と本題を切り出す。
「湖の主について、伝承はないか?」
「………………」
「私は存じませんが…」
とリーゼが書物庫へお越しください。
書物庫へと向かうザーク、セレナ、リーゼ
先頭を歩くリーゼに2人が続く
左の腕に引っ張られたような感覚
ふと見るとセレナが俺の小指を恥ずかしそうに軽く摘んでいた。
(これは?)
分からなかったが小指を握っていたセレナの小さい手をそっと握ってみる。
(あっ嬉しそうに笑い返してくれた。)
(正解だったようだ)
「リーゼ、書物庫へはそこの廊下を左へ行った方が早いんじゃなかったですか?」
「いえ、そんな事は」
「ま、前行った時はその方が早かったと思います。」
「セレスティーナ様は書物庫いかれた事無いじゃないですか。」
「……」
セレナはすごく残念そうだった。
するとすぐに書庫の入り口が見えてきた。
(なぜセレナはわざわざ遠回りになる道を言ったんだろう)
――《よくそれで妻3人いますね。女心も理解できないなんて》
(セレナはまだ妻では)
――《それもセレナには禁句ですからね》
――《なぜ周り道を教えたのか、少しでも長く手を繋いでおきたかったんです》
(そうだったのか)
――《女心をもう少し理解した方がよろしいかと》
(言い返せない)
――《やる事だけはしっかりやる癖に》
(もう許してください)
書物庫へ着いたリーゼが書物庫の壁を指差す。
そこには文字が刻まれていた。
――人間歴3年
雄大に構える湖で魔族侵攻の予兆が見られた。
遅れを取らぬよう我が国も勢力拡大に乗り出した。
湖に10隻船を出した。
湖の中腹ほど巨大な怪物が姿を出現瞬く間に船を飲み込んでしまった。
魔族はあんな化け物を、生み出し我らに罠を仕掛けたのだ。
湖からの侵攻及び船の乗り入れを固く禁ず。
あれは勝てるような代物ではない。
おー怖
初代国王 ヘタレノ デ エラソイド――
やはり記録に残っていた。
「なんちゅう名前だ」
「エラソイドの家系は世襲で王位を継承してきた家系です」
「そこじゃなくて」
(あいつもエラソイドだったな…)
ザークは、頭を抱えた。
「……魔王歴三年に船が消えた。人間歴三年にも船が消えた。これ、同じ年の、同じ出来事なんじゃないか?」
「ところでお二人はなぜずっと手を握っておられるのです?」
「…………………………」
手を離す事も出来ず沈黙する2人
――《これから魔族領に一緒に来てもらおうと思ってなとか言ったらいいのでは?》
(そ、そうか)
「こ、これから魔族領に一緒に来てもらおうと思ってなとか言ったらいいのでは?」
「!!?」
シーーーン
誰もが何が起こったのか理解不能。
「そうそうザーク殿は瞬間移動何出来るんです。」
「それには体を寄せ合う必要があるので」
セレナがカオスな状態を回避してくれた。
「なるほど、では私もご同行させてもらっても?」
「あぁ構わない。」
城に戻ったザークが突き合わせると、真相はこうだった。
魔族側は船が消えたのを「人間の罠」、人間側は先発隊が消えたのを「魔族の罠」と、それぞれ決めつけていただけ。
実際はどちらの罠でもなく、湖に実在する主に、普通に襲われただけだった。
お互いが相手のせいだと決めつけ、両国はずっと争い、牽制し合ってきた。
つい先日まで――そう、つい先日までだ。
「……なんだか、間抜けな話だな」
ザークは、窓の外の湖を見つめた。
「なあ。クラーケンの強さって、黒龍と同じぐらいなんだよな?」
――《はい。魔力反応は、そうでした》
「先代の魔王でさえ、黒龍には及ばなかった」
ザークは、静かに続けた。
「今まで、何もなかった湖なんだよな。荒らしてるのは、むしろ俺たちの方だ。それだけの理由で、対峙してしまっていいのか」
――《一理あります。クランケンは、湖の秩序を守っている、という情報もあります》
(クラーケン、な)
――《はい。クランケンは》
(クラーケンな!!)
――《おっと失礼。クランケンは――》
(クラーケンな!!!!)
――《……メモリーを、メモリーしました》
(なんじゃそれは)
――《湖の主は――》
「言わへんのかい!!!」
――《……クラーケンがいなくなれば、他の生態系に影響を与える可能性が考えられます》
ザークは、深く息を吐いた。
「そうと決まれば、方向性は決まったな。倒すのは最後の手段だ。まずは、あいつと話をつける」
「た、対話、とおっしゃいますが……相手は、黒龍クラスの魔力を持つクラーケンですよ」
リリアが、若干引きつった顔で釘を刺す。
「確かザーク様ワンパンでしたね…」
「まずは本体を水面に引きずり出す。話は、それからだ」
「餌で釣ろう。ウインナー、大量に用意してくれ」
「――は?」
全員の視線が突き刺さる。
――《ウインナーである必然性は、まだ証明されておりません。牛や魔獣の肉塊の方が、匂いの拡散に優れているかと》
「なるほど、ウインナーと牛や魔獣の肉塊、それも用意しよう」
「ウインナーは、結局使うんですね」
ガレオンが、静かにツッコミを入れた。
湖畔。投げ入れた肉塊に、クラーケンが勢いよく食らいついた。
「本体を、水面に出してくれ!」
叫んだ返事とばかりに、数本の触腕が襲いかかってくる。
「私たちが出ます!」
リリア、ガレオン、ドルシア、メルティナ、セレナが応戦するが――
「くっ……効かない!」
魔法も剣も打撃も、まるで水に吸い込まれるように霧散する。四人はあっという間に触腕に絡め取られ、体をきつく縛り上げられた。
ガレオンの足に絡みついた触手はにゅるにゅると身体中に巻きついていく
「そ、そこはダメです、ダメ……!」
「私は勇者だぞ、なぜ攻撃が効か……アン♡」
「な、なぜ服の中まで……!」
セレナがもがいていた。
リリア達も同じく体の自由を奪われていた。
と言うより力が出せずにいた。
その光景に、ザークは思わずにやけてしまう。
――《キモいぐらい鼻の下、伸びてますよ》
「――っ! いかん、いかん!」
ザークは天に両手を掲げ、円盤状の魔力を練り上げた。
「気円……」…――《割愛します》
「言いたかった」
スパスパッ、と軽い音と共に触腕が両断され、ザークは五人を回収する。
「申し訳ありません、不覚を……」
「いや、気にしなくていい。いいもの見れたし」
「はい?」
「なんでもないぞ」
驚いたクラーケンが触腕を引っ込め、ざざざ、と本体が水面に浮かび上がった。
丸い頭部に、無数の吸盤が並ぶ足。
「鱗に見えていたのは擬態だな、どちらかと言えば、蛸かな?」
――《今、それですか?》
「おい、クラーケンとやら。俺たちはお前を倒したいわけじゃない。ただ、ここに道を作りたいだけだ。邪魔せず、橋をかけさせてもらえないか?」
返ってきたのは、盛大な墨だった。
「……やってくれるじゃないか」
ザークが天に掲げた手から凝縮した魔力を放つと、湖に大きな波紋が広がり、クラーケンの目がガタガタと震え始めた。
「さあ――」
次の瞬間、クラーケンが再び何かを吐き出す。
「また墨か……いや」
墨まみれの一同を、クラーケンは清らかな水で丁寧に洗い流し始めた。
「……なんだこいつ、可愛げがあるじゃないか」
要求を聞く姿勢を見せると、クラーケンは魔力を込め、斬られた触腕を一瞬で再生させた。その足が指し示していたのは、ガレオンがポケットから出したウインナーだった。
「これは僕のです! 絶対にあげません!」
グルル、グルルと睨み合うガレオンとクラーケン。
「まあまあ、ガレオン……」
振り返ったガレオンの目に涙が溜まっているのを見た。
(ウインナー一本でこんな涙溜める?)
(くっ可愛すぎて胸が痛い)
「分かった。ガレオンの言う事一つなんでも聞こう」
「え、本当ですか?」
「ああ、二言はない」
パッと表情を輝かせたガレオンは、ウインナーを差し出した。
「じゃあ、これどうぞ。……クラちゃん」
「クラちゃん?」
「だって、クラーケンって長いので」
「えっ?じゃあケンちゃん?」
「なんか嫌」
大喜びで受け取ったクラーケンに、ザークは約束する。
「要求を聞いてくれるなら、定期的にウインナーを持ってこよう」
器用な触腕がくるりと丸を作り、クラーケンは静かに湖の底へと潜っていった。
《フォン! クラーケンをテイムしました》
「テイムしたのかい」
「まあ……餌付けしたようなものだし、あながち間違いではない、か」
「さぁ始めよう」
ザーク、ボルガ、小鉄によって湖に一気に橋が架けられた。
クラちゃんの餌やり場もしっかり。




