ep23 打ち上げ
プレゼン大会の熱気が冷めやらぬまま、日は西へと傾いていった。
「ザーク殿。今夜は、ぜひアルトバイエルにお泊まりください」
リーゼの申し出に、ザークは少し考えてから頷いた。
「ありがとう。じゃあ、遠慮なく世話になるよ」
ザークがそう答えると、隣に立っていたセレナが、一歩前に出た。
「ザーク殿。夜は、城で打ち上げの準備をしようと思っております」
「打ち上げ?」
「はい。今夜は、アルトバイエルとシャウエッセル、双方の素材をふんだんに生かした料理をご用意したいのです」
セレナの言葉に、リーゼの目がぱっと輝く。
「それは素敵です! 厨房の者たちも、きっと大喜びします」
「いいな。だったら、うちのキャロットも厨房に入れてやってくれ。腕は保証する」
呼ばれたキャロットは、一瞬きょとんとした後、深々と頭を下げた。
「光栄です。全力で務めます」
こうして、急遽決まった打ち上げの準備が始まった。
アルトバイエル城の厨房は、戦場のような熱気に包まれていた。
「この黒毛魔牛、脂の質が全然違うぞ!」
「こっちの魚介は、火を入れすぎないでください。半分レアでいけます」
「なるほど、魔族の方々は、そんな切り方をするのか……」
キャロットはアルトバイエルの料理人からはじめて魚の捌き方を教わっている。
「さすがですねキャロットさんいい手際です。」
キャロットは照れながらも目を輝かせていた。
キャロットとアルトバイエルの料理人たちが、肩を並べて包丁を動かしている。
種族も国も違うのに、料理人という一点で、彼らはすっかり意気投合していた。
「この香草の使い方、初めて見ました!」
「あなたのバターの扱い、勉強になります」
お互いが、お互いの技術に興味津々で、発見の連続だった。
厨房の入り口から、そっと様子をのぞいていたザークは、思わず口元を緩める。
(いいな。こういうのが、本当の交流なんだ)
――《ザーク、覗きは減点対象です》
(見守りと言え)
その脇を、ウインナーを両手に抱えたガレオンが通り過ぎようとした。
「ガレオン、それは晩餐会の分だ」
「味見です! 味見は大事です!」
「四本も味見するな」
夜。
城の大広間には、長い食卓がずらりと並べられていた。
リーゼ、セレナ、ゴルドリック。アルトバイエルの重臣たち。シャウエッセルからは、ザーク、リリア、ドルシア、メルティナ、ガレオン、キャロット、ボルガ。
多くの視線が集まる中、セレナとザークが揃って立ち上がった。
「皆さん、今日は本当にお疲れさまでした」
セレナが穏やかに口を開く。
「プレゼン大会は、大成功を収めることができました。これは、両国の友好の第一歩です」
続けて、ザークが一歩前に出た。
「堅苦しい挨拶は苦手なんだが、ひとつだけ言わせてくれ。今日うまくいったのは、みんなのおかげだ」
広間が、しんと静まる。
「種族の壁なんて、たいした問題じゃなかった。同じものを食って、同じものに驚いて、同じように笑える。それが今日、ちゃんと証明できたと思う」
一拍置いて、ザークがグラスを掲げた。
「。――乾杯!」
「乾杯!」
大広間に、グラスの触れ合う澄んだ音が響き渡る。
ザークは、エールのグラスを一気に傾けた。
ごくごくごく。
「――ぷはぁーっ!」
思わず声が出た。
(しまった。魔王が『ぷはぁ』はまずいだろう)
だが、隣のガレオンが同じように「ぷはぁー!」と叫び、リーゼが笑い、ゴルドリックまで小さく「くっ、うまい」と漏らしていた。
(……まあ、いいか)
ビールに似た、少し苦味のある琥珀色の飲み物。喉を通る泡の感触が、前世の居酒屋を思い起こさせた。
(懐かしいな。仕事終わりの、あの一杯)
――《ザーク様、目が遠いです》
(うるさい)
そこへ、給仕たちが最初の皿を運んできた。
【アミューズ・ブーシュ 二国の握手】
小さな白い皿の上に載っていたのは、一口サイズのヨルヒカリのおにぎりだった。その上に、薄切りのウインナーと溶けたチーズがちょこんと載っている。
「ほう、これは……」
ゴルドリックが口へ運ぶ。
「米の甘味に、ウインナーの塩気とチーズのコク。初めて食べる組み合わせなのに、なぜか馴染むな」
「二つの国の食材が握手しているようだと、キャロットが名付けました」
リリアが微笑んで補足した。
(ネーミングセンス上達したな)
【オードブル 湖畔の朝露 〜アルトバイエル産魚介のマリネ、魔族領薬草のソースを添えて〜】
透き通る白身魚と貝が、宝石のように並べられている。その上に、鮮やかな緑色のソース。
「この緑は、あの薬草ですか?」
「はい。魔力を含んだ薬草を、香草として使いました。爽やかな苦味が、魚介の甘さを引き立てます」
「薬草を、料理に……。その発想はなかった」
リーゼが目を丸くして、二口目を口に運んだ。
【ポタージュ 大地の目覚め 〜黄金のバターを溶かして〜】
根菜をなめらかに煮込んだスープの上に、バターがとろりと溶けている。
「あぁ……体の芯まで、温まる」
メルティナが、ほうっと息をついた。
「アルトバイエルのバターの香りは、本当に上品ですね」
「魔族領の根菜の甘さがあってこそです。あの甘味は、我が国では出せません」
料理人同士が、互いの食材を褒め合っている。
【ポワソン 潮騒とバターの抱擁 〜白身魚のムニエル、魔石の火で〜】
皮目がぱりっと焼かれた白身魚に、焦がしバターのソース。
(バターと魚。その組み合わせは、間違いない)
ザークが確信して口に運ぶと、皮の香ばしさと、身のふわりとした柔らかさが広がった。
(これだよ。この味だよ)
――《感動が顔に出ています》
(もう出したままでいい)
【グラニテ 魔石の氷雪】
口直しに出されたのは、淡く光る氷菓だった。
「魔石で冷やして、削りました。柑橘の香りを添えています」
「口の中が、すっと澄んでいくな」
シャキッとした冷たさが、ここまでの濃厚な料理の余韻を、心地よく洗い流していく。
【ヴィアンド 漆黒の貴婦人 〜黒毛魔牛のロースト、赤ワインとバターのソース〜】
そして、メインディッシュが運ばれてきた。
薄いピンク色の断面を見せる、厚切りの牛肉。その上に、艶やかなソースがかかっている。
会場が、ごくりと唾を飲む。
「いただきます」
ゴルドリックが、ナイフを入れて一口。
「……これは。昼間の焼いたものと、また別物だ」
「ローストにすることで、肉の旨みを閉じ込めています。ソースには、アルトバイエルのワインを使いました」
キャロットが、緊張しながら説明する。
「黒毛魔牛と、アルトバイエルの赤ワイン。両国の素材があって、初めて完成した一皿です」
その言葉に、リーゼが感極まったように目を潤ませた。
「素晴らしい……。ザーク殿、お招きしてよかった」
「こちらこそ。呼んでもらえて光栄だ」
ザークは、素直に頭を下げた。
ふと、肉をもう一切れ口に運んで、ザークは首を傾げた。
(ん? やけに胡椒が効いてるな)
ぴりりとした刺激が舌に残り、腹の底から、じんわりと熱が上がってくる。
(胡椒はこの世界じゃ貴重品のはずだが、こんなに使って大丈夫なのか)
《本日のコースでの胡椒の使用量は、通常の三倍です。しかも、全品に入っています》
(全品? アミューズにもか?)
《アミューズ、ポタージュ、ムニエル、グラニテの隠し味にも。グラニテには、どう考えても不要かと》
(不要なのに入れたのか……)
顔を上げると、上座のセレナと目が合った。彼女は、ほんのり頬を染めたまま、涼しい顔でグラスを傾けている。
「セレナ殿、料理の味付けは、どなたが?」
「わ、私が少しだけ、料理長に提案いたしました。体が温まるように、と」
「……そうか。確かに、よく温まるな」
ザークは、汗ばんできた首元を、そっと緩めた。
(たまに、この人の狙いが読めないんだよな)
《狙いは、ほぼ読めていますが》
(???)
【フロマージュ 乳の三重奏 〜三種のチーズと蜂蜜、木の実〜】
【デセール 黄金の午後 〜バター香るパイ、ヨルヒカリのアイス〜】
次々に運ばれてくる料理に、誰もが夢中になっていた。
サクサクのパイに、ひんやりとしたアイスが溶けていく。
「米のアイス、初めて食べました……!」
ガレオンが口の周りをクリームだらけにして叫び、周囲から笑いが起こった。
そして、いよいよコースの最後の皿が運ばれてくる。
【リゾット 二国の誓い 〜ヨルヒカリとチーズ、ウインナーの旨みを重ねて〜】
湯気を立てる、黄金色のリゾット。
「最後に、これを」
「リゾット、ですか?」
「はい。ヨルヒカリを、魔牛の出汁とチーズで炊き上げました。〆にふさわしい一皿です」
一口食べたザークは、思わず目を閉じた。
(……染みる)
――《ザーク様、また泣いていますよ》
(泣いてない。目が汗をかいてるだけだ)
――《それを泣くと言います》
広間の中は、和気藹々とした空気に満ちていた。
リーゼが笑い、セレナが酒を注ぎ、ゴルドリックが料理長に握手を求めている。
かつて敵意をむき出しにしていた者も、頑なに閉ざされていた心の扉も、いつの間にか開いていた。
種族の壁など、どこにもなかった。
そんな夜が、静かに、優しく更けていく。
宴も終わりに近づいた頃。
ザークは、グラスを置いて口を開いた。
「ところで。ここからは、ちょっと真面目な話をさせてくれ」
その一言で、広間の空気がすっと引き締まる。
「今日のプレゼンで、お互いの品が求められるものだって分かった。次に必要なのは、取引の物差しだ」
「物差し、といいますと」
リーゼが首を傾げる。
「物価だな、何をどれだけ交換すれば釣り合うのか。それを、数字ではっきりさせておきたい」
ドルシアが、すかさず眼鏡を押し上げた。
「分かりやすい表を作りましょう。小麦、米、薬草、乳製品、魔牛。全ての品目に、基準となる価値をつけます」
「そこは、私にお任せを」
ゴルドリックが、身を乗り出した。
「アルトバイエル側の相場は、私が一番詳しい。どちらか一方が得をする形にならぬよう、間に立ちます」
「頼む。お前がいてくれて助かる」
ザークが微笑むと、ゴルドリックは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「あの……ウインナーの価格は、どうなりますか」
ガレオンが、手を挙げる。
「なぜお前が真っ先に聞くんだ」
「僕の取り分に、関わりますので」
「ウインナーは、国家予算に関わる品目じゃない」
「でも、大事な話です!」
――《ガレオンにとっては、最重要事項のようですね》
(本人だけがな)
真面目な議論の中に、ふっとした笑いが混ざる。
ザークは、もう一つの懸案を口にした。
「それから、もう一つ。両国の間には、大きな湖がありますね」
「はい。私たちの国とシャウエッセルは、あの湖を挟んで向かい合っています」
セレナが頷く。
「今は、湖の外周を大回りして往来していますが、2時間以上かかります」
「そこで、湖に橋をかけたい」
大広間が、どよめいた。
「橋を、ですか? あの湖に?」
「ああ、ボルガの設計、魔石を使った補強と、小鉄と俺の魔力あれば可能なはずです。橋が架かれば、移動は15分以下に短縮できます」
「15分!!それは、革命的です」
リーゼの声が、震えていた。
「さらに、これまで迂回していた道も、両国で共同して整備しましょう。人手も資材も、双方から出し合う。そうすれば、費用も期間も抑えられる」
「共同工事……。前例のない試みです」
セレナが、感嘆の息をつく。
「だからこそ、やる意味がある」
ザークは、机の上に地図を広げた。
「まず、橋の設計案。次に、道の整備の分担。今夜のうちに、たたき台を作りましょう」
「はい!」
「かしこまりました!」
ドルシアとゴルドリックが、即座に紙とペンを取り出す。
広間は、いつしか晩餐会から、二国の未来を語る会議の場に変わっていた。
(やっぱり、こうなるんだよな)
ザークは、こっそり苦笑する。
(前世でも、飲みの席でいつの間にか仕事の話をしてたっけ)
《ザーク様、休みは?》
(休みはいつもある。あるにはある)
《言い切れていませんね》
窓の外では、アルトバイエルの夜空に、星がきらきらと瞬いていた。
長い一日が、ようやく終わろうとしている。




