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目が覚めたら魔王でした。戦いたくないので世界平和を目指します。  作者: ハルヒ


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ep22 プレゼン大会 後編

「続きましてシャウエッセルの品を紹介いたします」

キャロットの声が、闘技場に朗々と響いた。

先ほどまでおにぎりの余韻に浸っていたザークは、慌てて袖で目元を拭う。


「ザーク様ほっぺにご飯粒ついてますよ。」

そっと米粒をつまんでリリアは口に入れると

「もう、魔王様ともあろう方が口の周りに米粒なんかつけて」

「……可愛いですね」

恥ずかしくてザークは何も言えなかった。


キャロットが台の上に広げたのは、束ねられた青々とした草だった。

「こちらは、我が国の薬草でございます。ポーションの原料として、魔族領では広く栽培されております」

観客席がざわつく。

「薬草? そんなものなら、うちの国にもあるぞ」

「わざわざ持ち込むほどのものか?」

野次まじりの声に、キャロットは少しも慌てなかった。

「では、比べてみましょう。リーゼ様、アルトバイエルの薬草をお貸しいただけますか」

「ええ、もちろん」

リーゼが差し出した薬草が、魔族領のものと並べて置かれる。

見た目には、ほとんど違いがない。

だが、キャロットが両方を水に浸して軽く揉むと、その差は一目瞭然だった。

片方は、うっすらと緑に染まる程度。

もう片方は、鮮やかな翡翠色の光を帯びて水全体に広がっていく。

「なっ……!」

「魔力の含有量が、桁違いじゃないか……」

どよめきが、波のように客席を走った。

「これは、魔力を含んだ土と水で育てた薬草です」

キャロットが胸を張る。

「同じ量でも、効果はおよそ三倍。傷の治りも、まるで違ってきます」

(三倍って言い切ったな。数字で語るのは基本に忠実で偉い)

ザークが内心で頷いていると、観客席のあちこちから真剣な声が聞こえてきた。

「三倍なら、必要な量が減る。遠征のたびに荷馬車が一台空くぞ」

「兵に持たせる分が、それだけで足りるのか……」

騎士らしき男たちが、身を乗り出している。

ゴルドリックだけは腕を組んだままだったが、その視線は薬草から離れていなかった。


「続いて、アルトバイエル側の紹介に移ります」

リーゼが進み出る。

「こちらは、我が国の乳製品でございます」

運ばれてきたのは、黄金色の塊と、白くなめらかなブロックだった。

「バターと、チーズです」

その言葉を聞いた瞬間、ザークの頭の中で一本の線がつながった。

(バターだと? じゃあ、さっきのパンの、あのたまらない香りは……)

《答えは出ていますね。バターです》

(やっぱりか! あの香りの正体はこれだったのか!)

試食用に薄く切られたチーズが、選ばれた観客たちに配られていく。

「なんですかこの、濃厚なコクは……」

「こっちは口の中でとろけるー」

「パンにのせたら最高でしょうね」

リリアたちが感嘆する横で、ザークは真剣な顔で拳を握りしめていた。

(欲しい。これは絶対に欲しい。焼きたてのパンにバター、それにチーズをのせて焼いたら……)

「ザーク様、よだれが」

「出てない」

「出ていますよ」

リリアが差し出したハンカチを、ザークは無言で受け取った。

「では次は、こちらをご覧ください」

リーゼの合図で、今度は布をかけられた台がずらりと運び込まれる。

布が取り払われると、会場が一気に華やいだ。

柄に宝石をあしらった剣。銀細工の縁取りが施された盾。そして、光を受けて虹色にきらめくブローチの数々。

「うわぁ……!」

真っ先に声を上げたのは、ガレオンだった。

「ザーク様、見てください! このブローチ、宝石の中に星が入っています!」

「本当ですね。細工がここまで細かいなんて……」

メルティナがうっとりとため息をつき、ドルシアも眼鏡を押さえながら食い入るように見つめている。

「装飾の彫りに、まったく歪みがありません。

魔族領には、この水準の技術者はおりませんね」

リリアまでもが、頬をほんのり染めて言った。

「これは……本当に、綺麗です」

四人の目が、キラキラと輝いている。

ザークは、人間の技術の高さに素直に感心していた。

(剣や盾に、ここまでの装飾を施すのか。実用品なのに、芸術品だな。人間の職人の腕、恐るべしだ)

そして、ふと横を見る。

女性陣の目が、揃ってブローチに釘付けになっている。

(……後で、買ってやるか)

――《おや。財布の紐が緩みました》

(頑張っているご褒美だ)

――《ご褒美もらえる人はいいですね》

(こうつもヤキモチか)

客席の女性たちからも、ため息が漏れ始めた。

「あの銀細工、うちの娘に買ってやりたいわ」

「魔族の方々、意外と話が分かるのね……」

空気が、確実に変わり始めていた。

装飾品の品々は人間領の物でも易々と買えるような物ではないらしい。


「それでは、いよいよ次はシャウエッセルの品です」

キャロットが両手を広げる。

「満を持して、こちらの登場です」

運び込まれたのは、大きな鉄板と、湯気を立てる鍋だった。

そこに並べられたのは、細長く、薄いピンク色をした、ちょっと不思議な形の肉の塊。

「なんだ、あれは?」

「あんな形見たことがない」

観客席が、一気にざわついた。

「これが、我が国の新名物、ウインナーでございます」

「ウィナー?」

(キャロットと同じやつがいるな)

キャロットが、鍋の中にウインナーを静かに沈める。

「まずは、茹でで」

湯の中でぷくりと膨らみ、皮がつやつやと光る。

「続いて、焼き」

鉄板の上に置かれたウインナーが、じゅうっと音を立てた。香ばしい匂いが、会場中にふわりと広がっていく。

「最後に、こうして盛りつけます」

野菜と一緒に美しく盛られた皿が、選ばれた五人の観客に配られた。

ゴルドリックの前にも、湯気を立てる一皿。

「フン。こんなものが……」

鼻を鳴らしながら、ゴルドリックがフォークを突き刺し、口へと運ぶ。

パリッ。

小気味のいい音が、静まり返った闘技場に響いた。

皮が弾け、中から熱々の肉汁が口いっぱいに飛び出す。

「うま……」

ゴルドリックの口から、ぽろりと声がこぼれた。

「え?」

キャロットが、笑顔のままで首を傾げる。

「今、『うま』と、おっしゃいました?」

「い、言ってない」

「でも、確かに――」

「違う! あそこにいるだろう!」

ゴルドリックが、闘技場の隅を指さした。

そこには、荷馬車をつないだ一頭の馬が、のんびりと草を食んでいる。

「馬と言ったんだ! 馬が、いたから!」

「はあ……そうですか」

キャロットは、全てを察したように優しく頷いた。

(絶対に嘘だな)

(誰がどう見ても嘘だ)

会場の全員の心の声が、綺麗に揃った瞬間だった。

ゴルドリックは、これ以上何も言うまいと、無言でウインナーを口へ運び続ける。

一本、二本、三本。

(うまい。悔しいが、うますぎるぞ。なんだこの肉汁は。皮と中身の食感の差は、どういう仕組みなんだ)

「ゴルドリック様、お皿のウインナー、もう空ですよ」

「……おかわりを、もらおうか」

「はい、喜んで」

にこにこと皿を差し出すキャロットに、ゴルドリックは目を逸らしたまま皿を受け取った。

他の観客たちも、口々に声を上げている。

「なんだこれは! 肉の旨みが凝縮されているぞ!」

「茹でると柔らかく、焼くとこんなに香ばしいのか」

「エールが欲しくなる味だ……」

リーゼも、一口食べて目を丸くしていた。

「こんなに美味しいものが、この世にあったなんて……。感動です、ザーク殿」

「そう言っていただけて、何よりです」

ザークは、ほっと胸を撫で下ろした。

(よかった。みんなの努力が報われたな)


「では、いよいよ最後の紹介になります」

リーゼが会場に呼びかける。

「まずは、我がアルトバイエルの誇る、魚介類でございます」

運ばれてきたのは、氷を敷き詰めた大きな箱だった。

蓋が開くと、銀色に輝く魚と、殻の色鮮やかな貝、大ぶりのエビがずらりと並んでいる。

そのまま炭火の網の上に乗せられ、じゅわっと香ばしい煙が立ち上った。

「焼き上がりました。どうぞ」

貝を口に運んだ選ばれたリリア達が、目を見開く。

「なんですかこれは! 噛むたびに、海の旨みが溢れてくる!」

「この白身魚、口の中でほどけていきます!」

「エビはぷりぷりで、しかも甘い……」

ザークも、一口だけ分けてもらった。

塩だけで焼かれた貝が、口の中で潮の香りをはじけさせる。

(うまい……! これは間違いなく、新鮮さが違う)

(魚介は、どうしても運搬が問題になるはずだ。だが、俺には瞬間移動とマジックバッグがある。これは、うちの食卓が大変なことになるぞ)

――《食卓の話ばかりですね。今は国の大事な場面ですが》

(食は国の礎だ)

――《それっぽく言いましたね》

「続いては、シャウエッセルの品をご紹介します。最後の一品でございます」

キャロットが、ひときわ大きな皿を運んできた。

その上に載っているのは、美しい霜降りの入った、深い紅色の肉。

「黒毛魔牛の肉でございます」

(黒毛魔牛……魔王領では一般的に食べられる魔牛の肉、以前セレナが食べて驚いていた。)

キャロットが肉を熱した鉄板に乗せた瞬間、香ばしい音と共に、脂がじゅわっと溶け出す。

ほんの数十秒ほど焼いて、切り分けられた一切れが、選ばれた観客の前に置かれた。

「では、どうぞ」

ゴルドリックが、慎重にフォークで刺した肉を口に入れる。

その瞬間、彼の動きが止まった。

「…………」

「いかがですか?」

「……舌の上で、溶けた」

ぽつりと、ゴルドリックが呟く。

「肉を噛んだはずなのに、噛んだ感触が、ほとんどない。甘い脂が広がって、それでいて、後味は驚くほど軽い……」

いつの間にか、彼の顔からは、すっかり意地が抜けていた。

「こんな肉は、生まれて初めてだ」

「米をくれ!」

そして肉を食べ米を頬張りゴルドリックは目に涙を浮かべていた。

ザークは心の中で勝利を確信した。

観客席の誰もが、無言で頷いている。

(いい食レポだな、ゴルドリック)

――《意外と食レポの才能があります。商人より向いているかもしれません》

(それを本人には言えないって)

ザークは一つ深呼吸をして、舞台の中央へと歩み出た。

「最後に、もう一つだけ、紹介させていただきたい」

「ザーク殿?」

リーゼが不思議そうに首を傾げる。

ザークは、腰のマジックバッグに手を突っ込んだ。

「今回のために、ちょっとした試作品を持ってきました」

ずしりと重たい音を立てて取り出されたのは、檜の香りがふわりと漂う、コンパクトな木製の風呂だった。

「なんだ、あれは」

「桶……いや、樽か?」

「人が入れるほどの大きさだぞ」

ざわつく会場をよそに、ザークは湯船の縁に、小さな魔石を取り出した。

「これは水属性と火属性の魔石に魔力を流し掛け合わせて一つの魔石に圧縮しています。」

「魔石に属性があるなんて」

「魔石に魔力を込めるとは」

新鮮で懐かしさを覚えるザーク

蛇口の代わりに据えられた魔石から、ザーッと勢いよくお湯が出る。。

湯船の水面から、ふわりと湯気が立ち上った。

「お湯が出ます。」

「お、お湯だと!?」

「火も使わず、薪もなしで!?」

「魔石の組み合わせだけで、お湯が沸くのか!」

会場が、割れんばかりにどよめいた。

「では、ここで実演をしてもらいましょう。リリア、ガレオン、頼む」

「は、はい……!」

「任せてください!」

奥の幕の陰から、二人が登場する。

その瞬間、会場全体が凍りついたように静まり返った。

リリアとガレオンは、薄手の湯浴み用の布だけを身にまとっていた。

しかも、かなりの露出だった。

「ちょ、ちょっと待て! その格好は聞いていないぞ!」

ザークが小声で叫ぶと、リリアが耳まで真っ赤にしながら答える。

「ドルシアが『実演なのだから、分かりやすい格好の方が説得力があります』と……」

(ドルシアの仕業か!)

客席の最前列で、ドルシアがにこりと微笑んで手を振っていた。

(眼鏡が光っているじゃないか。絶対、確信犯だ)

――《ドルシア様の計算では、男性客の関心が10割増加するとのことです》

(全員じゃないか!)

二人がそっと湯船に足を浸す。

「あ、あったかい……」

リリアが、ほっと息をついた。

「 気持ちいい!」

ガレオンが、肩まで浸かって笑顔になる。

その光景に、客席の男たちは、揃って鼻の下を伸ばして固まっていた。

「リーゼ様もいかがですか?」

驚くリーゼだが興味はある。

「で、では」

とリーゼも薄着に着がえそっと脚を湯につける。

「暖かい。」

肩まで一気に入浴

「あーー」

と声が響く。

「これは本当にいい物ですね。心が安らぎます。」

3人の刺激的な姿。

男性陣は釘付けになっている。

(男ってやつは本当に単純でバカなんだな)

とザークは思った。

――《ザークも何一つ変わりませんか》

(ああ、自覚してる。)


一方で、女性客たちは、目を輝かせて身を乗り出している。

「あのお湯、家でも使えるのかしら」

「毎日入れたら、肌もつやつやになりそう……」

「あなた、あれ絶対買ってちょうだい!」

「わ、わかった。わかったから、落ち着け」

あちこちで、夫婦の会話が飛び交い始めた。

ザークは、ごほんと咳払いをして続ける。

「使い終わったお湯は、こちらの浄化の魔石を通すことで、きれいな水に戻します。ですから、排水で川や土を汚すこともありません」

ザークが別の魔石を湯船の底に置くと、濁っていたお湯が、みるみるうちに吸い込まれていった。

「排水の問題も、これで解決できます」

「なるほど……。環境への配慮まで、考えられているのか」

鼻の下を伸ばしたゴルドリックが、感心したように唸る。

会場は、しばらくざわめいたままだった。

驚きと、興奮と、憧れと、そして一部の男たちの妙な熱気。

色んな意味で、闘技場は最高潮の盛り上がりを見せた。

やがて、誰からともなく、拍手が起こった。

パチ、パチ、パチ。

それはすぐに、地鳴りのような喝采へと変わっていく。

「素晴らしい!」

「魔族の国は、こんなに進んでいたのか!」

「交易を、ぜひ進めてほしい!」

割れんばかりの声が、闘技場を揺らした。


大会が終わり、人がまばらになった闘技場の隅で、ゴルドリックがひとり立ち尽くしていた。

ザークが近づくと、彼は、ゆっくりと深く頭を下げる。

「魔王殿。……いや、ザーク殿」

「どうされました?」

「俺は魔族だからと友好の意思はないと勝手に決めつけ」

「自分の地位や領地を奪われるんじゃないかと」

「だが違った」

「あんな品々を出されたら、俺の完敗だ」

ゴルドリックは、苦笑いを浮かべていた。

「俺は、商人ギルドの長として、魔族との取引を潰そうとしていた。だが、今日ここで、自分の目と舌で確かめてしまった。あんなものを目の前にして、まだ反対を続けるほど、俺は愚かじゃない」

彼は顔を上げ、まっすぐにザークを見た。

「潔く、この商売から足を洗うよ。それから……度重なる妨害、許してくれ」

「妨害?」

ザークは、きょとんと首を傾げた。

「何の話だ?」

「え……?」

「妨害なんて、されていたのか?」

ゴルドリックの目が、点になる。

その背後で、リリアが静かに顔へ手を当て、遠い空を見上げていた。

――《吹き矢一件、呪いの魔法一件、闘技場入り口での通行妨害一件、馬車の車輪への細工が一件、それから――》

(待て待て待て。そんなにあったのか?)

――《はい。全て気づかれることなく終わりましたが》

――《気づいていたのはリリアだけです》

(全然気づかなかったぞ……)

「え、ええと……つまり、あなたは、妨害を全て、気づかないまま……」

「気づいていなかったな。すまない。ところで――」

ザークは、ふと、ゴルドリックの言葉を思い返した。

「ゴルドリックと言ったか? 今、商人を辞めると言ったのか?」

「あ、ああ。そのつもりだが」

「それは、もったいない」

ザークは、迷わず言葉を続けた。

「これから、きっと忙しくなる。取引が増え、品物が動き、多くの人が行き交うだろう。その時、商人としての経験と、人脈と、目利きの力が、必要になるんだ」

「俺、が……?」

「もしお前さえよければなんだが、これからも俺の元で商人として、その腕を振るってもらえないか?」

ゴルドリックは、しばらく言葉を失っていた。

握りしめた拳が、小さく震えている。

「あれだけ、あなたの邪魔をした俺に……そんなことを、言ってくれるのですか」

「妨害の記憶がないからな。今日の君は、ただ一番熱心に、うちの商品を食べてくれた客だ」

ザークが穏やかに笑う。

ゴルドリックは、目元を手の甲で拭った。

「……こんな私で、いいのでしょうか」

夕暮れに染まる闘技場に、その小さな声が、静かに溶けていった。

「あの、コーシーいっぱいいただけますか?」

と一同の笑いでプレゼン大会は幕を下ろした。

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