ep20 プレゼン大会 前編
国王席から、セレナが心配そうな眼差しでザークを見つめていた。
普段の飄々とした様子はなりを潜め、指先が微かに白くなるほど手すりを握りしめている。
護衛として傍らに控える騎士たちも、いつになく張り詰めた表情をしていた。
国王自らが、こうまで気を揉む様子を見せるのは珍しいことなのだろう。
周囲の貴族たちがちらちらとセレナの顔色を窺っている。
舞台へと続く道を、ザークたちはゆっくりと歩いていく。野次はまだ収まらないが、進む足取りに迷いはなかった。
その時だった。
観客席の奥、ちょうど死角になる柱の陰から、何かがシュッと空気を切る音が響いた。
放たれたのは、一本の吹き矢。狙いは正確に、ザークの顔面へと吸い込まれていく。
コンっ。
軽い音を立てて、吹き矢はザークの頬に当たり、そのままころりと地面に落ちた。
「ん?」
ザークは足を止め、地面に落ちたそれを不思議そうに拾い上げる。
「何だこれ? 落とし物か?」
くるくると指先で回しながら矢を眺めるザークに、放った当人が観客席の陰で凍りついていた。
(コンって)
毒を仕込んだはずの一撃が、まるで蚊に刺された程度の扱いしか受けていない。
魔王という存在に対する耐性の差を、まざまざと見せつけられた形だった。
「ザーク様、それは――」
「うん? 変わった形の棒だな。細工物か何かか」
隣を歩くリリアが乾いた笑みを浮かべる。
説明するべきかどうか、判断に迷っているようだった。
結局、リリアは何も言わず、代わりにその吹き矢をそっと自分の懐に収めた。証拠として、後で処理するつもりなのだろう。
観客席の一角、腕を組んで座るゴルドリックが、忌々しげに舌打ちした。
「くそっ……効かないのか」
ゴルドリックが観客席の視覚に合図を送る。
次はガレオンに吹き矢が飛ぶ。
シュッ
コン
ん?
ガレオンがなんか落ちてる。と
リリアは無言でそれを回収。
「何だあいつら、揃いも揃って化け物か?」
(ザーク様は、本当に危機感というものをお持ちでないのだろうか)
隣を歩きながら、リリアは胸の内でそっと呟く。
呆れる気持ちと、同時に安堵する気持ちが、綯い交ぜになっていた。
何が来ても動じない主が、頼もしくもあり、少し心配でもある。
そんな複雑な感情を抱えたまま、リリアは前を向いた。
舞台の中央には、すでに二つの演台が用意されていた。
一方にはアルトバイエルの旗、もう一方にはシャウエッセルの旗が掲げられている。
司会を務めるのは、両国からそれぞれ一名。
「本日の司会を務めさせていただきます、アルトバイエル側リーゼです」
リーゼが優雅に一礼する。続いて、もう一方の演台に立ったのは――
「シャウエッセル側、司会を務めます、キャロットです」
意外な人選に、控えていた一同がわずかにざわついた。まさか料理担当のキャロットが、大舞台の司会を任されるとは誰も予想していなかった。
「キャロットに務まるのか?」とザークが小声で漏らすと、隣のドルシアが澄まし顔で答えた。
「リーゼ様にお願いされていたみたいで、意外と、こういう場は得意なんですよ、彼女」
蓋を開けてみれば、その言葉は的中していた。
キャロットは緊張の色も見せず、朗々とした声で会場に語りかける。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。これより、人間領アルトバイエルと魔族領シャウエッセル、両国の特産品を紹介する交流の場を始めさせていただきます」
言葉の一つひとつに淀みがなく、抑揚のつけ方も堂に入っている。普段の食いしん坊で天然な様子からは想像もつかない、堂々とした語り口だった。
「では、まずはアルトバイエル側から。リーゼさん、お願いします」
と
「はい」
リーゼが一歩前へ出る。会場の視線が、一斉にそちらへ集まった。
「本日ご紹介するのは、アルトバイエルで育まれた選りすぐりの品々です。まずは――」
そこで一度言葉を切り、リーゼは観客席を見渡した。
「では、まずはこちら。アルトバイエルが誇る、小麦のご紹介です」
リーゼが合図を送ると、控えていた人間側の料理人たちが、次々と台車を押して現れた。
並べられた皿の数は、六つ。
ふっくらと焼き上がったパン、艶やかな照りのパスタ、香ばしい焼き色のクレープ、湯気を立てるシチューに浸したパン粥、さくさくとしたパイ生地、そして甘い香りを漂わせるケーキ。同じ小麦から、これだけの表情の違う料理が生まれるという事実そのものが、ちょっとした驚きだった。
ザーク達の期待が高まる。
「小麦は、こうして加工の仕方次第で、無限に表情を変える食材です。硬さ、香り、食感――すべてが調理法一つで別物になります」
リーゼの説明に合わせて、ザーク達は試食を始める。
ガレオンが真っ先に手を伸ばし、クレープを頬張る。
「ん――! なにこれ、ふわふわで甘い!」
目を輝かせるガレオンの隣で、リリアもパイを一口。
さくり、と小気味よい音が響いた瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなる。
「これは……層になっていて、噛むごとに違う食感が」
ドルシアとメルティナも、それぞれケーキとパン粥を試し、普段は表情に乏しい二人が、珍しく目元を緩めていた。
「甘みの引き算が上手い。素材の味を殺していません」とドルシアが分析するように呟く。
「こちらのパン粥も、身体に染み渡るような優しさがありますね」とメルティナが続く。
ザーク自身も、焼きたてのパンに手を伸ばした。
かじった瞬間に広がる、香ばしさと小麦の甘み。
前世の記憶にある、ごく当たり前の美味しさが、この世界では貴重な発見として胸に迫ってくる。
「これは、確かに――素晴らしいな」
素直な賛辞に、リーゼが誇らしげに胸を張った。会場のあちこちから、拍手と感嘆の声が上がり始める。
次はシャウエッセルの番
リーゼと交代したキャロットが続ける。
「それでは続いて魔族領の品を紹介させていただきます。」
「せっかくの機会です。実際に味わっていただいた方の声を、直接お聞かせいただきたいと思います。どなたか、ご協力いただける方はいらっしゃいますか?」
会場がざわつく中、真っ先に手を挙げたのはセレナだった。
国王席から身を乗り出すようにして声を上げる。
「では、私が選ばせていただきますね!」
その声に、リリアがぴくりと反応する。
国王自らが選んだとなれば、その公平性は誰にも疑われない。だが同時に、セレナの目にはどこか悪戯っぽい光が宿っていた。
セレナの視線が、ゆっくりと観客席を這う。そして――ぴたりと、一点で止まった。
「そちらの、商人風の方。よろしければご協力いただけますか?」
指し示された先に座っていたのは、ほかでもないゴルドリックだった。
会場中の視線が、一斉にゴルドリックへと集まる。
逃げ場のない状況に、彼は苦い顔をしながらも渋々立ち上がった。
「な、なぜ私が……」
内心では、まさか自分が選ばれるとは思っていなかった。
観客の中でも一際目立つ体格と、堂々とした佇まいが、かえって仇となったらしい。
ザークは何食わぬ顔でその様子を眺めていた。
だが、頭の中では静かに算段を巡らせている。
あえて反対派の急先鋒を選ばせる。
もしこの男を納得させることができれば、それは何よりの説得力になる。
セレナが「ランダムに選んだ」体で、実のところ狙って選んでいることに、会場の誰も気づいていなかった。
ちらっとセレナを見る。
(ウインクで目配せしとる)
(あいつワザとだな)
セレナにより観客から後4人ランダムに選ばれた。
リーゼが差し出したカップには、湯気を立てるコーシー豆の飲み物が注がれていた。芳醇な香りが、ふわりと会場に漂う。
「どうぞ、こちらをお試しください」
「……ふん。何が出てくるかと思えば」
ゴルドリックは疑わしげにカップを受け取り、一口含んだ。
その瞬間、彼の眉がぴくりと動いた。
「……」
「いかがですか?」
「……別に。普通だ」
ゴルドリック以外の観客は賞賛している。
「豆だけでこの芳醇な香りと味」
「普段飲んでいるコーシーとは比べものにならない」
「素晴らしい」
「こんなの飲んだことがない」
「どこがうまいんだ?」
そう言い放ちながらも、ゴルドリックの手はもう一口、二口とカップを傾けている。飲み干す速度が、明らかに最初より速くなっていた。
「本当に、それだけですか?」
「言うことは、それだけだ」
にべもなく言い切るゴルドリックだったが、その表情には隠しきれない動揺が浮かんでいる。
会場の一部から、くすくすと小さな笑いが漏れた。
誰の目にも、彼が本音を隠していることは明らかだった。
「これは、これは手厳しいですね」
リリアは苦笑
ザークはいやこれでいいと、それ以上追及しなかった。
ここで無理に本音を引き出す必要はない。
この男が最後まで意地を張り通せるか、それとも
――その答えは、この後の展開が語ってくれるはずだった。
リーゼの提案でこの流れのまま続いてもシャウエッセル側からの品を紹介することになった。
ではとキャロットが続ける。
「続いてご紹介するのは、こちらです」
キャロットが次に取り出したのは、淡く発光する結晶
――魔石だった。
会場からどよめきが起こる。
人間領では宝石として高価で滅多に見ることのない代物だ。
「我が国で魔石は、魔力を蓄え、様々な道具に応用できる素材です。灯り、暖房、実はこの魔石の技術が使われております」
説明を続けながら、キャロットは小型のランプに魔石を嵌め込んでみせる。
スイッチを入れるまでもなく、ふわりと柔らかな光が灯った。魔法陣も炎も使わない、静かな灯り。
観客席のあちこちから、感嘆の声が漏れる。
「これなら、火の始末を気にせず使えるということか」
「油代も浮くんじゃないか」
好意的な呟きが、少しずつ増え始めていた。
ゴルドリックだけは、腕を組んだまま黙って灯りを見つめている。
その顔からは、先ほどまでの刺々しさが、わずかに薄れていた。
「これが本当に量産できるなら、燃料の仕入れが要らなくなるぞ」
「うちの店にも一つ欲しいところだな」
小さな声だったが、確かに広がり始めている興味の芽を、ザークは見逃さなかった。
感情論で反発していた者たちの中にも、実利が見え始めれば態度を変える者は必ずいる。
それは前世でも、この世界でも変わらない道理だった。
拍手はまだ、まばらだった。だが、先ほどまでの野次に比べれば、明らかに空気は和らいでいる。
ちょうどその時、観客席の隅で、ローブを深く被った人影が小さく詠唱を始めていた。指先に禍々しい紫の光が灯る。狙いは、壇上で紹介を終えたばかりのキャロットだった。
「――消え失せろ」
放たれた呪いの光が、まっすぐリーゼへと飛んでいく。だが、その軌道の途中、何もない空間でふっと弾かれるように霧散した。
「な……!?」
驚愕する人影の視線の先、ザークがさりげなく片手をこちらに向けている。まるで羽虫でも払うような、あまりにあっさりとした仕草だった。
「ん? 今、何か飛んできたか?」
ザーク自身、大した意識もせずに防いだらしい。舞台上のリリアだけが、その一部始終に気づいて小さく息を呑んでいた。
(今の魔力、並の呪いじゃない。それをこんな片手間で……)
ザークにとっては、意識するまでもない些事だったのだろう。だが、観客席の一部――事情を知る者たちにとっては、それは何よりも雄弁な実力の証明になっていた。人影はそれ以上何もできず、静かに人混みへと紛れて姿を消した。
「では、続いてアルトバイエル側の紹介に移りましょう」
何事もなかったかのように、リーゼが声を張り上げる。会場の視線が一斉に反対側の演台へと移った。
「続いてはこちらの紹介です」
リーゼの合図です出てきたのは湯気の経つ釜。
ザークは即座に理解する。
「あれだ絶対あれだ」
我が国の米「ヨルヒカリ」でございます。
このシルクの様な白い輝き漆黒の闇でも光を放つと言う意味合いから名付けた品種でございます。
(コシヒカリっぽいな)
(だがこの湯気から立ち上るなんとも言えない甘い香りたまらないな)
グゥーーー
とザークの腹がなる。
ザーク様ったら卑しいですよ。とリリアが微笑む。
クスッと微笑んだリーゼが続ける
「今回はこちらを」と料理人が熱々のヨルヒカリを手に取り
三角に握っていく。
「おぉこれは!!」
ドーンと卓上に並ぶ。
まさにこれは
「おにぎり!!」
ザークは熱々のおにぎりを頬張る。
「はむ」
「ザーク様泣いておられるのですか?」
女性陣は心配そうにかけよる。
「いや大丈夫だ。うますぎて」
感情豊かなザークに可愛らしさを感じる。
リリア達もはむっとおにぎりを頬張る。
6人並んで感動し涙を流す。
「なんて味わい深い」
とリリアが呟く。
「噛めば噛むほど甘味が出てきます。」
メルティナもご満悦の様子。
「ほんのり聞いてる塩がたまりませんね」
ドルシアも続く。
「この食材があれば料理の幅は無限に広がりそうですね」
とキャロットが料理人の目線でコメントする。
「ガレオンは、」
聞くまでもなかった。
口の周りに米粒をたくさんつけて釜のご飯が空になるほど食べていた。
なんて可愛いやつ
もはや言葉はいらないな。
「続きましてシャウエッセルの品を紹介いたします。」




