dp20 お弁当とプレゼン大会
リリアとの一件を、ザークはガレオンにきちんと報告することにした。
誤魔化してもいずれバレる。
それなら自分の口で伝えるべきだと思ったからだ。
夜、二人きりになったタイミングを見計らって、ザークは静かに切り出した。
「ガレオン、話がある」
「なんですか、改まって」
「実は……リリアと、その、そういうことになった」
一瞬、部屋の空気が固まった。
ガレオンの表情から感情が読み取れず、ザークは内心で身構える。
前世であれば、こういう話をした瞬間に修羅場が始まるものだと相場が決まっていた。
話を聞いたガレオンは、一瞬だけ目を見開いた。だが、それも束の間のことだった。
「そっか。……分かった」
「怒らないのか?」
「怒りはしないけど」
ガレオンは腕を組み、しばし考え込む素振りを見せたあと、こう切り出した。
「プレゼン大会が終わったら、僕と一日デートしてください」
「それな事でいいのか?」
「うん。だって――僕が一番最初の妻だってことは、変わらないもん」
念を押すように、ガレオンは繰り返した。
僕が一番最初の妻。僕が一番最初の妻。
まるで呪文のように何度も呟く姿に、ザークは苦笑しつつも、その芯の強さに胸を打たれた。
嫉妬しないわけではない、それでも自分の立ち位置を疑っていない。
そういう強さが、彼女にはあった。
プレゼン大会当日の朝、ザークたちの前に馬車がやってきた。手配したのはリーゼだと聞いていたが、御者台の隣に座っていたのはリーゼではなかった。
「ザーク様ー! 会いたかったー!」
セレナだった。
飛び降りるなり一目散に駆け寄り、ザークの胸に飛び込んでくる。すりすりと頬を寄せる仕草に、周囲が凍りついた。
「セレナ様! 何をなさっているんですか!」
「離れてください、離れて!」
ガレオンとリーゼが両側から引き剥がそうとするが、勇者の身体はびくともしない。
石像のように動かない元勇者に、二人は次第に力なく手を離した。
「さぁ、抱擁はこれぐらいにして出発いたしましょうか」とセレナはあっさり離れ、涼しい顔で御者台に戻る。
「せっかく迎えに来てくれたが、俺の瞬間移動で行けたんだがな。何なら今からでも――」
「「「「「やです!」」」」」
女性陣の声が見事に揃った。
「あの、ザーク様。提案はありがたいのですが、その……」
「せっかくの新婚旅行ですし」
「新婚旅行ではないぞ」
即座に否定するザークだったが内心では、確かに魔族領を出て旅をするのはこれが初めてだと気づいていた。
「馬車で行くか」
用意された馬車は三台。
うち一台は貨物用だった。
ところが、いざ出発してみると、なぜかザークの乗る馬車には女性陣全員が詰め込まれ、二台目の馬車にはボルガがただ一人、寂しく揺られていた。
「フッ」
ボルガは地平線を見つめるような遠い目で、車窓の向こうに広がる湖を眺めていた。誰も何も言わなかった。
「ちなみに、アルトバイエルまではどれぐらいかかるんだ?」
「大体二時間ぐらいですかね」とセレナが答える。
「そんなにか。今まで、そんな時間をかけて何度もこちらへ来てたんだな」
「セレナ、昨日は何時に起きたんだ?」
「そうですね、朝には到着するように、三時ぐらいでしょうか」
「そうか……なんか悪いな」
人間領と魔王領の間には大きな湖が横たわっており、迂回するしかないのだという。
道の整備もまだ進んでいない。
「なるほど。外へ出れば、色々見えてくるものだな」
馬車の窓から見える景色は、魔族領のそれとはまるで違っていた。
畑には見慣れない作物が育ち、遠くの集落には木造の家々が並んでいる。
人間領独特の建築様式なのだろう。
ザークが物珍しそうに眺めていると、隣に座るドルシアが小さく笑った。
「ザーク様、まるで観光にでも来たような顔をなさっていますね」
「いや、実際初めて見るものばかりだからな。財務的な視点で言えば、こういう景色一つにも交易のヒントが隠れているものだ」
「さっそく仕事の話ですか」とメルティナが呆れたように呟く。
「性分でな」
そんなやり取りに、ガレオンがくすくすと笑う。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ気がした。
「そろそろ朝食にしましょうか」とリリアが言う。
キャロットのカバンから、朝食一式が取り出された。
パン、果物、卵料理――まるでピクニックにでも来たかのような、爽やかな朝食だった。
すると、リリアとガレオンが二人揃ってもじもじし始めた。
二人はそれぞれ木箱を取り出し、ザークに差し出す。
「ん?」
「あの……キャロットに協力してもらって、二人で作ったんです」
そうか。朝、二人でいそいそと何かをしていたのは、これのことだったのか。
「意外に仲良くやってくれているんだな。二人とも、かわいいところあるじゃないか」
パカっと蓋を開ける。
ガレオンの弁当は、ザークの顔をモチーフにしたキャラ弁だった。
「ふふ、かわいいな。……目の部分、白目だけどな」
次にリリアの箱を開ける。
「ん?」
木製の箱の中には、ゆで卵が二つ、中心にウインナーが一本、行儀よく並んでいた。
「リリア、これはどういうつもりかな」
「ザーク様、ウインナーお好きですので」
「いや、その配置が……」
「ゆで卵は隙間が空いたので」
「そ、そうか」
昨日の今日だ。
明日生々しく感じるのは俺だけだろうか。
赤面しながらも、ザークはしみじみと呟いた。
「でも、二人ともありがとう。弁当なんて、作ってもらったのは初めてだ」
気の許せる仲間とこうして旅に出る。
異世界に来てから、こんな穏やかな時間もあるのだと初めて思えた。
なぜ自分がこの世界に転生したのか、その理由は未だに分からない。
それでも今、目の前にいる者たちを、ただ守りたいと思った。
アルトバイエルの立派な城壁が見えてきた。
魔王城とは一味も二味も違う建築に一同は目を奪われた。
ボルガも興味深々。
アルトバイエルの城門をくぐった瞬間、空気が変わった。
歓迎の旗や垂れ幕こそ掲げられているものの、道の端に立つ住民たちの目には、隠しきれない怯えと敵意が入り混じっている。
子供を抱えた母親がさっと路地に引っ込み、屋台の男が舌打ちを噛み殺すのが見えた。
「魔族が、堂々と大通りを歩くとはな」
すれ違いざま、体格のいい男が吐き捨てるように呟く。物流を扱う商人と思しき身なりだった。
その言葉に、ガレオンがぴくりと反応し、剣の柄に手をかけようとする。
「ガレオン」
ザークが静かに呼び止めた。
「かっこよく、スタイリッシュに構えていろ」
「……はい!」
ガレオンは手を離し、代わりに背筋を伸ばし、腕を組んで不敵に微笑んでみせた。
剣呑さを消し、余裕たっぷりに凛と構えた、まさに一枚絵のような佇まい。
「よし、かっこいいぞガレオン」
「て、照れます……」
頬を赤らめるガレオンを横目に、それを見ていたリリア、ドルシア、メルティナまでもが、なぜか一斉に同じようなポーズを取り始めた。腕を組んで顎を引き、決め顔を作る三人。
「な、なんだお前ら」
「わ、私も、かっこよく、スタイリッシュに……」
褒めてほしくて仕方ない、という顔がありありと浮かんでいる。
ザークは一瞬言葉に詰まったが、仕方なく頷いた。
「お、おん。かっこいいぞ」
途端に、四人揃ってへへっとだらしなく緩んだ顔になる。
先ほどまでの凛々しさはどこへやら、まるっきりのてへ顔だった。
ガレオンが眉を吊り上げるより早く、リーゼが割って入る。
「すみません、あの者は……」
リーゼは声を落とし、手短に説明した。
あの男の名は、ゴルドリック。これまで人間領と近隣諸国の交易を一手に握ってきた商人ギルドのギルドマスターだという。魔族との直接貿易が始まれば、これまでのように仲介料を懐に入れることができなくなる。
今日のプレゼン大会が成功すれば、真っ先に困る立場の人間だった。
「なるほどな」
ザークは静かに頷いた。
前世で見た光景と、驚くほど重なる。
新しい仕組みが入ってくるとき、必ず既存の利権を持つ側が抵抗する。
市場のパイの奪い合いは、世界が変わっても変わらないらしい。
闘技場に足を踏み入れると、観客席はすでに満席だった。
ただし、その熱気は歓迎とは程遠い。
半分は好奇心、もう半分は明確な疑いの目でザークたち一行を見下ろしている。
「魔族の見世物だと聞いて来てやったぞ!」
「どうせ裏があるんだろう、油断させて攻め込むつもりか!」
野次と怒号が飛び交う。
ガレオンの拳に力がこもり、ドルシアの眉間に深い皺が寄る。メルティナでさえ、珍しく表情を硬くしていた。
「ザーク様、あんな言われ方、黙っていられません」
「落ち着け、ガレオン」
ザークは静かに、しかしはっきりと言った。
「暴力では何も解決できないぞ」
「ですが!」
「見てればわかる」
そこまで言って、ザークは一拍おいてから付け加えた。
「――スタイリッシュに、かっこよく」
その一言で、殺気立っていたガレオンの表情がすっと変わる。拳を握っていた手を開き、堂々と腕を組んで前を見据える。
ドルシア、メルティナも隣で同じように背筋を伸ばし、静かに佇んだ。
怒りに震えていたはずの一同が、一斉に凛とした立ち姿に変わる様は、傍から見ればさぞ様になっていただろう。
その一言に、ガレオンは口をつぐんだ。
だが、観客席から浴びせられる視線は増える一方で、収まる気配はない。
控室に向かう通路の途中、ザークはちらりと振り返り、満席の闘技場を見渡した。
これだけの人数が、疑いの目でこちらを見ている。
今日という日が、これからの魔族領と人間領の関係を左右することになる。
うまくいくのか、それとも――。
言葉にならない緊張が、一行の間に静かに広がっていった。
控室に案内される道すがら、リーゼが小声でザークに耳打ちする。
「ザーク様、ここまでの反応は想定内です。ですが、想定以上に観客の反発が強い気もします。本当に大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ。むしろ、期待通りだよ」
「期待通り、ですか?」
「疑いが強いほど、それを覆したときの効果は大きい。何も心配せずに最初から好意的な会場より、よほどやりがいがある」
ザークの言葉に、リーゼは目を丸くしながらも、どこか安心したように頷いた。
控室の扉の前で足を止め、ザークは一同を振り返る。
「準備はいいか」
「はい」
「もちろんです」
「いつでも」
リリア、ドルシア、メルティナ、ガレオン――それぞれの返事に迷いはなかった。扉の向こうから、まだ収まらない野次の声が漏れ聞こえてくる。
だが、その声に押しつぶされそうな者は、この場に一人もいなかった。
「よし、行くぞ」




