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目が覚めたら魔王でした。戦いたくないので世界平和を目指します。  作者: ハルヒ


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ep18 猛獣の森

俺は猛獣の森へと続くトンネル部分に頑丈な扉を作ることをすっかり忘れていた。


「……扉、作り忘れてたな」


猛獣が外へ出ないようにするための、一番肝心な扉。

急ぎ足で防護壁の建設を進めているうちに、うっかり後回しにしてしまっていた。

壁だけ立派に完成させて、肝心の出入り口を塞ぎ忘れる。

前世でも似たようなミスをした記憶が、ザークの脳裏をよぎる。

工程表の最後の一行を見落として、現場から怒鳴り込まれたことがあったな、と。


「まさか、こんなところで穴が空いていたとは」

トンネルだけに

ザークは苦い顔をする。

防護壁自体は継ぎ目もなく美しく仕上がっていた。

石積みの技術も、魔石の配置も、これまでの経験が存分に生かされている。

だからこそ、扉という基本中の基本を見落としていたことが、余計に情けなかった。

「立派な建物ほど、鍵をかけ忘れる」とは前世の上司の口癖だったが、まさかそれを自分がやらかすとは思わなかった。


おかげで気づかぬうちに何頭もの魔獣がトンネルからこぼれ出ていたらしい。

それを密かに食い止めていたのが、自衛部隊だった。

パンをがむしゃらに頬張っていたガレオンが、誰に言われるでもなく気を回して部隊を配置していたのだと聞き、ザークは思わず唸った。

忙しい中でも、部下たちの安全にまで気を配っている。自分が見落としていた部分を、誰かがちゃんと拾ってくれていたことに、じんわりとした感謝がこみ上げる。


「さすが我が妻だ。でかしたぞ」


猛獣の森へ向かう道すがら、ザークはふと思う。

最近はどこへ行くのも、いつもみんな一緒だ。

前世では一人で現場に向かうことも珍しくなかったが、今はいつも誰かの気配がすぐ隣にある。

リリアが資料を片手に歩き、ドルシアが算盤を弾きながら歩き、メルティナが規定集を小脇に抱えて歩く。

それぞれ手放せないものを持ったまま、それでも隊列を組んで森へと向かっていく光景は、なんだかおかしくて、同時にひどく心地よかった。


街道の両脇には、最近植え始めたばかりの若木が並んでいる。ボルガが余った資材で整えた道は、雨上がりでもぬかるむことなく、皆の足取りは軽かった。

遠くに見える猛獣の森は、鬱蒼とした緑が壁のように連なり、その向こうで何かが唸っているような気配がする。


「部署は大丈夫なのか? みんな一斉に出てきてしまって」


「まぁ、皆優秀だからな。多少留守にしたところで、回らなくなるほどヤワじゃないだろう」


自分に言い聞かせるように呟いたところで、遠くからガレオンが駆け寄ってきた。

息を切らしながら、両手を大きく振って。


「ザーク様ー! これ、見てください!」


差し出されたのは、いびつな形をした貝殻のような魔石だった。

持ち手のところだけつるりと磨かれていて、明らかに自分で削った跡がある。休憩時間にこつこつ削っていたのだろうか。


「これがどうかしたのか?」


「見ててください」


ガレオンは魔石にふっと息を吹き込む。すると、なんとも言えない電子音のような音が鳴った。フォーーーー、と、脳内に響き渡る高い音。


「へぇ」


「で、それがなんなんだ?」


「え? いや、それだけです。音が鳴るから可愛いなって思って」


「そ、そうか」


「ザーク様に差し上げます!」


「おぉう……ありがとう」


無邪気に笑うガレオンを見ながら、ザークは思う。

この子は本当に、小学生なのか大人なのか分からない。

戦場に立てば誰よりも頼もしい隊長なのに、こういう瞬間はまるっきり子供のようになる。

しっかりしているかと思えば、急に無邪気になる。そのギャップが、また可愛らしい。


そんな和やかな空気は、トンネルが見えてきた瞬間に消え失せた。


「あれは……」


自衛部隊が固まって、じりじりと押されている。

魔獣が門のない隙間から溢れ出しているのだ。

盾を構えた隊員たちの列が、少しずつ後ろへと下がっていく。怒声と獣の唸り声が入り混じり、土埃が舞い上がっていた。


「しまった。俺のせいだ」


ザークが動くより早く、ガレオンが剣を抜いていた。


「僕の部隊は、僕が守る!」


トンネルに群がる魔獣を、次々と斬り伏せていく。

無駄のない太刀筋、迷いのない踏み込み。

一撃ごとに魔獣がどさりと崩れ落ちていく様は、まるで舞踏のようだった。振り向きざまに背後の一体を切り払い、返す刀で横合いから突進してきた一体の足を払う。

息をつく間もない連撃を、危なげなく捌いていく。


「ガレオン様、助かります!」


部隊から勝鬨が上がる。

その光景に、リリアが目を見張った。


「ガレオン、あんなに強かったですか?」


「さ、さあ。隠れて鍛錬でも積んでたんじゃないか」


誤魔化すザークの視線の先で、地面が大きく揺れた。

土煙の向こうから、巨大な虫型の魔獣が姿を現す。

艶やかな外殻に、いくつもの脚。ずらりと並んだ数を数えると、十体はいる。


ドルシアとメルティナ以外の全員の顔が、目に見えて引きつった。

特にリリアなど、既に一歩後ずさっている。

キャロットも同行していたが、真っ青な顔で「私、後方支援でいいですよね」と震え声で呟いた。


「ちょっと待ってくれ」


ザークはさっきの魔石を思い出す。

ガレオンにもらった音の鳴る魔石を、引きちぎった蔓に巻き付ける。くるん、くるんと回し始めると、ふぉーーーーと音が響いた。


「ザーク様、何を?」


「まぁ待て」


しばらく、虫たちの動きが止まった。

触角がぴくぴくと音の方向を探るように揺れている。

これは効いているのでは――手応えを感じたザークは、勢いのまま森の方へ音の鳴る魔石を投げつけた。


「森へお帰り」


シーン、と静寂が落ちた。

一同もシーンとしている。

気まずい空気がその場に流れる。

虫型魔獣たちは特に帰る様子もなく、その場でじっとしたままだった。

一連が何もなかったかのように。


――ザーク、、、アホなんですか?


「反応してたから、行けると思ったんだ……」


「何やってるんですか、ザーク様は。たまによくわからないことされますよね」


呆れる一同をよそに、虫に強いドルシアとメルティナが淡々と虫たちを軽く倒していく。

眼鏡の奥で冷静に急所を見極めるドルシアと、表情ひとつ変えずに規則正しく剣を振るうメルティナ。

危なげない連携に、思わず見惚れるほどだった。

二人だけの世界で、まるで書類仕事でもこなすかのような手際の良さだった。


「頼りになるなあ」


入り口付近の魔獣がいなくなったところで、ザークは気持ちを切り替えた。


「さて、小鉄、作ろうか」


マジックバッグから鉱石を取り出す。ずしりと重い塊が地面に置かれた。呼びかけに応じて、小鉄がとことこと駆け寄ってくる。


「何をされるおつもりですか?」


「いくぞ、小鉄」


ザークが魔力を込めると、鉱石と岩が一体となり、小鉄も呼応して魔力を放出する。

地面がわずかに震え、溶け合うように形が変わっていく。

すると、トンネルの形にぴったり合わせた頑丈な扉が姿を現した。

表面には規則正しい模様まで刻まれている。


「これは……鉄、ですか?」


「そうだ、鉄だ」


「ザーク様と小鉄でいとも簡単に鉄を生成なさるとは、驚きです。もう出来ないことはないのでは?」


「そんなことはないさ」


だが、これで門が破られない限り、猛獣の森から魔獣が出ることはもうない。

ザークは扉に軽く手を当て、その堅牢さを確かめるように叩いた。

ごつん、と厚みのある音が返ってくる。隊員たちからも安堵のため息が漏れた。


「これでようやく夜も安心して見張りに立てます」と自衛部隊の一人が声を弾ませる。

ガレオンもうんうんと頷きながら、扉の表面を愛おしそうに撫でていた。


「小鉄、よくやったな」


ザークがしゃがみこんで頭を撫でると、小鉄はぴょこぴょこと跳ねて尻尾を振るような仕草を見せた。

図面通りに建てるだけでなく、こうして即興で扉まで作り出せるとは、いよいよ手放せない相棒になりつつある。


扉が完成してほっと一息ついたところに、リーゼがやってきた。

息を弾ませ、小走りに近づいてくる。


「ザーク殿ー!」


「あっ、リーゼさん。今日はどうされましたか?」


「あの、この前いただいたコーシー豆を周りに振る舞ったのですが、すごい反響で……もっと輸入したいのです」


「なっ、リリア。言っただろ?」


満足げに笑うザークに、リーゼは続けた。


「輸入はもちろんさせていただきたいのですが、できれば苗を頂けませんか?」


そうきたか、とザークは少し考える。これはビジネスだ。

ただ喜んで渡すだけでは、後々思わぬ問題を生みかねない。

リスクと対策を練らなければならない。


「じゃあ、こうしよう。人間領で収穫されたコーシー豆は、品種はビーンズ村のものとして、商品名は変えてもらう」


「と、おっしゃいますと?」


「そちらで同じクオリティのものが育つとは限らない。

気候も土壌も、まったく同じというわけではないからな。

もし品質が落ちたものが同じ名前で出回れば、ビーンズ村の評判にも傷がつく。

だから商品名は分ける。

これはビジネスだ。契約書も作成する。

後で言った言わないにならないようにだ」


きっぱりと告げるザークに、リーゼは目を丸くしながらも、感心したように深く頷いた。


「なるほど……さすがザーク殿です。承知いたしました。契約書の草案は、こちらでも用意させていただきます」


「助かる。細かい条件はリリアと詰めてくれ」


「かしこまりました。それと――もう一つご相談が」


「なんだ?」


「輸入量が今のままでは、王都の需要をとても賄いきれません。いずれは、こちらの領内にコーシー豆を扱う専門の店を出せないかと、そんな話も出ておりまして」


「店、か」


ザークの頭に、前世で見慣れたチェーン店の看板がよぎる。ビーンズ村の名を冠した店が、人間領のあちこちに並ぶ光景を想像すると、悪くない話だと思えた。ただ、今すぐ答えを出すには材料が足りない。


「面白い話だ。だが今は、まず目の前の苗と輸出の枠組みを固めよう。店の話はまた改めて詰めたい」


「承知いたしました。焦らず進めさせていただきます」


リーゼは丁寧に頭を下げると、リリアと共に細かな条件のすり合わせへと戻っていった。二人のやり取りを横目に、ザークは扉を見上げた。


夕暮れ時、城への帰路につく一行の足取りは、行きよりもいくらか重かった。虫型魔獣との一戦で誰もが多少なり体力を使い果たしていたが、それでも表情は明るい。

ガレオンは自分の活躍を得意げに語り、リリアが「はいはい、すごかったですね」と適当にあしらう。

ドルシアとメルティナは虫の討伐報酬を早速どう計上するかで小声の相談を始めていた。

「ところでザーク様、僕がせっかくあげたかわいい魔石何で投げるんですか!」

リリアはプレゼントを無碍にされたと思い怒っていた。

「ああすまないジブリを見過ぎだんだ」

「ジ、ジブリ?」

「いや悪かったガレオン、ほら」

と超スピードで拾っていた魔石を見せた。

「あれは偽物だった」

「なーんだそれならよかったです。」

と嬉しそうに前を向き。

わんぱくに手を振り歩き始めた。


「今日は疲れたな」


ザークがぽつりと呟くと、隣を歩くリリアがくすりと笑った。


「扉の作り忘れも、虫のギャグも、全部含めて今日らしい一日でしたね」


「それ、フォローになってないぞ」


「フォローのつもりはありませんので」


軽口を叩き合いながら、一行は城への道を歩いていく。門の完成と貿易の第一歩、その両方を手にして、猛獣の森の一件はひとまずの幕を閉じた。

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