ep16 国王失格
完成した防護壁を前に、皆で達成感に浸っていた、その時だった。
「おい、魔族ども」
野太い声に振り返ると、そこにいたのは軍勢を引き連れた一団だった。先頭に立つ、やけに立派な鎧を着た男の胸には、律儀に「こくおう」とひらがなで書かれた名札が下がっている。
(ちゃんとこくおうと書いてあるな。あいつが国王か。嫌な顔してるなー。)
――《人を見た目だけで判断するのはどうかと思われます。》
(そうだな。俺とした事が面目ない。)
……国王で、間違いないな。
セレナの顔から、みるみる血の気が引いていった。
「人間側の動きが、一切分かりませんでした……」
橋渡し役の私がいながら、とんだ失態を、なぜだと唇を噛んでいる。
(そりゃそうだよセレナさん。君ほとんど橋渡ってこっちにいるからね)
その時、ザークとセレナは同時に気づいた。国王軍の中に、以前この森で助けた人間たちの姿がある。よく見ると、体のあちこちにあざや傷があった。
まさか。
「我こそはこの国の国王、ゴーマン・デ・エラソイドである! 名乗るがいい!」
激しい名前だな。
その人間たちは、罰が悪いのか、揃って下を向いている。
国王――ゴーマンが、話し始めた。
欲を出した国王が、以前助けたはずの人間たちに暴力を振るい、嫌がるのを無理やり引きずってきたのだという。
魔王に恩義があるから行きたくない、と抵抗した者もいたらしい。
国王が求めているのは、魔石だった。
国王の視線が、ふとセレナの上で止まった。
「それに、勇者、魔族に討たれたのかと思えば――お前、何をしている」
セレナが固まる。
「国王様、私は……魔族が悪だとは思いません。魔族も、戦いなど望んでいないんです」
だが国王は、まるで聞く耳を持たなかった。
「魔族なんぞに寝返りおって」
「違います」
「黙れ」
「戦いを望まないだと? あんな立派な城壁まで作っておいて、何を言う。
防護壁の上から弓矢部隊でも仕込んで、こちらを迎え撃つ算段だったんだろう」
――こいつ、ガレオンと頭の中身が一緒だな。
俺がそう思った瞬間、まさに図星を突かれたように、隣でガレオンの目がギラリと光った。
「ハッハッハ」
一歩前に出ようとするガレオンの手を、俺は強く握った。ガレオンの笑い声が、徐々に小さくなっていく。
やがて笑いは止み、代わりに「……あ。私、また間違えたんだ」と、反省したように瞳を潤ませた。
危ない子だと思う反面、こういう無邪気で天真爛漫なところを、愛おしいとすら感じてしまう自分もいた。
かわいいやつだな。
とりあえず、頭をポンポンとしておいた。
「あんな防護壁まで作りおって、魔石を独り占めする気満々じゃないか」
――この国王、ダメだ。話にならない。まるで子供だ。
その時、後ろから知性を感じさせる女性が割って入ろうとした。
「陛下、私からも――」
だが国王は取り合わず、女性の言葉を遮って国王軍に命令した。
「行け! このわしを守れ! 領地を奪い取ってこい!」
どっちが魔王なんだか。
――《こいつなんだかむかつきますね》
(だから言ったじゃないか)
「どうしても、争うということか」
自国の民を傷つけてまで欲を通そうとする国王に、ザークは怒りを隠しきれなかった。
どんな組織もそうだ。
会社でも、国でも、それはおそらく家族でも――トップが愚かなら、その組織は必ず腐っていく。
ザークの怒りが波動となって放たれ、大地が微かに揺れた。
国王は、この魔王が歴代のどの魔王とも比べものにならないほどの魔力を持っていることに、そこで初めて気づいた。
私利私欲のためなら民が傷ついても何とも思わない国王に、ザークは今まで感じたことのない怒りを覚えていた。
それは、前世の上司の姿と重なり合う怒りでもあった。二つの感情が混ざり合い、凄まじい魔力となって放たれる。
国王軍の兵士たちは、その圧に押され身動き一つ取れなくなった。
追い詰められた国王は、自分を守っていた兵士の背中を突き飛ばした。
「行けと言っているのが分からんのか、貴様! お前の命など、私の命に比べれば――」
盾にされた兵士が、驚愕に目を見開く。
まさか自分が、王を守るための生贄にされるとは思っていなかったのだろう。
その光景を見て、ザークは少しだけ冷静さを取り戻した。
「かわいそうに」
ザークは兵士に手を差し伸べた。
「さあ」
立たせた兵士を、自分の背後にそっと匿う。
「何をやっても話にならない馬鹿は、どこにでもいるもんだな」
ザークは国王を睨みつけた。
「お前の命とこの兵士の命、重さが違うとでも?」
「お前のような者が国王では、民が苦しむだけだ」
「た、民だと? 何を訳の分からないことを」
「もういい。話にならない」
ザークがジリジリと国王との距離を詰めていく。
国王はあまりの恐怖に、立ったまま気を失った。
「ザーク様、すごい」
リリアが感嘆の声を漏らす。
「威圧だけで相手を制するとは……。でも、この状況、大丈夫なのでしょうか?」
「はっ?」
我に返る。怒りが抑えられず、つい魔力を放出しすぎたか。
『人間達から、動揺と、なんとも言えない感情が感じ取れます』
――そりゃ、国王を気絶させたんだから、そうなるよな。
せっかく平和な世界を、と思っていたのに、これでは台無しではないか。焦りが胸に広がる。
「ザーク様! ザーク様!」
リリアたちの声に、ん? と顔を上げる。
そこにあったのは、歓喜に沸く人々の姿だった。
唖然とする。
そこへ、先ほど声を上げようとしていた側近の女性が進み出た。
「まず、お礼を言わせてください」
深々と頭を下げる。
「国王様は、遥か昔、魔王を討った勇者の末裔にあたります。誰も逆らうことなど出来ず、皆、苦い思いをしておりました」
「此度の失態、なんとお詫びすればよいか」
「……この人は?」
ザークが尋ねると、セレナが答えた。
「この方は、国王様の側近、リーゼ様です。
私が唯一、橋渡し役をしたいと申し出た事を伝えていた方です」
「危険な決断だったと、反省しておりました。唯一の勇者であるセレナ様を、単身送り込むなど」
リーゼはそう言いながら、微かに笑みを浮かべた。
「ですが、あなたを見ていると、間違いではなかったように思えてきます。セレナは、帰ってくるたび、まるで乙女のように、あなたの話ばかりしておりましたから」
「……ちょっ、リーゼ様!?」
セレナが慌てて声を上げるが、後の祭りだった。
リーゼが、改めてザークたちに向き直る。
「魔王様、私共は、あなた方の事をあまりに知らなすぎました。よろしければ、聞かせていただけますか」
「そうですね」
リリアが一歩前に出た。
「元々、我々の主も我々も、休むことすら知らずただ戦い続けるだけの組織でした。ですが今のザーク様は、私たちに休みをくださり、正しい仕事のやり方を教えてくださいました」
「防護壁も」
ドルシアが続く。
「戦のためではありません。魔獣の被害から、我々だけでなく、皆さん人間側をも守るために建てたものです」
「魔石の研究も進んでいます」
メルティナが静かに言葉を添える。
「暮らしを豊かにするための研究であって、武器にするためではございません」
「僕も最初は、ザーク様の考えについていけませんでした」
ガレオンが照れくさそうに笑う。
「でも今は、ザーク様のおかげで、争わなくていい生き方があるんだって、知りました」
「私は、その架け橋になりたくて、単身魔王城に入りました」
セレナが締めくくるように言う。
「そして今、確信しています。この方は、人間の敵ではありません」
その一つ一つの言葉に、リーゼは静かに頷いていた。
リーゼが、静かに気絶したままの国王を見下ろした。
「国王様には、此度の横暴、軍法会議にかけていただく事になるでしょう」
その一言と共に、国王は縄で縛られたまま、兵士たちの手で連れていかれた。国王軍が、粛々とその場を引き上げていく。
「さて、我々も、そろそろ帰るか」
ザークがそう言うと、リリアがリーゼに声をかけた。
「もしよろしければ、魔王城にお越しください」
リーゼは丁寧に一礼した。
こうして場所を魔王城の客間へと移し、話し合いが続けられることになった。
魔王城の客間には、来客用にと用意された茶器が並んでいた。
「どうぞ、コーシーです」
「我が国にもコーシーはあるのですが、これは……美味しいですね」
「魔王領ビーンズ村でとれるコーシー豆だ。」
「ええ、驚きました」
世間話もそこそこに、リーゼが本題を切り出す。
「単刀直入に伺います。魔王様は、我が国とどの様にお付き合いするおつもりでしょうか?」
ザークは少し考えてから、答えた。
「まず、魔石については、こちらから差し出すつもりはない。あれは我々の生活を支える資源だ。奪う対象ではなく、必要なら正当な対価で取引するものだと考えている」
「対価、ですか」
「代わりに、こちらからも提案がある」
ザークは、先ほど完成したばかりの防護壁と、隣国方向へ延びる道の話を持ち出した。
「あの道は、魔獣の森を迂回せずに隣国まで抜けられる、最短ルートだ。通行料を取る形にはなるが、それでも今までより日数を大幅に短縮できる。物流にとっては、悪い話じゃないはずだ」
リーゼの目の色が変わった。争いより経済を好む、という第一印象は正しかったらしい。
「なるほど……。防護壁の意味も、道の意味も、脅威ではなく利益として提示されるわけですね」
「ああ。それと、もう一つ」
ザークは続けた。
「小麦や穀物を、こちらに融通してもらえないか。魔石や、森の素材と交換で構わない」
「……小麦、ですか?」
リーゼが不思議そうな顔をする。
「そうだ。実はずっと、パンが食べたくてな」
その場に、控えていたリリアたちから、思わず笑いが漏れた。
「魔王様が仰ることは、いつも、思っていたより人間くさいのですね」
リーゼも、堪えきれずに小さく笑った。
「良いでしょう。持ち帰って、正式に検討させていただきます。ただ――」
「ただ?」
「此度の国王の暴走を鑑みるに、次の統治者選びからになるかと思います。少々、お時間をいただくことになるかと」
「構わない。急ぐつもりはない」
――《交渉成立の可能性:高。ただし相手方の内部事情により長期化する見込みです》
そうだよな、国が一つ傾きかけてるんだ。すぐには進まないだろう。
リーゼが席を立ち、深く一礼した。
「魔王様。此度の非礼、そして寛大なご対応、重ねてお詫びと、感謝を申し上げます」
「セレナには、これからも橋渡し役を続けてもらって構わないだろうか」
ザークがそう尋ねると、リーゼは初めて、柔らかい表情を見せた。
「もちろんです。……いえ、むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」
隣でセレナが、耳まで赤くしていた。
こうして、人間の国との交渉は、思いのほか穏やかな形で幕を閉じた。窓の外では、夕暮れの光が防護壁の向こうまで、静かに伸びていた。
数日後。
リーゼが、まとめてきた話を持って再び魔王城を訪れた。
「リーゼ殿は、引き続き側近として?」
ザークが尋ねると、リーゼは頷いた。
「はい。私はこれまで通り、支える立場です」
「では、次の国王は?」
「セレナ様に、との声が上がっております」
「え?」
セレナが目を丸くする。
「単身、魔王城へ乗り込んだという功績。そして、勇者という肩書。この二つを併せ持つ者は、他におりません」
「ちなみに、ゴーマン殿は、この後どうなる?」
ザークが尋ねると、リーゼは表情一つ変えずに答えた。
「あの方には、身分を剥奪の上、兵士兼、馬小屋の世話係として再出発していただく予定です」
一同、笑ってはいけないと思いながらも、内心では盛大に
「ざまあ」
と思っていた。
「セ、セレナ様。ぜひ、お受けいただきたく」
「む、無理です! 私に国王なんて!」
セレナが慌てて首を振る。
「私が支えますから。それに、今大事なのは、地位でも血筋でもなく、人望なんです」
リーゼの言葉に、セレナは渋々といった様子で頷いた。
その瞬間、セレナの胸元の名札が、ふわりと光を放った。
「え?」
見ると、名札の文字が「ゆうしゃ」から「こくおう」へと変わっている。
「じゃあ、勇者は?」
セレナが慌てて名札を裏返すと、裏側にはちゃんと「ゆうしゃ」の文字が残っていた。
「リバーシブルだったのか」
「いつ裏返すんだよ」
ザークがそう呟くと、リリアたちも思わず吹き出した。
「まあ、とにかく」
ザークは仕切り直すように言った。
「セレナが国王になってくれるなら、こちらとしても心強い」
だがセレナは、その言葉すら耳に入っていない様子だった。
国王になれば、もう気軽に魔王城へ来られなくなるのではないか――頭の中はそのことでいっぱいだった。
断りたかった本当の理由は、結局、それだけだった。
「あの、先ほどのコーシー豆なのですが」
「これは……! ぜひ、輸入させていただきたいです」
「なるほど、俺は米を所望する。」
ザークが続けて切り出す。話は、また新しい方向へと広がっていった。
「ただ、価値の基準は、国ごとに違うはずだ。人間の国での金貨一枚の重みと、魔族領での魔石一片の重みは、同じじゃないだろう」
「仰る通りです。まずは、両国の通貨と魔石の交換比率を、正式にすり合わせる必要がありますね」
「魔族側からの輸出は、魔石、森の薬草、コーシー豆、鉱石など人間側からは、小麦、米、野菜、茶葉など――あとは、鍛冶の技術も欲しい」
「技術、ですか」
「ああ。こちらには武具や農具を、もっと効率よく作る技術が足りていない。逆に、魔石の扱いや結界の技術なら、こちらから教えられる」
「技術の交流……それは、良い提案です。物だけのやり取りより、ずっと長続きする関係が築けます」
リーゼが、手元の紙に素早く書き込んでいく。
「では、まず第一段階として、コーシー豆と小麦を、魔石一定量との交換で輸入。並行して、鍛冶師と魔石技術者の相互派遣を検討する、という形でよろしいでしょうか」
「それでいい」
「ザーク様の仰る話は、いつも数字がはっきりしていて助かります。今までの国王陛下は、思いつきでしか物を仰らなかったので」
その一言に、また一同から笑いが漏れた。
そしてこれはお近づきの印にと小麦粉を持ってきてくれた。
「おおっ待ちに待った小麦粉じゃないか」
「これで念願のパンが焼ける」
「じゃあこれをと」
コーシー豆と魔石を
「えっ?こんなに?」
リリアが耳打ち
(ザーク様嬉しいのは分かりますがあんな量渡してしまってわ、今後の取引に影響でせんか?)
(さすがリリア。やっぱり参謀頼りになる)
「ザーク様ったらそんな褒められてもー」
「まぁ取引関係なしのお土産だ、まぁ数日待ったら分かるさ。」
リリアは理解できない部分はあったが納得した。
――そして、次の日
「なんでもう君がいるのかな?」
国王となったセレナは、多国間交流という名目をつけて今までと同じ様にそこにいた。
(だって会いたいんだもん)




