ep14 初風呂とガレオン
完成祝いの宴も終わり、片付けの時間になった頃。
「――そういえば、ザーク様は?」
リリアが、ふと辺りを見渡した。
皿を運ぶ者、テーブルを畳む者。忙しなく動く人々の中に、リリアはやがて、その姿を見つけた。
皆に混ざって、ごく当たり前のように、空いた皿を重ねているザークの姿を。
「――ズコー」
「な、何してるんです? ザーク様」
「え? 片付けだが」
「それは見れば分かります。ザーク様は、そんなことなさらなくても」
「いや、いいんだ」
ザークは、手を止めずに答えた。
「うまくは言えないんだが……これは俺の仕事じゃない、とか言って、できることがあるのに何もしないっていうのが、嫌なんだ」
リリアは、少し驚いたように目を見開いた。
(――部署が違うから、自分の案件からは手を離せない。……そんな冷ややかな上司の姿ばかり、前世では見てきたな)
ふと、その回想から視線を戻すと、何も言わず片付けをするリリア、他の五人も、ボルガまでもが、当たり前のように片付けを手伝っていた。
(――前世は、誰も、こんな風に助けてくれなかったな)
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
酒も入り、普段は言わないことや、思っていることをたくさん話せた夜だった。悪くない、と素直に思えた。
片付けもすっかり終わり、ザークは一人、風呂の出来を確かめに向かうことにした。
入り口には、どこか懐かしい、銭湯のような雰囲気が漂っている。木製の引き戸に手をかけ、開く。
「――ガラガラ」
「ん〜、いい音」
その先には、フォレスト牛の皮を染めて作った、男湯と女湯ののれんが下がっていた。
「うん、これこれ。いい感じだな」
(――心境としては、夢の女湯ののれんをくぐりたいところだが……)
「いや、それはあかん」
己を戒めるように呟き、男湯ののれんをくぐる。
脱衣所には、さすがにコインロッカーまでは作れなかったため、蔓を編んだ籠を並べる、オールドスタイルの方式を採用していた。
「昭和で、ほっこりするな」
服を脱いで籠に入れ、洗い場へ足を踏み入れる。
「蛇口、椅子、洗面器……うん、数は足りてるな」
檜風呂に手を浸けてみる。
「あつっ温度、良し」
続けて露天風呂も確認する。
「あっつ温度、良し。滝は……うん、ちゃんと滝だな」
最後に、打たせ湯の前に立った。
「――少し、撃たれてみようか」
我慢できず、そのまま裸のまま打たせ湯の下へ向かう。
ドウッ、と、心地よい水圧が肩を叩く。
「――最高。……ん、気持ちいい」
しばらく打たれた後、我に返った。
「とりあえず、檜風呂に行ってみよう。……いや、まずは洗わないとだな」
洗い場に座り、頭を洗い始める。目を閉じ、髪を泡立てていると――
「――ガヤガヤ」
賑やかな声が、遠くから聞こえてきた。
「ん? リリアたちも来たのか」
女湯の方だろう、と特に気にも留めず、後で感想でも聞こうか、と考えながら、頭を流し続ける。
その時――
「――ガラガラ」
脱衣所と風呂場を隔てる扉が、勢いよく開いた。
「ん? ……近いな」
頭を流し終えたザークが顔を上げると、そこには――生まれたままの姿の、六人が立っていた。
「――なな、なな、な」
言葉にならなかった。
「ザーク様だけ、ずるいです!」
「い、意識が飛びそうだ……」
六人分の気配に、ザークは思わず、そう口に出していた。見てはいけないと思いながらも、つい視線が泳いでしまう。慌てて目を逸らしても、逸らした先にまた別の誰かがいる始末で、収拾がつかなかった。
「お、お前たち! ここは男湯だ! お前たちは、女湯に入るのが普通だろ!」
「のれんはありましたが……私たちに読める文字ではなかったので」
「そうか……しまった」
(――テンションが上がって、のれんの文字は、俺が書いたんだった。日本語で)
「と、とにかく! お前たちは隣へ――」
「せっかく、ザーク様と作ったんです」
「今日は、皆で一緒に入りませんか?」
言葉にならない抵抗を続けている間に、ザークは、なし崩し的に檜風呂へと連れて行かれてしまった。
「さぁ、ザーク様。……せーの」
六人と一人、揃って肩まで湯に浸かる。
「「「「「「――あぁ〜」」」」」」
温泉に浸かった時特有の、あの声が、綺麗に重なって響いた。
「ぷっ」
思わず、ザークが吹き出した。
「どうしました?」
「いや……どこの世界も、一緒なんだなと思って」
「世界、ですか?」
「いや、こっちの話だ」
それぞれが、湯船に浸かりながら、思い思いの感想を口にしていく。
「湯に浸かることが、こんなにも心が温かくなるものなんですね」
「湯気と混じり合った、この木の匂いもたまりません」
「ねえ、見て。肌が、スベスベ」
「目を閉じると、嫌なことを忘れられるような気がしますね」
それぞれの声に、ザークは静かに目を細めた。
(――皆、気に入ってくれたみたいで、よかった)
「――あ、ガレオン。お風呂は、泳いだら駄目だ」
「はーい」
返事はいいものの、ガレオンは早速、湯船の中をバシャバシャと泳ぎ始めていた。
目のやり場に困りながらも、つい意識がそちらへ向いてしまうザークの視線の先は胸から下の方へ下がっていく――
「ゴチンッ」
勢い余ったガレオンの頭が、正面から泳いできて、ザークの頭に激突した。
「いったぁ……」
(――そうか、これが「バチ」か。バチって、本当に当たるもんなんだな)
頭を押さえながら、ザークは妙に納得してしまった。
「ガレオン。お風呂は、走ったら駄目だ」
言う事を聞かないガレオンにザークは少し大きめの声で言おうと湯船の中で立ち上がった。
その瞬間――
「――!!」
一同の視線が、ザーク様のザーク様に一斉に一点へ集中し、揃って固まった。
「ザ、ザーク様……」
六人が、揃って顔を真っ赤に染め上げる。
(――しまった)
ザークは、遅れて自分の失態に気づき、慌てて湯船の中へと身を沈めた。
「見られたよなきっと」
湯に潜ったまま、状況が飲み込めずにいるザーク。
脱衣所の方から、のんびりとした足音が近づいてきた。
「魔王様、お加減はいかがで――」
「――いやーーーっ!」
顔を出したボルガが、真っ赤な顔のまま我に返った女性陣の悲鳴と共に、綺麗に吹っ飛ばされていった。
「え? なんで?」
尻もちをついたボルガが、困惑しながら顔を上げる。
「――と、ザーク様?」
湯船に潜ったまま顔だけ出しているザークと、頬を赤らめたままの六人を交互に見比べ、ボルガは、何かを察したように、そっと視線を逸らした。
「……取り込み中でしたな、失礼いたしました」
「いや、待て、これは誤解だ」
賑やかな声が、いつまでも風呂場に響いていた。
(――風呂、作ってよかったな)
湯気の向こうに、六人分の笑顔が、等しく柔らかく綻んでいた。
賑やかだった風呂上がりの空気も落ち着き、それぞれが部屋へと引き上げていった後――ザークは、自室のベッドに横になり、魔石の資料に目を通していた。
「――次は、サウナも作れないかな」
火属性と水属性の魔石の応用について、あれこれ思考を巡らせる。
だが、資料の中に、等間隔に並んだ二つの、ピンク色の魔石の写し絵を見つけた瞬間、思考が止まった。
「これは……」
ふと、今しがたの、風呂での光景が脳裏に蘇る。
六人と肩まで浸かった、あの温かさと、あの光景。
「だめだ、どうしても結びつけてしまう」
頭を振っても、一度浮かんだ光景は、なかなか消えてくれなかった。悶々とした気持ちのまま、ザークは資料を胸の上に置いた。
(――俺の頭の中は、一体どうなってるんだ)
――《厨二病です》
「お前は黙ってろ」
そこへ、控えめなノックの音が響いた。
「ザーク様」
「――この声は、ガレオンか。どうした?」
「あ、あの……昼間、助けてもらったお礼を言いたくて」
「そんなこと、お礼を言われるまでもないだろう」
ザークは、少しだけ意地悪く付け加えた。
「お風呂で走ったり泳いだりしたことは、謝らないんだな」
「あ、あのごめんなさい」
扉の向こうから、慌てたような声が返ってくる。少しの沈黙の後、また声がした。
「少し……お話し、いいですか?」
「あ、ああ。構わないが」
起き上がって扉を開けると、風呂上がりのまま、まだ髪の湿ったガレオンが立っていた。
招き入れると、そのまま部屋の床にちょこんと座ろうとする。
「そんな所、痛くないか。ここへ座るといい」
ザークは、ベッドの端を指差した。
「い、いいんですか?」
おずおずと近づき、ちょこんと腰掛けるガレオン。薄手の寝間着から覗く肌には、なんとも言えない色気が滲んでいて、ザークは、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
沈黙が、少しの間続いた。
ガレオンは、何度か口を開きかけては、また閉じることを繰り返している。
「……どうした。言いたいことがあるなら言ってくれて構わない。」
「――ザーク様は、最近、変わられましたね」
ドキッ
不意打ちのような一言に、心臓が跳ねた。
「まるで、人が変わったみたいに。……時々、言動が、魔王様ではないような言い回しをされたり」
ドキドキッ
(――バレたのか)
心臓が、痛いくらいに脈打つ。
とっさに言い訳を探そうとするが、ガレオンの真剣な眼差しに、言葉が出てこなかった。
「――でも」
ガレオンは、まっすぐにザークを見つめた。
「それでも……今のザーク様が、優しくて、暖かくて。すごく、近くに感じるようになったんです」
「……ガレオン」
「前は、名前すら、呼んでもらえませんでした。それが、当たり前だと思ってました。……僕は一体、どこに好意を抱いていたのかも、今はもう分かりません」
声が、少しだけ震えていた。
「でも、今日、はっきり分かりました。僕は――今のザーク様が、好きなんだって」
予想外の言葉に、ザークは、言葉を返せなかった。
面と向かって、こんなに可愛い子に「好き」だと言われたことなど、前世でも、今世でも、一度もなかった。心臓が、無様なくらいに騒いでいる。
「……今日の昼間のこと。事故だ、なんて言って、悪かった」
誤魔化すように、そう絞り出す。
「……恥ずかしくて、つい」
「いいんです」
そう言ったガレオンの手が、そっと、ザークの手を包み込んだ。温かく、少し震えている手だった。
「――ん」
ガレオンの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
風呂上がりの、柔らかな匂い。
今度は、事故ではなかった。
ゆっくりと、確かめるように、唇が重なった。
ガレオンの吐息を頬で感じる。
そっとガレオンをベッドに倒す。
ガレオンいいのか?と言おうとしたが言葉を飲み込んだ。
――――俺は人生で初めて女性と言うものを知った。
――
――
チュンチュン
朝、目を覚ますと、腕にしっかりと抱きついたまま、幸せそうに眠るガレオンの顔があった。
(――幸せなのは、こっちの方だっていうのに)
その寝顔を見つめながら、ザークは、静かに苦笑した。
昨夜の出来事が、夢ではなかったのだと、腕に伝わる温もりが証明していた。
(――さて)
これから起きるであろう騒動を思うと、頭が痛かった。
(――リリアたちに、なんて言ったら……)
朝日が差し込む部屋の中、ザークの独り言だけが、静かに響いていた。




