第12話 ぜんぶあまい(後編)
「あとで一緒にお風呂入りましょうね」
そう言いながら彼女はそれを少し雑に塗り広げ、わたしの顔の横に腕をついてゆっくりと覆い被さってくる。
そしてわたしの腕を再び首元へ回すように促し、ぎゅっと抱きつくといっそう近くなった距離にくらくらしてしまった。
──ねぇ、わたしだから気付かないふりしてあげるけど、薄暗いとはいえこんなに近くで素顔なんて晒しちゃって。危機感がなさすぎるでしょ。
戌丸の伏せ目がちになるまぶたにも小さなほくろがあるだなんて、わたしはこのとき初めて知ったのだった。
「……それじゃあ、嫌だったりしたらすぐ教えてくださいね」
そう言い彼女はわたしの身体に自身の身体をぴったりとくっつけてくる。素肌と素肌で触れ合うぬくもりはなんだかとても多幸感にあふれていた。
されて嫌なことなんてあるわけない。
肩口に感じる戌丸の吐息を感じながらぎゅっと腕に力を込めると彼女の方からもぎゅっと抱きしめてくれて、いまこの瞬間にときが止まってずっとこうしていられればいいのにとさえ思った。
抱きしめ合ったまま、戌丸はゆるゆると身体と身体を擦り合わせてお互いに蜜を塗りこんでいく。
「ん……っ」
柔らかな肌の感触や温もり、甘い香りにくらくらして訳がわからなくなってしまいそう。
「ちゃんと気持ちいいですか……?」
問い掛けに、こくこくと必死に頷く。
喋る余裕は全然なくて、わたしはされるがままそうしていた。
首筋の辺りを軽くかぷりと歯を立ててからちゅっ、ちゅっと口付けられる。
思わず身体がふるりと震えた。
熱いため息が絶えずこぼれ、戌丸にしがみつくことしかできない。全身があたたかくて、気持ちがよくて、恥ずかしいのにもっともっとしてほしくて訳がわからなかった。
いつの間にやら彼女の足が間に入り込んでいて、瞳には生理的な涙があふれて視界がわずかにぼやけていた。
彼女の唇は首筋からじりじりと下がっていき、再びやわい丸みへ向けられ息が詰まる。
「っ……」
先ほどとは違い隔たるものはなにもない。
その柔らかさも熱さももう知っているのに、きっと紙一枚隔てたそれは本来のそれとは異なるはず。
ぽってりとしたそこへ唇を寄せる彼女から目を離せずにいると、唇の隙間から舌なめずりをするように赤いそれがちらりと覗き、ぞくりと背筋が震えた。
「いいですか?」
そこのすぐ近くでそんなふうに言われ、わたしはこくこくと頷く。けれど彼女はそれでは納得できなかったようで、またふうと息を吹きかけられた。
「ぅ……」
「ね、お願いします。いいよってちゃんと許可してほしいです」
「きょか……?」
丸みの下の柔らかい辺りをかぷかぷと食みながら、彼女の手はわたしの背にまわりベッドとの隙間に入り込む。
そして手探りで紙紐をしゅるりと解くと、団子になっていたそれを剥ぎ取った。
「ね、ほら。お願いします」
ふわふわの髪の毛が肌に触れて、その刺激だけでもひくりと小さく身体が震える。
あまり回らない頭のまま、きゅっと胸元に彼女の頭を抱きしめて撫でると、やはり大きな犬のように思えた。
「ふふ……わんちゃんみたい」
そう小さく口にすると彼女が冗談っぽく「わん」なんて鳴くものだから、なんだかそんなくだらないやりとりに胸がきゅんと疼く。
かわいい。
そうするとなんだかなんでも言うことを聞いてあげたい気分になってしまった。
腕の力を緩めると戌丸は起き上がってこちらを覗き込んでくる。その目はまるで、早く許可してとでも懇願しているかのようだった。
「……いいよ」
彼女の目を見つめながらそう口にする。それは自分で思っていた以上に囁くような小さな声だった。
その小さな許可をしっかりと聞き取った目の前の人は、嬉しそうに目を細めながら、えへへと笑う。
求められるままに口にした言葉だけれど、こんな顔が見れるのならそれも悪くないと思った。
「ありがとうございます」
そう言うと同時にぱかりと開いた唇がわたしのそこを包み覆い隠す。けれどそれは脳天を突き刺すような激しい類のものではなく、少し熱めのお風呂に入っているときのようにじんわりと身体に熱が集まっていくような感覚に、頭が茹るように感じた。
気持ちいいのだけれど、どちらかというとやはり戌丸にされているということが気持ちいいという感じ。
さらにいうならば赤ちゃんに母乳を与えているような気分というか、いやらしいことをしているというよりはなんだか母性が目覚めそうな感じというか。
彼女の頭を撫でながらその姿を見つめる。目を閉じてんくんくと一生懸命な彼女に、愛おしさが爆発しそうなほど込み上げて募っているというのが一番近しい感情だった。
反対側もふよふよと柔らかく触れられているけれど、それもやはり性的なものにはあまり感じられなくてなんだか不思議に思う。
──さっきまでやらしいことしてたのに。
いやいまもたぶん現在進行形でしてるのだけれど。
なんだかちょっとおかしくて、彼女の頭を撫でながら小さくくすくすと笑ってしまった。
そうすると戌丸は不思議そうにこちらを見てくる。きょとんとしたそんな表情が可愛らしくて、ふわふわの髪の毛を指でくるくると弄びながら「かわいい、赤ちゃんみたい」と気づけばそう口にしていた。
すると彼女はからかわれたと思ったのか、さきほどまで優しかったそれが嘘のように、突然嵐でも巻き起こったのかと思うほど荒ぶった。
「っ……!」
その瞬間一瞬で母性なんてものが消し飛ぶくらいの衝撃を感じ、彼女にしがみつく腕に力がこもった。
戌丸の頭を抱き締めながら、好き勝手にする彼女のぜんぶを受け入れる。わたしの息はすっかり上がってしまって、目の裏がちかちかしてたまらなくて、本当にいっぱいいっぱいだった。
そんなわたしを見越してか、彼女の空いた手はお腹をつつつと撫でて蜜を塗り広げていき、そのまま指先はどんどん下へ降りていく。やがて紙のそれで覆われた最後の場所へ辿り着くと、その上からやんわりと撫であげられた。
「……こっちも触りますね」
そう言うと彼女はわたしの返事も待たずにそこへ触れる。
まるでわたしの意見なんて聞く気がないかのような態度に少し不思議に思ったけれど、そんな考えはすぐに霧散した。
「ぅ、……んんっ……」
初めてのことに理解が追いつかず、ただただ必死に戌丸にしがみつく。
あそこもそこも、ぜんぶが熱い。
わたしは初めてのそれを受け入れるだけでいっぱいいっぱいだった。
指で優しくすりすりとさすられるだけでも身体中がおかしくなってしまいそうなのに、親指と人差し指で摘まれて思わず彼女の足を挟み込む。
そうすると戌丸はわたしの最後の砦をさっと脱がせてから足を大きく広げ、その間に自身の身体を入り込ませた。
強制的に足を閉じられなくなったわたしは、そのままあっという間に頭の中を真っ白にされてしまう。まぶたをぎゅっと閉じて、背筋が仰け反って、つま先がピンと伸びて。
そしてわたしは戌丸の頭をぎゅうぎゅうと抱きしめるのだった。
知識としてはあるけれど、初めてのことになかなか理解が追いつかない。
息が詰まるような衝撃に時間が止まってしまったのかとさえ思うほどだった。
「は、あ……ぅ……」
そうして一気に脱力すると、いつの間にか戌丸の猛攻が止んでいることに気がつく。ふよふよと視線を漂わせるとこちらを覗き込んでいる彼女と視線がかち合った。
「……お疲れ様です。夜宵さんすごくかわいい」
そう言い優しく目元を下げる戌丸は、わたしの汗ばんで張り付いた前髪を手で払い、額に唇を落とす。
そんな優しい仕草に、こんなのもう普通にセックスじゃんとわたしは目を閉じるのだった。




