第11話 ぜんぶあまい(前編)
「やよいさん」
馬乗りになったままの戌丸は、わたしの名前を甘く柔らかく囁きながら鎖骨の辺りに指を滑らす。先ほどまでとはまるで違う触れ方にわたしは息を呑んだ。
彼女はサイドテーブルの小瓶の中身を手のひらへ出してから、わたしの肌へそれを塗り込む。ふっくらとした場所を周りから確かめるような手つきに、わたしは思わず彼女の姿から目を逸らした。
それから手のひらはじわじわと上にあがっていき、紙一枚隔てたそこへ。触れてほしい場所になかなか触れてもらえず、もどかしい感触にもやもやとしてしまう。
「、んぅ……」
唇を噛み締めて縋るように彼女の方へ視線を向けると、わたしのそこを弄んでいるその人は目を細めて笑っていた。
「声は我慢せずにたくさん出してくださいね。その方がもっと気持ちよくなれますから」
片手をそこから離し、やんわりと唇を親指でなぞられる。覗き込まれてどきどきしながらも、まだわたしのなかでは恥じらいというものが捨てきれていなかったようで、噛み締めた唇を開くことができない。
ふにふにと親指で唇を弄られて、あぁもしかしてキスってこんな感じなのかなとゆっくりと目を閉じる。そうすると本当に戌丸とキスしているような気分になってきて、気の赴くまま唇を押し当ててみた。
「ふ、……」
噛み締めていた唇はやがて解けて、夢中で彼女の親指に口付けている。とくんとくんと心臓が波打ち、なんだか幸せな気持ちが溢れて胸がいっぱいになるようだった。
そうしていると柔らかいところに触れたままだった彼女の手が、フェザータッチくらい本当に軽く優しくまだ触れていなかったところに触れ、思わず口がぱかりと開き声が漏れる。
その隙にと言わんばかりに彼女の指先はわたしの口の中へ入り込んだ。
少し驚いたけれど、親指で舌を優しく撫でられるとそれも気持ちがよくて、口の中って気持ちいいんだと不思議に思う。
それと同時に小瓶の中身が本当にメープルシロップのように甘くて美味しくて驚いた。
敏感になったそこに触れられながら、舌を撫でられながらちゅうちゅうと彼女の親指を吸っていると、戌丸は嬉しそうに目を細める。
「美味しいですか?」
いつまでも彼女の指を味わっていたくてこくこくと頷くと、それはあっさりと口内から出ていってしまう。
ちゅぽんという小さな音とともに喪失感に襲われて、なんで取り上げちゃうのと目で訴えると、再び弱い刺激が走った。
「っ……」
手のひらでぬちぬちと転がすように触れられると思わず、半開きになった唇からは熱いため息のような声が漏れる。
「……さて。その美味しい蜜が全身にたっぷり塗り込められた夜宵さんは、これからどうなっちゃうでしょうか」
マスクを顎の辺りにずらして笑う戌丸の顔をぼんやりと見ながら、熱で浮かされた頭でゆっくりと考える。
どうなっちゃうんだろう、わたし。
これから、どうなっちゃうの。
愛おしくて堪らないとでも言いたげなくらい甘く垂れた目元にくらくらする。
わたしの顔を覗き込んでいた彼女の顔が、唇をぱかりと開いてゆっくりと降りていく。
それを目で追い、なにをされるのかわかった瞬間、心臓がばくばくと高鳴った。
だめ、そんな、だって。
わたしほんとうに、いったい、どうなっちゃうの。
期待に瞳が潤む中、そんなときでも頭の隅はどこか冷静で、もうとっくにわかっていたことだったけれど、顔がきちんと見えると改めて、あぁやっぱりこの人はちゃんと戌丸本人じゃんと安心したのだった。
「……っ」
生暖かい感触に思わず頭の奥がかっと熱くなる。
紙一枚隔てているにも関わらずその衝撃たるやとてつもないものだった。
そうされていること自体も脳が甘く痺れてしまうのだけれど、戌丸がそうしているということが、目の前で見せつけられているという視覚的な刺激がそもそもとんでもない。
すっかり彼女に翻弄されつつも、わたしの頭にはぼんやりとひとつの思いがよぎる。
──戌丸ってなんだかやっぱり、大きなわんちゃんみたい。
昔なにかの映画で見た、飼い主をべろんべろんに舐め回す大きな犬と、くすぐったいよとくすくす笑いながらもそれを止めはしない飼い主の映像が脳裏に浮かぶ。
いや、もちろんそれはこんないかがわしい感じの状況なんかではなくて微笑ましい類のものだったのだけれど。
心臓の辺りに指先の温もりを感じる。
紙紐を上にずらすか下にずらすか悩んだようで、指が上下と揺れるものだからなんだかきゅんとしてしまい、可愛いなと思ってしまった。
どうやら悩んだ結果上にずらすことにしたらしく、ぐっと上げられたそれは鎖骨の辺りでくしゃくしゃになり、かろうじて隠れていた箇所が空気に晒される。
ぷっくりとしたそれを見られて恥ずかしい気持ちはあるけれど、それ以上にもっともっと戌丸に触れて欲しくてたまらなくて、わたしも戌丸に触れたかった。
──ぎゅって抱きついたりしたらだめかな。
おずおずと手を伸ばそうとして、いややっぱりそれは流石にだめだよねとベッドへ手を下ろす。
けれど戌丸は目ざとくそれに気がついたようで、わたしの手を取り自身の首の後ろの辺りに回させた。
「すみません、ぎゅーって抱きついてもらってもいいですか?」
「……ん、はい」
まるで自分がしてほしいんですとでも言いたげな物言いに、すごいなぁと感心しながら願ったり叶ったりだなとありがたくお言葉に甘える。
けれどそうしてから自分の腕がベタベタだったことを思い出した。
「あ……」
彼女の服や髪の毛にもそれが付いてしまい、しまったと慌てて腕を離し固まる。
目の前の人は少し目を丸くしてからわたしの反応に合点がいったようで、にこっと微笑んだ。
「……あぁ、気にしなくて大丈夫ですよ」
そう言い戌丸は制服のボタンに手をかけ、片手で器用にぷちぷちと外してからファスナーを下げる。
わたしはじろじろ見てはいけないと思いつつも、やはり薄目でちらちらと見てしまい、たぶんすごく挙動不審だろうと思った。
「はい、これでもう大丈夫です。なーんにも気にしないでくださいね」
素肌をさらす彼女はなんというか、出るところはしっかり出て、出ていないところはしっかり引っ込んでいるというかなんというか。
いや逆だったとしてもわたしはたぶんものすごく釘付けになってしまったんだろうけど。
そして再びわたしの身体にまたがる戌丸に対しこちらはいまだ身体を隠していて、とそこまで考えてはたと既にタオルが身体に乗っていないことに気がつく。
いったいいつの間にと驚きつつ、戌丸の体温をあちこちにダイレクトに感じ、そのぬくもりからじわじわとまた熱が上がっていくような気がした。
どきまぎとしながら見上げていると、彼女は自身の胸元へ茶色の小瓶を傾けてとぷとぷとそれを垂らしていく。
アロマキャンドルの柔らかな灯りに照らされながらつたうそれはてらてらと輝き、わたしの視線を一心に集めていた。




