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ライク・ア・ハリケーン  作者: ままま


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4/9

背中を押す風

海沿いの道を走っている。ヘルメットのシールド越しに見える世界は、すでに夜の輪郭を脱ぎ捨て、薄い朝焼けが水平線を引き裂き始めている。

光はまだ柔らかく、海面に細い銀の道を描いている。潮の匂いが鼻腔を満たす。海からの風にヘルメットが揺れるたびに、胸の奥のざわめきが小さく震える。


エンジンの低い唸りがリズムを刻み、タイヤがアスファルトを噛む感触が車体から伝わってくる。路面の継ぎ目や小石の跳ね返りがハンドルを通じて手のひらに届き、身体はバイクと一体になっていることを教える。

視界の端を流れる漁村の屋根、波打ち際の防波堤、遠くで動く漁船の影が、速度とともに後ろへ流れていく。


家を出たときの記憶がふと割り込む。暗闇のなか、街灯の輪が後ろへ流れる。家々の窓はまだ閉ざされたままだ。ヘッドライトが切り取るアスファルトの光だけが頼りで、指先はクラッチとスロットルの微かな抵抗を確かめながら走り出していた。


港町の入口を通り過ぎると、朝市の準備をする人々の気配が一瞬だけ世界に差し込む。網を広げる音、段ボールを運ぶ足音、笑い声。速度を落とさずに通り抜ける。


海面が光を増すにつれて、風は輪郭を帯びてくる。塩の粒子がヘルメットの隙間から入り込み、唇の端にざらついた感触を残す。その感触を確かめるように、深く息を吸う。


海からの突風が急激に車体を揺らした。膝でタンクを押さえ込みながらバランスを取る。突風に煽られる感覚は恐怖と快感が混ざったものだ。

不安定さの中に、確かに生きているという実感があるような、以前はよく知っていたはずの感触が少しずつ蘇ってくる。


アクセルを捻ると油冷エンジンの太いトルクが立ち上がり、リアタイヤが力強く路面を蹴る。

路面は朝露でまだ少し光り、タイヤのグリップが変わるたびに身体は微妙に反応する。荷重を移して車体をバンクさせ、ラインを描く。バイクと身体の動きが一致した瞬間、思考の雑音が消え、ただ風と路とエンジンだけが残る。そうした瞬間を繰り返すうちに、積み重なった思考の断片が少しずつ溶けていく。



岬を越えた先、波が光を跳ね返す場所でバイクを止めた。海は広く、朝の光が水面に細い道を作っている。

ヘルメットを外し、時折の突風が顔に当たるのを心地よく感じながら、しばらくたたずむ。

海を見つめ、手のひらに残る振動の余韻を感じる。


会社に行くつもりなら、とっくに戻る時間は過ぎてしまった。家族にもなにも伝えていない。喪失と不安は確かにある。だが、孤独の中で初めて、自分の輪郭がはっきりと見えてくる気がする。


身体に残ったエンジンの余韻が消えないうちに、再びアクセルを捻り、海沿いの道を走り出した。風が背中を押し、朝の光が影を長く伸ばす。進むことだけが、今の答えだった。



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