第2話 長生きしたい
あれから午後の仕事を終わらせ、夜になった。
周りでは、他のガキどもが寝始めている。
壁はボロボロ。
隙間風は寒い。
湿気と泥と汗の臭い。
いつもの夜だ。
なのに今日は、世界そのものが変わってしまった気がした。
『魔剣伝説』。
俺が前世で一番好きだった漫画だ。
全二十一巻。
作者にとっては初めての長期連載作品で、当時かなり人気があった。
最初は、よくある王道冒険モノだった。
“十本すべて集めれば、覇王になれる”
そう言われる魔剣を集めるため、主人公は祖父の形見である【雷の魔剣】を手に旅へ出る。
仲間と出会い、魔物と戦い、各地に散らばった魔剣を探しながら、祖父の仇である現国王派と対立していく。
遺跡を巡り。
魔剣の所有者と戦い。
新たな仲間を増やしていく。
そんな、いかにも少年漫画らしい王道ファンタジーだった。
俺はかなり好きだったと思う。
……もっとも。
今振り返ると、構成はかなりライブ感があった。
作者にとって初めての長期連載だったからか、本来より展開を前倒ししていたのかもしれない。
実際、魔剣は予想以上に早く集まり切った。
確か三、四巻くらい。
王国編終盤――一章のラスボス戦で、十本すべて揃っていたはずだ。
しかも、その戦い自体はほぼ主人公側の勝利だった。
長い旅の果ての総決算。
祖父の仇との決着。
物語としては、そこで一度きれいに終われる構成だったと思う。
だが、決着直後に横槍が入る。
第三勢力。
それまで名前だけ存在していた“他国”の化け物。
そいつの介入によって、集めたばかりの魔剣はまとめて破壊された。
まるで、一度完成した物語を無理やり次の章へ押し進めるみたいに。
そして、この辺りから作品の空気は一気に変わる。
冒険ものから、完全にバトル路線へ。
他国編。
他大陸編。
宇宙編。
神編。
……みたいに、どんどん規模が大きくなっていった。
初期にあった「十本の魔剣を集める」という目的も、次第に中心から外れていく。
というか、途中からほとんど忘れられていた。
タイトルは『魔剣伝説』なのに、「魔剣かっこいいよな」なんて言うと、「にわかだな」と返されるレベルで。
折られた魔剣もしばらく放置され、終盤ではある神復活の素材として欠片だけ再利用されていた。
正直かなり後付けっぽかったし、その神もそこまで強くなかった。
でも嫌いじゃなかった。
インフレも。
ライブ感も。
後付け設定も。
全部ひっくるめて、妙に熱量のある作品だったと思う。
キャラの良さと、後から広がっていく世界観。
それに勢いのあるバトル描写。
たぶん、それが読者に刺さったんだろう。
気づけば『魔剣伝説』は、あの時代を代表するレベルの人気漫画になっていた。
「……そもそも」
寝転がりながら天井を見る。
「俺は、何したいんだ?」
原作を守る?
いや無理だろ。今さら?
ソフィアを助ける?
……推しだった。そりゃショックだ。
でも命を懸けてまでかと言われると、正直微妙だ。
主人公に会う?
意味あるか?
強くなる?
……なんのために?
「……駄目だ」
目的がふわふわしてる。
だから頭の中もまとまらない。
「目的……目的……」
その時、不意に思い出した。
神編。
宇宙編。
あの漫画の終盤。
神だの宇宙生命体だの、星を壊す連中が普通に出てきていた。
人類滅亡寸前なんて何回もやってたし、国が消えるくらいなら中規模イベント扱いだった気がする。
「……あれ?」
そこで気づく。
「俺、このままだと普通に死ぬのでは?」
嫌な汗が流れた。
いや、かなり高確率で死ぬ。
この世界、後半になると治安が終わる。
他国編で戦争。
宇宙編で侵略。
神編に至っては、神が昔みたいに人間を支配する時代に戻そうとしていた。
力がいる。
めちゃくちゃいる。
そこでようやく、強くなる理由ができた。
「……長生きしよう」
長生き。
それは前世でも、なんとなく好きな言葉だった。
別に世界最強になりたいとか、そんな大層な理由じゃない。
ただ、死にたくなかった。
痛いのも嫌だし、苦しいのも嫌だ。
できるなら、ずっと平和に生きていたい。
だからか知らないが、“長生き”って言葉には妙に惹かれていた。
原作だと、ある程度以上の魔力量がある奴は老化がかなり遅くなる。
最強クラスなら、不老ほぼ不死だった。
だったら。
そこを目指せばいい。
世界を救うとかじゃない。
とにかく、死にたくない。
そのために強くなる。
……その途中で、もし余裕があるなら。
「ソフィアも、生き返らせるか」
そのくらいでいい。
原作知識では、蘇生方法はいくつか存在していた。
一番現実的なのは、【魂葬の魔剣】と【神聖の魔剣】の二本を使う方法だ。
【魂葬の魔剣】で魂をこの世に呼び戻す。
そして【神聖の魔剣】で、魂から肉体を再生する。
確か、作中で最初の完全蘇生もこの方法だったはずだ。
まあ、“現実的”と言っても問題はある。
まず、その二本がどっちもストーリーに深く絡む。
特に【神聖の魔剣】は、旧王家の宝物庫に保管されていたはずだ。
つまり今は、現国王派のど真ん中にある。
「……めんどくさ」
だが、完全に不可能というわけでもない。
原作知識がある。
魔剣の場所も、大体は知っている。
なら。
長生きのついでに目指すくらいなら、悪くないかもしれない。
そこまで考えて、ふと気づく。
「魔術、使えなきゃ始まらなくね?」
沈黙。
いや、本当に。
長生きするにしても、蘇生を目指すにしても、魔術が使えなきゃ話にならない。
この世界、後半になると“魔術を使えない”ってだけで人権が怪しい。
神編なんて、最終的に全員空飛びながら山とか消してた気がする。
「……魔術は使えない、と言ったな。あれはちょっと嘘だ」
周りが寝ているから、一人小さく呟く。
正確には、“魔術”が使えないだけだ。
この世界の人間には、全員魔力が流れている。
前世とは違う。
体の中に熱みたいな感覚がある。
そして俺は、それを昔から感じ取れた。
そりゃ前世にない感覚だもん。
この五年で気づいたことがある。
この世界の魔力は、ちょっとずつ溜めていく蓄積型じゃない。
使えば、最大魔力量そのものが増える。
それも俺は、なんとなく気づいていた。
ただ、今までは怖くて限界まで使わなかった。
魔力が切れたらどうなるか分からなかったから。
頭痛と眠気が来る“残り一割”くらいで止めていた。
原作だと、たしか使い切っても頭痛と眠気が強くなるだけだったはずだ。
さらに、魔力を使い切ると本来の約二十倍の魔力増加量と、魔力回復速度の微上昇が起きる。
「……もったいねぇことしてたな」
まあ仕方ない。
作品によっては魔力が使えなくなったり、死ぬこともあるんだ。
死ぬよりマシだ。
それに、原作だと魔力量と技量が一定以上になると固有魔術に目覚める。
なら。
もしかしたら俺にも何かあるかもしれない。
……いや、魂が違う時点で【魔術喰らい】じゃない可能性の方が高いが。
「まあ、無いよりマシか」
とりあえず試すしかない。
「……明日、下水行くか」
この街の下水には弱い魔物が出る。
スラムのガキでも、度胸試しに行くような場所だ。
そこで検証する。
魔力切れ。
魔力操作の応用。
あと、できれば固有魔術。
原作だと、極限状態で目覚めることもあった。
「ふぁ〜……」
自然と欠伸が漏れる。
考えすぎて、逆に眠くなってきた。
「……まぁ、明日考えるか」
そう呟きながら、俺はゆっくり目を閉じた。




