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第1話 完全に詰んでね?

 まず言い訳をさせてくれ。


 前世の記憶が戻ったのは、十歳のときだ。


「ここ、もしかして原作ありの世界じゃね?」


 そう思ったことは、一度や二度じゃない。


 だが、この世界には“決定的な要素”がなかった。


 トラックに轢かれたあと神様に会った記憶もなければ、チート能力を選んだ覚えもない。

 魔法陣で召喚されたわけでもなく、ただ「気づけばスラムのガキに前世の記憶が混ざっていた」だけ。


 ドラマ性の欠片もない、地味すぎる転生だった。


 数多の転生モノを読んできた俺にとって、それは可能性の一つに過ぎなかった。


 街並みは、いかにも剣と魔法のファンタジー。

 だが、“これだ”と断定できる固有の要素が存在しない。


 偉大なる航路グランドラインや悪魔の実があれば、あの世界だと分かる。

 「グルメ時代」と聞けば、別の作品を思い浮かべられる。


 だが、この世界にはそういう象徴がなかった。


 要するに、判断材料が少なすぎたんだ。


 俺はスラムのガキだ。

 知識なんて、ほとんどない。


 名前はルーク。

 黒髪に白メッシュ、緑の目。


 ……だが、そんな見た目の奴、この街には何人かいた。

 そもそも鏡なんて高級品、このスラムじゃ滅多にお目にかかれない。


 国名? 地名?

 知るわけねぇだろ。


 魔術の専門用語?

 貴族様に教えを乞うなんて、機嫌次第で首が飛ぶロシアンルーレットだ。

 そんな命懸けのギャンブル、やりたくねぇ。


 転生特典も、チートもない。


 前世で一般人だった俺には、今日を生きるだけで精一杯だった。


 だから――俺はここを、「よくある底辺転生モノの世界」だと思い込んでいた。


 あのルークだなんて、思うわけねぇだろ。



 転生して五年。

 ルーク、十五歳。


「……ちっ、今日も少ねぇな」


「文句言うなら食うなよ」


「言ってねぇよ」


 乾いた笑いが漏れる。


 砂と埃の味がする固いパンを齧る。

 いつもの日常だ。


 魔術?

 そんなもん見たこともない。


 貴族が使う、遠い世界のお伽話。


 それが、ただのスラムのガキである俺の現実だった。


 ――変化は、唐突に訪れた。


「おい、聞いたか?」


 飯の最中、年上のガキが話しかけてきた。


「この前、王都で罪人の公開処刑があったってよ。しかも、逃げ出した旧王家の血筋らしいぜ。名前なんつったっけな……確か――」


 その瞬間、なぜだか心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


「ソフィア……なんとかファング……」


「……ソフィア・フォン・アンファング」


「そうそれ。なんだ、知ってたのか?」


 思考が止まる。


 忘れるわけがない。

 前世で、何度も何度も叫んだ名前だ。


 最推しで、呼ぶたびにフルネームを口にしていた、あのキャラ。


「……嘘だろ」


 ソフィア・フォン・アンファング。


 それは、あの漫画『魔剣伝説』で――ルークのヒロインだったはずだ。



 ありえない。


 裏切られ、人間不信に陥った彼女を、ルークがその圧倒的な力で救い出す。

 そこから物語は動き始める。


 一度は離れ離れになり、再会後も数々の困難を乗り越え――最後には結ばれる。


 ―ルークのヒロインだ。


 確信があった。


 あの独特な名前。

 王家の生き残りという設定。


 この五年間で感じていた世界観の違和感が、一気に噛み合っていく。


 そして、そこまで考えて――ようやく気づいた。


 もっと致命的で、最悪な事実に。


「……待て。俺、ルークじゃねぇか」


 黒髪に白メッシュ、緑の目。

 スラム育ち。

 名前も同じ。


 ――ルーク。


 『魔剣伝説』における、主人公の右腕。


 祖父の形見である“雷の魔剣”を持って旅に出た主人公と共に戦い続けた、最強の相棒。


 人気投票三連覇。

 原作者公認最強。


 主人公より人気があるとまで言われた、作中最強格のキャラクターだ。


 だが――俺は、弟子入りしていない。


 原作のルークは五歳のとき、ある事件をきっかけに二流魔術師へ拾われる。


 そこで才能を開花させ、一流の証である固有魔術へ覚醒した。


 その固有魔術は――【魔術喰らい】。


 自身が受けた魔術を取り込み、その場で術式を知覚する能力。

 そこから独力で術式を理解し、同じ魔術を使うことも、打ち消すこともできる。


 固有魔術としては、決して強力ではない。

 むしろ弱い部類だ。


 なぜなら、この能力の強さは、ルーク本人の「知能」と「精神」に完全依存しているから。


 だが、彼は後に最強へ至る。


 物語のインフレに呑み込まれ、一度目のラスボス戦で、数百億年前――星すら生まれる前の時代へ飛ばされる。


 たった一人で。


 不老となり、姿も変わらぬまま存在し続ける。


 そこは、神々が世界を支配していた神話の時代。


 神々は互いに争い、世界を創り、壊し続けていた。


 人間どころか、生命という概念すら曖昧だった地獄。


 そんな時代を、彼は数百億年もの間、生き抜いた。


 やがて彼は、地球の古代の哲学者のように一つの真理へ辿り着く。


「万物は魔術である」と。


 その境地において、彼は森羅万象を自在に創造し、消滅させる術を得る。


 原作者公認、最強の男。


 ――なのに、今の俺はなんだ。


 魔術の「ま」の字すら知らねぇ、ただの十五歳のガキ。


 笑えない。

 いや、笑うしかない。


「はは……」


 将来、世界最強。

 現時点ですら、本来なら一流魔術師であるはずの存在。


 なのに今の俺は、ただのスラムのガキだ。


 ――頭を抱える。

 現状を整理しろ。


 詰み要素は三つ。


 まず、メインヒロインがすでに死亡している。


 一応、蘇生方法はいくつか存在する。

 だが、どれも物語終盤に登場する伝説級の手段ばかりだ。


 次に、魔術が一切使えない。


 修行イベントを逃したせいで、固有魔術の発現すらしていない。

 魂が違う俺に、そもそも同じ力が宿るのか?


 ……いや。

 薄い望みだが、“俺自身の固有魔術”が代替として機能する可能性に賭けるしかない。


 そして最後。


 これが、決定的な絶望。


 俺は、“本物のルーク”じゃない。


 ルークは、あの異常な精神力で最強にまで登り詰めた。


 確かに魔術の才能は、百年に一人と言われるほどだった。

 だが、数百億年という時間の中では、そんな存在は数億人いたはずだ。


 それでも、あいつだけが“最強”になれた理由。


 それは才能じゃない。


 あの、狂気じみた精神力だ。


 脳裏に、原作の光景が浮かぶ。


 何度も世界を救った、原作のルーク。


 中身がただの前世一般人である俺に、あいつと同じ道を歩めるわけがない。


「……いや俺、完全に詰んでね?」


 誰にも聞こえない声で、俺はそう呟いた。

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