第96話:非互換の過去ログ(後戻り不可)と、二つのアーキテクチャの対比
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【真・ダンジョン 第一階層・待機ロビー】
超重力環境に適応するため、第1ループからのやり直し(特訓)を決意した『三律の連環』の七人。
しかし、ミクが空中に浮かぶシステムウィンドウを操作しようとしたところで、無情なエラーメッセージがポップアップした。
『――エラー。クリア済みの反復処理(過去のループ)へはアクセスできません。現在の進行度:第5ループ(待機中)』
「嘘でしょ……!? ロールバック(巻き戻し)ができない仕様なの!?」
ミクがウィンドウを何度もタップするが、システムは第1から第4ループへのアクセスを完全に弾き返した。後戻りは許されない。常に未知の過負荷環境へ進むことしかできない、極悪な一本道のアーキテクチャ。
「おいおい、冗談じゃねえぞ。ぶっつけ本番で1.9倍の重力に放り込まれたら、俺たちの足腰(人間のハードウェア)は一瞬でイカれちまう!」
ガストンが青ざめる。
だが、その時だった。
ミクが操作していたウィンドウの下部に、今まで存在しなかった「新しいメニュータブ」がこっそりと追加されていることに気づいた。
「待って、新機能(新規メニュー)が実装されてるわ……。『トレーニングルーム』?」
ミクがそのタブを開くと、細かい字で書かれた説明文が表示された。
【トレーニングルーム仕様概要】
◆ 本ルーム内では敵対プログラムはスポーンしません。
◆ ユーザーの権限で、空間の『重力値(環境パラメータ)』を任意の数値に調整することが可能です。
◆ 次のウェーブに向けたシステムの最適化にご活用ください。
「重力を……自分たちで自由に調整できる部屋!」
ユリウスが目を見開く。
「敵が出ないなら、純粋にこの身体を重力に適応させる特訓だけにリソースを全振りできるわね。行くわよ、みんな!」
ミクが【入室】ボタンをタップすると、ロビーの奥にもう一つの白地の扉が出現した。
扉を開けて中に入ると、そこは魔物も何もない、ただ見渡す限りの無機質な白い空間だった。空間の中央には、数値を入力するための小さなコンソールが浮かんでいる。
「さて、さっそくだが……最初は1.5倍くらいから始めるか?」
ガルドが首をポキポキと鳴らしながら提案する。
「ダメよ」
ミクはコンソールを操作し、首を横に振った。
「私たちが最初、アース・エリアに入って『なんだか少し重いな』って違和感を覚えただけの数値……1.1倍。まずはここから始めるわ」
「1.1倍? そりゃあまた随分と慎重だな。そのくらいなら、普通に戦えたじゃねえか」
ガストンが不思議そうに首を傾げる。
「いいえ、そこが罠(バグの温床)なのよ」
ミクは真剣な眼差しで仲間たちを見渡した。
「私たちは『普通に戦えた』と思い込んで、力業で誤魔化していただけよ。でも、実際には1.1倍の時点で、私たちの筋肉の動き、骨への負担、血流の速度……身体の基礎的な動作(低レイヤーの処理)に、微小なエラーが生じ始めていたはずなの」
ミクは自らの双剣をゆっくりと抜き放ち、構えの姿勢をとった。
「ここで基礎(土台)を完璧にアジャストしておかないと、1.5倍、2.0倍と負荷が跳ね上がった時に、その微小なエラーが増幅して、最後には取り返しのつかない致命的クラッシュ(肉体の崩壊)を引き起こすわ。……急がば回れ。基礎フレームワークの構築を疎かにしたら、後で絶対に後悔することになる」
「……なるほど。確かにPMの言う通りだ。基礎ステータスを甘く見れば、高負荷環境では一瞬で足元をすくわれる」
ミクがコンソールの実行ボタンを押す。
『――環境重力を1.1倍に設定しました』
ズン……。
微かな、しかし確かな重み(違和感)が七人の身体に乗る。
立っていられないほどではない。だが、剣を振るう腕、盾を構える足腰に、普段の10%増しの負荷がまとわりつく。
「まずは素振り、ステップ、そして陣形の展開! この1.1倍の重力環境が、私たちにとっての『通常の1.0倍』だと細胞が完全に錯覚するまで、ひたすら基礎動作を繰り返すわよ!!」
最強の七人は、自らの身体からエラーを完全に排除するため、敵のいない白い空間で、黙々と基礎鍛錬の汗を流し始めた。
* * *
【旧迷宮(レガシー環境)・第85層】
ミクたちが基礎環境のチューニングに全力を注いでいたその頃。
旧世界の迷宮の深層では、一つのパーティーが絶叫と爆音を轟かせていた。
『グガァァァァァァッ!!』
第85層の階層主――『深淵の狂戦士』。
四本の腕に巨大な戦槌を持った、理性を捨てて破壊のみを実行する極大火力の魔物である。
「ドーガァァッ!! 耐えろ! あと10秒でチャージが終わる!!」
「おうよォォッ!! 抜かせねえぞ!!」
魔剣士マルコの怒声に対し、前衛のタンクである巨漢のドーガが、歯を食いしばりながら大盾で狂戦士の猛攻を正面から受け止めていた。凄まじい衝撃で重鎧が軋むが、ドーガの両足はしっかりと迷宮の床に根を張り、一歩も後ろへ下がらない。
「ヒール回します! 防御バフ、上書き(上乗せ)完了! まだ魔力は持ちます!!」
後衛の支援魔法使いたちが、冷静なルーティングでドーガの耐久値を維持し続ける。
全ての攻撃をたった一つの盾に集中させ、支援の魔力でひたすら時間を稼ぐ。非常に重たい負荷のかかる『ウォーターフォール型アーキテクチャ』だが、彼らのシステムはそれを完遂できるだけの高いステータス(ハードウェア性能)を有していた。
「……待たせたな! 準備完了だ!!」
ドーガがボスの大振りの一撃を見事に弾き返し、大きな隙を作ったその瞬間。
後方の安全地帯で魔力を限界まで溜め込んでいたマルコとレオンの二人が、雷と炎を極限まで圧縮した魔剣を構えて飛び出した。
「吹き飛べ! 『双星の絶剣』!!」
二振りの魔剣から放たれたバッチ処理(一撃必殺の極大火力)が、狂戦士の胴体に十字の軌道で叩き込まれた。
迷宮を揺るがす凄まじい轟音と共に、深層のボスの巨体が光の粒子となって吹き飛んでいく。
「ふぅ……。決まったな」
マルコが魔剣を振り抜き、余裕の笑みを浮かべて鞘に収める。
「お疲れ、リーダー! いやぁ、さすがに第85層のボスともなると一発の重さが違ったぜ!」
大役を終えたドーガが、汗を拭いながらも元気な声で笑う。支援組も安堵の息を吐きながら、ドロップアイテムの回収作業に入った。
マルコは自身の魔剣を高々と掲げ、誇らしげに仲間たちを見渡した。
「ハァッ、ハハハハッ!! 見たか! 第85層も完璧にクリアだ!!」
迷宮の深層において、これほど堂々とした戦いぶりを見せるパーティーは数少ない。彼らは旧世界の仕様(レガシー環境)において、間違いなくトップクラスの強者へと成長を遂げていた。
「どんな強敵だろうと、最後は俺たちの魔剣の火力がすべてを粉砕する! この最強の陣形に死角はねえ!! このままのペースでいけば、あの『三律の連環』が踏破したという【第99層】に追いつくのも、時間の問題だぜ!!」
旧迷宮の仕様に完全に適応し、自信と勢いに乗って最深部を目指す『魔剣神』。
彼らはまだ知らない。その第99層を制覇した先にある、常識が一切通用しない「真の地獄(バージョン2.0環境)」の存在を。
――旧環境の頂点へ向けて、自らのアーキテクチャの正しさを証明するように突き進む『魔剣神』。
――新環境の理不尽を前に、あえて歩みを止め、基礎という土台をイチから鍛え直している『三律の連環』。
二つのパーティーの道のりは、やがて来るさらなる未知の領域において、再び交差することになるのであった。
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