第92話:バックグラウンドの実績(ログ)と、完全なるシステム最適化(コンパイル)
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【迷宮都市・冒険者ギルド】
『真・ダンジョン』の第12ループ目を、新戦術「常時機動」によって少しの余力を残してクリアした『三律の連環』の七人。彼らは丘の入り口から物理的な地面へとログアウトし、数日ぶりに街へと戻って休養をとっていた。
ギルドホールの片隅で、ルカの治癒魔法とポーションによって疲弊した身体のメンテナンスを行っていたミクたちの耳に、周囲の冒険者たちの騒がしい雑談が飛び込んできた。
「おい、聞いたか!? あのマルコ率いる『魔剣神』が、ついに第78層を突破したらしいぞ!」
「マジかよ! 70層を超えてからの進撃スピードが異常すぎる。一撃必殺の火力が深層のボスにも通用してるってことか!」
その噂を耳にしたガストンが、ジョッキをテーブルに置いてフンと鼻を鳴らした。
「へえ、あの口だけ達者な魔剣士の野郎、本当に78層まで行きやがったか。ただのハッタリ(ダミーデータ)じゃねえみたいだな」
「ガハハ! いいじゃないの、あいつらも頑張ってるんだ。アタシらの斧の刃こぼれを気にする暇があったら、あのトカゲ野郎どもの装甲をどうカチ割るか考えてる方がよっぽど健全さ!」
ヴァレリアが折れた戦斧の代わりに新調した大斧のバランスを確かめながら、獰猛に笑う。
「……口を動かすだけでなく、確実に実績を処理している。新興勢力とはいえ、彼らのウォーターフォール型のアーキテクチャ(手順固定の重火力戦術)は、旧迷宮(基本環境)の仕様には極めて高く適合しているということだね」
ユリウスが冷静に分析し、ミクもそれに深く頷いた。
「ええ。口が生意気なのはムカつくけれど、基本システムの中で、彼らが必死にレベリング(ビルド)を重ねているのは事実よ。……でも、私たちも負けていられないわ。カウンタ変数(残り8回のループ)をさっさと上限まで回して、次の階層の仕様を拝みに行きましょう!」
アリアが戻り、七人となった『三律の連環』の瞳には、かつてないほどの覇気が満ちていた。ライバルの躍進は、彼らのシステムをさらに加速させるための最高の触媒となったのだ。
* * *
【真・ダンジョン 第一階層・スカイ・エリア】
『――第13ループを開始します。動的難易度調整を適用。敵ステータスを上方修正(パッチ適用)しました』
無機質なシステム音声と共に、七人は再び足場のない無限の空へとダイブした。
第13ループを超えたあたりから、真・ダンジョンの悪意(難易度)は完全にリミッターを解除していた。襲いかかってくるガーゴイルやワイバーンの速度、攻撃力、そして装甲の厚さは、第1ループの時とは比較にならないほど跳ね上がっている。もはや、当時の階層主が一般モブとして群れを成して襲いかかってきているような異常な高負荷環境だ。
しかし、今の『三律の連環』は、その理不尽な環境変数すらも完璧に予測し尽くしていた。
「魔法組、固定フォーミュラ展開! 360度全方位の迎撃プロセス(ファイアウォール)を維持して!」
「了解! 『瀑布の防壁』!」
「『紫電の網(電磁グリッド)』!」
空中でピタリと背中を合わせ、絶対の固定砲台となったルカ、ユリウス、アリアの三人。ルカの結界が全方位からの突進を減速(ラグを発生)させ、そこへユリウスの雷撃とアリアの火炎魔法が狂ったような連射速度(高スループット)で叩き込まれる。もはや死角など一箇所も存在しない、完璧なバックエンドの防御陣形だ。
そして、その弾幕の隙間を、四つの光の弾が超音速で駆け抜けていた。
「ガストン、左から来るワイバーンを誘導して!」
「応よ! 止まらねえぜ!!」
ガストンとガルドの二人の重戦車は、大盾から放つ魔力噴射のベクトル制御を極限までマスターしていた。空中で互いの大盾をぶつけ合い、その衝撃の反動を利用して鋭角に軌道を変えるという、曲芸めいた三次元機動(ジャイロ制御)を確立。迫り来るアーマー・ワイバーンの突進に対し、自ら超高速の弾丸となって正面から激突し、その運動エネルギーで敵の機動を完全にクラッシュさせる。
「隙だらけだねェ!!」
ガストンが弾き飛ばし、無防備に空中に静止したワイバーンの群れへ向けて、ヴァレリアが最高速度の滑空から大斧を振り下ろした。
自身の飛行速度をそのまま破壊力へと変換した一撃は、超高密度の装甲をも一刀両断にし、爆音と共に光の粒子へと初期化していく。
第14、第15、第16ループ。
回数を重ねるごとに敵がどれほど強くなろうとも、七人の空中戦闘ロジックの最適化のスピードがそれを完全に上回っていた。
ミクは双剣の風切り音で敵のヘイトを自在にコントロールし、前衛陣の突撃ルートを完璧にバランシングしていく。
そして遂に――【第20ループ目・最終ウェーブ(Wave 7)】。
『――システム警告。第20ループ・最終処理を実行。エリアボスデータをインスタンス化します』
雲海を割り、現れたのは第一階層の主たる『天空の巨竜』。かつて迷宮の深層で見たどの竜よりも巨大で、周囲の空間の重力制御すら狂わせるほどの絶望的な魔力を放っている。
「これが最後のバグ(ボス)よ!! 全員、メインプロセスを最大出力で実行!!」
ミクの号令と共に、七人の全リソースが一点に収束した。
魔法組の三人が全魔力を注ぎ込んだ複合極大魔法がリバイアサンの翼を焼き、ガストンとガルドが超音速の双撃でその強靭な顎をカチ上げ、ヴァレリアの大斧がその巨躯の装甲を粉砕する。
最後は、限界以上のスピードで空中を駆けたミクの双剣が、リバイアサンの脳天へと吸い込まれた。
「これで……オール・クリア(完走)よォォォッ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!!!
リバイアサンの巨体が、闘技場の天井(空)を揺るがすほどのまばゆい光の奔流となって完全に消滅した。
それと同時に、虚空に黄金のメッセージボードがポップ(表示)される。
『All Loops Completed. 第一階層の処理を完全終了しました。次のエリアへのアクセス権限を付与します』
「……やった……! ついに、完走したわ……!」
ミクが双剣を鞘に収め、深く息を吐く。七人は再び温かい光に包まれ、強烈な引力によって元の入り口の扉の前へと排出された。
* * *
【真・ダンジョン入り口の丘 〜 迷宮都市】
ズシン、と物理的な地面の重みを足の裏に感じながら、七人は丘の草むらに降り立った。
衣服は煤け、鎧には多少の傷があるものの、その立ち姿には第1回目の時のような「這う這うの体」の悲惨さは微塵もなかった。未知の3D環境を完全に制圧し、システムを最適化し終えた者だけが持つ、圧倒的な風格と余裕がそこにはあった。
「ふぅ。やっぱり、地面を踏みしめて歩けるってのは良いものね」
ミクが伸びをしながら笑うと、アリアも嬉しそうに頷いた。
「はい! でも、空を飛ぶのも少し名残惜しいくらい、みんなと完璧に繋がれた気がします!」
七人は互いの健闘を称え合いながら、並んで夕暮れの迷宮都市へ向けて、堂々たる足取りで歩いて帰還した。
* * *
【迷宮都市・冒険者ギルド】
ギルドホールの重厚な扉を開けて七人が中へ入ると、ホールの中央で、一際大きな歓声に包まれている集団がいた。
真新しい、さらに豪華になった鎧を誇らしげに叩いている魔剣士マルコと、その仲間たち――『魔剣神』の面々だ。
ミクたちがカウンターへ向かおうとしたその瞬間、七人の姿に気づいたマルコが、待ってましたとばかりにニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて行く手を塞いできた。
「よおよお、天下の『三律の連環』様のお帰りじゃないか。今日も随分と地味な丘の散歩(謎の入り口の調査)をご苦労なこったな」
マルコは自身の腰に輝く、さらに強力な魔力を放つ新調された魔剣をパチンと叩いてみせた。
「無駄なことにリソースを割いているお前たちに、一つ教えてやろう。……俺たち『魔剣神』は、たった今、大台である【第80層】の階層主を突破したぜ!!」
「「「うおおおおおっ!!」」」
マルコの取り巻きの冒険者たちが、ギルドホールが震えるほどの歓声を上げる。若手パーティーが、歴史ある迷宮の第80層という「超深層の門」をブチ破ったのだ。それはギルドの歴史に残る快挙(偉大なログ)であった。
「どうだ? どんな装甲も、俺たちの一撃必殺(ウォーターフォール戦術)の前には無力だった。すぐにそのトップの座、俺たちが引き摺り下ろしてやるからな。まごまごしてると、置いていっちまうぜ?」
ドヤ顔で鼻高々に自慢してくるマルコ。
ガストンとヴァレリアは、そんなマルコの言葉を聞いて、怒るどころか「ぷっ」と思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。
ミクとユリウスもまた、呆れたように肩を竦めるだけだった。
彼らは知っている。マルコたちが誇る「一つの盾で耐えて、時間をかけて一撃を叩き込む」という静的なロジックでは、自分たちが今しがた完走してきた、あの足場すらなく360度から絶え間なく致死攻撃が飛んでくる『真・ダンジョン』のスカイ・エリアでは、1秒足らずで処理落ち(全滅)するということを。
「そう、80層をクリアしたのね。口だけじゃなく、本当に頑張っているみたいで安心したわ」
ミクはクスリと微笑み、マルコの挑発を優雅に受け流した(タイムアウト処理)。
「私たちの心配は要らないわよ。お互い、自分たちの信じるシステム(戦術)で、上を目指しましょう?」
「……チッ、相変わらず可愛げのない女だ」
マルコはミクのあまりにも余裕に満ちた、次元の違う態度に毒気を抜かれ、忌々しそうに顔を背けた。
第80層という旧世界の頂点へ向けて進む『魔剣神』。
そして、誰も立ち入ることのできない新世界(バージョン2.0)の第2階層へのアクセスキーを手に入れた『三律の連環』。
背後で鳴り響く歓声を余所に、ミクたち七人は、次なる未知の仕様変更へ向けて、静かにポーションで祝杯をあげるのだった。
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