第89話:無限の反復処理(ウェーブ防衛)と、這う這うの体の帰還
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【真・ダンジョン 第一階層・無限の空】
空という絶対的な三次元空間(3D仮想環境)に放り込まれ、足場という概念(Z軸の固定)を完全に奪われた『三律の連環』。
第一陣の魔物の群れを泥臭い連携で辛くも撃退した彼らのシステムは、早くもかつてない深刻なリソース不足(疲労)の悲鳴を上げていた。
「ハァ……ハァ……! なんて理不尽な演算負荷なの……!」
ミクが空中で双剣を握り直し、荒い息を吐く。だが、真・ダンジョンの無慈悲な防衛プログラムに、待機時間など存在しなかった。
『――第二陣(Wave 2)、展開します』
「うおっ!? 今度は真下(マイナスZ軸)から来やがったぞ!!」
ガストンが下方を覗き込んで絶叫する。
眼下の雲海を突き破り、無数の『ストーム・イーグル』が弾丸のような速度で突き上げてきた。さらに間髪入れず、上方からは猛毒の針を放つ『フライング・スコーピオン』の群れが降ってくる。
「第三陣まで同時にスポーンしたわ! ルカさん、完全球体結界を!」
「くっ……! 全方位の防壁維持は、魔力の消費が激しすぎる……!」
ルカが額に青筋を浮かべながら、七人を包み込む薄氷の球体結界を張る。
その表面に、上下左右から雨霰と敵の攻撃が直撃し、凄まじい処理落ち(衝撃)が七人を揺さぶった。
平面の陣形(2Dロジック)しか知らない前衛のガストンとガルドにとって、空中の全方位戦闘はまさに地獄だった。踏ん張るための地面がないため、大盾で敵の突進を弾き返すと、作用・反作用の法則(物理演算)によって自分自身の体がクルクルと後方へ吹き飛ばされてしまうのだ。
「おわぁぁっ!? 盾を振ると体が回るゥゥッ!」
「ガストン! 姿勢制御をしっかり保て!」
ガルドが怒鳴るが、彼自身も空中で無様に手足をバタつかせている。
アリアとユリウスも、上下から迫る敵に魔法を乱れ撃ちにするが、狙い(エイム)が定まらずに無駄弾が増加していく。
第二陣、第三陣。
押し寄せる絶望的な数と、慣れない3D空間での機動。彼らは文字通り死に物狂いで剣を振り、魔法を放ち、盾を構え続けた。
そして――数十分にも及ぶ乱戦の末、最後の一匹のストーム・イーグルをヴァレリアが戦斧で叩き落とし、周囲の敵影がようやく完全に途絶えた。
「……終わっ……た……」
「ぜぇ、はぁ……っ! 吐きそうだ……」
奇跡的に生まれた数分間の空白。
七人は空中で大の字になり、あるいは膝を抱え込むようにして丸まり、ぜえぜえと肩で息をした。
「みんな、急いでポーションを! 脳内の空間認識をクリアにして、感覚を上書きするのよ!」
ミクの指示で、全員が震える手でポーション(リソース回復剤)を煽る。
ほんの少しの間。だが、このわずかな休息が、歴戦の猛者たちに「空中戦闘のロジック」を脳内で整理させるための貴重な時間となった。
『――第四陣(Wave 4)、展開します』
無機質なシステム音声と共に、再び空の彼方から魔物の大群が出現する。
「来るわよ! でも、さっきまでと同じようにはやらせない……!」
第四陣が押し寄せてきた時、彼らの動きは明らかに変化(最適化)し始めていた。
「アリア、私の背中に背中を合わせろ! 空中の固定砲台になるぞ!」
「はいっ、ユリウスさん! 『炎の嵐』!!」
後衛の二人は、互いの背中をピッタリとくっつけることで反動を完全に相殺し、360度全方位を見渡す完璧な砲台へと進化した。
第五陣、第六陣とウェーブが重なるにつれ、彼らの異常な適応力は、この未知の三次元環境をも完全に支配し始めていた。
「ガハハッ! 分かってきたぜ! 要は、遠心力(ジャイロ回転)をそのまま攻撃力(出力)に乗せりゃいいんだろ!」
ヴァレリアが、空中で自らの体を独楽のように大回転させ、戦斧を巨大な竜巻(範囲攻撃)へと変えて敵の群れを次々とミンチにしていく。
「盾の旦那! 俺たちも応用だ!」
「おうよ! シールドバッシュの反動を使って、空中を移動するぜ!」
ガストンとガルドは、大盾から魔力の衝撃波を放ち、その強烈な反動を利用してロケットのように空中を駆け巡るという、常識外れの三次元機動(3Dフライト)を身につけていた。
「素晴らしい適応よ! 私が敵のヘイトを集めて、あなたたちの射線に誘導するわ!」
ミクが双剣から赤い軌跡を引き、ロードバランサとして完璧に敵の群れをルーティングしていく。
第五陣、第六陣。空間戦闘に慣れた『三律の連環』は、魔物の群れを見事な連携で次々と処理していった。
だが――。
どれほど操作に慣れようとも、彼らの絶対的な体力と魔力(ハードウェアの限界)には上限がある。
『――最終陣(Wave 7)、展開します。防衛プログラム、最大出力へ移行』
空を覆い尽くすほどの黒雲と共に現れたのは、巨大な装甲空挺竜『アーマー・ワイバーン』の大群だった。
ただでさえリソースが枯渇寸前の状態に、これまでの比ではない絶望的な物量(DDoS攻撃)。
「ぜぇ……はぁ……! まだ、来るのかよ……ッ!」
ガストンの大盾を持つ手が、限界を迎えてガクガクと震えている。
「魔力が……もう一桁しか残ってない……っ!」
アリアの炎も、今にも消え入りそうなほどに弱々しい。
這う這うの体。
CPU使用率はとっくに100%を超え、システムは熱暴走寸前。いつ誰が気絶してもおかしくない極限状態の中、ミクは血の滲む唇を噛み締め、最後の気力を振り絞って叫んだ。
「これが最後よ!! 全員、残存するすべてのリソースを解放して!!」
「「「うおおおおぉぉぉぉぉッッ!!!」」」
絶望的な大群の突撃に対し、七人は気力(精神論)という名の不可視のリソースを燃やし尽くして激突した。
ルカの最後の結界がワイバーンの牙を弾き、ガルドとガストンの盾が装甲を砕き、ヴァレリアとミクが翼を切り裂き、ユリウスとアリアの魔法が空を焦がす。
美しい空中戦などではない。泥と汗と血にまみれた、ただ「生き残る」ためだけの泥臭い乱戦。
どれほどの時間が経ったのか。
最後の一匹のアーマー・ワイバーンの首が、ミクの双剣によって両断され、雲海へと墜落していった。
「…………っ」
「終わっ……、た……」
七人は、もはや指一本動かす力も残っておらず、空中で力なく手足を投げ出した。
その直後、虚空に巨大なメッセージボードがポップ(表示)された。
『Wave 7/7 Cleared.』
『第一階層の処理を完了しました。ユーザーの退出を実行します』
次の瞬間、空中に浮かんでいた七人の体は、突如として発生した強烈な引力によって、元の入り口の扉へと吸い込まれていった。
* * *
【真・ダンジョン入り口の丘】
ドサッ、バタァッ!!
「いってぇぇっ!?」
「ぐはっ……! じ、地面だ……!」
青空と雲しかない無限の空間から一転。七人は、見慣れた丘の上の『見慣れない石造りの出入り口』の前に、文字通り吐き出されるようにして草むらに叩きつけられた。
「あ、足場があるって……最高だぜ……」
ガストンが、土と草の匂いを嗅ぎながら、這いつくばったまま涙ぐむ。
「ぜぇ、はぁ……っ。生きて、帰ってこられたわね……」
ミクも仰向けに倒れ込み、大きく息を吸い込んだ。
自分たちが今まで「ただの基本仕様」だと思っていた地面(重力)の存在が、どれほどありがたいものだったかを、彼らは身を以て痛感(再認識)していた。
七連続の襲撃(7回の処理)を対処して、ようやく最初の『1回目(第一階層)』がクリア扱いになった。
限界まで摩耗したシステム(身体)を引きずりながら、彼らは互いに肩を貸し合い、夕暮れの迷宮都市へ向けて、這う這うの体で歩き出した。
* * *
【迷宮都市・冒険者ギルド】
「……おい、嘘だろ。『三律の連環』の連中じゃねえか」
「あんなボロボロの姿、見たことねえぞ……一体どこに行ってたんだ!?」
都市のギルドホールへ重い扉を開けて入ってきた七人の姿に、ギルドは騒然となった。
鎧はひしゃげ、衣服は破れ、泥と血にまみれたその姿は、かつて迷宮の第99層から生還した時よりも遥かに悲惨な状態だった。
「ぜぇ、はぁ……っ。マスター、報告が、あるわ……」
ミクがカウンターに寄りかかり、ギルドマスターを呼んだ。
「お、おう……。一体何があったんだ? 最近話題になってた、あの丘の入り口に行ったのか……?」
ギルドマスターが冷や汗を流しながら身を乗り出す。
「あそこは……完全な『別次元(別OS)』よ。第一階層は、足場が一切存在しない『絶対の空中空間(Z軸解放)』……。そこに、七連続のウェーブ防衛(無限ループ)が仕込まれてた……」
「く、空中戦だと!? 足場がない空間で、どうやって剣を振り、盾を構えるってんだ!!」
マスターが信じられないものを見るように目玉を見開く。
「……ハハッ。気合と、根性と、あとは遠心力だ……」
ヴァレリアがカウンターの端に突っ伏したまま、ニヤリと笑う。
その悲惨な報告を聞いたギルドマスターは、真っ青になって立ち上がった。
「ば、馬鹿な……! あの迷宮の最深部を制覇したお前たちが、第一階層でそんな這う這うの体になるような場所が存在するのか!? マズい、すぐにギルド全体へ向けて『あの丘への接近禁止命令(アクセス制限)』を発令しないと――」
「……その必要はないわ、マスター」
ミクが、首元で泥に汚れながらも微かに光を放つ『星型のペンダント』を指で弾いた。
「このペンダント(認証キー)を持ったパーティーしか、あの入り口のセキュリティは突破できない仕様(401 Unauthorized)になっているの。他の冒険者が間違ってアクセス(侵入)して全滅するような心配はないわ」
「な、なるほど……。それなら二次被害は出ないが……」
ギルドマスターはホッと安堵の息を吐いた後、信じられないものを見るような目でミクたちを見た。
「しかし、それじゃあ……あの恐ろしい『真・ダンジョン』に挑めるのは、実質的にこの世界で、お前たち七人だけってことじゃないか」
「ええ、そういうことね」
ミクはボロボロの姿でありながら、その瞳の奥に、未知のシステムを解き明かすためのPMとしての鋭い光(好奇心)を宿していた。
「私たち『三律の連環』という完成されたシステムに対する、開発者(創造主)からの挑戦状みたいなものよ。……受けて立ってやろうじゃない!」
かつてないほど疲弊しながらも、決して折れることのない都市最強のパーティー。
他の誰も立ち入ることのできない、彼ら七人だけの特権環境。
こうして、世界の根幹たる『真・ダンジョン(バージョン2.0)』への壮絶なデバッグ作業が、本格的に幕を開けたのであった。
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明日も更新予定ですので、引き続き『三律の連環』の活躍をよろしくお願いします!




