第86話:残存プロセスの完全終了(オール・キル)と、予期せぬ実行結果(オフバイワン・エラー)
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
【第99層・闘技場】
猛毒の沼を司る『蛇』の首を物理的に切断し、敵の並列処理の脅威を四分の一削ぎ落とした『三律の連環』。
だが、迷宮最強の門番たる特権プロセス魔獣『カーネル・ガーディアン』は、即座に残存リソースを再分配し、さらなる極悪な演算(コンボ攻撃)を開始していた。
『――リソース最適化。属性マージ処理を実行。局地的な異常気象を生成します』
万物を切り裂く『獅子』の暴風と、絶対零度の『鷲』の吹雪。二つのプロセスが完全に同期し、闘技場の中央に、すべてを凍りつかせながら巻き上げる『極寒の竜巻』が発生した。
竜巻は凄まじい吸引力で周囲の空気を奪い、最前線で囮として駆け回るミクの敏捷性を根こそぎ奪っていく。
「くっ……! 引力が強すぎる! 足が、床から浮き上が――っ!?」
「ミク!!」
竜巻の目に吸い寄せられそうになったミクへ向け、残る『竜』の首が容赦なく灼熱の極大ブレスを掃射する。回避ルート(空き容量)は、すでに極寒の風によって完全に塞がれていた。
「させねえよ!! 展開!!」
絶体絶命のミクの前に、分厚い鋼の壁が割り込んだ。ガストンとガルドだ。
二人の重戦車は、ルカの結界の中から自ら飛び出し、大盾を地面に深く突き立てて物理的な『防波堤』を構築したのだ。
竜の業火が盾の表面を舐め、極寒の竜巻が背中を凍らせる。急激な熱膨張と収縮により、ドワーフ製の最強の盾が悲鳴を上げてヒビ割れ始める。
「ぐおおおおッ!! 俺たちの装甲がブッ壊れるのが先か、お前らの処理が落ちるのが先か、我慢比べ(ベンチマークテスト)といこうじゃねえか!!」
ガストンが血を吐きながら吠える。
「今だミク! タンクが作ってくれた安全地帯を通れ!!」
後衛のユリウスが、杖を竜巻の根元へと向ける。
「風の回転軸を狂わせる! 『反転の雷磁場』!!」
ユリウスの放った特殊な雷撃が竜巻の中心に打ち込まれ、一瞬だけ風のベクトル(向き)が相殺されて真空地帯(空白のパケット)が生まれた。
「最高のルーティングよ!!」
ミクがガストンの背中を蹴り、真空地帯を通って竜巻の内部――『獅子』と『鷲』の首の死角へと弾丸のように飛び込む。
「ヴァレリア!!」
「待たせたねェ!!」
ミクの突撃に合わせ、後方からヴァレリアが地を這うような低い姿勢で肉薄していた。彼女の戦斧には、ルカの『高圧水流』の魔法がエンチャント(付与)され、刃が超振動を起こしている。
「まずは、鬱陶しい風を止める!!」
ヴァレリアの戦斧が、下から上へと逆袈裟に振り抜かれる。超振動の刃が、獅子の分厚い装甲を豆腐のように切り裂き、その顎を真っ二つにカチ割った。
『ガ、ガァァァァッ!?』
「そして――これが私の、最速の処理!!」
空中で反転したミクの双剣が、紅蓮の軌跡を描いて獅子の首の切断面(脆弱性)に吸い込まれる。
クロスした二つの刃が、獅子の頸椎を完全に切断。
ドスゥゥゥンッ!!
暴風を司る獅子の頭部が床に落ち、光の粒子となって崩壊していく。
「二つ目のプロセス、強制終了!!」
「休むな! 冷却ファン(鷲)も一緒に叩き落とせ!!」
ガストンが盾を構えたまま叫ぶ。
ミクとヴァレリアは着地することなく、獅子の首を蹴り台にして、今度は極寒の吹雪を吐き出そうとしている『鷲』の首へと同時に襲いかかった。
「目障りな氷属性め! アタシの斧で粉々(デフラグ)にしてやるよ!」
「ルカさん、ユリウス!! アシストを!」
ミクの要請に、後衛の二人が完璧なレスポンスを返す。
ルカが鷲の頭上から大量の熱湯を降らせて視界を完全に遮断し、そこにユリウスが的確な雷撃を撃ち込んで鷲の動作を麻痺させる。
「チェック……!!」
「……メイトだァァッ!!」
ミクの双剣が鷲の目を深々と貫き、ヴァレリアの戦斧が鷲の首元を真横から両断する。
美しい氷の結晶を撒き散らしながら、鷲の頭部が闘技場の壁へと激突して砕け散った。
「三つ目のプロセス、終了!!」
闘技場を吹き荒れていた暴風と吹雪が、嘘のようにピタリと止む。
残るは、最も巨大で、最も凶悪な魔力を放つ『竜』の首ただ一つ。
『――システム、致命的エラー(Fatal Error)を多数検知。自己修復、不可能』
カーネル・ガーディアンの白銀の巨体が、ガクガクと痙攣するように揺れ始める。四つあった思考回路のうち三つを破壊されたことで、システム全体が崩壊を起こし始めていた。
『セーフティーロック、全解除。残存するすべてのリソースを、破壊プロセスへ移行(フォーマットを実行)します』
「マズいぞ!! 奴の内部マナが暴走している!!」
ユリウスのセンサーが、かつてないほどのけたたましい警報を脳内で鳴らした。
竜の首の口内に、闘技場中のすべての魔力がブラックホールのように吸い込まれ、極小かつ超高密度の『疑似太陽』が生成されていく。
「自爆(全データ消去)による道連れか! この階層ごと吹き飛ばす気だぞ!!」
ルカが青ざめた顔で叫ぶ。
あんなものが放たれれば、結界だろうが物理盾だろうが、一瞬で蒸発させられる。回避する場所など、この闘技場のどこにも存在しない。
「……逃げ場がないなら! 放たれる前に、あの本体ごとぶっ壊すしかないわね!!」
ミクが双剣を両手に強く握り締め、真っ直ぐに竜の首――その奥で輝くコア(疑似太陽)を見据えた。
彼女の顔に、もはや焦りはない。絶対の信頼を寄せる仲間と共に、最後の障害を乗り越えるという確信だけがそこにあった。
「『三律の連環』、全プロセスを攻撃(出力)へ全振り(アロケーション)!! 私たちの限界突破(DDoS攻撃)、見せてやるわよ!!」
「「「おおおおおぉぉぉぉぉッッ!!!」」」
六人の咆哮が重なる。
ルカとユリウスが、持てる全魔力を杖の先端で融合させる。水と雷の複合極大魔法『超電磁砲』。
ガストンとガルドが、装甲の限界を超えて赤熱する大盾を構え、全身の筋肉を爆発させて重戦車のように突進する『双璧の破城槌』。
ヴァレリアが、自らの命を削るほどの闘気を戦斧に注ぎ込み、巨大な光の刃を形成する『絶天の断頭台』。
そして、ミク。
彼女は五人の仲間が放つ莫大なエネルギーの奔流の先頭に立ち、自らの双剣を一つに重ね合わせた。
「私たちが最強のパーティーよッ!! これで……エンド・オブ・ファイル(強制終了)だァァァッ!!」
『――排除(Delete)、排、除……』
竜の口から疑似太陽が解き放たれるそのコンマ一秒前。
六人の全リソースを束ねた究極の一撃が、ガーディアンの白銀の胴体へと真っ向から激突した。
カッ!!!!
闘技場が、すべてを白く染め上げる閃光と、鼓膜を破るような轟音に包まれる。
互いの限界を超えたエネルギーとエネルギーの衝突。だが、完全に最適化された『三律の連環』の意志が、バグを起こした機械の演算を打ち破った。
『――シ、システム……シャット……ダウ……ン…………』
ミクの双剣が、キメラの白銀の装甲を貫き、奥で輝く魔力の核を完全に粉砕したのだ。
ピキィィィィンッ……! というガラスの割れるような高い音と共に、迷宮最強の特権プロセス魔獣『カーネル・ガーディアン』は、その巨大な姿を光の粒子へと変え、闘技場の天井へと霧散していった。
「……」
「…………」
光の雨が降り注ぐ中。
武器を握りしめたまま、六人は誰一人として口を開かなかった。
数秒の静寂の後。ガストンのひび割れた大盾がガシャンと音を立てて崩れ落ちたのを合図に、全員がその場に泥のようにへたり込んだ。
「はっ……はははっ……!!」
ヴァレリアが大の字に寝転がりながら、空(天井)を見て笑い出す。
「あーあ! アタシの自慢の斧、ついに柄から折れちまったよ!」
「俺の盾も、もうただの鉄クズだぜ……。だが、最高の仕事だったろ?」
ガストンが、傍らに落ちた鉄の破片を愛おしそうに撫でる。
「ええ。私たちの、完全勝利よ……!」
ミクもまた、床に座り込みながら、煤と汗にまみれた顔で最高の笑顔を咲かせた。
かつてないほどの莫大な経験値と、神話級のドロップ素材がインベントリを満たしていく。だが、今の彼らにとってそんなものはオマケに過ぎなかった。
闘技場の最奥。
ガーディアンが消滅した跡地に、重厚な装飾が施された『最後の扉』が静かに姿を現していたのだ。
「……さあ、いよいよだ。あの扉の向こうが、アリアの待つ『第100層』」
ユリウスが、震える足で立ち上がり、杖を杖代わりにして扉を見据える。
ルカもまた、魔力枯渇による激しい頭痛に耐えながら、優しく微笑んだ。
「ああ。私たちの欠けたピース(要)を、迎えに行こう」
六人は、最後の力を振り絞って立ち上がり、互いの肩を貸し合いながら、ゆっくりと『最後の扉』へと歩み寄った。
この向こうに、一体どんな神話級の悪魔(システム管理者)が待ち構えているのか。どんな恐ろしい玉座があるのか。全員が、武器の柄を握る手にギリッと力を込め、極限の緊張状態で扉に手をかけた。
「行くわよ……! アリアを、返してもらう!!」
ミクが両手で扉を力一杯押し開ける。
六人は一斉に部屋の中へと雪崩れ込み、最強の陣形を展開して、未知の第100層の景色を――
「……ミクさん! みんなぁっ!!」
「「「…………えっ?」」」
六人は、完全にフリーズした。
部屋の中。そこには、禍々しい玉座も、強大な魔族の姿も、地獄の業火も存在しなかった。
ただの四角い、窓一つない殺風景な小部屋(バッファ領域)。
その中央に、なぜか場違いなほど豪華な装飾の椅子がポツンと置かれており、そこにリボンで可愛らしく縛られたアリアが、涙ぐみながらミクたちを見つめていたのである。
「ア、アリア……? 本当に、アリアなの!?」
ミクが双剣を持ったまま、呆然として部屋の隅々を見渡す。
「いや、ちょっと待て。階段はおろか、隠し扉一つねえぞ……? ここが、どん突き(最下層)だ」
ガルドが壁を叩いて確認するが、どう見てもそこが「迷宮の物理的な終わり」だった。魔族の気配など、微塵も存在しない。
「……あ。……あぁーっ!!」
突然、ミクが何かを閃いたようにポンッと手を叩き、顔を真っ赤にして崩れ落ちた。
「そうよ……! プログラミングの配列のインデックスは『0』から始まる……! 迷宮の階層データが第0層からカウントされていたとしたら、先ほどの【第99層】こそが、実質的な【100層目(最深部)】じゃないのよぉぉぉッ!!」
「お、オフバイワン・エラー(一つズレの勘違い)ってやつか……!?」
ユリウスが、完全に脱力して杖を取り落とした。
「ガハハハハッ! なーんだ! アタシら、100層(まだ先)があると思い込んで、勝手に死に物狂いでビビってただけかい!」
「なんだよそれ! 拍子抜けもいいとこじゃねえか!! ワハハハハッ!」
先ほどまでの極限の緊張から一転。あまりにもズッコケな結末(仕様)に、前衛陣が腹を抱えて大爆笑し始める。
「もう……! アリアぁぁぁっ、心配したんだからぁぁっ!!」
ミクが涙目で突進し、椅子に縛られたアリアにギュッと抱きついた。
「わぁっ! ご、ごめんなさいミクさん! でも、みんな本当にすごかった! 私、ずっと見てたんですから!」
アリアもまた、ミクの背中に腕を回して(記憶を消されているため、モニター越しに見ていた真実は忘れているが)大粒の涙をこぼした。
「ルカの旦那! はやくこいつの縄を解いてやってくれ!」
「ああ。……まったく、世話の焼ける火の魔法使いだ。君がいなくて、私のシステムは散々だったんだぞ」
ルカが苦笑しながら、アリアの縄を魔法で優しく解き伏せる。
「ルカさん……! ユリウスさんも、ガストンさんも、ガルドさんも、ヴァレリアさんも……! 本当に、本当にありがとう……ッ!」
全員が揃い、温かい光と安堵に包まれる殺風景な小部屋。
壁の厚い向こう側で、隠蔽工作を成功させた魔族たちが「ふぅ、誤魔化し切ったぜ……」と冷や汗を拭いていることなど、彼らは知る由もなかった。
『三律の連環(完全版)』の七人は、互いの顔を見て最高の笑顔を咲かせながら、迷宮踏破の帰還アイテムを起動する。
光の柱が彼らを包み込み、懐かしき迷宮都市のギルドへと、凱旋の帰還を果たしていくのだった。
【第99層・闘技場】
猛毒の沼を司る『蛇』の首を物理的に切断し、敵の並列処理の脅威を四分の一削ぎ落とした『三律の連環』。
だが、迷宮最強の門番たる特権プロセス魔獣『カーネル・ガーディアン』は、即座に残存リソースを再分配し、さらなる極悪な演算(コンボ攻撃)を開始していた。
『――リソース最適化。属性マージ処理を実行。局地的な異常気象を生成します』
万物を切り裂く『獅子』の暴風と、絶対零度の『鷲』の吹雪。二つのプロセスが完全に同期し、闘技場の中央に、すべてを凍りつかせながら巻き上げる『極寒の竜巻』が発生した。
竜巻は凄まじい吸引力で周囲の空気を奪い、最前線で囮として駆け回るミクの敏捷性を根こそぎ奪っていく。
「くっ……! 引力が強すぎる! 足が、床から浮き上が――っ!?」
「ミク!!」
竜巻の目に吸い寄せられそうになったミクへ向け、残る『竜』の首が容赦なく灼熱の極大ブレスを掃射する。回避ルート(空き容量)は、すでに極寒の風によって完全に塞がれていた。
「させねえよ!! 展開!!」
絶体絶命のミクの前に、分厚い鋼の壁が割り込んだ。ガストンとガルドだ。
二人の重戦車は、ルカの結界の中から自ら飛び出し、大盾を地面に深く突き立てて物理的な『防波堤』を構築したのだ。
竜の業火が盾の表面を舐め、極寒の竜巻が背中を凍らせる。急激な熱膨張と収縮により、ドワーフ製の最強の盾が悲鳴を上げてヒビ割れ始める。
「ぐおおおおッ!! 俺たちの装甲がブッ壊れるのが先か、お前らの処理が落ちるのが先か、我慢比べ(ベンチマークテスト)といこうじゃねえか!!」
ガストンが血を吐きながら吠える。
「今だミク! タンクが作ってくれた安全地帯を通れ!!」
後衛のユリウスが、杖を竜巻の根元へと向ける。
「風の回転軸を狂わせる! 『反転の雷磁場』!!」
ユリウスの放った特殊な雷撃が竜巻の中心に打ち込まれ、一瞬だけ風のベクトル(向き)が相殺されて真空地帯(空白のパケット)が生まれた。
「最高のルーティングよ!!」
ミクがガストンの背中を蹴り、真空地帯を通って竜巻の内部――『獅子』と『鷲』の首の死角へと弾丸のように飛び込む。
「ヴァレリア!!」
「待たせたねェ!!」
ミクの突撃に合わせ、後方からヴァレリアが地を這うような低い姿勢で肉薄していた。彼女の戦斧には、ルカの『高圧水流』の魔法がエンチャント(付与)され、刃が超振動を起こしている。
「まずは、鬱陶しい風を止める!!」
ヴァレリアの戦斧が、下から上へと逆袈裟に振り抜かれる。超振動の刃が、獅子の分厚い装甲を豆腐のように切り裂き、その顎を真っ二つにカチ割った。
『ガ、ガァァァァッ!?』
「そして――これが私の、最速の処理!!」
空中で反転したミクの双剣が、紅蓮の軌跡を描いて獅子の首の切断面(脆弱性)に吸い込まれる。
クロスした二つの刃が、獅子の頸椎を完全に切断。
ドスゥゥゥンッ!!
暴風を司る獅子の頭部が床に落ち、光の粒子となって崩壊していく。
「二つ目のプロセス、強制終了!!」
「休むな! 冷却ファン(鷲)も一緒に叩き落とせ!!」
ガストンが盾を構えたまま叫ぶ。
ミクとヴァレリアは着地することなく、獅子の首を蹴り台にして、今度は極寒の吹雪を吐き出そうとしている『鷲』の首へと同時に襲いかかった。
「目障りな氷属性め! アタシの斧で粉々(デフラグ)にしてやるよ!」
「ルカさん、ユリウス!! アシストを!」
ミクの要請に、後衛の二人が完璧なレスポンスを返す。
ルカが鷲の頭上から大量の熱湯を降らせて視界を完全に遮断し、そこにユリウスが的確な雷撃を撃ち込んで鷲の動作を麻痺させる。
「チェック……!!」
「……メイトだァァッ!!」
ミクの双剣が鷲の目を深々と貫き、ヴァレリアの戦斧が鷲の首元を真横から両断する。
美しい氷の結晶を撒き散らしながら、鷲の頭部が闘技場の壁へと激突して砕け散った。
「三つ目のプロセス、終了!!」
闘技場を吹き荒れていた暴風と吹雪が、嘘のようにピタリと止む。
残るは、最も巨大で、最も凶悪な魔力を放つ『竜』の首ただ一つ。
『――システム、致命的エラー(Fatal Error)を多数検知。自己修復、不可能』
カーネル・ガーディアンの白銀の巨体が、ガクガクと痙攣するように揺れ始める。四つあった思考回路のうち三つを破壊されたことで、システム全体が崩壊を起こし始めていた。
『セーフティーロック、全解除。残存するすべてのリソースを、破壊プロセスへ移行(フォーマットを実行)します』
「マズいぞ!! 奴の内部マナが暴走している!!」
ユリウスのセンサーが、かつてないほどのけたたましい警報を脳内で鳴らした。
竜の首の口内に、闘技場中のすべての魔力がブラックホールのように吸い込まれ、極小かつ超高密度の『疑似太陽』が生成されていく。
「自爆(全データ消去)による道連れか! この階層ごと吹き飛ばす気だぞ!!」
ルカが青ざめた顔で叫ぶ。
あんなものが放たれれば、結界だろうが物理盾だろうが、一瞬で蒸発させられる。回避する場所など、この闘技場のどこにも存在しない。
「……逃げ場がないなら! 放たれる前に、あの本体ごとぶっ壊すしかないわね!!」
ミクが双剣を両手に強く握り締め、真っ直ぐに竜の首――その奥で輝くコア(疑似太陽)を見据えた。
彼女の顔に、もはや焦りはない。絶対の信頼を寄せる仲間と共に、最後の障害を乗り越えるという確信だけがそこにあった。
「『三律の連環』、全プロセスを攻撃(出力)へ全振り(アロケーション)!! 私たちの限界突破(DDoS攻撃)、見せてやるわよ!!」
「「「おおおおおぉぉぉぉぉッッ!!!」」」
六人の咆哮が重なる。
ルカとユリウスが、持てる全魔力を杖の先端で融合させる。水と雷の複合極大魔法『超電磁砲』。
ガストンとガルドが、装甲の限界を超えて赤熱する大盾を構え、全身の筋肉を爆発させて重戦車のように突進する『双璧の破城槌』。
ヴァレリアが、自らの命を削るほどの闘気を戦斧に注ぎ込み、巨大な光の刃を形成する『絶天の断頭台』。
そして、ミク。
彼女は五人の仲間が放つ莫大なエネルギーの奔流の先頭に立ち、自らの双剣を一つに重ね合わせた。
「私たちが最強のパーティーよッ!! これで……エンド・オブ・ファイル(強制終了)だァァァッ!!」
『――排除(Delete)、排、除……』
竜の口から疑似太陽が解き放たれるそのコンマ一秒前。
六人の全リソースを束ねた究極の一撃が、ガーディアンの白銀の胴体へと真っ向から激突した。
カッ!!!!
闘技場が、すべてを白く染め上げる閃光と、鼓膜を破るような轟音に包まれる。
互いの限界を超えたエネルギーとエネルギーの衝突。だが、完全に最適化された『三律の連環』の意志が、バグを起こした機械の演算を打ち破った。
『――シ、システム……シャット……ダウ……ン…………』
ミクの双剣が、キメラの白銀の装甲を貫き、奥で輝く魔力の核を完全に粉砕したのだ。
ピキィィィィンッ……! というガラスの割れるような高い音と共に、迷宮最強の特権プロセス魔獣『カーネル・ガーディアン』は、その巨大な姿を光の粒子へと変え、闘技場の天井へと霧散していった。
「……」
「…………」
光の雨が降り注ぐ中。
武器を握りしめたまま、六人は誰一人として口を開かなかった。
数秒の静寂の後。ガストンのひび割れた大盾がガシャンと音を立てて崩れ落ちたのを合図に、全員がその場に泥のようにへたり込んだ。
「はっ……はははっ……!!」
ヴァレリアが大の字に寝転がりながら、空(天井)を見て笑い出す。
「あーあ! アタシの自慢の斧、ついに柄から折れちまったよ!」
「俺の盾も、もうただの鉄クズだぜ……。だが、最高の仕事だったろ?」
ガストンが、傍らに落ちた鉄の破片を愛おしそうに撫でる。
「ええ。私たちの、完全勝利よ……!」
ミクもまた、床に座り込みながら、煤と汗にまみれた顔で最高の笑顔を咲かせた。
かつてないほどの莫大な経験値と、神話級のドロップ素材がインベントリを満たしていく。だが、今の彼らにとってそんなものはオマケに過ぎなかった。
闘技場の最奥。
ガーディアンが消滅した跡地に、重厚な装飾が施された『最後の扉』が静かに姿を現していたのだ。
「……さあ、いよいよだ。あの扉の向こうが、アリアの待つ『第100層』」
ユリウスが、震える足で立ち上がり、杖を杖代わりにして扉を見据える。
ルカもまた、魔力枯渇による激しい頭痛に耐えながら、優しく微笑んだ。
「ああ。私たちの欠けたピース(要)を、迎えに行こう」
六人は、最後の力を振り絞って立ち上がり、互いの肩を貸し合いながら、ゆっくりと『最後の扉』へと歩み寄った。
この向こうに、一体どんな神話級の悪魔(システム管理者)が待ち構えているのか。どんな恐ろしい玉座があるのか。全員が、武器の柄を握る手にギリッと力を込め、極限の緊張状態で扉に手をかけた。
「行くわよ……! アリアを、返してもらう!!」
ミクが両手で扉を力一杯押し開ける。
六人は一斉に部屋の中へと雪崩れ込み、最強の陣形を展開して、未知の第100層の景色を――
「……ミクさん! みんなぁっ!!」
「「「…………えっ?」」」
六人は、完全にフリーズした。
部屋の中。そこには、禍々しい玉座も、強大な魔族の姿も、地獄の業火も存在しなかった。
ただの四角い、窓一つない殺風景な小部屋(バッファ領域)。
その中央に、なぜか場違いなほど豪華な装飾の椅子がポツンと置かれており、そこにリボンで可愛らしく縛られたアリアが、涙ぐみながらミクたちを見つめていたのである。
「ア、アリア……? 本当に、アリアなの!?」
ミクが双剣を持ったまま、呆然として部屋の隅々を見渡す。
「いや、ちょっと待て。階段はおろか、隠し扉一つねえぞ……? ここが、どん突き(最下層)だ」
ガルドが壁を叩いて確認するが、どう見てもそこが「迷宮の物理的な終わり」だった。魔族の気配など、微塵も存在しない。
「……あ。……あぁーっ!!」
突然、ミクが何かを閃いたようにポンッと手を叩き、顔を真っ赤にして崩れ落ちた。
「そうよ……! プログラミングの配列のインデックスは『0』から始まる……! 迷宮の階層データが第0層からカウントされていたとしたら、先ほどの【第99層】こそが、実質的な【100層目(最深部)】じゃないのよぉぉぉッ!!」
「お、オフバイワン・エラー(一つズレの勘違い)ってやつか……!?」
ユリウスが、完全に脱力して杖を取り落とした。
「ガハハハハッ! なーんだ! アタシら、100層(まだ先)があると思い込んで、勝手に死に物狂いでビビってただけかい!」
「なんだよそれ! 拍子抜けもいいとこじゃねえか!! ワハハハハッ!」
先ほどまでの極限の緊張から一転。あまりにもズッコケな結末(仕様)に、前衛陣が腹を抱えて大爆笑し始める。
「もう……! アリアぁぁぁっ、心配したんだからぁぁっ!!」
ミクが涙目で突進し、椅子に縛られたアリアにギュッと抱きついた。
「わぁっ! ご、ごめんなさいミクさん! でも、みんな本当にすごかった! 私、ずっと見てたんですから!」
アリアもまた、ミクの背中に腕を回して(記憶を消されているため、モニター越しに見ていた真実は忘れているが)大粒の涙をこぼした。
「ルカの旦那! はやくこいつの縄を解いてやってくれ!」
「ああ。……まったく、世話の焼ける火の魔法使いだ。君がいなくて、私のシステムは散々だったんだぞ」
ルカが苦笑しながら、アリアの縄を魔法で優しく解き伏せる。
「ルカさん……! ユリウスさんも、ガストンさんも、ガルドさんも、ヴァレリアさんも……! 本当に、本当にありがとう……ッ!」
全員が揃い、温かい光と安堵に包まれる殺風景な小部屋。
壁の厚い向こう側で、隠蔽工作を成功させた魔族たちが「ふぅ、誤魔化し切ったぜ……」と冷や汗を拭いていることなど、彼らは知る由もなかった。
『三律の連環(完全版)』の七人は、互いの顔を見て最高の笑顔を咲かせながら、迷宮踏破の帰還アイテムを起動する。
光の柱が彼らを包み込み、懐かしき迷宮都市のギルドへと、凱旋の帰還を果たしていくのだった。




