第85話:第99層の特権プロセスと、致命的負荷(トラフィック)の順次終了
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第92層の荒野で生ける厄災『黒死竜』というイレギュラーな致死級バグを、完璧な連携によって完全消去した『三律の連環』。
莫大な経験値と極上のドロップ素材を獲得した彼らのシステムは、もはや迷宮内のいかなる不確定要素にも揺るがない、強固で最適化された究極の境地へと達していた。
その後も、第93層から第98層まで続く狂気の深層エリア――視界を完全に奪う暗黒の迷路、足を踏み入れるだけで体力が削られる腐呪の沼地、そして重力が反転する異常空間などを、彼らは一切のシステムダウン(死者)を出すことなく、驚異的な処理速度で駆け抜けた。
そして――彼らはついに、大台を目前に控えた【第99層】の巨大な防壁の前に立っていた。
「……ここを越えれば、いよいよ未知の領域『第100層』。アリアが囚われている、この巨大な迷宮システムの最深部よ」
ミクが、厳重にロックされた巨大な黒鋼の扉を見上げて、深く、熱い息を吐き出した。
扉の表面には、複雑怪奇な魔術回路(暗号化キー)が幾重にも刻み込まれており、そこから漏れ出す濃密で禍々しいマナ(トラフィック)は、空間そのものを歪ませるほどの圧力を放っていた。ただそこに立っているだけで、皮膚がビリビリと痺れ、肺が押し潰されそうになる。
「第99層の階層主……。間違いなく、先ほどの黒死竜などの突発的なバグを遥かに凌駕する、迷宮最大の門番が待ち構えているはずだ」
ユリウスが杖を両手で力強く握り締め、極度の緊張で額に汗を滲ませながら、前方の空間の魔力波長をスキャンする。だが、扉の向こう側は完全に遮断(カプセル化)されており、内部のデータは一切読み取ることができなかった。
「ガハハッ! 上等じゃないか! どんな分厚いファイアウォールだろうと、アタシらの斧と盾で物理的にカチ割って、その奥にいる管理者のドタマに風穴を開けてやるよ!」
ヴァレリアが、黒死竜の血を吸ってさらに赤黒く変色した愛用の戦斧を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべる。
「おう! ここまで来たら、もう誰にも俺たちの歩みは止められねえ! アリアの嬢ちゃんを泣かせてる奴らは、全員この盾でミンチにしてやるぜ!」
ガストンもまた、熱膨張と極寒の収縮を乗り越えて強靭さを増した大盾をバンッと叩き鳴らし、隣に立つガルドと力強く頷き合った。
「……全員、最終ステータス(ヘルス)チェックを。ポーションの残量、装備の耐久値、魔力の現在値。……すべて完璧(100%)ね」
ミクは仲間たちの顔を一人一人見渡し、PMとしての冷静さと、一人の冒険者としての熱い情熱を交えた瞳で、高らかに宣言した。
「フルリソース解放! アリアを助け出すための、最後の関門を突破するわよ!!」
ミクが両手を黒鋼の扉にかけ、力一杯押し開けた。
重々しい駆動音と共にゲートが開かれ、六人は一切の躊躇なく、未知のボスエリアへと足を踏み入れた。
そこは、見渡す限りの広さを持つ、巨大な円形の闘技場だった。
壁面は滑らかな白亜の鉱石で覆われ、天井からは神々しいまでの光が降り注いでいる。しかし、その清謐な空気とは裏腹に、空間を満たしているのは「絶対的な死」の気配だった。
闘技場の中央。
そこに鎮座していた『それ』が、六人の侵入者を検知し、ゆっくりと、そして確実にシステムを起動させた。
『――【警告(Warning)】。未認可プロセス(イレギュラー)の侵入を検知。これより、完全なる排除(Delete)を実行します』
頭の中へ直接響き渡るような、無機質で冷酷な機械音声。
それと共に立ち上がったのは、四つの異なる魔獣の頭部を持つ、巨大なキメラだった。
右端には、灼熱の炎を宿す『竜』の頭部。
右の中央には、絶対零度の吹雪を吐き出す『鷲』の頭部。
左の中央には、万物を切り裂く暴風を呼ぶ『獅子』の頭部。
そして左端には、骨まで溶かす猛毒を滴らせる『蛇』の頭部。
胴体は神々しい白銀の装甲(絶対防壁)に包まれ、四つの頭部がそれぞれ異なる意思を持っているかのように、不気味に首をうねらせている。
迷宮の最深部を守護するために創造された、特権プロセス魔獣『カーネル・ガーディアン』。
「来るぞ! 初手、何が来る!? 敵の挙動を読み取れ!」
最後尾でガルドが大盾を構え、叫んだ次の瞬間だった。
『――マルチスレッド処理(並列詠唱)、開始』
キメラの四つの頭部が、それぞれ全く異なる詠唱を『同時』に開始したのだ。
「なっ……!? 四属性の同時並列処理だと!?」
ユリウスが、その信じられない光景に驚愕の叫びを上げた。
この世界における魔法やスキルの大原則。それは、どれほど強力な魔物であろうと、一つの行動を完了させなければ次の行動には移れないという『順次処理』の絶対法則だった。強力な魔法を放てば、その分だけ硬直時間が発生し、そこに反撃の隙(脆弱性)が生まれる。それが戦闘の基本である。
しかし、目の前のカーネル・ガーディアンは、その世界の基本仕様を完全に無視していた。
竜の口から放たれる極大の業火。
鷲の口から放たれる絶対零度の吹雪。
獅子の口から放たれる真空の暴風。
蛇の口から放たれる猛毒の沼。
四つの致死級の属性攻撃が、一切のタイムラグ(待機時間)なしで、完全に同時に六人へと襲いかかってきたのだ。
「ルカさん!! 複合結界を!!」
「くそっ、無茶を言うな! 『万物流転』!!」
ミクの悲痛な叫びに呼応し、ルカが自身の魔力回路(帯域幅)が焼き切れる覚悟で、持てる魔力の限界を引き出す。火、氷、風、毒のすべてに対応するため、四層に折り重なった分厚い複合結界(多層ファイアウォール)をパーティーの前面に展開した。
直後、闘技場を揺るがす凄まじい轟音と共に、四つの極大魔法が結界に激突した。
バリィィィィィンッ!!!!
「ぐぅぅぅッッ……!! なんてデタラメなトラフィック(負荷)だ!!」
結界を維持するルカの両腕から、血飛沫が舞う。
カーネル・ガーディアンの四重並列攻撃がもたらす破壊力は、ルカ一人の処理能力(メモリ上限)をコンマ数秒でオーバーフローさせるほどの、圧倒的な暴力だった。
「結界が保たない! 前衛、物理で耐えろ!!」
「うおおおおぉぉぉぉッ!! 抜かせねえぞォォッ!!」
ルカの悲鳴に合わせ、ガストンとガルドが結界の裏側から、分厚い大盾を完全に密着させて物理的なつっかえ棒(冗長化構成)として支えに入る。大盾が軋みを上げ、二人の筋繊維が限界を超えて悲鳴を上げる。
さらにその隙間から漏れ出してきた暴風と吹雪を、ヴァレリアが戦斧の超高速の旋風(物理的相殺処理)によって弾き飛ばし、後衛へのダメージの貫通をどうにか防ぎ切った。
「……ハァ、ハァ……ッ! 防ぎ切っ、た……!」
ガストンが、高熱を帯びた大盾の陰で荒い息を吐く。
だが、安堵する暇など、彼らには一秒たりとも与えられなかった。
通常であれば、これほどの極大魔法を四つ同時に放てば、莫大な魔力消費に伴う長いクールダウン(待機状態)が発生するはずだ。しかし――。
『――プロセス継続。ループ処理へ移行』
カーネル・ガーディアンの四つの頭部は、息をつく間もなく、再び周囲のマナを急速に吸い上げ、先ほどと全く同じ四属性の極大魔法の詠唱(次期リクエスト)を開始したのである。
「嘘でしょう……!? クールダウン(ディレイ)が一切存在しないの!?」
ミクが絶望的な声を上げる。
「四つの頭部が完全に独立して動いているんだ! コンテキスト・スイッチ(切り替え)のロスがない! このまま順次処理(真っ向からの防御)を続けていたら、絶対に私たちのリソースが先に枯渇する!!」
ユリウスの冷静な、しかし焦燥に満ちた分析が飛ぶ。
防御を返している間に、すでに次の致死攻撃が到達している。これはもはや戦闘ではなく、彼らのシステム(命)を一方的に破壊するための、暴力的な負荷テスト(ストレステスト)に他ならなかった。
(このままじゃ、全滅する……!)
最前線で状況を俯瞰していたミクの脳内で、思考が回転する。
相手の最大の武器は、ディレイなしで放たれる四重並列攻撃。まともにすべての攻撃を受け止めていれば、数分以内に確実にこちらのリソースが枯渇する。
ならば、防御を捨てて特攻するか? いや、それはリスクが高すぎる。
(防御を捨てれば、誰かが確実に死ぬ。私たちが取るべき正解は……敵の『並列処理』そのものを、物理的に減らしていくこと!)
ミクは双剣を強く握り直し、完璧にロジックの通った新たな戦術を叫んだ。
「全員、聞いて!! 陣形を再構築するわ! ルカさん、結界の範囲を最小限に縮小して、残り四人を完全に保護して!」
「なにっ!? PM、お前はどうするつもりだ!?」
「私が『ロードバランサ』になる! 敵のセンサー(ヘイト)を私一人に集中させて、すべての攻撃リクエストを引き受けるわ!」
ミクは結界の中から一歩前に飛び出し、双剣を激しく打ち合わせて強烈な金属音と魔力の光を撒き散らした。
「四つの首、全部こっちを見なさい!!」
『――標的の脅威度を再計算。優先排除対象を更新』
ミクの強烈なヘイト(割り込み処理)に引かれ、カーネル・ガーディアンの四つの頭部が一斉にミク一人へと狙いを定めた。
直後、四属性の極大魔法が、すべてミクという単一のターゲットへ向けて放たれる。
「私が引き付けている間、あなたたちは絶対に防御を崩さないで! そして――敵の本体じゃなく、あの『四つの首』を、一つずつ順番に狙い撃つ(キルする)のよ!!」
ミクは闘技場の外周を超高速で駆け抜ける。
背後で石の床が爆発し、熱風が髪を焦がし、猛毒の飛沫が頬を掠める。彼女は持てる敏捷性のすべてを解放し、コンマ一秒の判断、ミリ単位のステップで、死の魔法陣を回避(パケット破棄)し続けた。
「……なるほど!! 敵の頭数を減らせば、それだけミクへの負担も減るってわけだね!」
ヴァレリアが、ミクの意図を完全に理解して獰猛な笑みを浮かべる。
「第一ターゲットは、猛毒で私の退路を削る『蛇』の首! 結界の中から、安全に撃ち落として!!」
走りながらミクが叫ぶ。
「ルカ、行くぞ! 私の雷に合わせろ!」
「応ッ!!」
ユリウスが杖を構え、無防備に伸び切っていた『蛇』の首の根元へと、極限まで圧縮した雷撃を放った。
だが、雷撃を受けた蛇の首は、その分厚い白銀の鱗(強固な暗号化装甲)によって電流を表面で弾き返し、麻痺には至らない。
「装甲の反射率が高すぎる! 単発の雷撃じゃ内部まで通らないぞ!」
「なら、私がデバフ(前処理)をかける! 『瀑布の槍』!」
ルカの高圧の水流が蛇の首へと直撃し、白銀の鱗をびしょ濡れにする。
「導電率上昇確認! 今だ、ユリウス!!」
「そこだァァッ! 『裁きの雷帝』!!」
濡れた鱗に、ユリウスの過剰電流が叩き込まれる。雷の威力は装甲の隙間から内部回路へと伝導し、蛇の首が完全に硬直した。
「ヴァレリア!!」
「任せなァァッ!!」
ガルドの大盾を『踏み台』にして、ヴァレリアが高く跳躍する。
愛用の戦斧が、雷撃を受けて装甲が脆くなった蛇の首へと、ギロチンの如き一撃を振り下ろした。
ガギィィィィィンッ!!!!
だが、凄まじい金属音と共に、斧の刃は首を半分まで断ち切ったところで完全に停止してしまった。
カーネル・ガーディアンの骨格は異常なまでに硬かったのだ。
「なっ……アタシの一撃が、止まった……!?」
空中で無防備になったヴァレリアへ向け、キメラの『獅子』の首が容赦なく暴風を放とうと大きく口を開く。
「させねえよォォッ!!」
そこへ、ガストンとガルドが結界の中から『シールドバッシュの衝撃波』を同時に放った。
二人の大盾から放たれた空気の弾(割り込み処理)が、獅子の首の軌道をコンマ数秒だけ逸らし、放たれた暴風がヴァレリアの脇をギリギリですり抜けていく。
「ミクッ!! 追加プロセスを!!」
「了解!!」
暴風を躱しながら闘技場の壁を蹴って跳躍したミクが、赤い稲妻となってヴァレリアの背後へと肉薄する。
そして、首に食い込んで止まっていた戦斧の『峰(背)』の部分に向けて、ミクは落下する重力を乗せた双剣の超高速の連撃を叩き込んだ。
「これで……切断よッ!!」
ドゴォォォンッ!!
ミクの追加プロセスによって限界を超えた力が斧に伝わり、ついに猛毒を司る蛇の頭部が、胴体から完全に切断されて床へと転がり落ちた。
「一つ目のプロセス、強制終了だァッ!! 全体の処理負荷が25%減少したわ!」
着地と同時にミクが歓喜の声を上げる。
毒の沼が完全に消失したことで、ミクの回避ルートに劇的な余裕が生まれた。
* * *
その頃。
迷宮の最深部、コントロール・ルームでは。
「な、なんだとぉぉぉッ!?」
空中に浮かぶ水晶モニターを囲んでいた魔族たちが、信じられないものを見るように頭を抱え、絶叫していた。
「おい嘘だろ!? あの絶望的なマルチスレッド攻撃を前にして、囮と防御に役割を完全にモジュール化しやがったぞ!?」
「しかもガーディアンの硬い装甲を、水と雷の複合処理で突破しやがった! あの連携、コンマ数秒のラグすらないぞ!!」
圧倒的な力で押し潰すはずの特権プロセス魔獣が、人間の冒険者たちの『徹底して理にかなったロジック(戦術)』の前に、確実に解体されようとしている。
「いけぇっ! ミクさん、みんな……!! そのまま全部、やっつけちゃえ!!」
部屋の隅に縛り付けられているアリアが、嬉し涙を流しながら精一杯の応援の声を張り上げている。
その時、部屋の奥から、顔を真っ青に引き攣らせた上司の魔族が飛び出してきた。
「バカモノども!! 暢気に実況している場合か!! このままでは第99層が突破されるぞ!!」
「チ、チーフ!? しかし、まさかカーネル・ガーディアンが敗れるなんて……!」
「ええい、言い訳はいい! もし奴らがこの第100層に乗り込んできたら、我々のバックエンド(管理画面)が丸見えになるだろうが!! 『人間を楽しませるテーマパーク』という創造主のコンセプトが根底から崩壊する!!」
上司の魔族は、大慌てでコンソールをバチバチと叩き始めた。
「すぐに『ボス部屋の裏の空き部屋(バッファ領域)』を出口に偽装しろ! 囚人の女をそこに配置して、第100層へ続くルートを物理的に遮断(ルーティング変更)するんだ!!」
「りょ、了解です! おい、そこの人間! ちょっとこっちへ来い!」
「えっ? きゃあっ! な、何するの! 放して!!」
応援に夢中になっていたアリアは、魔族たちに慌ただしく担ぎ上げられ、コントロール・ルームから、何も無い殺風景な小部屋へと無理やり運ばれていく。
魔族たちが冷や汗を流しながら、システム上の「最後の隠蔽工作」を行っているまさにその時。
【第99層・闘技場】
『――エラー。サブプロセス消失を検知。残存リソースを再分配します』
首を一つ失ったカーネル・ガーディアンは、減った分の魔力を、残る三つの首へと即座に集中させた。
獅子の暴風と鷲の吹雪が合わさり、闘技場の中央に『極寒の竜巻』が発生する。
「うおっ!? 冷却ファンが暴走してるみたいだぜ!」
ガストンが大盾の裏で強烈な風に煽られながら叫ぶ。
「……敵が仕様を変更してこようと、私たちのやることは変わらないわ!」
ミクが双剣を構え直し、鋭い視線を残る三つの首へと向ける。
「次のターゲットは『獅子』よ! 行くわよ、みんな!!」
第一の首を落とし、反撃の糸口を完全に確立した『三律の連環』。
限界を超えた彼らのシステムは、さらなる熱を帯びながら、迷宮最強の門番を解体するための次なるプロセスへと移行していった。
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