第78話:未踏領域(アンノウン)のファイアウォールと、一点突破の経路構築
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「……中間地点(昨日までの到達点)、通過! ここから先は未踏領域よ!」
ミクの声が紫の霧に響き渡る。
マッピング済みの安全なルート(キャッシュ領域)を抜け、いよいよ未知のデータが広がる『瘴気の森』の深部へと突入した『三律の連環』。
「ペースは落とさないわ! だけど、ユリウスのセンサーに全幅の信頼を置く! 異常を検知した瞬間、全員即座に急制動をかけられるよう意識して!」
「了解だ! 前方の空間情報の解析リソースを最大に引き上げる!」
走りながら、ユリウスが杖の先の魔力光を明滅させる。
視界は十メートル先も見えないほど濃い紫の霧に覆われているが、彼のセンサーが物理的な障害物や魔力反応をリアルタイムで検知し、安全なルート(経路)をミクへと伝達し続けていた。
順調なパケット通信(前進)が続くと思われた、その時だった。
『――前方三十メートル! 空間全体を塞ぐ巨大な物理障害を検知!』
ユリウスの鋭い警告。
「全員、停止!!」
ミクの号令で、六人は泥濘む腐葉土の上に強烈なブレーキをかけて立ち止まる。
直後、霧が晴れた彼らの目の前に現れたのは――獣道を完全に塞ぐように張り巡らされた、巨大で禍々しい『蜘蛛の巣』だった。
一本一本の糸が腕ほどの太さを持ち、紫色の瘴気をねっとりと滴らせている。
そしてその奥から、木々をへし折りながら、家屋ほどもある巨大な蜘蛛の魔物――『ネクロ・タランチュラ』が、無数の複眼を不気味に光らせて姿を現した。
『ギシィィィィィッ!!』
「チッ、ただの障害物じゃねえ。道を塞ぐ物理防壁のお出ましってわけか!」
ガストンが大盾を構える。
「退かしな! アタシの斧で、あんなネットごと真っ二つに――」
「ダメよヴァレリア! 斧を振らないで!」
飛び出そうとしたヴァレリアを、ミクが鋭く制止した。
「あの糸の粘度と強度は異常よ。あなたの極大火力を叩き込めば、間違いなく斧ごと絡め取られてシステムが完全に停止するわ!」
「なっ……! 斬撃が通らないなら、どうやって突破するんだい!?」
『ギルルルッ!!』
ネクロ・タランチュラが口を大きく開き、酸の混じった紫色の粘液弾を連続で吐き出してきた。
「前方防御!」
「後ろに逸れた弾は俺が弾く!」
前方のガストンと、後衛守護のガルドが大盾で粘液弾を受け止める。
ジュゥゥゥッという不吉な音と共に、ドワーフの工房で打ち直されたばかりの強固な大盾の表面が、僅かに白く泡立って溶け始めた。
「……マズいな。あの酸、装備の耐久値(ハードウェア寿命)まで削ってくるぞ」
最後尾のガルドが舌打ちをする。
足元からは霧によるメモリリーク(魔力・体力の減少)。
前方からは装備を溶かす酸の掃射。
足を止めての持久戦は、完全に敵の土俵(仕様)だった。一刻も早くこの場を突破しなければ、リソース枯渇による全滅が現実のものとなる。
だが、ミクの思考は極めて冷静だった。
昨日までの反省が、彼女に最適な答えを即座に導き出させる。
「倒す必要はないわ」
ミクは双剣を構え、蜘蛛そのものではなく、道を塞ぐ『巨大な網』の一点を睨みつけた。
「敵の目的は私たちの足止めよ。なら、蜘蛛をキルする処理はすべて放棄する。私たちが開けるべきは、あのファイアウォール(蜘蛛の巣)を通り抜けるための、たった一つの『穴』よ!」
ミクは後衛の二人へと振り返る。
「ルカさん、ユリウス! 範囲魔法じゃなく、一点突破の属性コンボを! 極限まで圧縮したリソースで、あの網の『結節点』を焼き切って!」
「一点突破の水属性……了解だ。PMの要求に応えよう!」
ルカが杖を真っ直ぐに突き出し、魔力を極限まで一点に集中させる。
「『水刃の断層』!!」
放たれたのは、広範囲の水流ではない。極限まで水圧を高められ、カッターの刃のように薄く鋭く圧縮された『超高圧の水流』だ。
それが、蜘蛛の巣を支える最も太い糸の結節点へと直撃し、粘着質な糸の表面を抉り開ける。
「そこだユリウス!」
「ああ。傷口(脆弱性)から内部へ、過剰電流を流し込む! 『迅雷の紫電』!!」
ルカの水刃が抉り、水分(導電体)をたっぷりと含ませた網の断面。
そこへ、ユリウスの放った一筋の雷撃が正確に突き刺さる。
バチィィィィンッ!!!!
内部まで浸透した水によって雷撃の威力はハブの奥深くまで伝導し、熱に弱い蜘蛛の糸を内側から一瞬で蒸発させた。
ブチィッ!! という巨大な破断音と共に、道を塞いでいた巨大な網の中央に、六人が通り抜けられるだけの『大きな穴』が開いた。
「ポート(経路)開放! このまま一気に通り抜けるわよ!」
ミクの号令。
だが、獲物を逃がすまいと、ネクロ・タランチュラが穴を塞ぐように巨体を降下させてきた。
「させないわ!!」
ミクが赤い稲妻となって跳躍する。
彼女は蜘蛛の巨体に斬りかかるのではなく、その無数にある複眼のすぐ目の前で双剣を激しく打ち合わせ、強烈な金属音と火花を散らした。
『ギシャァァッ!?』
視覚と聴覚を同時に乱された蜘蛛が、思わず前足を上げて後退する。
「ナイスヘイトだミク! ヴァレリア、遅れるな!」
「誰に言ってんだい! 盾の旦那こそ、アタシの背中についてきな!」
ミクが作った一瞬の隙。
そこへ、ガストンとヴァレリアが並走して突進し、開かれた蜘蛛の巣の穴へと重戦車のように飛び込んだ。二人の巨体が、左右から迫ろうとした細かな糸や小蜘蛛の群れを物理的に弾き飛ばし、後衛のための安全なトンネル(VPN)を構築する。
「ルカ、ユリウス! 今だ、走れ!」
最後尾のガルドが、降下してこようとした巨大蜘蛛の足をシールドバッシュで力任せに弾き返し、後衛の二人を穴の奥へと押し込んだ。
「よし、全員抜けた! 振り返るな、そのまま走って!」
蜘蛛の巣の裏側へと強行突破を果たした六人は、背後で怒り狂うネクロ・タランチュラの咆哮を完全に無視し、再び紫の霧の中を最高速度で駆け抜けていく。
「ハハハッ! あんなデカ物を一切相手にしないで素通りするなんて、最高にエコな作戦じゃないか!」
ヴァレリアが走りながら快活に笑う。
「ああ。もしあそこでまともにやり合っていれば、酸と霧でリソースを半分以上持っていかれていたはずだ」
ルカもまた、呼吸を整えながら頷いた。
無駄な戦闘の徹底的な排除。
必要な処理(突破口の構築)だけにリソースを集中させる、一点突破のパケット通信。
「……前方に魔力異常なし。そして、大気中の瘴気の濃度が下がっていくぞ」
先頭を走るユリウスが、ホッと息を吐いて杖を下ろした。
紫の霧が次第に薄れ、その奥から、重厚な石造りの扉が姿を現した。
第67層のクリア、すなわち第68層へと続くゲート(セーフエリア)だ。
「よし……! 第67層、踏破完了よ!」
ミクが扉の前に到達し、全員のステータスを確認する。
「全員のリソース残量、70%以上をキープ! 素晴らしいパフォーマンス(処理効率)よ!」
過酷なメモリリーク環境を、かつてないほどのリソースを残して駆け抜けた『三律の連環』。
「敵を倒す」という固定観念から抜け出し、「目的のための最短経路」を導き出せるようになった彼らのシステムは、いよいよ迷宮の深淵部へとその手をかけようとしていた。
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