第77話:スプリント・レトロスペクティブと、処理の最適化(リソース管理)
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第66層のセーフエリアへと無事に撤退を果たした『三律の連環』の六人は、焚き火を囲みながら、先ほどの第67層『瘴気の森』での探索データを見直していた。
「……さて、本日の探索の振り返り(レトロスペクティブ)を始めましょう」
ミクが、羊皮紙にマッピングしたばかりの森の地図を広げる。
「まず現状の課題。あの森の紫の霧は、常時私たちのリソースを削り続ける『メモリリーク』の環境よ。これに対して、私たちは遭遇した敵を律儀に全滅させながら進んでいたわ」
「おう。それが迷宮探索の基本だからな。背後を突かれちゃたまらねえ」
ガストンが水筒をあおりながら頷く。
「ええ。でも、その『全滅させるための戦闘時間』こそが、最大の罠だったのよ」
ミクは羊皮紙の地図の上で、羽ペンをトントンと叩いた。
「戦闘中、私たちの足は完全に止まっていた。つまり、敵を処理している間もずっと、霧によるリソースの継続ダメージ(吸い出し)を受け続けていたということ。……ルカさん、戦闘中の魔力消費量のログはどうだった?」
ミクに話を振られ、ルカが目を閉じて数値を思い起こす。
「……なるほど、PMの言う通りだ。私が放った『泥濘の縛鎖』そのものの魔力消費量よりも、戦闘で足止めを食らっている数十秒間に霧に吸い取られた魔力量の方が、はるかに大きかった。……本末転倒だな」
「その通りよ。あの階層で最も優先すべきタスクは『敵の殲滅』ではなく、『いかに早くあの環境(領域)から抜け出すか』よ。処理速度を上げない限り、ジリ貧でシステムダウンを引き起こすわ」
ミクは全員の顔を見渡し、翌日の進行に向けた新たな仕様を提示した。
「だから明日は、戦術を根本から変更するわ。目標は『徹底的なリソース消費の削減』よ」
「具体的にはどうするんだい? 敵を無視して走るってことかい?」
ヴァレリアが首を傾げる。
「半分正解よ。まず、今日マッピングした中間地点までのルート。ここは既に地形データ(キャッシュ)が取れているから、一切の警戒を解いて最高速度で駆け抜けるわ。これだけで到達時間は本日の半分以下に短縮できる」
ミクは地図の中間地点に印をつける。
「そして未踏破エリアで敵に遭遇した場合。……ヴァレリア、ガストン。あなたたちは絶対に足を止めて攻撃しないで」
「「えっ?」」
「前衛の二人は、ただ大盾を構えて『強行突破』に徹してちょうだい。敵を倒す必要はない。弾き飛ばして、道だけをこじ開けるの。……そしてユリウスとルカさんは、殺傷力のある高コストな魔法を封印して」
「……なるほど。視界を奪う閃光や、一瞬の足止め(スタン)といった、極小コストの妨害魔法だけで敵の連携を分断し、そのまま通り過ぎるというわけだな」
ユリウスが、ミクの意図を正確に読み取って不敵に笑う。
「そういうこと! 倒す(キル)処理を省き、エラー(敵)を無視してひたすら前進する。これが、あのメモリリーク環境における『最も消耗の少ない踏破の最適解』よ!」
「ガハハッ! そりゃあいい! アタシらが一番得意な『猪突猛進』が、システム的に大正解ってわけだね!」
「おう! 盾構えて突っ走るだけなら、体力も大して削られねえ! 最高の作戦だぜ、PM!」
方針は完全に固まった。
彼らは無駄な夜更かしをせず、翌日の最速処理に向けて深く、静かな眠りについた。
――そして、翌日。
再び第67層『瘴気の森』へと足を踏み入れた『三律の連環』は、ミクの宣言通り、前日とは全く異なる驚異的なパフォーマンスを発揮していた。
「止まるな! 既知のルート(キャッシュ領域)を一気に駆け抜けるわよ!」
ミクの号令の下、六人は紫の霧の中を一直線に疾走する。
途中、木々の上からポイズン・エイプの群れが奇襲を仕掛けてきたが、彼らは誰一人として足を止めなかった。
『――右前方より接近!』
ユリウスのセンサーが反応した瞬間。
「目眩し(フラッシュバック)!」
ユリウスが極小の魔力で杖の先端を強烈に発光させる。
暗い霧に慣れていたエイプたちは目を焼かれ、悲鳴を上げて落下してくる。
「邪魔だァッ!! どきなァッ!!」
そこへ、ガストンとヴァレリアが戦斧を振るうことすらなく、ただ分厚い大盾と強靭な肉体による『ショルダータックル』をぶちかました。
まともに物理攻撃を叩き込むのではなく、ただ進路上の障害物を弾き飛ばすだけの最小限の処理。
「後ろは任せな! 『氷滑』!」
すれ違いざま、ルカが足元の腐葉土を部分的に凍結させる。
体勢を立て直して追ってこようとしたエイプたちは、ツルツルに凍った地面で見事に足を滑らせ、互いに絡み合って転倒した。
「よし、後方警戒クリア! 振り切ったぞ!」
最後尾を走るガルドが、振り返ることなく声を上げる。
倒さない。深追いしない。ただ、最速で座標(前)へと進む。
前日の「敵を全滅させていた時」と比べ、魔力と体力の消費量は劇的に低下していた。霧によるメモリリークも、滞在時間が短縮されたことでほとんど脅威にはなっていない。
「……中間地点(昨日までの到達点)、通過! ここから先は未踏領域よ!」
ミクが先頭で双剣を構えながら叫ぶ。
その時、彼女の背後からユリウスの冷静な報告(ステータス確認)が届いた。
「現在、私の魔力残量は85%。ルカも同等だ」
「前衛のスタミナも90%以上残ってるぜ! まだまだ走れる!」
ガストンの頼もしい声。
前日はこの時点で撤退ライン(40%)に到達していたというのに、戦術を最適化するだけで、これほどまでにリソースの減り具合に差が出るのだ。
「完璧ね……! さあ、このままのペースで、この階層の奥底まで一気にアクセス(踏破)するわよ!!」
未知の環境デバフに対し、単なる力押しではなく「処理の最適化」という知的なアプローチで完全勝利を収めた『三律の連環』。
無駄を極限まで削ぎ落とした彼らのシステムは、瘴気の森を一本の矢のように貫き、最奥の扉へと猛烈な速度で迫っていくのだった。
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