第75話:完全休止(スリープモード)と、終わりの見えないマイルストーン
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第66層の『重圧の荒野』において、完璧なロードバランシング(負荷分散)と陣形による完勝を収めた『三律の連環』。
彼らはそこからさらに深層へと急ぐことはせず、ミクの明確な指示によって、迷宮都市のギルドへと一時帰還を果たしていた。
迷宮都市の中央に位置する、冒険者ギルドの巨大な酒場。
喧騒と熱気に包まれたその場所で、『三律の連環』の六人は、大きな円卓を囲んでジョッキを打ち合わせていた。
「ガハハッ! やっぱ迷宮(本番環境)から生還した後のエールと肉は最高だね!」
「おうよ! 泥水とポーションばっかりじゃ、胃袋のエンジンが焼き付いちまうからな!」
山盛りのローストビーフや骨付き肉に豪快にかぶりつくヴァレリアとガストン。
その横では、ガルドも痛快な笑い声を上げながら、特大のジョッキを一気に干している。
「ぷはぁっ! 治癒魔法で血は戻っても、酒の渇きだけは癒やせねえからな! いやぁ、生き返るぜ!」
「飲み過ぎるなよ、ガルド。お前の内臓は先日まで深刻なダメージを受けていたんだからな」
「ルカの言う通りだ。アルコールの過剰摂取によるデバフは、明日のパフォーマンスに直結するぞ」
呆れたようにため息をつくルカとユリウスだが、その手元にあるグラスの果実酒は、既に三杯目でおかわりされていた。
喧嘩腰でありながらも、和やかで温かい空気。
そんな中、ミクは一人、手元の羊皮紙に羽ペンを走らせようとして――
「はい、ストップ!!」
横から伸びてきたヴァレリアの脂ぎった手が、ひょいっと羊皮紙を取り上げた。
「ちょっと、ヴァレリア! 明日の備品発注のリストが……!」
「却下! セーフエリアでの休息を指示したのはPMのアンタだろ! メンバーが全力で休んでるのに、頭脳だけがバックグラウンドでコソコソ動いてたら、こっちまで酔いが覚めちまうよ!」
「そうそう! リストなんか後回しだ! ほら、ミクも食え食え!」
ガストンが、どデカい骨付き肉を強引にミクの皿に押し付けてくる。
抗議しようとしたミクだが、全員の「今は仕事の話はするな」という空気に押され、思わず苦笑して羽ペンを置いた。
「……はぁ。まったく、あなたたちってば本当に大雑把なんだから。分かったわよ、今日はいち冒険者として、ただの酒飲みに徹させてもらうわ」
ミクが自分のグラスに並々とエールを注ぐと、テーブルからドッと歓声が上がった。
PMとしてのプレッシャーを完全に切り離し、ミクもまた、仲間たちと共に美味しい食事と酒に溺れる。システムには、この「意味のない時間(完全なオフ)」こそが、次への活力を生む最大の冷却プロセスなのだ。
やがて、テーブルの上の料理もすっかり平らげられ、落ち着いた空気が流れ始めた頃。
ガストンが、少しだけ真面目な顔になって口を開いた。
「……で、PM。明日からの見通し(ロードマップ)はどうなってるんだ?」
「俺たちは、あと何層くらい潜ればアリアのところに辿り着けるんだろうな」
ガルドの言葉に、ミクはグラスを置き、静かに首を横に振った。
「分からないわ。……敵のアルゴリズムの中枢(最深部)がどこにあるのか。第70層なのか、第100層なのか、今の私たちには全く見当もつかない」
ミクは、冷静な現状を提示する。
何層あるかも分からないブラックボックスに対し、「一気に駆け抜ける」などという見積もりは、PMとして絶対に口にしてはならない無責任な願望だ。
「だからこそ、私たちは焦らないわ」
ミクは仲間たちの顔を真っ直ぐに見据えた。
「アリアを助け出したい気持ちは全員同じよ。でも、未知の領域を進む以上、一歩進むごとに想定外のバグや理不尽な暴力が襲ってくるはず。……だから、私たちは何度でも立ち止まり、何度でも退くわ」
ミクの言葉に、ユリウスが薄く笑って頷く。
「少し進んでは情報を持ち帰り、バグを修正して、また潜る。……反復による漸進的なアプローチ(アジャイル開発)というわけだな」
「ええ。泥臭くて、時間はかかるかもしれない。でも、それが結果的に、全員揃ってアリアの元へ辿り着くための『一番確実で早い道』よ」
前衛の力、後衛の魔法、そして互いを補い合うロジック。
失敗を重ねて最適化された『三律の連環』だからこそ、その地道な反復作業をどこまでも続けられるという確信があった。
「ガハハッ! いいねぇ! 相手の底が見えないなら、見切れるまで何度でもど突き回してやりゃいいだけさ!」
「おう! 俺の盾が擦り切れるのが先か、迷宮が底を突くのが先か、根比べと行こうぜ!」
ヴァレリアとガストンが、豪快に笑い飛ばす。
その頼もしさに、ミクの顔にも自然と笑みがこぼれた。
「ええ。それじゃあ、明日の再稼働に備えて……今日は限界まで飲むわよ!」
「「「おうッ!!」」」
迷宮都市の夜は更けていく。
焦りも慢心も捨て、目の前の「未確定な果て」に対して、ただ確実な一歩を重ねる覚悟を決めた六人。真の最適解に至った彼らのシステムは、果てなき深淵すらも着実に解体していくための、静かで力強い息吹を上げていた。
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