第73話:根本原因(ルート・コーズ)の自覚と、真の最適解
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第65層『機巧の廃都』の広場に押し寄せていた機械兵の後続部隊も完全に沈黙させ、『三律の連環』の六人は、エリアの奥に見つけた小部屋――防衛機構が機能停止している安全地帯へと滑り込んだ。
「……ふぅ。追尾プロセスは完全に切れたみたいね」
ミクが扉の隙間から外の安全を確認し、ホッと息を吐いて床に座り込む。
「ハハハッ! いやぁ、やっぱりミクが前を掻き回してくれないと、アタシらの火力は活きないね!」
「おうよ。盾で受け止めるにしても、敵の波が揃うと押し潰されちまうからな」
ヴァレリアとガストンが、傷一つない装甲を叩きながら豪快に笑い合う。
その様子を見つめながら、ミクは自らの設計ミスを噛み締めるように、小さく頭を下げた。
「……みんな、ごめんなさい。私の過剰設計のせいで、危うく前衛を崩壊させるところだったわ」
「気にするな、ミク。未知のバグ(奇襲)に直面し、セキュリティを厳重にしすぎるのは、システム開発において誰もが通る道だ」
ユリウスが水筒の水を飲みながら、フォローするように言葉を紡ぐ。
「それに、君の構築した『ゼロトラスト』の概念自体が間違っていたわけではない。問題は、各プロセスへの『リソースの割り振り』だったというだけだ」
ユリウスは杖の先で、床の埃の上に簡単な陣形の図を描いた。
「冷静に現状を分析してみよう。……私の『不可視のセンサー』による異常検知と、ルカの『物理反射結界』による自動迎撃。この二つのソフトウェア的防壁が追加されたことで、後衛のセキュリティレベルは以前とは比較にならないほど強固になっている」
「ああ。正直、これなら不意打ちを一発喰らったとしても、致命傷にはならない自信がある」
ルカが自身の周囲に展開された薄い光の膜を指先で弾き、力強く頷く。
「そして何より――」
ユリウスは、図の最後尾に位置する『盾』のマークを杖でトントンと叩いた。
「最後尾には、後衛守護であるガルドが控えている。どれだけ巧妙な奇襲が来ようと、センサーで検知し、結界で威力を殺し、最後にガルドの大盾が防ぐ。……この多層防御が完成している以上、ミク、君までが後衛の警護にリソースを割く必要は全くなかったのだ」
ユリウスの論理的かつ完璧な状況整理。
その説明を聞きながら、ミクは床に描かれた陣形図をじっと見つめ……やがて、憑き物が落ちたような、しかしどこか自嘲めいた笑みを浮かべた。
「……思えば、私の判断基準は、あの日からずっとバグっていたのかもしれないわ」
ミクの静かな告白に、仲間たちの視線が集まる。
「氷を砕いて足場を作り、沼に丸太を沈めて橋を架けた。これまでの私たちは、不確定要素を徹底的に物理で排除し、石橋を叩き割るくらい慎重に進んできたはずだった」
ミクはギュッと自身の膝を抱え込んだ。
「なのに……第64層で暗殺者に出くわした時。私は、敵のアルゴリズムも、本当の手数も分からない『不確実な状況』だったにも関わらず、ユリウスを囮にするというギャンブルに出た。……仲間の命を、盤上の駒のように扱ってしまった」
その根本的な作戦ミス(ルート・コーズ)を口にした瞬間、ミクの肩が微かに震えた。
「私の慢心のせいで、ガルドに重傷を負わせてしまった。……その自責の念が、私の判断を根底から汚染していたのよ。二度と後衛を傷つけまいと怯えるあまり、前衛の負荷を完全に無視した、いびつな陣形を押し付けてしまった」
すべてのエラーの連鎖は、自分のたった一つの「原則からの逸脱」から始まっていた。
その事実を涙ぐみながら吐露するPMに対し、しかし、パーティーのメンバーたちは誰一人として責めるような眼差しを向けてはいなかった。
「……へっ。なんだ、そんなことを気にしてたのか」
静寂を破ったのは、最後尾で大盾を磨いていたガルドの笑い声だった。
「俺はあの時、自分の意志でルカを庇ったんだ。お前の命令のせいじゃねえ。……それに、システムのバグってやつは、実際に動かして痛い目を見ねえと見つからねえモンだろ?」
ガルドが、分厚い手でミクの頭を乱暴に撫で回す。
「ガルドの言う通りだ」
ユリウスもまた、穏やかな声で頷いた。
「手痛いインシデントに直面し、一時的にロジックが揺らぐのは機械ではない『人間』である証拠だ。……だが、自らが引き起こした真の根本原因から目を逸らさず、こうして己のバグを直視できる。それこそが、君が真のPMである何よりの証明だよ」
「ユリウス……」
「ハハハッ! アタシらは難しいことは分かんないけどさ!」
ヴァレリアが立ち上がり、戦斧を肩に担いでニカッと笑う。
「ミクが前で暴れてくれれば、アタシらは最高に戦いやすい! ミクが後ろを振り返らなくていいように、アタシらが絶対に前線を押し留めてやる! ……それだけじゃダメかい?」
「おうよ! 俺たちの装甲を信じて、好きに暴れてきな!」
ガストンも分厚い胸を叩いて笑う。
彼らの言葉に、ミクの瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。
自分の傲慢さが引き起こした失敗。それに怯え、システムを硬直させてしまった自分を、彼らは一切責めることなく、その背中を力強く押してくれている。
「……ええ。そうね。もう迷わないわ」
ミクは目元を乱暴に拭い、立ち上がった。
双剣を抜き放ち、その顔には、かつてないほど晴れやかな、PMとしての不敵な笑みが浮かんでいた。
「言質は取ったわよ! ……これで本陣形の仕様は完全に固まったわ!」
ミクは仲間たちを見渡す。
「ユリウスのセンサー、ルカさんの結界、ガルドの大盾で、後衛は完全に自立した強固な要塞として完結させる! だからこそ私(遊撃)は、一切の後顧の憂いなく前線に張り付き、敵の陣形を徹底的に掻き回す(ロードバランシング)ことに全リソースを叩き込む!!」
「おうっ!!」
全員の力強いレスポンスが、安全地帯に響き渡る。
「……さあ、反省会は終わりよ!」
ミクが安全地帯の扉を蹴り開け、再び油と鉄錆の匂いが立ち込める廃都へと一歩を踏み出す。
自らの根本的な過ちを認め、恐怖というバグを完全にデリートした『三律の連環』。
前衛の物理的破壊力と、後衛の論理的堅牢性、そしてその二つを繋ぐミクの超高速の遊撃。すべての歯車が完璧に噛み合い、彼らのシステムは今度こそ『真の最適解』へと到達したのだった。
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