第72話:セキュリティ強化の代償(トレードオフ)と、賢者(ユリウス)の助言
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「うおおおおッ!! 舐めんじゃねええッ!!」
ガストンが血を吐くような咆哮を上げ、大盾を押し返す。
だが、五十体近い機械兵による絶え間ない物理攻撃(DDoS攻撃)を前に、彼の足はジリジリと後方へと押し込まれ始めていた。最後尾でガルドが歯軋りしながら耐えているが、プロトコル上、彼は定位置から動くことができない。
(このままじゃ、前衛が保たない……!!)
陣形の中央。ミドルウェアとして待機していたミクは、双剣を握り締めながら完全に思考の袋小路に陥っていた。
後衛を守るために、自分がこの場に留まり続けるべきか。
それとも、奇襲のリスクを承知で再び前線へ飛び出し、重戦士たちの負荷を軽減すべきか。
「ミク! 指示を!!」
ヴァレリアが牽制の斧を振りながら叫ぶ。
だが、PMであるミクの口は重い。もし自分が前線に出て、その隙に再び後衛が奇襲されれば? あの時、自分のせいで血だまりに沈んだガルドの姿が脳裏をよぎり、足が鉛のように重くなる。
「……ミク。君まで、かつて私が陥った『理論上の完璧』という罠に嵌るつもりか」
極限の緊張状態の中、最後尾から、ユリウスの冷徹で、しかしどこか温かみのある声が響いた。
「ユリ、ウス……?」
ミクが振り返ると、ユリウスは額に汗を浮かべながらも、静かに杖を構えていた。
「セキュリティ(安全性)を極限まで高めた結果、負荷が高まりすぎてシステムそのものが停止する。……以前の私が犯し、君に正された『机上の空論』という過ちだぞ」
その言葉に、ミクはハッと息を呑んだ。
「完璧な陣形に固執して、目の前の仲間を見殺しにする気か! 私やルカは、君に付きっきりで護衛されなければならないほどヤワな後衛システムではないぞ!」
ユリウスの叱咤が、ミクの迷いを物理的に叩き割る。
そうだ。かつてのユリウスは、理屈やデータばかりを優先し、現場の状況を軽視して失敗した。それを「現場の力(適応力)を信じなさい」と正したのは、他ならぬミク自身だったではないか。
「へっ……賢者サマの言う通りだぜ、PM!!」
ガストンが、盾で機械兵をカチ上げながら獰猛に笑う。
「俺は絶対に崩れねえ……! だが、俺たちが気持ちよく暴れるためには、お前の『掻き回し(ロードバランシング)』が必要なんだよ! 後ろの心配なんて捨てて、早く前に来やがれ!!」
「盾の旦那の言う通りさ! アタシの斧の的、早く作っておくれよ!」
ヴァレリアも戦斧を肩に担ぎ、ニカッと笑う。
仲間の声が、ミクを縛り付けていた「過去の失敗への恐怖」というバグを完全にデリートした。
彼らはパーツではなく、共に命を預け合う仲間なのだ。ならば、システムを機能させるために必要なのは、ガチガチの制限ではなく「信頼」だ。
「……ユリウス、ルカさん! 後衛のセキュリティは、あなたたちの『自己防衛』に一任するわ!」
ミクが、双剣を勢いよく構え直す。
「ああ、任せておけ! 存分に前を掻き回してこい!」
ユリウスが杖を高く掲げ、ルカも力強く頷く。
「仕様変更! 私のタスクを『遊撃』へ移行! 陣形、再展開!!」
ミクが地を蹴った。
赤い稲妻と化した彼女の姿が、前衛で苦しむガストンの横をすり抜け、五十体の機械兵の群れのド真ん中へと突撃する。
『――新タな脅威ヲ検知。迎撃プロトコル――』
「遅いわよ、ポンコツ共ッ!!」
機械兵たちがミクへターゲットを変更しようとした瞬間、彼女の双剣が流星のように閃いた。
倒すのではない。敵の関節(駆動部)を的確に斬りつけ、バランスを崩させ、同士討ちを誘発し、陣形を滅茶苦茶に掻き回す(撹拌する)。
先ほどまで寸分の狂いもなかった機械兵たちの連携が、ミクという強烈なノイズ(遊撃)の介入によって瞬く間にズタズタに引き裂かれていく。
「連携が崩れた! ヴァレリア、いけるぞ!」
ガストンが大盾で前線を押し上げ、散り散りになった敵を無理やり一箇所へと押し固める。
「待ってましたァッ!!」
ミクが掻き回し、ガストンが固めた『完璧なキルゾーン』。
そこへ向けて、ヴァレリアの規格外の戦斧が、待ってましたとばかりに容赦なく振り下ろされた。
「まとめてスクラップだ!! 『大旋風』!!」
ズゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
圧倒的な質量を持った衝撃波が、機巧の廃都に吹き荒れる。
発生が遅いという弱点を完全にカバーされたヴァレリアの一撃は、密集していた三十体以上の機械兵を、分厚い真鍮の装甲ごとまとめて粉砕し、ただの鉄屑へと変えた。
「……よしっ! 第一波、殲滅完了よ!」
ミクが双剣を振るい、前線で息をつく。
後衛を振り返ると、ユリウスとルカ、そしてガルドが、一切の破綻なく背後を完璧に守り抜いていた。
「……ふふっ。ごめんなさい、ユリウス。私の設計ミス(バグ)を修正してくれてありがとう」
ミクが、照れ隠しのように笑う。
「何、以前の借りを返しただけだ。……それに、PMが現場で少しばかり無茶をする方が、このパーティーらしくて調子が出る(パフォーマンスが上がる)からな」
ユリウスもまた、冷徹な仮面の下で、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
過剰なセキュリティによる処理落ちの危機。
だが彼らは、互いを信頼し合い、欠点を補い合うことで、机上の空論(理論上の完璧)を超える『真の最適解』へと到達したのだった。
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