第71話:セキュリティ強化の代償(トレードオフ)と、フロントエンドの処理落ち
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地上での完全な休息と、ガルドの再起動(全快)を待って陣形の再構築を終えた『三律の連環』の六人は、以前自らの手で切り開いたインフラを利用し、驚異的な速度で第64層までを突破した。
そして、彼らはついに未踏の領域――第65層へと足を踏み入れた。
「……第65層、『機巧の廃都』か」
ユリウスが、油の匂いと鉄錆が立ち込める空間を見渡して呟く。
迷宮の壁や床には無数の歯車が埋め込まれ、絶えず不気味な稼働音を響かせている。
彼らが警戒陣形のまま廃都の広場に足を踏み入れた瞬間、四方の路地から、真鍮色の装甲に身を包んだ人型の機械兵――『スクラップ・ソルジャー』の群れが、ワラワラと湧き出してきた。
『ガガ……排除……侵入者ヲ排除……!』
「敵襲! 数は三十……いや、後続を合わせて五十以上だ!」
ユリウスが警告を発する。
「陣形展開! 『ゼロトラスト・モード』!!」
ミクの号令と共に、六人は宿屋で構築した新陣形へと移行する。
最前列に、ヴァレリアとガストンの重戦士二人。
最後列に、ルカとユリウス、そして二人を護衛する『後衛守護』のガルド。
そしてミクは前線には出ず、前衛と後衛のド真ん中(中間処理層)に双剣を構えて待機した。
ルカの周囲には反射結界が展開され、ユリウスの不可視のセンサーが異常なアクセスを警戒する。後衛への奇襲対策は完璧だった。
「来るぜ! 前は俺に任せな!!」
ガストンが大盾を構え、押し寄せる機械兵の群れを真正面から受け止める。
ガガガガガガガガンッ!!!
「ぐっ……!? なんだこいつら、手数が異常に多いぞ!」
ガストンが顔をしかめる。
機械兵一体一体の攻撃力は高くない。しかし、彼らは一切の感情を持たないプログラムのように、ガストンの盾に対して寸分の狂いもない連続攻撃(飽和攻撃)を浴びせかけてきた。
「盾の旦那、どきな! まとめスクラップにしてやるよ! 『大旋風』!!」
ヴァレリアがガストンの横から飛び出し、巨大な戦斧をフルスイングする。
だが。
『――脅威検知。回避軌道へ移行』
機械兵の群れは、戦斧の恐るべき軌道を計算したかのように、一斉に後方へ散開した。
ブォォォォンッ!!
戦斧が虚しく空を切り、強烈な風圧だけが廃都を吹き抜ける。
「なっ……避けられた!?」
ヴァレリアが目を見開く。彼女の攻撃が大振りであるがゆえに、連携の取れた細かい動きの敵には、致命的に「発生の遅さ」を突かれてしまうのだ。
戦斧を振り抜いた直後の硬直。
機械兵たちはその一瞬の隙を見逃さず、散開していた陣形を瞬時に収束させ、無防備なヴァレリアに向かって一斉に突進してきた。
「ヤバッ――!」
「させねえよッ!!」
ガストンが再び割り込み、大盾で機械兵の突進を受け止める。
だが、五十体近い敵による絶え間ない物理攻撃(DDoS攻撃)を一人で受け続けるガストンのスタミナ(リソース)は、異常な速度でゴリゴリと削られていった。
「くっ、そぉ……! 盾が、弾かれ……ッ!」
「おいミク! 前衛が押し込まれてる! 俺が前に出て盾の旦那をフォローするか!?」
最後尾で大盾を構えていたガルドが、前線の惨状を見て焦ったように叫ぶ。
「ダメよガルド! あなたのタスクは『後衛の絶対守護』! 絶対にそこ(定位置)から動かないで!!」
ミクが鋭く制止する。
敵がいつ、どこから空間を転移して奇襲してくるか分からない。ここでガルドが前衛のカバーに回れば、せっかく構築した「ゼロトラスト」の多層防御に致命的な穴(脆弱性)が生まれてしまう。
「ガストン! ヴァレリア、早く次の一撃で数を減らして!」
ミクが祈るように叫ぶ。
「無茶言うんじゃないよ! こいつら、アタシが斧を構えた瞬間に散らばって、隙を突いて盾の旦那をタコ殴りにしやがる! 振り回そうにも、的が絞れないんだよ!!」
ヴァレリアが焦燥に駆られながら牽制のために戦斧を振るうが、敵の連携は全く崩れない。
その前衛の惨状(処理落ち)を目の当たりにして、ミクは冷や汗を流しながら、自身のシステム設計に潜んでいた「致命的なトレードオフ」に気がついた。
(……しまった! 後衛のセキュリティをガチガチに固めたせいで、フロントエンドの処理速度が完全にスタックしている……!!)
これまでの戦闘。
重戦士であるヴァレリアが、なぜあの大雑把で発生の遅い一撃で敵を殲滅できていたのか。
それは、ミク自身が前線で赤い稲妻となって敵陣を『撹拌(遊撃)』し、敵の連携をズタズタに引き裂いて、ヴァレリアが狙いやすいように敵のヘイトをコントロールし「一箇所に集める(データの整形)」という不可視のサポートタスクを担っていたからだ。
敵の目を回し、隙を作り、大技の的を絞らせる。
ミクという超高速の「前処理プロセス」が存在したからこそ、ヴァレリアの「極大火力」とガストンの「絶対防御」というピーキーなハードウェアが、最大のパフォーマンスを発揮できていたのだ。
「……私の遊撃がないと、二人の負荷がここまで跳ね上がるなんて……!」
ミクが唇を噛む。
後衛への奇襲対策に特化した結果、前衛の「敵をさばく能力」が致命的に低下してしまった。
このままでは、背後から暗殺者に狙われるまでもなく、ガストンが正面からの過負荷で押し潰され、前衛の崩壊からシステム全体が全滅してしまう。
「ルカさん、ガストンに体力回復を回して! ユリウス、前衛の援護射撃を!」
ミクが指示を飛ばすが、ユリウスの表情は険しい。
「ダメだミク! 私とルカは今、お前が指示した『センサーと迎撃結界の常時維持』に魔力の大半を割かれている! 前衛に割くリソース(魔法)の余裕はない!」
「……ッ!!」
八方塞がり。
安全性を極限まで高めた結果、システムそのものの身動きが取れなくなるという、本末転倒のエラー。
「うおおおおッ!! 舐めんじゃねええッ!!」
ガストンが血を吐くような咆哮を上げ、盾を押し返す。だが、その足は徐々に後方へと押し込まれ始めていた。ガルドが歯軋りしながら後方で耐えているが、プロトコル上、彼は動けない。
(このままじゃ、前衛が保たない……!!)
双剣を握るミクの手が震える。
後衛を守るために、自分がこの場に留まり続けるべきか。
それとも、奇襲のリスクを承知で再び前線へ飛び出し、重戦士たちの負荷を軽減すべきか。
PMとして構築したばかりの新システムが、早くも致命的なジレンマ(競合)に直面し、ミクの決断を迫っていた。
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