第62話(幕間):インピーダンス・ミスマッチ(非互換)の解消と、最高の駆動環境
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迷宮都市の裏通りにある、冒険者御用達の酒場『踊る黄金麦亭』。
喧騒と紫煙に包まれた店内の奥の席で、女重戦士ヴァレリアは、自分の顔ほどもある巨大なジョッキの黒エールを煽り、山盛りのオーク肉のローストを豪快に平らげていた。
「ぷはぁっ! やっぱ、極限までエンジン(筋肉)を回した後の燃料補給は最高だね!」
ガハハと笑いながら肉に齧り付く。
第60層の黒死竜討伐。あれほどの高負荷な戦闘をこなしたにもかかわらず、彼女の体に残るダメージは皆無だった。
かつての彼女なら、一撃を放った後の硬直を魔物に狙われ、常に生傷の絶えない状態だったはずだ。だが今は、彼女の背後にはガストンという「絶対に抜けないファイアウォール」が存在する。
(……アタシはただ、一番気持ちのいいタイミングで、最大火力をぶっ放すだけ。本当に、とんでもないシステム(パーティー)に拾われたもんだよ)
ヴァレリアが上機嫌で次の肉に手を伸ばそうとした、その時だった。
「……よう、ヴァレリア。相変わらず、燃費の悪そうな食い方をしてるな」
声をかけられ、ヴァレリアは顔を上げる。
隣のテーブルに座ってきたのは、見知った顔だった。中装甲に身を包んだバランス型の剣士、レオン。彼女がつい先日まで所属し、そして「隙が大きすぎる(仕様に合わない)」という理由で追放された旧パーティーのリーダーだ。
「なんだ、レオンか。アンタらも迷宮帰りかい? ……ずいぶんと、装甲がボロボロじゃないか」
ヴァレリアが指摘した通り、レオンとその仲間たちの装備には細かい傷が絶えず、顔には深い疲労(リソース枯渇)の色が濃く滲んでいた。
「……お前が抜けてから、パーティーの総火力(DPS)が落ちてな。魔物を処理し切るのに時間がかかって、被弾率が上がっちまってるんだよ」
レオンが自嘲気味に笑い、薄いエールをすする。
「お前の一撃の破壊力は、確かに魅力的だった。……だが、あの絶望的な隙をカバーし続けるのは、俺たちには無理だった。俺たちは、全員が平均的に動けるバランス型の陣形でしか戦えないからな。……お前を外したのは、システムを崩壊させないための苦渋の決断だったんだ」
レオンの言葉に、ヴァレリアは特に怒ることもなく、静かに肉を咀嚼して飲み込んだ。
「分かってるさ。アタシもアンタらを恨んじゃいないよ」
ヴァレリアはジョッキを置き、真っ直ぐにレオンを見据えた。
「アレは、単純な『インピーダンス・ミスマッチ(規格の不適合)』ってやつさ。アンタらの戦術は、足回りの良さと手数の多さを前提に組まれていた。そこに、アタシみたいな『起動は遅いが、一撃の出力が規格外』なんてピーキーなパーツを無理やり組み込もうとしたんだ。……バグ(不具合)が起きるのは当然のロジックさ」
「……お前、そんな理路整然と話す奴だったか?」
レオンが目を丸くする。以前のヴァレリアなら「アタシの火力に合わせられないアンタらが悪い」と脳筋な反論をしていたはずだからだ。
「最近、賢い連中の戦術言語に触れてるからね。……レオン、アンタらの判断は間違っちゃいない。ただ、アタシというパーツを活かすための『環境』を持っていなかっただけさ」
「……強がりを言うなよ。お前のあの隙を、完全にノーダメージでカバーできるパーティーなんて、この街のどこを探したって……」
レオンが言いかけた時、酒場の入り口が開き、周囲の冒険者たちが一斉にざわめいた。
「おい、見ろよ。……『三律の連環』だ」
「第60層の階層主が再生成してたってのに、たった数時間で無傷で討伐してきたらしいぞ……!」
「ありえねえ……あのパーティーのシステム、どうなってんだ……?」
ざわめきの中、ミク、ガルド、ルカ、ユリウス、そして巨大な大盾を背負ったガストンの五人が、ヴァレリアのテーブルへと歩いてきた。
「ヴァレリア! 先に始めてるなんてズルいわよ!」
「へへっ、待ちきれなくてね! ……さあ、こっちに座りな!」
ミクがヴァレリアの隣に座り、ガストンがドスンと大盾を床に置いて対面に腰を下ろす。
その光景を目の当たりにしたレオンは、開いた口が塞がらなかった。
「ヴ、ヴァレリア……お前、まさか……あの最強の変態システム(三律の連環)に……!?」
「ああ」
ヴァレリアはニヤリと笑い、レオンに向かってジョッキを掲げた。
「アタシの新しい『最適な実行環境』さ。……アタシが最大出力をぶっ放して足が止まっても、この盾の旦那が、コンマ一秒の遅れもなく完璧にカバー(例外処理)してくれる。遊撃のリーダー(ミク)が死角を潰し、後衛が戦場全体をコントロールする」
「な、なんて構成だ……。だが、お前のような連携の取れない大砲を、あの精密な戦術指揮官が許すのか……!?」
レオンが震える声でユリウスを見る。
ユリウスはワイングラスを受け取りながら、レオンに冷たく、しかし確かな自信を持った一瞥をくれた。
「……パーツに欠陥があるなら、それをシステム側で吸収・補完して最適化するのが戦術指揮官の仕事だ。彼女の火力は、我々の要件に完全に合致している」
「仕様変更しろなんて、一言も言われてないよ」
ヴァレリアが豪快に笑う。
「『周りのことなんて一切考えず、最も威力が出る最適なタイミングで、ただ全力で戦斧を振り抜け。あとは全て我々が処理する』……ってね。こんなに気持ちよくエンジンを回せる環境、他にはないよ」
レオンは、絶句した。
自分たちが「使えないバグ」として切り捨てた女戦士が。
アーキテクチャ(戦術)を根本から見直し、彼女専用のフロントエンド(絶対防壁)を用意するという圧倒的な設計力の前では、迷宮の最深部をも粉砕する『最強の主砲』へと変貌していたのだ。
「……そうか。俺たちは……宝の持ち腐れをしてたってわけだな」
レオンは力なく笑うと、テーブルに代金を置き、そっと立ち上がった。
「ヴァレリア。……そのパーティーなら、お前のそのデカい斧、どこまでも届きそうだな」
「ああ。アンタらも、自分たちの仕様に合った堅実な戦いをしなよ。死なない程度にね」
去っていく旧パーティーの背中を、ヴァレリアはもう振り返らなかった。
「知り合いかしら?」
ミクが首を傾げる。
「ああ。アタシが、このパーティー(最高の環境)のありがたみを再確認するための、過去のログさ」
ヴァレリアはそう言うと、再び自分の顔ほどもあるジョッキを掲げた。
「さあ、明日の深層エリア(未知の領域)のデプロイに向けて、今日は限界まで燃料をブチ込むよ! 乾杯!!」
「「「「乾杯!!」」」」
酒場に響き渡るグラスの音。
かつては居場所のなかった規格外の重戦士は今、最も自分を輝かせる完璧なシステムの中で、明日の戦い(タスク)を待ち侘びるように最高の笑顔を浮かべていた。
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