第6話:勝利の余韻と、四つ目のピース
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第10層のフロアボス『晶甲獣』の討伐。
その知らせは、冒険者ギルドに小さな波紋を広げた。結成からまだ日の浅い三人組が、上層最大の壁と呼ばれる強敵を打ち破ったからだ。
ギルドの酒場スペース。
ささやかな祝勝会としてテーブルにはご馳走が並べられていたが、ミクの表情はどこか硬かった。
「……ミクさん? どうかしましたか。せっかくボスを倒せたのに」
果実水を両手で持ったアリアが、小首を傾げて覗き込んでくる。
向かいの席では、左腕に分厚い包帯を巻いたガルドが、器用に右手だけで肉に齧り付いていた。ボスの尾の直撃を受けた左腕は骨折しており、治癒魔法使いに大枚を叩いて治療してもらったものの、まだ完治には至っていない。
「ううん、勝てたことは本当に嬉しいの。二人が限界を超えて頑張ってくれたおかげよ」
ミクは微笑んでアリアの頭を撫でてから、手元のカップを見つめ、静かに言葉を続けた。
「……でも、同時に突きつけられたわ。私たちのパーティーの『致命的な弱点』に」
その言葉に、ガルドが肉を咀嚼する手を止めた。
「弱点……。アリアの魔法が効かない敵が出た時のことか?」
「ええ」
ミクは頷き、テーブルの上の皿やコップを使って陣形を示した。
「アリアの最大火力が機能しない時、うちのパーティーの総火力は著しく低下する。私の剣は手数を稼ぐことには特化しているけれど、一撃の重さがない。結果として、今回みたいに戦闘が長期化して……ガルドの装甲が保たなくなる」
事実、ボス戦でのガルドの盾は完全にスクラップになり、彼自身も重傷を負った。アリアも魔力枯渇で倒れた。勝てたのは奇跡に近い、完全な薄氷を踏む勝利だった。
「これからの11層以降……中層と呼ばれる領域では、魔法耐性を持つ敵や、装甲の異常に硬い敵が普通に徘徊しているのよ。このままの編成で挑めば、いつか必ずパーティーが崩壊する」
ミクの冷静で論理的な分析に、二人も沈痛な面持ちで頷いた。
司令塔ではないが、前衛として常に戦況を肌で感じているミクだからこそ、誰よりもその限界をリアルに感じ取っていた。
「だから、提案なんだけど……。新しい仲間を、もう一人募集しない?」
「四人目、か」
「はい。私は賛成です。私たちだけでは、どうしても突破できない壁があるのは事実ですから」
二人の同意を得て、ミクは募集したい人材の要件を整理した。
「候補は二つの方向性があるわ。一つは、私に足りない一撃の破壊力を持った『物理アタッカー』。アリアの魔法が効かない時の、もう一つの火力源ね。……そしてもう一つは、火力を諦めて、ガルドの回復や防御力底上げ(バフ)に専念できる『回復系の後衛』。これなら、私の手数でじわじわ敵を削り殺すまでの長期戦に耐えられる」
「なるほどな……。どっちが入っても、戦術の幅は劇的に広がるぜ」
「早速、ギルドの掲示板に張り紙を出してみましょう!」
翌日。三人はギルドの巨大な掲示板の空きスペースに、手書きの募集要項を貼り出した。
『求む、重戦士または治癒士。中層探索へ向けたパーティー増員。報酬は貢献度に応じて等分』。
しかし――現実はそう甘くはなかった。
「……今日も、問い合わせゼロね」
掲示板の前で、ミクは小さくため息をついた。
募集を出して数日が経過したが、全く音沙汰がない。無理もないことだった。
優秀なヒーラーはどのパーティーからも引く手あまたで、わざわざ中層に上がりたての無名パーティーに入る物好きはいない。強力な物理アタッカーも同様で、実績のある大規模クランや高ランクパーティーに引き抜かれてしまうのだ。
「仕方ねえさ。俺たちも、まだまだこれから名前を売っていくところだからな」
「気長に待ちましょう、ミクさん!」
ガルドとアリアの励ましに、ミクは気を取り直して頷いた。
「そうね。立ち止まっていても仕方ないわ。今日も迷宮に潜りましょう」
募集をかけながらも、三人は足を止めることなく迷宮の11層へと通い続けていた。
風景は上層の洞窟から一変し、古代遺跡のような石造りの通路が続くエリア。出現する魔物も「アーマー・オーク」や「ポイズン・スネーク」など、厄介な特性を持つものに変わっていた。
「アリア、左のオークに牽制! ガルド、右の蛇の射線を切って!」
「応ッ!」
「『ウィンド・カッター』!」
三人の連携は、ボス戦を経てさらに研ぎ澄まされていた。
ミクが戦場をかき回し、ガルドが壁となり、アリアが的確に撃ち抜く。
オークの硬い鎧の隙間をミクが的確に削り、毒液をガルドが新しい大盾で防ぎ切る。
「ふぅ……よし、討伐完了ね」
ミクが剣を納めると、二匹の魔物は光の粒子となって消えた。
誰も大きな怪我をしていないし、ポーションの消費も想定内に収まっている。一見すれば、見事な勝利だ。
「よっしゃ! 11層の魔物相手でも、俺たちの連携は通用するぜ!」
ガルドが汗を拭いながら笑う。アリアも安堵の表情を浮かべていた。
しかし、ミクの心中は穏やかではなかった。
(……確かに、普通にクエストをこなせてはいる。でも、時間がかかりすぎている)
たった二匹の通常モンスターを倒すのに、上層の五倍以上の時間を要していた。
オークの装甲を削るのにミクの剣では手数がかかりすぎ、アリアの魔法も一撃では致命傷にならない。結果としてガルドへの負担がじわじわと蓄積している。
今はまだ「楽勝」とは程遠い、ただ「なんとか処理できている」だけの状態だ。
この程度の浅い階層でこれだけリソースと時間を割いているようでは、この先の15層、20層へ進んだ時、いつか必ずジリ貧になって全滅する。
(先の階層へ挑むには、圧倒的に手札が足りない。……どうしても、四人目が必要よ)
暗く続く遺跡の奥を見据えながら、ミクは焦燥感を胸の奥に押し隠し、柄を強く握り直した。
欠けたピースが埋まらない限り、『三律の連環』の歩みはいずれ止まってしまう。その冷酷な事実を、ミクの研ぎ澄まされた理性が誰よりも正確に弾き出していた。
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