第5話:第10層の死闘と、砕け散る絶望
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迷宮第10層。上層と中層を隔てる境界線。
その最奥にそびえ立つ重厚な石扉を、ガルドが力いっぱいに押し開けた。
『ギギギギギ……ッ』という重い摩擦音が、円形の大広間に響き渡る。
広間の中心には、巨岩がうずくまったような異形のシルエットがあった。扉が開いた音に反応し、その巨体がゆっくりと立ち上がる。
全長5メートルを超える、四つ足の重装甲獣。
全身が鈍く光る青黒い結晶の鱗で覆われ、太い尾の先にはハンマーのような岩塊がついている。
「あれが、10層のフロアボス……『晶甲獣』!」
アリアが震える声で叫ぶ。
「行くぞ二人とも! 陣形はいつも通りだ!」
ガルドの咆哮と共に、ついにボスとの死闘の幕が切って落とされた。
「まずは挨拶代わりです! 燃え盛れ、『爆炎球』!」
アリアの杖の先から、これまでの階層で幾多の魔物を灰にしてきた、彼女の最大火力である極大の火球が放たれた。
轟音と共に、晶甲獣の顔面に灼熱の炎が直撃する。
いける。誰もがそう思った直後。
爆炎が晴れた後には、傷一つ負わず、青黒い結晶を煌めかせるボスの姿があった。
「嘘……私の最大魔法が、全く効いてない!?」
「魔法の威力が、あの鱗の表面で拡散されてるんだわ……!」
ミクが瞬時に状況を分析する。魔法を反射・拡散する特異な装甲。それはつまり、このパーティーの最大火力であるアリアの攻撃が、決定打にならないことを意味していた。
『グルルォォォォォォォッ!!』
怒り狂った晶甲獣が、地響きを立てて突進してくる。
迫り来るダンプカーのような質量の暴力。
「くそったれが……! 『城塞の構え(フォートレス)』!!」
ガルドが広間の中心に陣取り、己の足を引きちぎらんばかりに床へ踏み込み、大盾を構えた。
――ゴガァァァァァンッ!!
激突の瞬間、爆発のような轟音が響く。
「ぐ、がぁぁぁぁぁっ……!!」
ガルドの巨体が後方へズルズルと押し込まれ、石の床が削れて深い溝ができる。腕の筋肉は悲鳴を上げ、毛細血管が切れ、口の端から血がツーッと流れた。
「ガルド!」
「気にするな! こいつは俺が絶対にここから先へは通さねえ! ミク、アリア! お前たちの力で……この硬い甲羅をぶち破ってくれ!!」
その魂の叫びに、ミクは即座に思考を極限まで加速させた。
魔法が効かない。一撃の重い攻撃でも貫けない。ならば、どうするか。
(……削るしかない。一つの関節、一点の隙間に、何十、何百と攻撃を叩き込んで、装甲を摩耗させる!)
「アリア! 魔法の威力を一点に集中して! 同じ場所を熱し続けて、装甲を脆くするの!」
「っ! はい! 魔力が尽きるまで、撃ち続けます!!」
ミクが地を蹴り、神速の領域へと足を踏み入れる。
目指すは、晶甲獣の右前脚の関節部。装甲と装甲のわずかな隙間。
「シィィィィッ!」
鋭い呼気と共に、ミクの剣が閃く。
――ガインッ! ガガガガガガガガッ!!
瞬きする間に放たれた、恐るべき七連撃。その全てが、寸分の狂いもなく同じ一点を打ち据える。
晶甲獣が鬱陶しそうに巨大な前脚を振り回すが、ミクはそれを紙一重で躱し、空中で身を翻してさらに三連撃を同じ箇所に叩き込む。
「そこです! 『ファイア・ランス』! 『ファイア・ランス』!!」
アリアが連続して炎の槍を放つ。狙うのはミクが剣を叩き込んでいるのと同じ右前脚の関節。
魔法単体では傷をつけられなくても、熱を加え続けることで結晶の結合を弱めることはできる。
しかし、晶甲獣もただサンドバッグになっているわけではない。
右前脚に群がるミクたちを鬱陶しがったボスは、巨大な尾を独楽のように振り回した。
「させねえって言っただろうが!!」
ガルドが大盾を構えて飛び込み、その凶悪な尾の一撃を正面から受け止める。
メキッ、とガルドの左腕の骨が軋む音が鳴った。盾はひしゃげ、ガルドは膝をつく。
だが、絶対に倒れない。彼がヘイトを買い、すべての重撃を受け止めるからこそ、ミクは回避に意識を割かずに「攻撃」にのみ専念できるのだ。
「ああああああっ!!」
アリアの目から涙が溢れる。魔力の枯渇による激しい頭痛と吐き気が彼女を襲っていた。杖を握る手は震え、立っているのすらやっとの状態だ。
「まだ……まだです! 熱収縮……! 『フリーズ・ランス』!!」
炎で熱し続けた関節部に、アリアは残された最後の魔力を振り絞り、今度は氷の魔法を叩き込んだ。
急激な温度変化(熱衝撃)。
ピキッ……! と、ミクが執拗に叩き続けていた右前脚の結晶に、ついに微小な亀裂が走る。
「アリア、ナイスッ!!」
アリアが完全に魔力を使い果たし、その場に崩れ落ちた。
ガルドも限界だった。盾は限界までひしゃげ、両腕は血まみれだ。
晶甲獣が、邪魔な盾持ちを完全に粉砕しようと、大きく上体を反らし、両前脚でののしかかり攻撃の体勢に入る。
「ガルド、盾を斜めに!」
ミクの声に、意識が飛びかけていたガルドは反射的に動いた。
ひしゃげた大盾を斜めに傾け、踏み台のような角度を作る。
ミクがガルドの背中を駆け上がり、その大盾を強く蹴り上げて空中へと跳躍した。
眼下には、晶甲獣の右前脚。アリアの魔法と、ミクの数百に及ぶ斬撃によって生み出された、たった一筋の亀裂。
(この一撃に、全てを乗せる……!!)
空中でミクの体がバネのように捻られ、全身の筋力、遠心力、そして重力のすべてが一本の剣に収束していく。
「これで……終わりよォォォォォォッ!!」
流星のような一閃が、右前脚の亀裂に吸い込まれる。
――パァァァァァァァァァンッ!!!
ガラスが砕け散るような甲高い破砕音が、広間に鳴り響いた。
晶甲獣の絶対の防御を誇った右前脚の結晶が、根元から完全に粉砕される。
『ギ、ギャァァァァァァァァァァァァッ!?』
支えを失った巨体がバランスを崩し、無防備な顔面から石の床へと激突する。
ミクは着地と同時に再び地を蹴った。
もはや装甲の守りがない、無防備なボスの首筋。そこへ、ミクの圧倒的な「手数」による怒涛の連撃が叩き込まれる。
十、二十、三十――。
血しぶきが舞い、ボスの断末魔の叫びが徐々に弱々しくなっていく。
そして、最後の一撃が首の骨を完全に断ち切った瞬間。
晶甲獣の巨体は光の粒子となって分解され、後には巨大な魔石と、ドロップ品の宝箱だけが残された。
「……はぁっ……はぁっ……」
カラン、とミクの手から剣が滑り落ちる。
「やっ、た……。勝った……っ」
ミクはそのまま仰向けに大の字になって倒れ込んだ。全身の筋肉が痙攣し、指一本動かす気力も残っていない。
「へ、へへ……。やったな、ミク……アリア……」
ガルドが壁に背を預け、ズルズルと座り込む。彼の大盾は完全に使い物にならなくなっていたが、その顔には達成感に満ちた笑みが浮かんでいた。
「ふ、ふふ……私たち、やりましたよ……!」
魔力枯渇で倒れ伏したまま、アリアが弱々しく、だが嬉しそうに笑う。
誰一人欠けても、誰か一人が手を抜いても、絶対に勝てなかった相手。
アリアの限界を超えた支援魔法。
ガルドの死を覚悟した徹底的な防御。
そして、ミクの執念の刃。
「……ええ。最高のパーティーよ、私たちは」
天井を仰ぎ見ながら、ミクは心からの笑顔で応えた。
『三律の連環』。
その名に相応しい完全なる総力戦を制し、三人はついに、中層へと続く重い扉の鍵を手に入れたのだった。
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