第57話:焦燥のオーバークロック(過負荷)と、白衣のメンテナンス技術者
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迷宮都市の治癒院、併設されたリハビリ用修練場。
ガストンは上半身裸のまま、通常の三倍の重量がある素振り用の鉄剣を、滝のような汗を流しながら無心で振り下ろしていた。
「……998! 999! 1000……ッ!!」
ズォンッ! と重い風切り音が響き、千回目の素振りを終えたガストンがその場に膝をつく。
治癒魔法によって骨折や裂傷といった「物理的な破損」はすでに修復されている。だが、長期間ベッドでスリープモードに入っていた筋肉と神経の連動は、まだ全盛期の7割程度にしか戻っていなかった。
(……遅え。こんな出力じゃ、またユリウスの戦術の足を引っ張っちまう……!)
あのプライドの塊だった男が、自分に深く頭を下げて盾を求めてきた。
その信頼に、一秒でも早く、120%の力で応えたい。
焦燥感に駆られたガストンは、息も絶え絶えになりながら再び鉄剣に手を伸ばそうとした。
「そこまでです、ガストンさん」
凛とした冷たい声と共に、ガストンの手がピシャリと細い杖で叩き落とされた。
見上げると、白衣を着た治癒院のベテラン看護師――セリアが、腕を組んで彼を見下ろしていた。
「セリアさん……。まだだ、俺はまだやれる。こんなんじゃ、あいつらの要求スペックに届か――」
「届かせる前に、あなたの筋肉が焼き切れますよ」
セリアは手元のカルテ(ステータスログ)を冷ややかに見つめながら、ピシャリと言い放った。
「目標ができて張り切るのは結構ですが、今のあなたは『焦り』というウイルスに感染して、無理やり限界以上の電圧をかけている状態です。……筋肉というものは、負荷をかけた後の『休息(冷却と修復)』によって初めて強度を増すんです。今のあなたは、ただ自分を壊しているだけですよ」
「くっ……だが、あいつらは俺を待ってるんだ! これ以上、時間をかけるわけには……!」
食い下がるガストンに対し、セリアはため息を一つ吐くと、彼の分厚い胸板を指先でトンと突いた。
「ガストンさん。あなたは『盾』なのでしょう? ……目に見えない金属疲労を抱えたまま前線に出て、最初の一撃で砕け散るような不良品を、彼らは本当に求めているのですか?」
その言葉は、どんな物理攻撃よりも鋭くガストンの心を貫いた。
……そうだ。ユリウスは言った。「今の私なら、絶対に君を壊させはしない」と。
ならば、盾である自分が自らひび割れを作ってどうする。彼が求めているのは、急ごしらえの薄い盾ではない。絶対に壊れない、完全な防壁なのだ。
「……あんたの言う通りだ、セリアさん。俺は、致命的なエラーを犯すところだった」
ガストンは鉄剣から手を離し、深く頭を下げた。
「分かればよろしい。……さあ、シャワーを浴びて、タンパク質(栄養)を摂取して、今日はもう完全なスリープモードに入りなさい。明日からは私が、あなたの限界値を見極めた『完璧なチューニング・メニュー』を作成してあげますから」
厳しくも、どこまでも患者に寄り添う彼女の目は、優秀なメンテナンスエンジニアそのものだった。
それからのガストンは、一切の焦りを捨てた。
セリアの組んだ厳格なリハビリメニュー(仕様書)に則り、適切な負荷、適切な食事、適切な休息を完璧なサイクルで回し続けた。
休むこともまた、強靭な盾を鍛え上げるための重要なタスク(処理)であると理解したのだ。
そして――約束の期日。
迷宮都市の冒険者ギルド前。
『三律の連環』の五人が揃って待つ中、朝日に照らされて巨大な影が近づいてきた。
「……待たせたな、お前ら」
全身を分厚いミスリルの重装甲で包み、背には身の丈ほどもある超重量の大盾を背負った男。
その足取りには一切のブレがなく、全身から発せられる圧倒的な密度と重圧感は、以前パーティーにいた頃とは比べ物にならないほどに研ぎ澄まされていた。
「ガストン……!」
ユリウスが目を見張る。戦術指揮官としての彼の眼が、目の前の男が一切のデバフや金属疲労を抱えていない、100%完全な『クリーン状態』であることを正確に読み取っていた。
「へっ、驚いたか? 治癒院の鬼のメンテ技術者(看護師)に、徹底的に組み上げ直されてきたからな。……今の俺は、ちょっとやそっとの攻撃じゃ絶対に落ちねえぞ」
ガストンが大盾をドンッと地面に突き立て、ニヤリと笑う。
その背後、治癒院の方角に向かって、彼は心の中でそっと(最高のチューニングを、ありがとうよ)と感謝の念を送っていた。
「頼もしいわね。これで、うちのフロントエンドは完全に要件を満たしたわ」
ミクが満足げに頷き、新たな相棒となる女重戦士ヴァレリアが、ガストンの分厚い装甲を叩いて笑う。
「アタシがヴァレリアだ! 盾の旦那、アタシの背中(死角)のカバー、期待してるよ!」
「おう。お前は足元を気にせず、そのデカい斧で思う存分に前だけをブッ壊しな」
ガストンの加入により、ついに物理特化アーキテクチャは完全な形となった。
絶対防壁のガストン、後衛守護のガルド。
広範囲殲滅のヴァレリア、遊撃のミク。
支援と結界のルカ、そして、絶対的な主砲であるユリウス。
「……全員、ステータスはオールグリーン。最高にして最強の実行環境だ」
ユリウスが杖を掲げ、六人の仲間たちを見回す。
「さあ、奪われた炎の駆動源を奪還する。……我らが『三律の連環』、深層エリアへの進軍を開始する!!」
六つの歯車が完全に噛み合った重戦車が、魔族の待つ深淵へと、かつてない重低音を響かせて動き出した。
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