第56話:生存のロジックと、物理特化(フィジカル)への大規模システム改修
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迷宮都市、冒険者ギルドの貸し切り会議室。
アリアが奪われた翌日。重苦しい沈黙が支配する空間で、ミクは集めたログ(情報)を整理し、静かに、しかし力強い声で口を開いた。
「結論から言うわ。……アリアは生きている。それも、無傷で生かされている可能性が極めて高いわ」
「本当か、ミク!?」
沈んでいたガルドが勢いよく身を乗り出す。ミクは卓上にダンジョンの簡易マップを広げながら深く頷いた。
「ええ。冷静に状況を分析(解析)してみて。もし敵の目的が、私たちのパーティーの火力を削ぐことだけなら、あの背後を取った一瞬の隙に『殺す』のが最もコストが低くて確実よ。わざわざ『生きたまま空間転移させて攫う』なんて、莫大な魔力と手間がかかる非効率な処理をする理由がないわ」
「……なるほど。彼女の命そのものではなく、彼女が内包する膨大な魔力を、何らかのシステム――例えば魔物生成の駆動源として利用するため、というわけか」
ユリウスが顎に手を当ててミクの推理を補強する。
敵がただの獣ではなく、知性を持った魔族であるならば、必ずそこには「目的(要件)」がある。アリアを生かして利用しているのなら、逆に言えば「すぐには殺されない」という確かな猶予があるということだ。
「ええ。だから私たちは、絶望して無謀な突撃をしたりはしない。……アリアが抜けた穴を完璧に埋める、新しいシステムを構築してから確実に深部へ乗り込むわ」
ミクの言葉に、仲間たちの目に再び強い光(再起動のサイン)が灯った。
しかし、その「穴埋め(リクルーティング)」は困難を極めた。
会議の後、ミクたちはギルドの掲示板に張り付き、後衛の高火力魔術師(魔法アタッカー)を求めて面接を繰り返したが、結果は芳しくない。
「……ダメね。第60層以降の環境に耐えうる魔力出力を持ったフリーの魔法使いなんて、そう都合よく見つかるわけないわ」
ミクが頭を抱え、ガルドも疲れたように酒場のテーブルに突っ伏した。
トップクラスの人材はすでに強固なパーティーに所属しており、野良で燻っているはずがないのだ。
同じ頃、ギルドの喧騒の反対側。
巨大な戦斧を背負った長身の女戦士、ヴァレリアが、かつての仲間たちから冷たい視線を浴びていた。
「悪いがヴァレリア、お前とはここでお別れだ。……お前の一撃は確かに強力だが、大振りすぎて隙がデカすぎる。そのフォローにこっちのスタミナが保たないんだよ」
「……そうかい。アタシの火力に合わせられないなら仕方ないね。短い間だったが、世話になった」
ヴァレリアはあっさりと背を向けた。
彼女の物理破壊力は並の魔法使いを凌駕するが、そのあまりにピーキーな性能(足が止まる致命的な隙)を支えきれる前衛(盾)は、この街にはほとんど存在しなかったのだ。
ソロになり、新たなパーティーを探して掲示板を眺めていたヴァレリアの目に、『三律の連環』の募集要項が留まった。
「……後衛の魔法アタッカー募集、ね。……ふん」
ミクたちが採用活動の行き詰まりにため息をついていたテーブルに、突如として巨大な影が落ちた。
「アンタらが、火力担当を探してるってパーティーかい?」
「ええ、そうだけど。……あなたは?」
「アタシはヴァレリア。重戦士だ。……見ての通り魔法は一切使えないが、アタシの戦斧の破壊力と衝撃波なら、そこらの魔法使いの広範囲魔法にも絶対に負けないよ」
ドンッ、とヴァレリアが床に戦斧を突き立てる。
魔法使いを探していたミクは一瞬戸惑ったが、すぐにPMとしての演算を高速で回転させた。
(……このまま魔法使いを探し続けても、見つかる可能性は低い。それならいっそ、アリアが抜けた今『物理特化』のアーキテクチャにシフトする? アリアの面制圧を、彼女の広範囲物理攻撃で代替できれば……)
「……あなたの出力は魅力的よ。でも、致命的な欠陥(脆弱性)が一つあるわ」
ミクは冷静にヴァレリアの目を見据えた。
「あなたの武器は、大振りで必ず足が止まる。そこを狙われたら一貫の終わりよ。うちのガルドのタスクは後衛の絶対防壁だから、あなたをカバーするためには前に出せない」
「……」
「私(遊撃)がカバーに入るにしても、限界がある。……あなたの火力を活かすには、前衛でもう一枚、あなた専用の『絶対的な盾』が足りないのよ」
ミクの的確な指摘に、ヴァレリアは痛いところを突かれたように口を噤んだ。まさにそれが原因で前のパーティーを追放されたのだから。
「……ミク。ならば、適任者がいる」
沈黙を破ったのは、ずっと静かに思考を巡らせていたユリウスだった。
「私の知る限り、この街で最も硬く、決して折れない盾を知っている。……重戦士、ガストンだ」
「ガストン……! でも、彼はあなたが……」
「ああ。私がそのスペックを理解せず、無謀な運用でシステムごと壊し、暴言を吐いて切り捨てた男だ」
ユリウスは自らの致命的なエラーログを、一切の誤魔化しなく言葉にした。
「……彼を、ヴァレリアの専属防衛モジュールとして組み込む。そうすれば、この『物理特化アーキテクチャ』は完全に成立するし、重戦士に対するケアも万全になる。……ミク。私に、彼を口説きに行かせてくれないか」
「……ユリウス」
かつてのプライドの塊だった男が、自ら追放した仲間に頭を下げに行くと言う。
ミクは小さく微笑み、力強く頷いた。
「ええ、了承するわ。頼んだわよ、私たちの戦術指揮官」
迷宮都市の治癒院、リハビリ施設。
ギプスが取れ、剣の素振りを繰り返していたガストンの前に、ユリウスは一人で立っていた。
「……何の用だ、ユリウス。俺はもう、お前のパーティーから抜けた身だぞ」
警戒を露わにするガストンに対し、ユリウスは言い訳も前置きも一切せず、深く、深く頭を下げた。
「ガストン。……あの時は、私の演算不足だった。君という最高の盾の限界を理解せず、ただ火力を押し付けた私の完全なバグだ。……本当に、すまなかった」
「……お前……」
あの傲慢だった賢者が、真摯に頭を下げている。ガストンは目を丸くした。
「今、私たちのシステムは危機に瀕している。アリアを取り戻すため、ヴァレリアという新たな剣(火力)を迎え入れた。……だが、彼女を活かすための、最強の盾が足りないんだ」
「……」
「ガストン。どうかもう一度、私に君の盾を貸してくれないか。……今の私なら、絶対に君を壊させはしない」
ユリウスの真っ直ぐな言葉に、ガストンは大きく息を吐き、そして不敵に笑った。
「……へっ。ずいぶんと丸くなりやがったな、賢者サマ。お前がそこまで言うなら、俺の盾、もう一度お前の戦術に組み込ませてやるよ」
「ガストン……!」
「だが、待ってくれ。治癒魔法で傷は塞がったが、なまった体のチューニングがまだ万全じゃねえ。……数日だけ、調整の時間をくれ」
「ああ。万全のクリーン環境での合流を待っている」
二人の男の間で、過去の確執が完全に修正された瞬間だった。
――迷宮第30層。
ガストンの完全復帰を待つ数日間、ミクたち五人(ミク、ガルド、ルカ、ユリウス、ヴァレリア)は低層エリアを使い、新たなフォーメーションの連携テスト(結合テスト)を繰り返していた。
「ヴァレリア! 右舷からオークの群れ! 薙ぎ払え!」
「任せな! 『大旋風』!!」
ユリウスの指示に合わせてヴァレリアが戦斧を振るうと、凄まじい衝撃波が広範囲のオークたちを粉砕する。
しかし、直後にヴァレリアの足が止まった。
「隙ありだ! ミク!」
「了解!」
ヴァレリアの硬直を狙って飛び出してきた魔物の死角から、遊撃に回ったミクが赤い残像となって飛び込み、瞬時に斬り捨てる。
後衛では、ガルドが巨大な盾を構え、ルカとユリウスへの一切の干渉を許さない。
「……良い反応だ。だが、深層ではミクの遊撃だけではヴァレリアをカバーしきれなくなる。やはりガストンの盾は必須要件だ」
最後尾で全体のログを解析しながら、ユリウスが的確にシステムをチューニングしていく。
アリア不在という最大のピンチ。しかし彼らは決して足を止めることなく、奪還のための最強の物理特化システムを、着実に、そして泥臭く組み上げていくのだった。
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