第55話(第二部開幕):悪意あるハッカー(魔族)の介入と、奪われた炎の駆動源(バッテリー)
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迷宮の最深部、さらにその奥底に隠された不可視の空間。
そこは、迷宮という巨大なシステムを裏から管理し、魔物を生成させるための『中央制御室』だった。
「……第60層の階層主がデリートされた。これで深層エリアの防衛プロセスは完全に崩壊したぞ」
闇に溶け込むようなローブを羽織った上位魔族の一人が、空間に投影された無数の監視ログ(モニタリング・ウィンドウ)を見つめながら忌々しげに舌打ちをした。
「人間どもの一パーティーが、我々のダンジョンを席巻している。彼らの侵攻速度は異常だ。このままでは、我々が地上へ侵攻するための魔物の生成が間に合わん」
別の魔族が、空間に『三律の連環』の五人の映像を映し出す。
「個々のステータスはさして高くはない。だが、この五人は完全に連動した『一つのシステム』として機能している。正面から止めようとすれば、また無駄なリソースを消費するだけだ」
「ならば、システムそのものを『破壊』すればいい。……パーツを一つ、物理的に引き抜くのだ」
上位魔族の冷酷な瞳が、映像の中の一人にズームインした。
後衛で巨大な炎の魔法を放つ、小柄な少女――アリア。
「この火炎系の魔法使い(パイロマンサー)。前衛の分厚いファイアウォール(盾)と、司令塔の男によって守られているが、本体の物理防御力は極めて脆弱だ。それでいて、内包する魔力は規格外の数値を叩き出している」
魔族の唇が、三日月のようにおぞましく吊り上がった。
「こいつの魔力は使える。我々の『中枢サーバー』にこの小娘を強制接続し、その莫大な魔力を吸い上げれば、迷宮全階層の魔物のリポップ(再生成)速度を数百倍に加速させることができるはずだ」
「なるほど。人間どもの最強の矛を奪い、我々の駆動源として利用するわけか。……実行のタイミングは?」
「奴らが最も警戒を解く『一瞬の隙』を突く。――階層ボスへ挑む直前、システムのチェックに意識が向いている、その刹那だ」
迷宮第65層、『暴風の王座』への扉の前。
『三律の連環』の五人は、これまで通り、ボスの部屋への突入を前にした最終のステータス確認(要件定義のすり合わせ)を行っていた。
「全員、ポーションの残量と装備の耐久値に問題はないな? これより第65層ボスへの討伐シミュレーションの最終確認を行う」
戦術指揮官であるユリウスが、メンバーの顔を見渡す。
ここまでの道中も決して楽ではなかったが、彼らは完璧な連携とロードバランシングによって、誰一人欠けることなくこの扉の前まで到達していた。
「私の魔力も100%です! いつでも最大の合体魔法、撃てますよ!」
アリアが最後尾で杖を掲げ、元気よく返事をする。
「よし。ルカ、アリア。開戦直後の風圧を相殺するための……」
ユリウスが指示を続けようとした、まさにその時だった。
――空間が、バグったように歪んだ。
「……え?」
最後尾にいたアリアの足元。彼女の落とす『影』が突如として漆黒の沼のように広がり、そこから音もなく、ローブを纏った魔族の腕が伸びた。
「アリア!! 後ろッ!!」
最も早く異常(不正アクセス)を感知したミクが、弾かれたように双剣を抜いて地を蹴る。
ガルドが振り返り、ユリウスが咄嗟に雷の詠唱を始めようとする。
しかし、遅かった。
魔族の腕は、魔法の詠唱も、物理的な攻撃のモーションも一切挟まず、ただ『アリアを空間の裏側へ引きずり込む』という処理だけを最優先で実行した。
「ひあっ……!? ミクさ――」
悲鳴を上げる間もなかった。
アリアの小さな体は、漆黒の影の沼へと一瞬にして飲み込まれ――直後、歪んでいた空間(ゼロデイ脆弱性)は何事もなかったかのように完全に修復された。
「アリアッ!!」
ミクの双剣が、誰もいなくなった虚空を斬り裂く。
石畳には、アリアの姿も、魔族の気配も、魔力の残滓すらも、一切残されていなかった。
「……バカな……空間転移(ルート権限の乗っ取り)だと……!? 我々の監視網を、完全にすり抜けて……!」
ユリウスが愕然と目を見開く。
「おい、どこ行きやがった!? アリア! アリアァッ!!」
ガルドが周囲の壁を狂ったように叩き、ルカが顔面を蒼白にして探知魔法を全開にする。
「ダメだ……! この階層はおろか、上下の階層にもアリアの魔力反応がない! 完全に『隔離領域』へ転送された!」
完璧だったはずのシステム。
どんな強敵の暴力も跳ね返してきた『三律の連環』は今。
敵と剣を交えることすらなく、背後からのたった一度の「強制切断」によって、最も無防備で、最も重要な炎の歯車を喪失した。
「……アリア」
ミクは、アリアが直前まで立っていた何もない空間を見つめ、ギリッと唇から血が出るほど奥歯を噛み締めた。
その双剣を握る手が、かつてないほどの激しい怒りで震えている。
「……ユリウス。ダンジョンの構造を再解析して。……どんな壁を壊してでも、最深部のサーバーに直接乗り込むわ」
ミクの冷たく、そして底知れぬ殺意を帯びた声が、第65層の扉の前に響き渡った。
悪意ある管理者(魔族)によって引き起こされた、最悪のイレギュラー事態。奪われた炎の少女を取り戻すための、第二部『反撃のデバッグ編』が今、静かに幕を開けた。
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