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第53話:事前の要件定義(シナリオ)と、死闘の例外処理(エクセプション)

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

それでは、本編をお楽しみください!


『――いいか。黒死竜の行動パターン(アルゴリズム)は、極めて暴力的だ。一切のイレギュラーを許さず、事前に構築した手順シナリオ通りに処理を遂行するぞ』


禍々しい瘴気を放つ黒い扉の前。

ミクは昨晩の宿屋での、ユリウスによる綿密なブリーフィングを脳内で反芻していた。

全員のステータス、魔力は共に100%。これ以上ない完全なクリーン環境だ。


「準備はいいわね? ユリウスの、……過去の清算デバッグを始めましょうか」


ミクが重い扉を押し開ける。

広大なドーム状の空間。その中央に君臨する漆黒の竜――『黒死竜デス・バハムート』が、侵入者を感知して鎌首をもたげた。


『グルルルルル……!』

竜の喉が鳴ると同時、周囲の大気が急激に冷え込み、触れるだけで生命力を削り取る『黒死の瘴気』が空間全体にどす黒い霧となって充満し始める。


『――開戦直後、奴は必ず「黒死の瘴気」で空間を汚染してくる。ルカとアリア、お前たちの魔法で前衛の戦闘エリア全体をフィルタリングしろ』

「フェーズ1! ルカ、アリア!」

「浄化結界、最大展開!」

「火炎陣、起動します!」


ルカの杖から放たれた清浄な水の波動が、アリアの炎と混ざり合いながら前方にドーム状に広がり、ミクたちが踏み込む竜の懐までをすっぽりと『安全圏セーフゾーン』として覆い尽くした。


だが、巨大な体積の結界を維持し、外側から削り取ろうとする瘴気と拮抗し続けるための魔力消費は尋常ではない。二人の顔に早くも濃い疲労が滲む。


『ゴァァァァァァァァッ!!』

結界に阻まれたと悟った竜が、怒りの咆哮と共に巨大な尾を振り回す。空気を圧迫するほどのすさまじい質量攻撃。


「フェーズ2! 物理強襲ダイレクトアタック!」

「おうっ!」


ガルドが大盾を斜めに構え、迫り来る黒い岩盤のような尾を上空へと逸らす。


ズガァァァァンッ!!


「ぐぉぉぉッ!?」


ガルドの巨体が、受け流したはずの衝撃だけで数メートル後ろへ吹き飛ばされ、ブーツが床の石畳を深く抉った。


(……重い! かつての私の記憶ログより遥かに物理出力が高いぞ!)

最後尾に立つユリウスの顔に焦りが走る。これが、最深部の魔物。生きた脅威が発揮する規格外の暴力だ。


『ギュゴォォォォォォォォォォォッ!!!』

陣形がわずかに乱れたコンマ数秒の隙を、黒死竜は見逃さなかった。

竜の喉奥に膨大な魔力が圧縮され、漆黒の極太の光線――『黒死のブレス』が放たれる。


「ガルド!! 真正面から受けないで!!」


ミクの鋭い声が飛ぶ。まともに受ければ盾ごと蒸発する熱量。


「仰角60度! 盾の表面を『鏡』にして、上空へ受け流す(パリィする)のよ!!」

「了解だァァァッ!!」


ガルドが即座に大盾の角度を急激に傾ける。直後、漆黒のブレスが盾の表面に激突した。

真正面から受け止めるのではなく、角度をつけて滑らせる。


すさまじい熱光線が盾の表面を舐めるように走り、軌道を曲げられてドームの天井へと激突し、岩盤をドロドロに溶かしていく。


「ハァッ……ハァッ……! 抜か、せねえ、ぞ……ッ!」


完全に逸らしたわけではない。余波の熱だけで盾は赤熱し、ガルドの腕の筋肉が悲鳴を上げている。だが、耐え凌いだ。


「敵のブレス終了! 放熱のポートが開くぞ!」


ユリウスが叫ぶ。竜の胸元、漆黒の装甲が一枚だけ、熱を逃がすためにパカリと開いた。


「ルカ、アリア! 予定通り、合体魔法でこじ開け――」


ユリウスが指示を飛ばそうとした瞬間、ルカが苦痛に満ちた声を上げた。


「くっ……! ダメだ、ユリウス! 結界の維持にリソースを食われすぎている! このままでは竜の装甲を破るほどの出力が出せない!」


戦術の根幹が揺らぐ。

結界を維持したままでは出力が足りない。出力のために結界を解けば、致命的な瘴気が陣形を飲み込む。

一瞬の猶予もない極限の二択。しかし、PMであるミクの決断アンサーは躊躇いがなかった。


「ルカ、アリア! 結界を捨てなさい!! 魔力リソースのすべてを合体魔法に全振りするのよ!」

「なっ……正気かミク! 瘴気のダメージを無防備に受けることになるぞ!」


ユリウスが血相を変える。


「肉体のダメージ(スリップダメージ)なら根性で耐えられるわ! ここで装甲を破れなければ、私たちは全滅するのよ! やりなさい!!」


ミクの悲壮な決断に、ルカとアリアが覚悟を決める。


「……了解した! 結界、パージ!!」


バツンッ!

安全圏を作っていたドームが消滅した瞬間、どす黒い『黒死の瘴気』が津波のように五人の体を飲み込んだ。


「ガハッ……!?」

「くぁっ……肺が……焼ける……ッ!」


全身の皮膚が焼け爛れるような激痛。呼吸をするたびにガラス片を吸い込んでいるような劇的な負荷エラーが、全員の体力をゴリゴリと削り取っていく。


だが、瘴気に身を灼かれながらも、後衛二人は決して集中クロックを乱さなかった。

結界の維持から解放された膨大な魔力が、二人の杖の先に恐るべき密度で圧縮されていく。


「――『超圧縮水弾ウォーター・バレット』!」

「――『紅蓮の灼熱クリムゾン・フレア』!」


竜の胸元。放熱のために僅かに開いた鱗の隙間へ、ルカの冷たい水弾が正確に撃ち込まれ、そこへアリアの超高熱の炎が直撃した。


「『水蒸気爆発スチーム・エクスプロージョン』!!」


ズガァァァァァンッ!!

全魔力を攻撃に振った合体魔法の威力は絶大だった。内側からの爆発的な膨張に耐えきれず、絶対の防御を誇っていた漆黒の鱗がバキバキと音を立てて剥がれ落ち、生々しいコア(心臓部)が完全に露出した。


「もらったぁッ!」


瘴気によって皮膚から血を流し、息を乱しながらも、ミクが爆風の中を潜り抜ける。


彼女は両手の双剣を露出したコアの縁――剥がれかけた分厚い鱗の根本に、深々と突き立てた。竜が再び鱗を閉じようとする筋肉の動きを、二本の剣を『物理的なくさび』にしてロックしたのだ。


「固定完了! ユリウス――」


ミクが叫んだ、その瞬間だった。


『ギィィィギェェェェェェェェェッ!!!』

黒死竜が、死の恐怖に狂ったような絶叫を上げた。

事前のエラーログには存在しない、完全な未知の挙動(未定義動作)。


露出したコアの周囲から、防衛本能によって生み出された漆黒の棘が、全方位に向かって散弾のように爆発的に射出されたのだ。


「なっ……!?」


瘴気で動きの鈍っていたミクの右肩と脇腹を、回避不能な漆黒の棘が深々と貫く。

鮮血が空中に舞い、ミクの顔が激しい苦痛に歪んだ。


「ミクッ!!」


ユリウスの心臓が凍りついた。

瘴気に蝕まれながら傷つく前衛。崩壊するシステム。逃げろ。今の魔法をキャンセルし、すぐに立て直しを――。


ガチンッ!

ユリウスの迷いを打ち砕くように、硬質な音が響いた。

血を吐きながらも、ミクは装甲のロックに使った双剣から手を離し、腰のワイヤーアンカーを後方に構えるガルドの大盾に向けて射出していた。


「撃ちなさい、ユリウス!!」


ワイヤーが凄まじい速度で巻き取られ、ミクの体が竜の懐から後方へと乱暴に引き戻されていく。

彼女は致命傷と瘴気の痛みに耐えながら、次の一手のために自ら射線キルゾーンをこじ開けたのだ。


……そうだ。彼女は、この最強のシステムを束ねるPMだ。

ならば私が成すべきタスクは、ただ一つ。


「――例外処理エクセプション、確認。我がシステムは、絶対に崩壊しない!!」


ユリウスが杖を高く掲げる。

ミクの体が完全に射線から外れたそのコンマ一秒後。すべての魔力を圧縮した真の賢者の一撃が放たれた。


「すべてを塵に還せ――『極大雷光ケラヴノス』!!」


ズバァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!

視界のすべてが白に染まった。


ユリウスの杖から放たれた極太の雷撃は、双剣のくさびによってこじ開けられた黒死竜のコアに直撃。竜の驚異的な再生能力すらも凌駕する圧倒的な熱量が、巨大な体を内側から完全に焼き尽くした。


断末魔の咆哮が雷鳴に掻き消され、黒死竜の巨体が崩れ落ちる。竜が絶命したことで、空間を埋め尽くしていた瘴気も急速に霧散していく。


「ルカッ!!」

「分かっている!」


竜の体が崩れ落ちると同時、ワイヤーで引き戻されて地面に転がったミクの元へ、ルカが自身の瘴気のダメージも顧みず即座に杖を掲げる。


「『清冽なる命のヒール・ウォーター』!!」


蒼く澄んだ治癒の魔力がミクの傷口を優しく包み込む。肉をえぐった漆黒の棘の傷跡からどす黒い血が浄化され、瘴気に蝕まれた細胞が急速に再生していく。


「いっつぅ……! さすがに死ぬかと思ったわ……」


傷が完全に塞がり、ミクが痛みを堪えながらも安堵の息を吐き出す。


「無茶をしやがって! 俺の受け流しが甘かったせいで……!」

「違うわ、ガルド。あれは誰にも予測できない完全なバグよ。……それに、結界を捨てる判断をしたのは私。ルカもアリアも、よく出力リソースを合体魔法に振り切ってくれたわ」

「いえ……! 瘴気、本当に痛かったですけど……装甲が割れてよかったです……!」


アリアが煤と血で汚れた顔で笑う。

治癒が完了したのを見届け、ユリウスは杖を支えにしながら荒い息を吐き出した。


あとに残ったのは、焦げた匂いと、静かに舞い散る灰だけ。

事前のシナリオと、自らの肉体を代償にした「連携と信頼」で、泥臭くカバーし切った死闘だった。


「……対象の完全消滅デリートを確認。第60層、クリアだ」


静かに宣言したユリウスに、立ち上がったミクが笑顔を向ける。


「さすがね、ユリウス。……一切の迷いがない、最高の主砲フィニッシャーだったわ」

「へへっ、あのタイミングでぶっ放せるのは、やっぱお前だけだぜ!」


ミクとガルドからの素直な称賛に、ユリウスは黒死竜の灰から視線を上げ、かつて自分を追放した少女を、そしてボロボロになりながらも自分を信じてくれた仲間たちを見つめ返した。


「……ああ。お前たちの作った完璧な実行環境だ。私が外すわけがない」


ユリウスの口元に、誇らしげな、それでいてどこか照れくさそうな笑みが浮かぶ。


もはや、そこにトラウマはない。この勝利こそが、彼が真の意味で「賢者」として再起動リブートした何よりの証だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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明日も更新予定ですので、引き続き『三律の連環トライ・リンク』の活躍をよろしくお願いします!


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