第52話:完璧なる負荷分散(ロードバランシング)と、鉄則の計画停止
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迷宮第59層、『焦熱の回廊』。
第60層へと至る最後の関門であるこの階層は、冒険者を拒絶するかのような絶え間ない熱波と、ボコボコと音を立てて湧き出る溶岩の河によって構成されている。さらに、その溶岩そのものから無尽蔵にスポーン(出現)し続ける巨大な『ラーヴァ・ゴーレム』の群れが、文字通り迷宮の『防壁』として行く手を阻んでいた。
「ルカ、魔力(MP)残量が40%を切ったな! 一旦攻撃タスクを停止して『スリープモード(魔力回復)』に入れ! 代わりにアリア、アクティブに移行! 爆炎の『衝撃波』で右ルートの溶岩を吹き飛ばせ!」
「はいっ! 任せてください! 『爆炎弾』!!」
熱風が吹き荒れる中、戦術指揮官ユリウスの声が明瞭に響き渡る。
アリアの杖から放たれた極大の炎の塊が、右ルートを塞ぐ溶岩の池の中心に直撃する。炎属性である彼女にとって、溶岩を「熱」で相殺することはできない。しかし、アリアの魔法が持つ圧倒的な「爆発による物理的な衝撃波」がドーム状に弾け飛び、ドロドロの溶岩を強引に左右へと割り退けた。
赤熱した飛沫が散り、一時的な、しかし確かな進路が黒曜石の地表に拓かれる。
「よし! ミク、開いた右ルートへ敵のヘイトを誘導! ガルドはミクの退路を塞ぐ個体をシールドバッシュで弾き出せ!」
「了解!」
「おうっ!! どきやがれ泥人形共ッ!」
ミクが赤い残像を残しながら、鈍重なゴーレムたちの攻撃を紙一重で躱し、群れ全体を右ルートへと引っ張っていく。そして、彼女の動きに合わせてできた死角から、ガルドの大盾がゴーレムの巨体を容赦なく跳ね飛ばし、後衛のための安全な通路を完全に確保した。
指示は完璧だった。
炎属性のアリアにとって圧倒的に不利な環境であっても、ユリウスはその特性を正しく理解し、全く別の用途(物理衝撃)としてシステムに組み込んでいる。
ユリウスが導入した新たな概念。それは、後衛の魔力と前衛の体力を常に監視し、限界が来る前にアクティブ(戦闘)とスタンバイ(回復)の役割を細かく切り替える『完全なる負荷分散』だった。
(……素晴らしい。誰一人として無駄な動きがなく、システム全体のパフォーマンスが全く落ちない……!)
最後尾で戦況を俯瞰しながら、ユリウスは密かなる万能感に打ち震えていた。
かつての彼は、自分の魔力残量と最大火力のことしか頭になかった。しかし今、彼の脳内には4人の仲間のステータスがリアルタイムで明滅し、それを最適にパズルのように組み合わせることで、信じられないほどの効率で敵を粉砕できている。
「ミク! 余所見(アイドル状態)をしている暇はないぞ! 前方のマグマ溜まりから大型個体が三体! ガルドの盾では衝撃を吸収しきれない(オーバーフローする)!」
「分かってるわよ! アリア、ルカは下がって! 私が一直線に並べるわ!」
ミクが地を蹴り、新たに現れた大型ラーヴァ・ゴーレム三体の巨腕を潜り抜ける。彼女は決して無理に斬り込まず、敵の攻撃のベクトルを少しずつズラすことで、三体の立ち位置を綺麗な一直線の射線上へと誘導した。
「敵の配列、直列に固定完了!」
「よくやった、前衛諸君。……さあ、邪魔なファイアウォールに『穴』を開けるとしよう」
ユリウスが、ゆっくりと前に歩み出る。
道中、彼は指示を出すことに専念し、一切の魔法を使ってこなかった。魔力は100%。完全にフルチャージされた状態の主砲が、静かにその矛先を持ち上げる。
「消し飛べ。……『極大雷光』!!」
ズガァァァァァァァァァァァァンッ!!!
大気が焦げる強烈なオゾン臭と共に、圧倒的な雷撃が一直線に放たれた。
並んだ三体の巨大ゴーレムの分厚い装甲を紙屑のように貫き、さらにその後ろに立ち塞がっていた分厚い岩壁ごと、すべてを光の奔流が消し飛ばす。
雷光が晴れた後には、溶岩すらもえぐり取られた、文字通りの『最短ルート』が開通していた。
「……対象の消滅、および次階層へのルート確保を確認。進むぞ」
「ははっ! 相変わらずデタラメな威力だぜ! 道がないなら主砲で作っちまえばいいんだな!」
ガルドが豪快に笑い、ミクも双剣を鞘に収めながらそれに続く。
常人ならば何日もかけて、キャンプを張り、命がけで少しずつ進むべき深淵の道程を。
新生『三律の連環』は、ロードバランシングによるリソース管理と圧倒的な主砲によって、わずか数時間で走破してしまったのだ。
やがて、熱波がピタリと止んだ。
彼らの目の前に、これまでの階層とは全く異なる、重く冷たい瘴気を放つ巨大な『黒い扉』が現れた。
「……着いたわね」
ミクの言葉に、全員の顔から笑みが消え、極限の緊張感が走る。
第60層。
迷宮の最下層ではない。だが、間違いなくこの迷宮における最大の壁の一つであり、かつて『星の導き』を全滅させ、ユリウスに深い絶望を刻み込んだ階層主――黒死竜が待つ部屋への入り口だ。
「……ああ。私のトラウマ(致命的なエラー)の発生源だ」
ユリウスが黒い扉を見上げ、ギリッと杖を握り締める。
彼の瞳の奥に、過去の因縁を晴らしたい、今すぐこの扉を開けて自分の魔法を叩き込みたいという、静かな熱(焦り)が生まれかけていた。
「ステータス、魔力、共に全員70%以上を維持している。……ミク、このまま突入するか?」
ユリウスの問いかけに、ガルドもアリアもルカも、静かに武器を構え直した。いける、という空気がパーティーを包む。
しかし、リーダーであるミクは静かに、だが一切の妥協のない声でキッパリと首を横に振った。
「いいえ。今日の探索はここまでよ。街に帰るわ」
「……なっ!? なぜだミク! 我々のリソースはまだ十分に足りているはずだ!」
拍子抜けしたようにユリウスが声を上げる。
「足りているから帰るのよ」
ミクは扉に背を向け、帰還用の転移結晶をポーチから取り出した。彼女の目は、冷徹なシステム管理者のそれだった。
「ユリウス、相手はあなたの前のパーティーを全滅させた特大バグよ。迷宮の最下層ではないにせよ、圧倒的なイレギュラーであることに変わりはない。……そこに、70%のリソースで挑むなんて、PMとして絶対に許可できない」
「だが、今の我々の連携なら……」
「大一番の前には、必ず街に戻るの」
ミクはユリウスの言葉を遮り、毅然と言い放った。
「装備のメンテナンスをして、美味しいものを食べて、お風呂に入って、100%の完全な状態(クリーン環境)を作る。……それが、絶対にシステムを壊さないための、私たちの鉄則よ」
ミクのブレない姿勢に、ユリウスはハッと我に返った。
……そうだ。かつての自分は、まさに今の自分のように、焦りとプライドから「まだ行ける」と強行軍を重ねた。その結果、神官のリソース枯渇を見落とし、パーティーを崩壊させたのだ。
目の前の少女は、決してその過ちを犯さない。
どれほど余裕があっても、どれほど先が見たくても、決まったルール(安全基準)を冷徹なまでに守り抜く。だからこそ、彼女の構築したシステムは絶対に壊れないのだ。
「……ふっ。そうだったな。君というPMは、石橋を叩いて、さらに補強工事をしてから渡るような性格だった」
ユリウスは杖を下ろし、己の逸る気持ち(熱暴走)を静かに、完全に冷却した。
「さんざん溶岩の相手をしたんですから、早くお風呂に入りたいですー! 汗だくですよ!」
「俺も腹ペコだぜ! 帰って肉食おうぜ、肉!」
「……やれやれ。私も杖の魔力伝導率を一度再調整しておきたいところだ」
アリア、ガルド、ルカの三人も、一切の未練なく「帰還」に賛同している。
因縁のボスの扉の前で、これほどまでにリラックスし、日常の延長のように計画的な撤退を選べるパーティー。
「……了解した。ログアウト処理に移行しよう」
ユリウスもまた、深い安堵と共にその輪の中に自然と溶け込んでいた。
転移結晶の青い光が五人を包み込む。
黒死竜との決戦を前にしても、彼らのシステムは一切の揺らぎを見せることなく、明日の勝利のための『完璧な計画停止』を遂行するのだった。
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