第48話:結合テスト(インテグレーション)と、5つの歯車の同期
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迷宮第20層。
ここはかつてミクたちが駆け出しの頃に通過した、今や彼女たちにとっては散歩道に等しい「安全な上層階」である。
「……ミク。本当に、こんな低層でテストをする必要があるのか? 私の眼を持ってすれば、敵の動きなど即座に……」
不満げに口を開いたユリウスを、ミクは冷徹な視線で射抜いた。
「ユリウス。新しいモジュール(人員)を組み込んだ直後に、最先端のサーバー(最下層)を動かすバカがどこにいるのよ。まずはこの安全な『サンドボックス環境』で、あなたの指示と私たち『4人』の動きがどれだけ同期するか、徹底的にログを取らせてもらうわ」
ミクは羊皮紙の記録板を手に、ガルド、ルカ、アリアの三人に合図を送った。
「テスト項目1、基本連携の指揮。ユリウス、やってみて」
前方から、この階層の主であるはずの『オーク・キング』が数体の配下を連れて現れる。今のミクたちなら数秒で片付く相手だが、今日は「ユリウスの指示」が介在する。
「……フン、容易い。ミク、左のオークを……」
「遅い(レイテンシ過多)!!」
ミクの怒声が飛んだ。ユリウスが指示を出し切る前に、ミクはすでに左のオークを躱し、右の個体のヘイトを取っていた。
「指示は『状況が動く前』に出しなさい! あなたの頭の中で答えが出るのを待ってから口に出すんじゃ、戦場ではコンマ数秒のラグが命取りになるのよ。私たちの移動速度を計算に入れなさい!」
「くっ……! ガルド、右から来る個体を盾で……」
「角度が甘いぜ、ユリウス! その角度じゃ、後ろのアリアに衝撃が抜ける!」
ガルドからも厳しい指摘が飛ぶ。
ユリウスは愕然とした。自分は「賢者」であり、戦術の正解は常に分かっているつもりだった。しかし、それを「生身の人間」に伝え、動かすのは、単なる計算とは全く別のスキルが必要だったのだ。
ミクの歩幅、ガルドの盾の有効範囲、ルカの魔法発動までのチャージタイム、そしてアリアの詠唱速度。
それら「4つのリソース」の細かな仕様を完全に把握していなければ、どんなに優れた指示も現場ではバグになる。
(……私は、何も分かっていなかった。個の力を集めるだけでは足りない。それらを繋ぐための『インターフェース』を、私は一度も真剣に設計したことがなかった……!)
ユリウスは己の傲慢さを再び恥じた。そして、ミクの圧倒的な「器」の正体を知る。彼女は、このバラバラな個性を持つメンバー全員のスペックを完全に把握し、最適に動かしてきた「超一流のアーキテクト」だったのだ。
「……もう一度だ。次は、私の思考の速度を君たちの動きに合わせる。……ミク、10秒後に左へスイッチしろ。ルカ、その軌道上にスロウを置け! アリアはルカの魔法発動の1秒後に、退路を塞ぐ炎の壁を詠唱開始!」
ユリウスの目が、真剣な輝きを帯び始めた。
自分のプライドを捨て、5人チームという「システム」の中枢として機能するために、必死に調整を繰り返す。
数時間の猛特訓(結合テスト)の末。
ついに、ユリウスの指示と4人の動きが、パズルのピースが嵌まるようにピタリと一致し始めた。
「……敵の機動力、完全停止を確認! ユリウス、今よ!!」
ミクがキルゾーン(射線)を開ける。アリアの炎とルカの氷が、オークたちを完全に一つの座標へと縫い留めている。
そこには、司令塔としてのタスクを完璧に完遂し、魔力を限界まで練り上げたユリウスが立っていた。
以前のように焦りも恐怖もない。仲間が作り上げた「完璧な実行環境」が、そこにある。
「……お待たせしたな。これが、私の真の火力だ。……『極大雷光』!!」
轟音と共に放たれた雷撃が、オークの群れを一瞬で消滅させる。
上層階の魔物には過剰すぎるほどの威力だが、その命中精度とタイミングは、かつてのユリウスからは想像もできないほど洗練されていた。
「……対象の全消滅を確認。結合テスト、パス(合格)よ」
ミクがストップウォッチを止め、初めてユリウスに向かって満足げな笑みを浮かべた。
「ははっ! 最高だぜ! ユリウスの指示通りに動けば、盾が一番軽い位置で敵を受け止められる!」
「……フフ、まさか私が『指示』に従う喜びを感じることになるとはな。ユリウス、君のタクティクスは合理的で非常に使いやすい」
「ユリウスさんの指示、私が詠唱を始めるタイミングがピッタリで、すごく魔法が撃ちやすかったです!」
ガルド、ルカ、アリアの三人からの素直な称賛に、ユリウスは杖を握りしめ、静かに頭を下げた。
「……いや。私の未熟な指示を、君たち4人の卓越したスキルが補ってくれたおかげだ。……ミク、ありがとう。ようやく、このパーティーの一員になれた気がするよ」
「いいえ。まだこれは『テスト環境』での結果よ」
ミクは双剣を鞘に収め、迷宮の下層へと続く道を指差した。
「5人のリソースの同期は取れた。システムの信頼性(可用性)も証明された。……さあ、いよいよ本番環境へ戻るわよ。第51層の攻略を再開しましょう!」
「「「「おう(了解)!!」」」」
器の大きさを見せつけ、最強の賢者を「最良の司令塔」へと作り変えたミク。
『三律の連環』というシステムは、アリアを含む5人の歯車が完全に噛み合う人知を超えた「完成形」へとアップデートされ、深淵の底へと再び牙を剥くのだった。
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