第42話:帰還の判断(リソース解放)と、正しかった既存の定理
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迷宮第50層、階層主の部屋。
『双刃の狂騎士』が光の粒子となって完全に消え去り、第51層へと続く下り階段が現れたのを確認した直後。
「……よし。それじゃあ、このままの勢いで51層の偵察に――」
ガルドが大盾を背負い直して階段へ向かおうとした瞬間。
「ストォォォォップ!!」
ミクが残った最後の力を振り絞り、ガルドの背中に飛びついて全力で引き止めた。
「ぶふぉっ!? ど、どうしたミク!」
「行くわけないでしょ! 私たち、アビス・マカクの群れにボコボコにされて、さらに階層主と死闘を繰り広げた直後なのよ!? ポーションで傷は塞がってても、精神的にも体力的にも、もう完全にすっからかんだわ!」
ミクはぜぇぜぇと肩で息をしながら、階層主の部屋の隅に設置された『帰還用の魔法陣』をビシッと指差した。
「一旦、街へ戻るわ! 今日はもう絶対に武器なんて振らない。温かいお風呂に入って、美味しいお肉を食べて、ふかふかのベッドで泥のように眠るのよ!!」
「……異議なしだ。私の魔力も、もうスライム一匹倒せるかどうか怪しい底値だ」
「私も、もう足がガクガクで……帰りたいです……」
ルカとアリアも、満身創痍の顔で激しく同意する。
「お、おう……そうだな。俺もテンション上がりすぎて、体の痛みを忘れてたぜ」
ガルドも苦笑いしながら頷き、四人は満場一致で帰還用の魔法陣へと足を踏み入れた。
――数時間後。迷宮都市の酒場。
「「「お疲れ様でしたーっ!!」」」
カチンッ! とエールと果実水が入ったジョッキが打ち鳴らされる。
迷宮の汚れを落とし、私服に着替えた四人は、テーブルいっぱいに並べられた豪快な肉料理を前に、人心地をついていた。
「くぅ〜っ! 疲れた体に染み渡るぜ!」
ガルドがエールを一気に飲み干し、骨付き肉にかぶりつく。
アリアも幸せそうな顔でシチューを頬張り、ルカは静かにグラスを傾けながら、安堵の息を吐き出していた。
しかし、ミクは手元の串焼きを見つめながら、少しだけ複雑な表情を浮かべていた。
「……ミクさん? どうかしたんですか?」
アリアが小首を傾げる。
「ううん。お肉は最高に美味しいんだけど……階層主との戦いを振り返って(レビューして)、自分の未熟さにちょっと凹んでたのよ」
ミクの言葉に、ガルドとルカも食事の手を止めた。
「未熟さ? あんなに完璧なワイヤー誘導を決めたじゃないか。お前がいなきゃ勝てなかったぜ」
「違うのよ、ガルド。……そもそも、あの戦いで私がワイヤー誘導(綱渡り)をする必要なんて、最初から一ミリもなかったの」
ミクはテーブルの上に、グラスと小皿を使って当時の陣形を再現した。
「敵は二体。しかも、強力な物理攻撃を仕掛けてくる重装甲のボスだった。……もしあそこで、私たちが『パターンB(対魔法反射・物理特化陣形)』を選択していたら、どうなっていたと思う?」
ミクの問いに、ルカがハッと目を見開いた。
「……そうか。パターンBならば、私とアリアは最初から攻撃を放棄し、敵の動きを泥沼と水縛で完全にロックする(デバフに専念する)ことにリソースを100%割いていた」
「ええ。敵がどれだけ腕力が強かろうと、後衛二人がかりで全力の遅延魔法をかけ続ければ、ガルドの盾が押し込まれることはなかったはずよ。後衛の安全が完全に確保された状態で、前衛でフリーになった私が、時間をかけて一体ずつ安全に処理すればよかっただけの話なのよ」
ミクは自分の額をペチッと叩いた。
「新しい戦術(パターンC)を思いついたばっかりに、思考がそれに引っ張られて、完全に状況判断を間違えたわ。『新しいハンマーを手に入れると、すべての問題が釘に見える』ってやつね。……本当に、バカみたい」
ミクの自己嫌悪に満ちた声に、酒場のテーブルが少しだけ静まり返る。
だが、ルカはフッと口角を上げ、静かにグラスを置いた。
「……システム開発において、新機能を実装した直後に運用を誤るのは、よくあるヒューマンエラーだ。だが、君はそのエラーに気づき、今ここで『言語化』して修正(パッチ適用)を済ませた」
ルカはミクを真っ直ぐに見据える。
「新しい機能に固執せず、状況に応じて既存の安定した機能を正しく選択する。……この教訓を得たことで、我々のシステムはさらに強固なものになった。凹む必要などどこにもない」
「ルカさんの言う通りです! 次同じような敵が出たら、絶対に間違えません!」
「おう! 失敗から学ぶのが、俺たち『三律の連環』のやり方だろうが!」
仲間たちの温かい励ましに、ミクの顔にようやくいつもの笑顔が戻った。
「……そうね。反省はここまで! 今日はもう、迷宮のことは忘れてとことん休むわよ!」
「おうっ!!」
「すみませーん! お肉のおかわり、お願いしまーす!」
歓声と笑い声が交差する酒場の夜。
完璧なシステムなど存在しない。だからこそ、常にエラーを直視し、アップデートを止めない。
心身のリソースを完全に回復させた彼女たちは、明日、いよいよ未知なる領域――第51層へと新たな一歩を踏み出すのだった。
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