第39話:根本原因分析(ルート・コーズ・アナリシス)と、第三のプロトコル
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迷宮第50層、階層主の部屋へと続く重厚な扉の前。
安全地帯に指定されたその空間で、『三律の連環』の四人は重苦しい沈黙の中にいた。
「……ポーションの効き目はどうだ、ミク」
ガルドが申し訳なさそうに尋ねる。
「ええ、もう痛みはないわ。ルカの治癒魔法のおかげよ」
ミクは包帯を巻き直しながら、壁に立てかけた双剣を見つめた。
先ほどの『アビス・マカク』の群れによる分断攻撃。
あの絶体絶命の危機から生還できたのは、ミクの決死のアドリブと、ルカの限界を超えた魔力放出という「運」に過ぎなかった。
「さて、反省会の時間よ」
ミクは立ち上がり、羊皮紙を床に広げた。その目には、先ほどまでの絶望はなく、冷徹な分析者の光が宿っている。
「なぜ、私たちの完璧だったはずの陣形が崩壊したのか。その『根本原因』を洗い出すわ」
ミクは羊皮紙に、前衛と後衛が完全に分断された先ほどの配置図を描き出した。
「表面的な問題は、『敵が分かれて襲ってきたから』。でも、それは原因じゃない。根本的な欠陥は、私たちのシステムが『防御というタスクを、ガルド一人(単一リソース)に完全依存していたこと』よ」
ミクの指摘に、ガルドがハッと息を呑む。
「……確かに。俺が後衛を守りに下がれば、前衛のミクは丸裸になる。俺が前衛に残れば、後衛が死ぬ。俺という『盾』は、物理的に一つしかないからな」
「そう。だから敵に分断処理をされた瞬間、システムがデッドロック(機能停止)を起こした。……このバグを修正するには、ガルドに頼らない『第二の防壁』をシステムに組み込むしかないわ」
ミクはルカの方を真っ直ぐに見据えた。
「ルカ。あなたの氷結魔法で、私を守ることはできる?」
「……どういう意味だ?」
「さっきの戦闘で、私は四匹の敵に完全に包囲されて回避のスペースを潰された。だから、あなたの氷の壁で、私の周囲の地形を強引に書き換えてほしいのよ」
ミクは羊皮紙の自分の駒の周りに、線を引いた。
「敵が四方から来るなら、左右と背後を氷の壁で塞いで、敵が『正面からしか来られない狭い一本道』を作る。そうすれば、同時に私の相手をできる敵は一匹か二匹に制限される。それなら、私の回避と双剣でも十分に捌き切れるわ」
ルカの目が、驚きに大きく見開かれた。
「……魔法を敵への攻撃やデバフではなく、味方の『遠隔物理シールド』として運用するということか! 私が後衛にいながら、前衛の君を防御する……!」
「その通りよ。ガルドはパターンAの時と同じように、全力で後衛を守る。そしてルカは、私を守るための氷の壁を展開し続ける」
「待ってくれ、ミク」
ルカが冷静に思考を巡らせる。
「その論理なら、君の防御は成立する。だが、後衛(我々)はどうなる? 敵が分断している以上、ガルド一人で私とアリアを護りながら、さらに私が君への防御魔法にリソースを割けば、防衛ラインはいずれ突破されるぞ」
「そこは、私が対処するわ」
ミクは腰のポーチから、真新しい『ワイヤーアンカー』を取り出した。
「後衛の防衛ラインに敵が群がって、ガルドの処理能力を超えそうになったら……私が背後からこのワイヤーを撃ち込んで、敵を私の『一本道』の方へ強引に引きずり込む(負荷分散する)わ」
ルカが前衛の防御を担い。
ミクが後衛のヘイト(負荷)を引き受ける。
前衛と後衛が、互いの役割をクロスさせてカバーし合う、究極の冗長化システム。
「ルカの魔力効率と、私の機動力、そしてガルドの耐久力。すべてのリソースを循環させて、パーティー全体で負荷を分散する。……これが、分断攻撃に対する私たちの新しい解答。例外処理『パターンC』よ」
ミクの提示した完璧な論理に、三人は息を呑んだ。
「……素晴らしい。前衛と後衛の物理的な距離を、魔法とワイヤーで接続して埋めるというわけか。これなら、ガルドという単一障害点(SPOF)は見事に解消される」
ルカが震える手で杖を握り直し、歓喜の笑みを浮かべる。
「すげえよミク! 俺が守りきれない分は、お前が引っ張ってくれるんだな! それなら絶対に後衛を死なせねえ!」
ガルドが大盾を力強く叩く。
「私……私には何ができますか!?」
アリアが身を乗り出す。
「アリアは、ガルドの足元を泥沼化させて敵の機動力を削ぎつつ、私の作った隙(的)を狙って、中級魔法で一匹ずつ確実に処理してちょうだい。……分断された状況下では、合体魔法のチャージはリスクが高すぎる。あなたの中級魔法が、このパターンのメイン火力よ」
「はいっ! 絶対に外しません!」
四人の目に、再び強靭な光が宿った。
慢心からくる自信ではない。自らの致命的な欠陥を直視し、根本原因を突き止め、それを克服する論理を組み上げた者だけが持つ、本物の「確信」。
「準備はいいわね」
ミクは双剣を抜き放ち、重厚なボスの扉を見据えた。
「第50層の階層主。どんな理不尽な変数を仕掛けてこようと、私たちのアップデートされたシステムなら、絶対に突破できる。……行くわよ!」
「「「応ッ!!」」」
ギィィィィィッ……。
重厚な扉が開き、腐敗した臭いと、圧倒的な死のプレッシャーが四人を包み込む。
『三律の連環』は、完成された第三のプロトコルを胸に、深層の大きな壁である階層主との決戦へと足を踏み入れた。
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