第27話:システムの休止状態(スリープモード)と、束の間の日常
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迷宮第40層の階層主、アビス・リーパーを討伐し、ギルドへの報告を終えたその日の夜。
『三律の連環』の四人は、手にした破格の討伐報酬を元手に、街で一番と評判の高級料理亭の個室を貸し切っていた。
テーブルの上には、深層踏破の祝杯にふさわしい豪勢な肉料理や、夜の宴を彩る美酒、そしてアリアの要望で用意された果実のタルトが所狭しと並べられている。
窓の外から微かに聞こえる街の喧騒。それすらも遠く感じるほど、個室の中には戦いを終えた者特有の、気怠くも心地よい空気が漂っていた。
「……いやぁ。食った、食った。生きててよかったぜ」
ガルドがジョッキの最後の一滴を飲み干し、ふぅ、と深い安堵の息を吐く。そして、重い体を椅子に深く預けながら、自身の太い腕をポンと叩いた。
「あの死神の規格外な大鎌を見た時は、さすがに一瞬冷や汗が出たがな。こうして両腕がくっついて、美味い酒が飲めるのも……」
「ふん。私が迅速に回復魔法を展開してやった恩を忘れるなよ、盾持ち」
ルカがゆっくりと最高級の茶葉で淹れられた紅茶のカップを傾けながら、鼻を鳴らす。相変わらずの不遜な態度だが、その表情はどこか柔らかく、カップから立ち上る湯気越しに見える目元は、すっかり戦いの鋭さを失っていた。
「ルカさん、この果実のタルト、すごく美味しいですよ! 頭を使った後は甘いものが一番です!」
アリアは両頬にクリームをつけながら、満面の笑みでデザートを堪能している。
ミクは、そんな三人の賑やかなやり取りを心地よいBGMとして聞きながら、自分も温かいスープを一口飲んだ。胃の奥にじんわりと染み渡る熱が、張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。
いつもならここで、今後の装備更新や消耗品の補充について、予算の計算を始めてしまうところだ。だが、今日ばかりはそんな野暮なことはやめにしようと、ミクは小さく首を振った。
(システムの稼働を安定させるには、適切な休止状態も必要不可欠。……今夜は難しい計算は抜き。とことん休むのが『最適解』ね)
* * *
そして、翌日。
完全な自由行動の休暇となった四人は、活気に満ちた昼下がりのバザールへと繰り出していた。
雲ひとつない青空から、ぽかぽかとした陽光が降り注ぐ。
いつもは効率よく一直線に目的の店へ向かうミクだが、今日ばかりは目的地を設定せず、ただ風を感じて歩くことそのものを楽しむように、のんびりと通りを進んでいく。歩幅を合わせ、景色を眺めながらただ歩を進めるだけの時間が、今はひどく心地よかった。
「おおっ、こいつ人懐っこいな! おいミク、見てみろよ。腹見せて尻尾振ってるぜ!」
路地裏の陽だまりで、大盾使いのガルドがしゃがみ込んでいる。見れば、街の野良犬に顔中を舐め回され、屈強な大男が「わかったわかった、降参だ!」とタジタジになって笑っていた。
「ルカさん、見てください! この髪飾り、色とりどりのガラス細工みたいで、太陽に透かすとすごく綺麗です!」
「……フン。魔力も付与されていない、ただの安っぽい石ころだな。だが、まあ……色彩のバランスだけは悪くない。……店主、それを包んでくれ」
「えっ、ルカさん、買ってくれるんですか!?」
「勘違いするな。私の視界に入るお前の頭が、少しでもマシに見えるためのただの『環境整備』だ」
素直に喜んで髪飾りを留めるアリアと、そっぽを向きながら金貨を支払うルカ。その手には、先ほど屋台で買ったばかりの甘いクレープがしっかりと握られていた。
ミクは少し離れた場所からその後ろ姿を見つめながら、ふっと頬を緩ませた。
かつて、自分は『火力不足』としてパーティーをクビになり、この街を一人で俯いて歩いていた。
自分の剣は軽すぎる、賢者のパーティーの剣士として相応しい成果を出せていないと切り捨てられ、居場所を失ったあの時の情けなさと悔しさ。
けれど今は違う。
迷宮の中では誰よりも頼もしい仲間たちが、今はただの人の良い大男と、不器用な魔法使いと、無邪気な少女として笑っている。
(迷宮の外では、誰も無理をしていない。誰も自分を偽っていない。……本当に、最高のシステム(居場所)が組み上がったわね)
ふと吹き抜けた暖かな風に目を細めていると、
「おいミク! こっちの店に、面白そうなからくりのおもちゃがあるぞ!」
犬の頭を撫で終えたガルドが、人ごみの向こうから大きく手を振る。
「……今行くわ!」
ミクは足取りも軽く、仲間たちの待つ輪の中へと駆け寄っていった。
戦いや効率から完全に離れた、ただの穏やかな日常。これもまた、彼らが明日からの過酷な深層探索を完璧な精度で駆け抜けるための、大切な「最適化」のプロセスなのだった。
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