第24話:信頼のプロトコルと、零(ゼロ)秒の「委ね」
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深層第32層。黒い岩肌が迷宮のように入り組んだ通路で、『トライ・リンク』の快進撃は続いていた。
「ガルド、左! アリア、足元の影を焼き払って!」
「応ッ!」
「はいっ! 『ファイア・ボルト』!」
ミクの指揮のもと、四人の通常連携は完璧だった。新調された装備のスペックも相まって、深層の魔物相手でも危なげなく、着実に階層を更新していく。
しかし、その安定感とは裏腹に、ミクの表情は晴れなかった。合体魔法の実戦テストは、依然として「成功率50%」という、システムとしては極めて不安定な状態(不安定なビルド)のままだったからだ。
「……また失敗ね。タイミングがコンマ数秒、後ろにズレているわ」
戦闘後、倒れ伏した魔物を前に、ミクは厳しい表情でログ(戦闘記録)を振り返るように呟いた。
ルカは不機嫌そうに杖を突き、アリアは申し訳なさそうに肩を落とす。
「……おかしいな。計算上、私の構成速度と彼女の詠唱は同期しているはずだ。だが、発動の瞬間にどうしても微かな『ノイズ』が混ざる」
ルカの言葉に、ミクは自身の動きを思い返した。
(ガルドの防御も、私の誘導も、完璧に『的』を作れている。なのに、なぜ二人の魔法が最後の一線で噛み合わないの……?)
ミクは二人の様子を観察し、ある「挙動」に気づいた。
魔物がガルドの盾を叩く瞬間、あるいはミクが敵の攻撃を紙一重でかわす瞬間。後衛の二人の視線が、一瞬だけ魔法から逸れ、前衛の「安全」を確認しようと動いているのだ。
「ルカ、アリア。……原因が分かったわ」
ミクは二人の前に立ち、静かに、だが断固とした口調で告げた。
「あなたたち、魔法を撃つ瞬間に、私たちのことを見てるでしょう?」
二人がハッとしたように顔を上げる。
「それは……前衛が押し込まれたら、詠唱を中断して防御に回らなきゃならないから……」
「そうだよ。ガルドさんやミクさんが危ないと思ったら、どうしても……」
「それが『ノイズ』よ」
ミクは二人の言葉を遮った。
「深層の合体魔法は、精神のすべてを魔法の同期に注ぎ込まなきゃ成功しない。それなのに、あなたたちは『私たちが突破されるかもしれない』という不安を抱えて、意識の数パーセントを防御に残している。……それが、コンマ数秒のラグを生んでいるのよ」
「……しかし、それはリスク管理として当然の判断だろう。前衛が崩れれば後衛は死ぬ」
ルカの合理的な反論に、今度はガルドが前に出た。
「ルカ、お前、俺を誰だと思ってんだ?」
ガルドはひしゃげた箇所一つない、黒鉄の大盾をドスンと床に置いた。
「俺はタンクだ。お前ら後衛に、指一本触れさせねえためにここに立ってる。俺が『大丈夫だ』って言ったら、たとえ目の前に火を吹くドラゴンがいようが、俺の背中は絶対に安全なんだよ」
ガルドの言葉に、ミクも頷き、双剣を鞘に納めて二人に歩み寄った。
「信頼の問題ね。……ルカ、アリア。あなたたちは、自分たちの魔法を完成させることだけを考えて。敵がどれだけ迫ろうと、私たちがどれだけ傷つこうと、一切、後ろを振り返らないで。……私たちを、100%信じて(フル・トラスト)」
「……後ろを、振り返らない……?」
アリアが震える声で繰り返す。
「そう。あなたたちが魔法に集中しすぎて、もし敵に殺されそうになっても……その時は、私たちの責任。……それくらいの覚悟で、自分たちの『機能』を完全に分離して(デカップリング)。前衛は防御と誘導に、後衛は破壊に。お互いの領域を、完全に信じて預けるの」
それは、技術論を超えた「パーティーとしての覚悟」の要求だった。
ルカはしばらく沈黙していたが、やがてフッと自嘲気味に笑った。
「……完璧主義者の私に、自分の命を他人に委ねろと言うのか。……全く、論理的ではない提案だ」
ルカは杖を強く握り直し、アリアの肩を叩いた。
「だが、お嬢さん。……システムを回すための最後のパッチが『信頼』だと言うなら、試してやる価値はありそうだ」
「……はい! 私、もう後ろは見ません。ミクさんとガルドさんを信じて、魔法だけに集中します!」
その直後。通路の奥から、さらに強力な魔物――『黒鋼の甲虫』の群れが現れた。
今までの失敗を繰り返せば、全滅もあり得る強敵だ。
「テスト開始よ。……全システム、同期開始!」
ミクの声に応じ、ガルドが咆哮と共に前線へ躍り出た。
甲虫の鋭い鎌がガルドの盾を切り裂き、火花が散る。ミクもまた、死角から迫る敵を紙一重でいなし、敵を一点に集めていく。
「ルカ、アリア! 今よ!!」
二人の背後数メートルまで、別の魔物が迫っていた。
普通なら、恐怖で詠唱が乱れる。あるいは自衛のために回避に移る場面だ。
しかし、二人は動かなかった。背後の魔物の咆哮すら耳に入っていないかのように、ただ、杖の先に集中し、お互いの魔力波長だけを見つめていた。
((――信じてる。――任せたよ!!))
二人の意識が、かつてない純度で一つに溶け合う。
「「『水蒸気爆発』!!」」
――ドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
これまでの失敗が嘘のような、完璧な衝撃波。
敵の装甲を無視し、内部から沸騰させて粉砕する純粋な破壊の奔流。
立ち込める蒸気の中、最後まで立ち続けていたのは、一切の傷を負わなかった二人の後衛と、その前に立ちはだかり、迫る敵をすべて叩き伏せていたミクとガルドの姿だった。
「……成功、ね」
蒸気の中で、ミクは静かに微笑んだ。
「ははっ……すげぇ威力だ……! 完璧だったぜ、お前ら!」
ガルドが親指を立てる。
ルカは肩で息をしながら、自分を守り抜いた前衛の背中を見つめ、静かに呟いた。
「……背中に目がついていないというのは、これほどまでに魔法に没頭できるものだったか」
「はい……! ミクさんとガルドさんが、本当に守ってくれるって、心から信じられたから……!」
アリアの瞳には、安堵と、新しい絆への確信が宿っていた。
技術と理論。そしてそれを繋ぐ「絶対的な信頼」。
『三律の連環』は、深層という過酷な戦場を経て、ようやく一つの完成された生命体へと進化した。
もはや、彼らを止めるものは何もない。四人の鼓動が重なる時、その先に待つどんな強敵も、計算済みの障害に過ぎなかった。
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