第23話:テスト環境の成功と、本番環境(深層)のノイズ
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深層での合体魔法の著しい成功率の低さを受け、ミクは一旦パーティーの進軍を停止し、第25層――すでに彼らにとって安全領域(テスト環境)となった中層への一時撤退を指示した。
「深層での失敗原因が、魔法の構成そのものにあるのか、それとも環境要因なのか。それを切り分けるためのテストよ」
ミクの言葉に従い、四人は25層に現れた『装甲トロル』の群れを相手に、深層と同じ手順で『全体同期』のテストを繰り返した。
「ルカ、アリア! ターゲット固定、チャージ開始!」
「応ッ! ここは通さねえぞ!」
ガルドが大盾でトロルの突進を完全にシャットアウトし、ミクが双剣で敵の意識を自分へと縛り付ける。
完璧に構築された「絶対安全圏」の中で、ルカとアリアの詠唱が重なる。
「「『水蒸気爆発』!!」」
轟音と共に、装甲トロルが跡形もなく吹き飛んだ。
「……これで10回連続成功。成功率はほぼ100%ね」
ミクは手元の記録を確認し、頷いた。
「フン、当然だ。私の魔力制御と彼女の詠唱テンポのすり合わせは、すでに完璧な計算式で成り立っている。……深層での失敗は、ただの偶然のノイズが重なったに過ぎない」
ルカが自信ありげに鼻を鳴らす。
「私、中層の魔物相手なら、ルカさんの波長にぴったり合わせられます! これなら深層でも絶対にやれます!」
アリアもまた、連続成功のデータにすっかり自信を取り戻し、笑顔を見せていた。
ミクも思考を巡らせる。
(中層での再現性は完璧。つまり、合体魔法の『システム自体』にはバグはない。原因はやはり、深層という『本番環境』特有の変数にある……)
「よし、魔法自体の安定性は証明されたわ。自信を持って、もう一度深層(第31層)に挑みましょう!」
数時間後。再び濃密な魔素が立ち込める深層第31層へ足を踏み入れた四人は、ほどなくして強敵『ディープ・クロウラー』の群れと遭遇した。
「テスト再開よ! 全体同期、開始!」
ミクの合図で、四人の歯車が回り始める。
だが、中層のトロルと深層のクロウラーでは、個体のスピードも、殺意の純度も桁違いだった。
『シャァァァァッ!!』
「くっ……重てぇッ! だが、抜かせねえよ!」
ガルドの大盾が激しい火花を散らし、中層の時とは比べ物にならない甲高い衝撃音が通路に響き渡る。
ミクもまた、死角から迫る鋭い鎌を紙一重で躱し、ギリギリのステップで敵を誘導していく。前衛二人の立ち回りは間違いなく完璧だったが、中層の時のような「静かな安定」ではなく、常に死と隣り合わせの「激しい攻防」がそこにはあった。
「ルカ、アリア! 今よ!!」
激しい戦闘の合間、ミクが魔法の放射を指示する。
しかし――。
シュゥゥゥゥ……。
ルカの水球とアリアの火炎は、またしても空中で力なく相殺し合い、ただの蒸気となって消え去った。
「なっ……なぜだ! タイミングは完璧だったはずだぞ!」
ルカが苛立たしげに声を荒げる。
「す、すみません! 私の火力が、一瞬だけブレて……!」
アリアが顔を青ざめさせながら、迫り来るクロウラーから慌てて距離を取った。
その後も、ミクたちは何十回となく合体魔法の試行を繰り返した。
だが、結果は散々だった。中層で100%近かった成功率は、深層ではまたしても50%以下にまで落ち込んでいたのだ。
「……ダメね。一旦後退して、安全確保!」
ミクの指示で、四人は息を切らしながらクロウラーの群れを通常連携でなんとか殲滅し、壁際へとへたり込んだ。
「ハァ……ハァ……。おかしいだろ。中層であんなに上手くいってたのに、なんで深層に入った途端に成功しなくなるんだよ……」
ガルドが盾を置き、汗まみれの顔を拭う。
ルカは無言で壁を睨みつけ、アリアは自分の不甲斐なさに俯いてしまっている。
魔法の計算式は完璧。中層でのテスト稼働もクリアした。環境が変わったとはいえ、ミクとガルドは敵の動きを完全に封じ込め、魔法を撃つための「的」は間違いなく機能している。
それなのに、なぜ最後の最後で同期が外れるのか。
(ハードウェア(装備)も、ソフトウェア(魔法構成)も問題ない。なら、システムを操作する『ヒューマンエラー』……?)
ミクは壁際で沈黙するルカとアリアの姿を、エンジニアのような冷徹な目で観察し始めた。
二人の疲労度。魔力の残量。そして何より、先ほどの戦闘中の「視線の動き」。
(……そういえば。魔法を放つ直前、ガルドの盾が激しい音を立てた瞬間……アリアの視線が、杖の先ではなく、ガルドの方へ向いていなかった?)
ミクの脳内で、これまでのすべての「エラーログ」が一本の線で繋がった。
深層の魔物の恐ろしい咆哮。ガルドの盾が軋む音。ミクが刃を躱すギリギリのステップ。
中層にはなかった、前衛の「死のリスク」が可視化される極限の状況。
(魔法の同期処理が重すぎるんじゃない。……前衛の激しい攻防が、後衛の意識を無意識のうちに削り取っているんだわ)
システムを不全に陥れていた致命的なバグ。
それは魔物の強さでも、魔法の難易度でもなく、極限状態における「仲間の安否への不安」という、あまりにも人間的すぎる『ノイズ』だった。
ミクはゆっくりと立ち上がり、俯く二人の前へと歩みを進めた。
この根本的なバグを取り除くためには、技術論ではなく、精神の根幹を書き換える「プロトコル」が必要だと確信しながら。
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