第105話:カンスト(上限設定到達)と、本番環境(アース・エリア)への再デプロイ
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【真・ダンジョン トレーニングルーム】
『――環境重力【3.0倍】。テストプロセス、オールクリア。これ以上の環境パラメータ(上限値)は存在しません』
無機質なシステム音声が告げたそのログ(結果)に、ミクは額の汗を拭いながら小さく息を吐いた。
真・ダンジョンのトレーニングルームにおいて設定可能な最大値、3.0倍。
それは内臓がひしゃげ、骨が自重でへし折れるほどの圧倒的な圧死空間だが、ミクの肉体はついに、この極限環境を「日常」として完全に適応しきってしまったのだ。
「これで私の基礎スペック向上はカンスト(頭打ち)ね。……さあ、次はあなたたちの実地テスト(結合テスト)よ!」
ミクは木製の双剣を構え、トレーニングルームの中心で不敵に笑った。
彼女の視線の先には、【2.5倍】の重力環境をクリアし、大斧と大盾を構えて立ち塞がる前衛組(ヴァレリア、ガストン、ガルド)の姿がある。
「来やがれPM! 2.5倍の重力が乗ったアタシらの防壁、そう簡単には抜けねえよ!」
「行くわよ!」
ドンッ!! とミクが床を蹴る。
3.0倍を極めたミクの2.5倍空間での機動力は、もはや超高速の残像すら置き去りにするレベルだった。だが、前衛組もただ重力に耐えていたわけではない。
「そこだァッ!!」
ガストンが、ミクの不可視の軌道を『気配(パケットの偏り)』で先読みし、重力加速度を完全に利用して大盾を叩き落とす。ミクが紙一重でそれを躱すと、今度はヴァレリアの飛ぶ斬撃(衝撃波)がミクの退路を正確に塞ぎにかかる。
「甘いわ! 戻り(ディレイ)の隙が大きすぎる!」
ミクは空中で姿勢を捻り、ヴァレリアの死角へと潜り込む。しかし、そこに――。
「『紫電の槍』!! 展開!!」
「『防壁』、座標固定!」
ズガァァァァンッ!!
ミクの着地点に、後衛組からの精密な魔法の雷撃が直撃した。
【2.3倍】の大台をクリアし、魔力回路の最適化を終えたユリウス、アリア、ルカの三人だ。彼らは前衛組とミクの超高速の模擬戦を後方から監視し、動く標的へ向けて正確に魔法を叩き込む「偏差射撃(予測演算)」の精度を極限まで高めていた。
「……ハァ、ハァ……。どうだ、ミク! 今のはクリーンヒット(同期成功)だろう!」
ユリウスが杖を下ろし、汗を拭う。
「ええ、見事なトラフィック制御だったわ! 前衛のカバーのタイミングも完璧よ!」
ミクも着地し、満足げに親指を立てた。
個別のスペックに合わせて非同期で進めてきた特訓は、ついに結合テストの段階において完璧な動作を見せた。全員が大台を突破し、超重力下での連携システムは驚異的な安定稼働を見せている。
「ガハハハッ! 最高の仕上がりだ! これなら、どんな化け物が来ても真正面から粉砕できるぜ!」
ヴァレリアが木斧を放り投げ、床に大の字になって笑う。
その時だった。
ミクが、ふとトレーニングルームの壁に表示されている『現在の進行度』のログを見て、ピタリと動きを止めた。
「……ねえ、みんな」
ミクが、顔を引きつらせながら仲間たちを振り返る。
「私たち……鍛錬(ローカル環境での開発)に夢中になりすぎて……」
「ん? どうしたPM」
「本番のアース・エリア(第5ループ)、全く進んでなくない……?」
その言葉に、全員の動きがフリーズした。
旧迷宮へオーバースペックの確認に行ったり、個人プロファイルで細かなデバッグを繰り返したりと、ひたすら「準備」ばかりにリソースを割いていた結果、本来の目的である『真・ダンジョン・アースエリアの攻略』が完全にストップ(開発遅延)していたのだ。
「お、おいおい! マジかよ、俺たちまだ第4ループまでしか終わってねえのか!?」
ガストンが頭を抱える。
「完璧なアーキテクチャを追求するあまり、納期(進行)を完全に忘れる……。エンジニア(開発者)としてはあるまじき失態だな……」
ユリウスも冷や汗を流しながら苦笑した。
「反省会は後よ! 全員、直ちに武装を実戦用(本番環境)に切り替えて! アース・エリア、第5ループへ突入するわよ!!」
* * *
【真・ダンジョン 第一階層・アース・エリア(第5ループ)】
『――アース・エリア、第5ループを開始します。環境重力を【1.9倍】に設定します』
無機質なシステム音声と共に、荒野の風景が七人を包み込む。
第4ループ(1.7倍)の死闘から長らく足を踏み入れていなかった、狂気の超重力空間。本来ならば、ここで彼らは未知の【1.9倍】という過負荷に絶望し、立っていることすらままならずに魔物の群れに蹂躙されるはずだった。
『ギャルルルルルルッ!!』
空間が歪み、超重力環境にネイティブ対応した『ストーム・ウルフ』の大群がスポーンする。
圧倒的な殺意と残像。彼らは1.9倍の重力を物ともせず、音速のスピードで『三律の連環』の陣形へと殺到してきた。
……しかし。
「……なぁ、ヴァレリア」
ガストンが、大盾を片手で軽々と持ち上げながら呟いた。
「ああ。分かってるよ、ガストン」
ヴァレリアもまた、重力で鉛のように重いはずの大斧を、まるで小枝のように肩でクルクルと回していた。
「「軽すぎる(低負荷すぎる)んだよなァ……!!」」
無理もない。
彼らはつい先程まで、2.5倍や3.0倍という、1.9倍とは比較にならないほどの絶望的な極圧空間で模擬戦を繰り返していたのだ。
今の彼らの肉体にとって、第5ループの1.9倍という重力は、もはや「心地よい程度の負荷(アイドリング状態)」に過ぎなかった。
「行くわよ!! 中央は魔法組! 物理組は撃ち漏らしを確実に処理!!」
ミクの鋭いルーティングが飛ぶ。
しかし、その声すらも、ウルフたちにとっては遅すぎた。
「オラァッ!!」
ヴァレリアが軽く大斧を振り下ろす。それだけで、2.5倍の環境で鍛え上げられた筋力が1.9倍の重力をオーバードライブさせ、かつてないほど巨大な真空の斬撃(バッチ処理)を発生させた。
ズバァァァァァァンッ!!
迫り来るウルフの群れが、悲鳴を上げる間もなく一直線に両断され、光の粒子となって消し飛んでいく。
「『紫電の暴風雨』!!」
ユリウスたち魔法組も、2.3倍の環境で最適化された魔力回路から、一切のラグ(詠唱遅延)なしで極大の魔法を荒野へ放つ。
魔法の威力も、制御の精密さも、以前とは別次元(バージョン2.0仕様)へと進化していた。
「……フッ、完全にオーバースペックね」
ミクは双剣を構えたまま、自ら攻撃に出るまでもなく敵が殲滅されていく光景を見て、余裕の笑みを浮かべた。
開発環境で限界までシステムを鍛え上げ、万全の状態で挑む本番環境(第5ループ)。
もはや彼らにとって、アース・エリアの前半戦は「ただの動作確認(消化試合)」でしかなかった。最強のバグキャラと化した七人は、溜まりに溜まった進捗の遅れ(タスク)を一気に巻き返すべく、圧倒的な蹂躙劇を開始したのである。
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