第102話:メジャーアップデートの壁(2.0倍の閾値)と、泥臭いエージング作業
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【真・ダンジョン トレーニングルーム】
酒場での圧倒的なデモンストレーション(動作確認)を経て、迷宮都市の喧騒を完全にシャットアウトした『三律の連環』の七人は、再び無機質な白い空間(ローカル環境)へと戻ってきていた。
焦る必要は全くない。外野がどれだけ覇権を争おうと、彼らの目指すゴール(真・ダンジョン踏破)には何の影響も及ぼさないからだ。
「それじゃあ、環境変数を再設定するわよ。私はついに大台突破の【2.1倍】。みんなは【1.7倍】にプロファイルをセットしてちょうだい」
ミクの指示に、仲間たちがそれぞれのコンソールを操作する。
『――個別プロファイルの適用を開始します。ユーザー:ミク、環境重力を【2.1倍】に設定。他メンバー、環境重力を【1.7倍】に設定』
実行ボタンが押された瞬間。
白い空間に、目に見えない強烈な重力の波(負荷パッチ)が満ちた。
「ぐっ……!!」
ミクは、両足を踏ん張ったまま、思わず低く呻き声を漏らした。
(な、何これ……っ!? 1.9倍からたった0.2倍増えただけなのに……全然、レベルが違う……!!)
1.9倍の重力をクリアしたミクにとって、2.1倍という数値は「少し重くなる程度」という認識だった。事実、彼女の鍛え抜かれた手足の筋肉や骨格といった『外部ハードウェア』は、この重力下でもしっかりと自身の身体を支え、双剣を構えるだけの強度を保っている。
だが、問題は『内部』だった。
(筋肉はもっても……内臓にかかるプレッシャー(圧力)が、尋常じゃないわ……っ!)
2.0倍という閾値を超えた瞬間、肺が重みに耐えかねて潰れそうになり、呼吸をするだけで胸に激痛が走る。心臓は重くなった血液を全身に送り出すために狂ったようなクロック数で脈打ち、胃や腸といった臓器全体が、見えない万力で下へと強く引っ張られているような強烈な吐き気を催していた。
筋肉でカバーできる物理的な重さではない。生命維持を司るバックグラウンド処理(内臓機能)への直接的な過負荷(DDoS攻撃)。
「……ハァ、ハァ……。これは、筋トレや小手先のフォーム改善でどうにかなる問題じゃないわね……」
ミクは膝を突きそうになるのを必死に堪え、荒い息を吐きながら己の身体と対話した。
内臓の強度を変えることはできない。ならば、この強烈なプレッシャーを細胞一つ一つに叩き込み、脳の警告が鳴らなくなるまで、ただひたすらに耐えて『慣れる(エージングする)』しかない。
「まずは……この空間で、普通に呼吸をすることから……っ!」
ミクは目を閉じ、全身の力を適度に抜きながら、2.1倍の重力に内臓を適応させるための地道なチューニング作業に入った。
* * *
一方、ミクから少し離れた場所では、残りの六人が【1.7倍】の重力環境と向き合っていた。
「……ふーむ。1.5倍から1.7倍への移行。確かに『多少重く感じられる』な」
ユリウスが、自分の腕をゆっくりと上げ下げしながら感覚を確かめる。
「ああ。だが、いきなりぶっつけ本番で1.7倍のエリア(第4ループ)に放り込まれた時のあの絶望感に比べりゃあ、全然マシだ。ちゃんと足も動くし、盾も構えられるぜ」
ガストンが、重力に逆らうのではなく、重力を利用するようにして大盾をゆっくりと構える動作を繰り返す。
彼らはもう、力任せに重力に逆らうような非効率な処理は組まない。
1.1倍の基礎特訓から学んだ通り、この『多少重い』という違和感を放置したまま無理に動けば、いずれ関節や筋肉に致命的なエラー(怪我)が蓄積することを理解していた。
「よし、アタシらも焦らずじっくりいくよ! 筋力をこの1.7倍に合わせて再構築して、この重さが『普通』に感じられるまで、徹底的に基礎鍛錬だ!」
ヴァレリアの掛け声に合わせて、物理組が素振りとステップの反復練習(ループ処理)を開始する。
「魔法組も、1.7倍の重力下での体内魔力の循環(トラフィック制御)からやり直しです! 魔法の詠唱速度を通常時と同じコンマ秒まで縮めますよ!」
アリアとルカも、ユリウスの指示のもと、基礎的な魔力生成プロセスをイチから見直していく。
誰も急いでいない。
迷宮の最深部でトップ争いをするライバルたちが、ギリギリの死闘を繰り広げながら階層を進めている間も。
彼ら『三律の連環』は、何もない真っ白な部屋の中で、ただひたすらに自分自身の肉体というハードウェアと向き合い、地味で、苦しく、泥臭い基礎鍛錬を延々と繰り返していた。
「ハァ……ハァ……。内臓の痛みが、少しだけ引いてきたわ……!」
ミクが、額から滝のような汗を流しながらも、2.1倍の重力下でゆっくりと双剣の型をとり始める。
最強のパーティーを最強たらしめているのは、奇抜な戦術でも、天賦の才でもない。
直面したバグ(理不尽)に対して、一切の妥協を許さず、焦らずじっくりと土台からシステムを造り直すことができるという、その果てしない『忍耐力(保守能力)』にこそあるのだ。
彼らの超重力空間への適応は、一歩一歩、しかし確実に進行していた。
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