第101話:酒場の邂逅(マージコンフリクト)と、王者の余裕(管理者権限)
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
【迷宮都市・冒険者ギルド】
旧迷宮(レガシー環境)における圧倒的なオーバースペックの自覚。
それは『三律の連環』の七人にとって、これまで蓄積していたエラーログ(焦燥感)を一瞬で消し去る、最高のデバッグ作業となった。
迷宮からギルドへ帰還した彼らは、そのまま併設された酒場エリアの大きな円卓を陣取っていた。
「ガハハハッ! 飲め飲め! 今日はアタシの奢りだ! 最高の気分だからな!」
「おうよ! 肉も追加だ! 1.5倍の環境に比べりゃ、このジョッキもエールも羽毛みたいに軽くて最高だぜ!」
ヴァレリアとガストンが、次々と運ばれてくる山盛りの肉料理と大ジョッキを豪快に空にしていく。
超重力空間で限界まで酷使された彼らの肉体は、莫大なカロリー(リソース)を要求していた。栄養を摂取し、笑い合い、心身ともに完全にリフレッシュ(デフラグと最適化)していく。
彼らのテーブルだけが、過酷な迷宮探索の後とは思えないほど、穏やかで絶対的な安心感(安定稼働)に包まれていた。
だが、そのギルドホールの扉が乱暴に開かれ、騒がしい足音が響き渡ったことで、酒場の空気が一変する。
「おい見ろ……『魔剣神』だ。今日もボスを狩ってきたらしいぜ」
「あっちの角の席には『アニマルズ』がいるし、カウンターの端には『氷炎の魔女』もいるぞ……。今、この酒場にトップランカーが勢揃いしてやがる……!」
周囲の冒険者たちが息を呑む。
迷宮の覇権を奪い取ろうとギラついている三組の新興勢力。彼らの視線は、一斉にホールの中心――最もリラックスして肉を頬張っている『三律の連環』の円卓へと向けられていた。
最初に動いたのは、『魔剣神』のリーダー、魔剣士マルコだった。
「よう。ずっと迷宮に顔を出さねえから引退でもしたのかと思ってたぜ、『三律の連環』さんよォ」
マルコが挑発的な笑みを浮かべ、ミクたちのテーブルに歩み寄る。
それに呼応するように、カウンター席からファイリールが冷ややかな視線を送り、奥の席からは『アニマルズ』のガロとシオンが、獲物を値踏みするような野生の目で立ち上がった。
「俺たちは今日、第89層のボスを完璧な陣形で粉砕してきた。アンタらが足踏みしてる間に、トップの座(ルート権限)はもう俺たちの手の届くところにあるぜ」
マルコがドンッ、と両手をテーブルに突いて、ミクを上から見下ろす。
トップを狙う野心家たちからの、明確な敵意(ピング送信)。
普通ならば、トップランカーとしてのプライドを見せ、一触即発の事態に発展する場面だ。
しかし――。
「……第89層。ええ、あのハイ・オークロードの群れね。あそこは通路が狭いから、あなたたちの大火力が活きたんでしょうね」
ミクは食事の手を止めず、心からの、全く裏表のない「優しい笑顔」でマルコを見上げた。
「おめでとう。その調子で頑張ってね」
「……は?」
マルコが拍子抜けしたように顔をしかめる。ミクの声には、嫌味も、強がりも、焦りも、一切のノイズが混じっていなかった。
まるで、ベテランのエンジニアが、初めて難しいプログラムを組めた新人を微笑ましく褒めるような、圧倒的な『上からの目線(管理者権限)』。
「舐めてんのか……ッ! 俺たちの火力が、もうアンタらを超えてるって言ってんだよ!!」
マルコが激昂し、無意識に腰の魔剣に手をかけ、威圧感を放った。
同時に、『アニマルズ』のガロが「隙だらけだぜ!」とばかりに、音もなくミクの背後へと回り込もうとステップを踏む。ファイリールもまた、彼らの実力を測るために探知魔法を『三律の連環』のテーブルへと展開した。
だが、次の瞬間。
三組のトップランカーたちは、自分たちの脳内に『致命的なエラー(Fatal Error)』が警告音を鳴らして駆け巡るのを感じた。
「おいおい、食事中に騒ぐなよ。せっかくの肉が不味くなる」
ガストンが、テーブルの上の塩の小瓶を取ろうと、ただ「少しだけ身を乗り出した」だけだった。
ギシィィィィィッ……!!
ガストンが重心を動かしたその瞬間、彼の足元の分厚い床板が、信じられないほどの『異常な質量』に耐えかねて悲鳴を上げたのだ。
魔剣神のマルコは、その音を聞いた瞬間、本能が「あの大盾使いには、どんな魔剣のフルチャージを叩き込んでも絶対に傷一つ付けられない(アクセス拒否される)」と理解させられ、全身から滝のような冷や汗を吹き出した。
「おっと、エールがこぼれるわ」
ミクの背後に回り込もうとした『アニマルズ』のガロの目の前で。
ヴァレリアがジョッキをぶつけた拍子にこぼれ落ちた一滴のエールを、ミクが「指先で弾いて」グラスの中に戻した。
超高速の機動力を誇るガロの動体視力をもってしても、ミクの手の動きは全く見えなかった。完全に描画がスキップ(処理落ち)したのだ。もし今のが剣撃なら、自分は一歩踏み出した瞬間に八つ裂きにされている。ガロは喉の奥でヒュッと息を呑み、その場に縫い付けられたようにフリーズした。
そして、探知魔法を放ったファイリールは、手元のワイングラスをガシャンと床に落としていた。
(な、なによこれ……っ!? 嘘でしょ……!?)
彼女の探知魔法が捉えた、ユリウス、アリア、ルカの魔法組の魔力回路。
それは、旧迷宮の仕様限界まで魔力を高めたファイリール自身の魔力すら、ただの水たまりに思えるほどの……広大で、深く、圧倒的な密度を持った『底なしの海』だった。超重力下で強制的に拡張され続けた彼らの魔力帯域は、もはや人間の規格を完全に逸脱していたのだ。
静寂。
酒場にいる誰もが息を呑む中、『三律の連環』のテーブルだけが、変わらずに和やかな空気を保っていた。
彼らは威圧などしていない。魔力も練っていない。殺気も放っていない。
ただ、「通常重力(1.0倍)の世界が軽すぎて、力を抜いてリラックスしている」だけ。
それなのに、彼らの存在そのものが放つ『次元の違うバグキャラのオーラ』が、覇権を狙う三組の心を、手も足も出ない絶望感で完全に制圧してしまっていた。
「さて、みんな。お腹も膨れたし、そろそろ拠点に戻りましょうか」
ミクが立ち上がり、満足げに伸びをした。
「明日からはついに『2.0倍環境』のテストに入るわよ。今日の1.5倍の時みたいにモタモタしてたら、容赦なく叩き斬るから覚悟しなさいね?」
「へいへい。地獄のデバッグ作業の再開だな。望むところだぜ!」
ガストンが笑いながら立ち上がる。
ミクは、青ざめて硬直しているマルコの肩を、通りすがりにポンと優しく叩いた。
「それじゃ、私たちはこれで。迷宮探索、気をつけてね」
彼らは、トップを狙うライバルたちを威嚇することもなく、嘲笑うこともなく。
ただ「完全に相手にしていない(別プロセスとして処理している)」という絶対的な王者の余裕だけを残して、酒場を後にした。
ギルドの扉が閉まる。
後に残された『魔剣神』、『アニマルズ』、『氷炎の魔女』の三組は、自分たちがたった今見せつけられた、あの圧倒的な存在の余韻から抜け出せず、誰一人として言葉を発することができなかった。
「俺たちは……一体、何と張り合おうとしてたんだ……?」
マルコが震える手で自身の魔剣を握りしめる。
彼ら(レガシー環境の頂点)と、三律の連環(バージョン2.0の住人)との間には、もはや小手先の戦術や思想の違いなどでは到底埋めることのできない、絶望的なほどの『仕様の壁』が立ちはだかっていたのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「面白い!」「この連携、理にかなってる!」「続きが読みたい!」と少しでも思っていただけましたら、
ページ下部にある【ブックマークに追加】と、
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、毎日の執筆のモチベーションが爆上がりします!
明日も更新予定ですので、引き続き『三律の連環』の活躍をよろしくお願いします!




