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146 『皇太后』『大内家の臣従』『大友、戸次との和解』

1548年6月


正重が筑前を征服し、九州平定まで残すは肥前一国となっていた。


そんなある日、楠河昌成は大叔母の梅に呼ばれて御所に参内した。

今や梅は天皇の母、皇太后である。呼び出しを無視する事は出来なかった。


※楠予家では天皇は政治に関わらず、神事のみを取り行うと決めている。そのため、天皇が政治を行う場所である宮中は作られていない。


昌成は梅にうやうやしく頭を下げる。


「皇太后様、お呼び出しに応じ、楠河昌成参上いたしました」


「堅苦しい挨拶は結構です。顔を上げなさい」


「はっ」


昌成が顔を上げる。


最高級の竹と正絹で編まれた立派な御簾の向こうでは、梅が不機嫌な気配を漂わせているのが、はっきりと伝わってきた。


「昌成、帝の御威光により、楠予軍は大内家に勝ちました。そうですね」


昌成は暫し考え、返答する。


「……確かに帝の御威光もあったものと……とは存じます」


パシンッ。


御簾の向こうから扇子が飛び、御簾に弾かれて床に落ちた。


布越しでも分かるほどの怒気が、昌成の足元まで突き刺さる。


「無礼者! なぜ楠予家の者はこうも礼儀知らずが多いのです!

 あなたも随分と楠予家の色に染まりましたね! 帝に錦の御旗をせがんでおきながら、『御威光もあった』などとはとんだ言い草です」


昌成は眉を寄せる。


「皇太后様。大内との合戦においては、錦の御旗の作成が間に合わず、一切使われておりませぬ」


梅はため息を漏らす。


「⋯⋯いいですか昌成、帝の御威光で勝ったと言うことが重要なのです。その帝が政治に関与してはならないと聞きました。

それは真なのですか?」


「はい、間違いありませぬ。帝と正重様がご相談なされ、帝は神事のみに専念し、政には関与せぬと決められました」


梅がわなわなと震える。


「私は聞いておりません! なぜ帝が政治に関与できぬのですか!

帝は後醍醐帝の末裔なのですよ。楠予家が、忠臣・楠木正成公の末裔を名乗るなら天皇中心の政治を目指すべきでしょう」


昌成は目線を反らした。

「そ、それは……帝が正重様と決められた事ゆえ……」


「許せません。これは反逆です! 謀反です!」


昌成が呆れ顔で首を振った。


「違います。帝をまつりごとから遠ざけたのは、帝のお血筋を未来永劫守るため、壬生殿が考えられた策にござる」


梅が眉を寄せる。


「……また壬生ですか」


「皇太后様、落ち着いて聞いて下さい。壬生殿に取って、帝とはもはや泥にまみれたまつりごとを行う『人』では無いのです」


「人ではない……では、なんだと言うのです」


昌成はキッパリ言う。


「『この国の形』そのものにございます。大黒柱がそこにあるだけで家が崩れぬように、ただ帝がおわすだけで日ノ本が日ノ本であり続けるということ……。

言わば『御神体』にございます。

帝が政治に関与すれば、足利尊氏のように皇統を捻じ曲げる者や、最悪の場合は、帝の末裔たる源氏や平氏の中から第六天魔王のような者が現れ、帝位を奪う恐れがあると壬生殿はお考えのようです」


昌成の言葉は重く、冷たく響いた。


皇太后の住まいである女院御所は静まり返り、梅は息を呑み、しばし言葉を失った。


「第六天魔王……。ならば全ては帝のためなのですね」


「はい。御屋形様はすでに天下統一後の事も考えておられます。

三代目となる正光様の御代よりは、楠予家の当主もまた、政に対する責任を負わぬ立場となります」


梅は目を見開き、暫し考えて――首を振った。


「政に対する責任を負わぬ……? 当主とは責任を負うものですよ」


昌成は頷く。


「普通はそうです。しかし壬生殿の構想では、国の政治は『楠予家一門衆』と『準譜代重臣』以上の者、さらには家臣たちの中から『選ばれた精鋭』を集めて内閣と言う組織を作り、まつりごとを行うとの事です」


場が唖然とする中で昌成は続ける。


「楠予家の当主は組織の代表である内閣総理大臣と言う、言わば征夷大将軍や、関白に当たる地位の者を承認するだけの存在になります。

これにより政の責任は内閣の者たちが全て負い、楠予家当主は政治の責任を一切負わなくするとの事です」


梅は理解出来ず、再度首を振った。


「……もう私には何を言っているのか分かりません。政治の話はよしましょう」

「はっ。承知致しました」


梅は真剣な顔で言う。


「いいですか昌成。いま最も重要な事は、私の賄い料が何度言ってもいっこうに増えない事です」


昌成は『また賄い料か』と眉間に皺を寄せた。


「御屋形様は帝の即位後、皇太后様の地位を考慮されて、皇太子妃様と同じく、年1200貫文に増やされたと聞いておりますが?」


梅は首を振る。

「孫嫁と同じでは足りませぬ。皇太后なのですよ、少なくとも孫嫁の倍は必要です」


昌成はため息を付いた。


「確か皇族の方にはそれぞれ御屋形様より1.5mの鏡が献上されておりますよね?」


「そうですね。あのよく映る鏡は大変気に入っております」


「その鏡と同じ物が……明国では2万貫文以上の値で、王侯貴族たちが買い求めている事はご存知ですか……」


梅はあんぐりと口を開けた。


「に、2万貫文……そんなに⋯⋯ま、まあ皇太后ですからそのくらいは当然――」


昌成は声を張り上げ、畳に指を突いた。


「大叔母上! 御屋形様に迷惑をかけては成りませぬ!

御屋形様はご自身に対しても、皇室に対しても血も涙もないほど厳しいお方です。

大叔母上は『楠予家法度』と『皇室典範』に記された、恐るべき一条をご存知ですか?」


梅は昌成の尋常ならざる気迫に気圧され、唾を飲み込んだ。


「……知りませぬ。それは、どのような?」


「重臣以上の者が、楠予家当主が『政務に耐えぬ状態』にあると判断し、大評定の場で一門衆の六割と重臣の七割の賛同を得れば……強制的に隠居させる事が出来るという法にございます」


昌成は続ける。

「これは帝にも適用され、新たな皇室の法に加えられておりまするぞ!」


梅は目を見開き、わなないた。


「強制的に……それでは家臣が主をすげ替える事が出来ると言うの?」


「さようです。

主君と言う人が壊れ、国を危うくする前に『仕組み』により主を切り離すのです。

人の道を踏み外せば帝ですら帝でいられなくなります。皇太后様は帝よりも軽うございます。どうか御屋形様と重臣たちの勘気に触れるような事はお慎み下さい。御屋形様の勘気に触れれば、この昌成とて、大叔母上を守りきれなくなりまするぞ」


昌成は頭を下げ、最後の警告をする。


「御屋形様の意向を汲めば、どれほどの賛同者が集まるか……お分かりいただけますよね?」


梅はそっと目を逸らした。


「ええ……わかりました。お金の事はもう良いです。別に困っておりませんから」


昌成は『困ってないなら言うな!』とカチンと来た。

そのため腰を上げ、退出する事にする。


「それでは某は帰ります。大叔母上、夢々、某の進言をお忘れなく……」


「ええ、分かりました……」


昌成にはまだ一抹の不安があったが、部屋を退出した。




ーーーー

1548年8月

周防・大内館


陶隆房が戦場から帰還し、矢の刺さった甲冑を着たまま、広間に入ってきた。


隆房は入り口で腰を下ろし、大内義隆に深く頭を下げた。


「御屋形様! 申し訳ございませぬ!! 大敗を喫し申した!」


2週間前。

陶隆房は楠予家が九州を統一する前に下関の地を奪還せんと、大内家から強引に8千の兵を集めて出陣した。


だが下関を守る次郎の兄、池田豊作の率いる1万の楠予軍に、正面から戦いを挑み、完敗を喫した。


「御屋形様の目に狂いはありませぬ。それがしが何度戦いを挑もうと、楠予家には勝てませぬ。腹を切ってお詫び申し上げまする!」


義隆が首を振る。


「よい、隆房は悪く無い。楠予家が強すぎるのじゃ」


「御屋形様……」


内藤興盛がやつれた顔で言う。


「陶殿、大内家はもはや崩壊寸前にござる。尼子が石見に向けて1万5千の兵を出陣させたとの報せが入り申した」


隆房は唇を噛む。

「……お、おのれ尼子め」


興盛が義隆に頭を下げる。


「御屋形様。某、楠予家に赴き降伏の意思を伝えて参りまする」


隆房の出陣前、

義隆は敗れれば降伏すると隆房に条件を出した。隆房はこれを承諾し、既にボロボロの大内家は、最後の力を振り絞って八千の大軍をかき集めたのだ。


「いや、余が自ら参る。すぐに援軍を送って貰わねば大内家がたぬ」


隆房が再び頭を下げる。

「それがしも御屋形様と共に楠予家に参り、頭を下げまする」


大内家の家中では尼子家に降ると言う、発想は無かった。尼子家では楠予家の相手にならないと踏んでいた。



ーーー


3日後、義隆たちを乗せた船が村上水軍の案内で広江港に着いた。


池田城の大広間に義隆たちは通され、源太郎たちと謁見した。

その場には壬生次郎も同席していた。


(うおおお、あの大内も遂に降伏か!

義隆ってこれで陶に殺されなくなるのか? 陶って謀叛人だから、仲間にしたら呂布みたいに裏切りそうで嫌なんだよな。下手に大軍を持たせたら明智光秀みたいに御屋形様を襲うかもしれないな……)


義隆は深く息を吸い、源太郎に静かに頭を下げた。


その動きに合わせて、陶隆房・内藤興盛ら家臣も一斉に頭を垂れる。


義隆は頭を垂れたまま、声を震わせた。

「大内家当主……大内義隆にございます。大内家一同、ここに楠予家に降伏を願い出まする」


広間に重い沈黙が落ちる。


源太郎が静かに告げた。


「楠予家嫡男、楠予源太郎・正継である。当主代理として、義隆殿の降伏を受け入れる。

されど当家は降伏した者の所領の九割を没収し、その代わりに十分な銭を俸禄として与える事──既にご存知であろうな」


義隆は畳に額を押しつけたまま、震える声で答えた。


「……ははっ……承知しておりまする。いま大内家では国人衆の離反が相次ぎ、さらには尼子家に攻められて窮地にあります。どうか大内家の民と家臣をお救いくだされ。

民と家臣が救われるのであれば、義隆、いかなる処分も受け入れまする……」


源太郎が頷く。


「あい分かった。楠予家の訓練中の新兵2万と下関の兵1万を送ろう。万一の場合は九州の父上の軍5万に向かって頂く」


義隆が頭を下げる。

「御礼を申し上げます ……」


2週間後、

尼子晴久率いる1万5千は池田豊作准将率いる1万と激突し大敗した。

尼子軍は玉之江甚八率いる主力2万が到着する前に簡単に敗れ去った。



ーーー

1548年10月。

九州統一を果たした正重が池田城に凱旋した。


その五日後、楠予家の一門衆と主だった重臣が、又衛兵の墓に集まった。


最前列には畳が敷かれ、白装束に身を包んだ大友義鎮と戸次鑑連が座る。


その後ろには、介錯人の出で立ちをした兵馬と次郎が短刀を手に控えていた。


ひと言で言えば、切腹の作法を模した“謝罪の儀”である。


大友義鎮が又衛兵の墓に深く頭を下げた。


「父に代わり、大友家の当主として、ここに又衛兵殿と楠予家の皆様にお詫び申し上げる」


そう言って墓前に手を合わせ、目を閉じた。


兵馬が義鎮の髪を掴み、慎重にもとどりを切り落とす。


次に戸次鑑連が又衛兵の墓に向かって頭を下げる。


「又衛兵殿、それがしの負けにござる。大名としての大友家は滅び申した」


鑑連も目を閉じ、墓前に手を合わせた。


次郎が静かに鑑連の髪を掴む。


(又衛兵義兄上……すみません。大友家と戸次の一族を皆殺しにする事が出来ませんでした……)


次郎は静かに鑑連の髻を切り落とした。


兵馬と次郎は揃って墓前に進み、義鎮と鑑連の髻を供える。


正重が墓に手を合わせ、皆に向かって告げた。


「楠予家の復讐は終わった。以後は皆も恨みを捨てよ。今後、大友家も戸次家も、楠予家の敵にあらず」


又衛兵の妻・幸が涙を流しながら、義鎮と鑑連の前に歩み出る。


「又衛兵様ならば、きっとこう仰せでしょう。『今日からは我らは友だ。楠予家の事を頼む』と。

どうか楠予家を盛り立てて下さいませ」


義鎮が深く頷く。


「はっ。この身に誓って、生涯忠誠を尽くすと誓いましょう」


鑑連も又衛兵の墓に向かって言う。


「又衛兵殿を討った者として恥じぬ働きをしてご覧に入れる。楠予家のために又衛兵殿の分も働きましょうぞ」


この日、楠予家と大友家は正式に和解した。



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